表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

第五話

長閑のどかはふらふらと帰り道を歩いていた。


残念なことに、会話の途中で担任の北条ほうじょうは他の教師に呼ばれてしまったので、ちゃんと話ができなかった。北条がトムに頼みたいこととはいったいなんだろう。


わかる気がしてわかっていないようで……。


長閑は暖かい春の日差しを浴びながら歩く。こうしていると、幼い頃の日々を思い出すので楽しい。


「アンタ、何してんの?」


帰り道の公園で、知らない女性数名に声をかけられた。名前も顔も知らない女だった。ただ威勢だけはいいようで、一人の男性を取り囲んでいる。


その男性は長閑と同じくらいの年齢に見える。燕脂えんじ色のブレザーの制服を着ていて、桃色の髪の毛をしている青年だ。彼は自分の周りにいる女たちに恐怖しているようで、顔を硬らせていた。


そしてそんな可哀想な男子生徒を取り囲む女たちも、燕脂色の制服を着ていた。長閑はそれで全てを察する。


可哀想に、入学初日にいじめですか。


長閑は軽く肩を回した。


「何?アンタ威勢だけはいいようね、弱そうな顔してるくせに」


こっちのセリフだ。


「アンタその制服、東郷とうごう高校でしょ?あのね、喧嘩のない東郷高校なんてなんの価値もないの。なんでそんなとこに入学してんの?頭悪いんじゃない?」


「頭わるそー」


「それなー」


ゲラゲラと下品に笑う女。彼女たちの両親が、この光景を見たらなんと言うのだろう。


「あのっ……!!」


青年が叫んだ。しかし女たちは醜い色目を使って彼を殴りつけるだけ。彼はすぐに言葉を失ってしまった。青年は長閑に無言で何か訴えかけている。その顔は弱々しく、見ているだけで可哀想だと思ってしまうほど。


(助けてくれ、と)


訴えられたからには断れないな、と長閑はもう一度肩を回した。あまりにも余裕そうな顔なので、女たちはそろそろ怒りのボルテージが限界値に近づいているようだ。


「チッ」


長閑は感情に任せて舌打ちをすると、勢いよく地面の砂を蹴った。風圧で制服のスカートが翻りそうになる。


気づいた時には女の顔面の気持ち悪い感触が左拳に触れていた。


「きったねえツラしてんじゃねぇ。化粧で誤魔化して。何が青春だ?あ?」


倒れた女の両頬を掴み、長閑は顔を近づける。女は恐怖で縮こまった。


「左手ごときで吹っ飛ばされやがって、威勢だけはいいようね」


長閑はそれっぽく言うと、他のその他大勢である女たちに目を向けた。


そして長閑は右側の髪の毛を、耳にかける。


「チッ」


今度はさっきよりも幾分明るい舌打ちが、公園中に響いた。


長閑……こと『トム』は、大きな公園を一瞬で真っ赤に染め上げた。クラゲのようにぷかぷかと舞うその天才に、いじめられていた青年はひどく心を打たれた。


トムの白い肌に、殴られる女たちの真っ赤な血が付着する。


「こんな感覚2年ぶりじゃ、だがのぅ……まだ足りんな」


トムは醜く微笑むと、気が済むまで女たちを殴り続けた。ぐちゃりぐちゃりと生理的に受け付けない音が響く。


しかし青年は、そんな奇行を行うトムを見ても、恐怖せず、むしろ輝く憧れの目で見つめていた。必死にその目は、走り続けるトムを捉えている。


「ふぅ……」


トムはスイッチが切れたかのように肩の力を抜いた。


青年はトムを見て違和感を感じた。


先程の強すぎる女とは別人であるかのように、トムはその場に蹲った。


「や、ややややっちゃったよ、どうしよう!!!謹慎!?これだから私は私が嫌いなのに……!!!」


そこにいたのは、両目いっぱいに涙を貯めて、顔を真っ青に染めた少女。


「君大丈夫?」


青年は少女–長閑に話しかけた。ただただ心配だったからである。


すると長閑は顔をさらに青くして、その場に倒れ込んだ。


「あああああああぁあああ!!!!」


長閑の悲鳴と共に、青年は焦って頭を下げるとすぐに走り去ってしまった。


「あれがトム……」


走り去る青年は、不意にほくそ笑んだ。


「どうしよう……」


長閑は急いで当たりを見渡した。周りに人影は見当たらない。安心してその場を立ち去ろうと長閑は身体に付着した血を水道で洗う。水が冷たいので、手にできた怪我に染みて痛い。


その場に偶然誰もいなかったので、このことは事件として丸く収まった。


よくわからない少女に怪我を負わせられた。しかも他校の、だなんて誰も信用しなかった。


それほどあの女たちは憎まれていたのだろう。


そのため誰も、このことを自作自演だと思う者などいなかった。


◇◆◇


トムが現れてから7時間後、数名の男たちは夜道を歩いていた。


彼らが歩いているだけで、通行人はみんな彼らを避けようと怯えている。


通行人の中に、ガラの悪い集団がいた。その集団の者たちは、こぞって男たちに襲いかかる。しかし男は微動だにしない。


男の周りにいる、金髪ピアスの男が手に持っていたバットでガラの悪い男の腹を刺した。刺された男はその場に嘔吐する。


金髪の男のピアスはどこかで見覚えのあるものだった。どこで見たのだろう。


利家としいえ、やりすぎだ」


男はスマホを眺めながらバットを持つ男に声を掛ける。バットを持った男、利家はすぐに構えを解いた。


男が眺めるロック画面には、数名の男子たちがカメラに向かってピースサインを送っている写真が写っていた。


その中に金髪ピアスの少年は()()いる。


東郷とうごうに『トム』がいるかもしれないらしいっすよ」


短髪の青年が男に話しかけた。男は静かに頷く。


「東郷には不良のままでいてほしいですよねー。何か」


利家が言う。それに男の取り巻きも同意した。


「そして彼奴はどこに消えたんですかねー」


「んな、この信長のぶながさまが唯一勝てなかった相手だもんな」


話し続ける二人。男は彼らを横目で見ていた。


「黙れ貴様ら」


真顔で男がいう。それに二人は頭を下げた。


「いいんだ、みっちー……いや、光秀みつひでのことは」


そうして男–信長はスマホの電源を落とす。真っ暗になった画面に自分の顔がうっすら映っている。そのスマホを信長は懐にしまった。


「何してんだろ彼奴は」


信長は静かにつぶやいた。


「喧嘩、やめてるといいですけどね」


薄暗い路地裏に、彼らは進んでいった。燕脂色のブレザーには、金色のバッチがついている。


それは言うまでもなく、織田軍の紋章である。

どうも牛田もー太朗です。今更ですが、題名何度も変えてすみません。

本当に優柔不断な性格でして、どれがいいんだろう?みたいな。

こんなうるさいだけの作者の書いたストーリーを読んでくれている皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。


また次回お会いしましょう!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ