知ってる、パンツは被るものではなく履くもの
バサギは口に笑みを浮かべる。
ナナキは対照的に焦燥感が顔に浮かぶ。
ここで時間を空けるのはマズいと判断し、ナナキは連撃を繰り出すが、どれもバサギが反撃を放棄し、かなりの余裕をもってこれを回避した。それは回避と言うより逃避にも近かった。
「どうした! 逃げているばかりでは勝てないぞ!」
ナナキは安い挑発であると知りながら、それを口にする。
当然、バサギはこれに乗らない。そして、先ほどからの回避でバサギは一切のダメージを負わなかった。もはや、ナナキは半裸だがスキルは丸裸にされたに等しい。
距離を取り、屋根の上からバサギはナナキの絶望する顔を見下ろす。そして、看破したスキルの重要ワードを口にする。
「……汗、または唾液ですかね」
ナナキがピクリと肩を震わせた。
「戦闘中に他人の汗なんて殴るたびに手に付くものだし気にしたことなかったですけど、流石に唾液はね。欲をかきましたね」
「くっ、あと少しなのに」
【能力名】
生理的拒絶
【LEVEL】
LEVEL7
~次のLEVELまで、発汗八十九リットルが必要。
【スキル詳細】
自身の肉体から発生する体液を自身以外に有効な麻痺毒に変化させる。
この毒は一定値を超えると部分的ではなく全身に麻痺をもたらす。
この毒の抗体はスキルを発動していない時の自身の体液だけである。
スキル発動中は強制的に聴覚を失う。
ナナキとしては早くバサギを行動不能に追い込みたかった。だからこそ、敢えて隙を作り腹部への打撃を耐えたが、二度目の打撃の際に死角で腹部に唾を溜めて塗りつけたのだ。その唾液の匂いをバサギは見逃さなかった。あと、絵面は酷いので想像しない事をお勧めする。
「今思えば、その小刻みに体を揺らすのって常に汗を乾かさないように運動し続ける為だったんですね。それ燃費悪くないですか?」
「何とでもいえ」
バサギは屋根から飛び降りた。
次にナナキの背後を取り、それに辛うじてナナキが反応するもバサギが汗の毒を纏っていない衣服を装着した足をローキックで攻撃する。
ナナキはその攻撃に体勢を崩し、地面に転がる。
「最初はびっくりしましたけど、分かってしまえば取るに足らない。やはり人間ですね」
バサギはナナキの右足を全力で踏みつける。
「ぐあぁぁ‼‼‼」
(折れたかな? 多少ダメージを負っちゃったけど、これなら一日二日もあれば傷も回復するでしょ)
バサギは麻痺の一番強く残る左手と銃弾で打ち抜かれた右肩のダメージを確認する。
「最後に言いたいこととかあるますか?」
「ふん、呑気な女め。もう勝った気か」
「まぁ、汗や唾液なんて分かってたら回避できますし、あなたのもう一つのくっつけけるやつに至ってはダメージを負わせる系ではないみたいですしノー警戒です」
「はは、それもそうか」
本来、ナナキの黄金コンボは溶接加工で動きを封じ、その間に生理的拒絶で相手の動きを徐々に弱らせていくものだった。
だが、獣族随一のスピードを誇るバサギに溶接加工を繰り出すタイミングが見当たらない。もしくは繰り出しても最初の時のように難なく次の攻撃までに躱される。
ナナキにもう攻撃手段は残されていなかった。
「……そうだ。最後に言っておくことがあったよ」
「何です?」
ナナキは右足を骨折し、立ち上がれない。
しかし、唾液を飛ばす可能性を考えてバサギは一応身構えている。
「昔の話さ」
ナナキの頭にはバサギに自国の姫を殺されたあの日の映像が鮮明に思い起こされる。意識を刈り取られ、次に目覚めた時には地獄が広がっていた。
ナナキは顔に被ったパンツを脱いだ。
「あれ? いいんですか、それないと私の気分次第で直ぐに昏倒させれちゃいますけど?」
「もう死ぬのに、昏倒も何もないだろ。せめて最後の言葉ぐらいパンツ抜きで喋りたい」
「まぁ、そうですね。普通は常にパンツ抜きで話すものですけどね」
ナナキにはもう逆転の手はなかった。
観念したように天を仰ぐ。
「あの時は―」
「え? なんです?」
呟いた声にバサギは聞き漏らす。
ナナキの視界に空に昇る陽の光が入る。
「あの時はよくもやってくれたな―ハッ、クッシュン‼」
くしゃみでの飛沫速度をご存じだろうか。
もったいぶらずに説明すると時速三百キロを超えるそうだ。
そんな速度の目に見えないほど細かい鼻水なり唾液なりが、大量に目の前で噴射されるのだ。流石のスピードを誇るバサギも全弾躱しきるのは不可能だ。
「ちっ、目に入りました!」
バサギはナナキの麻痺毒で視界を塞がれ、一歩二歩と後退していく。
しかし、これでもバサギに致命傷を与えることは出来ない。
そう、ナナキには逆転の手はない。
そう、ナナキには。
【ナイス誘導です】
【能力名】
一方的愛
【LEVEL】
LEVEL4
~次のLEVELまで、十二回の恋が必要。
【スキル詳細】
自身の考えていることをイメージとして任意の相手一人に伝える事ができる。
ただし、対象は一度以上会話を交わしたことのある相手のみ。
距離、場所は関係ない。
相手の考えは読めない。
距離が離れるごとに伝わるまでの到達時間も比例して伸びる。
【能力名】
道化魔術師
【LEVEL】
LEVEL8
~次のLEVELまで、合計三十七万キロの投擲が必要。
【スキル詳細】
自身が投げた物と自身の位置を反転させる。
ただし、投げてから一時間以内、自身との距離半径百メートル以内の物体に限る。
同じ物体に二度以上このスキルを使用することは出来ない。
ムッツリは昏倒などしていなかった。
だが、せっかくおあつらえ向きな攻撃を貰ったので、意識を失ったふりをし、ナナキにだけスキルでメッセージを送り、無事であることを知らせていた。
そして、戦闘中にある場所に誘導してほしいと指示を出していた。そこはナナキとムッツリが最初にバサギと戦闘をした地点。
そこにはあるものが落ちていた。
バサギに切りかかり軽く躱された上に手の甲を叩かれて落としたダガーナイフ。
だが、それは落としたのではなく、ムッツリの意思で地面に投げたのだとしたら?
視界を塞がれたバサギの足元には、拳銃を構えたムッツリが音もなく瞬時にダガーと位置を反転させていた。
(終わりだ)
ムッツリはバサギの顔面に狙いを定め、引き金を引いた。




