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第四話

中島なかじま


午前中で終わった学校の帰り際に、長閑のどかは担任の北条ほうじょうから呼び出しをくらった。


何事だろうかと思いながらも、北条の後ろを歩く。一階の職員室へ、長閑は初日にして連れていかれたのだ。


「話したいことがある」


真剣な眼差しで長閑を見つめる北条。北条の席は職員室の中でも端の方なので、誰も北条の方を気にする者はいなかった。


「お前、『トム』だろ」


少し前に時は遡る−


◇◆◇


まだ信じられない。目の前にいるこの人は、豊臣とよとみ秀吉ひでよしなのだ。


話しかけてくるクラスメイトたちに笑顔を振り撒き、時にジョークを言って笑わせる。理想の友達。


しかし一部の生徒は彼のことをく思っていないみたいだ。


「豊臣って……」


「『番犬将軍』の筆頭じゃん」


「なんでだよ、あいつ不良だろ……なんで可愛いん?」


やはり、元ヤンであることについては、いい印象ではないようだ。というかここは『不良の監獄』と呼ばれる私立東郷とうごう高校だ。そんな高校に”元”不良が立ち入ることが気に食わないのだろう。


『番犬将軍』……それは、人気のあった”最強”の不良をまとめた呼び名。


長閑のかつての姿である『トム』は、そんな彼らの頂点とも言える人気を誇っていたらしい。


忘れたくて忘れた記憶なんだ。それなのに……忘れられない自分がいる。


そんな秀吉のことを放っておいて、長閑は教室をでた。他の四人がどうなっているのか気になる。


「あ、長閑ちゃん!三組だったんだ」


すぐに長閑を見つけた明智あけちがこちらへ駆け寄ってくる。明智の後ろに上杉うえすぎもついてくる。


というか彼はいつから長閑のことをちゃん付けで呼ぶようになったのだろう。


「うん、二人とも四組?」


二人は頷く。


「う、うん離れちゃったね。クラス」


「まあ、隣じゃないか」


隣とはいえ、どうせ同じクラスになるならこの人たちがよかったと長閑は落胆する。


「いいなお前らは俺なんかこいつだぞ」


そして遠くの方から武田たけだも歩み寄ってきた。


そこには相変わらず何故か一人だけジャージの男が立っていた。


「災難だね」


容赦無く明智が返す。彼は結構毒舌なのかもしれない。


「あ、あのっ」


誰かが武田に声をかけた。少しブカブカの制服からして新一年生だろう。女子生徒だ。


「お名前お伺いしても……?」


彼女の視線はまさに乙女のそれだ。見ているだけで甘酸っぱくなる。


「武田だ」


そう冷たく告げる武田の顔を見て、女子生徒は顔を真っ青にした。そして小刻みに震えながら彼女は逃げていってしまった。


「……え、今あいつなんつった?」


静かだった周りの生徒たちがざわざわと話はじめる。ざわめき出す前から生徒たちは長閑たちの方を注目していた。それほど彼らはまとっているオーラが違うのだ。もしかしたら自分もそんなオーラをまとっているんだろうか。いや、喧嘩をやめた自分、トムに需要はない。そんなオーラを放っているわけがない。


広い廊下の隅っこで話しているはずなのに、みんなにとっては長閑たちが中心の存在だった。


「武田……もしかして武田信玄?」


「なわけ」


「いやでも特徴あってね?赤っぽい髪って言ってたし」


やはり武田もかなりの知名度があるようだ。いったい何をしたらこうなるんだろう。


わりいな伊達」


武田は伊達を心配そうな目で見つめた。伊達はいつも通り眉尻を下げている。


「え?伊達?」


「それってあの?」


「いや、でも眼帯してねぇし」


確かに伊達政宗といえば、眼帯をしている姿が真っ先に浮かぶが、実際のところ、彼が眼帯をしていたという記録はどこにも残っていないのだ。後世が彼に添えた花にすぎない。


「じゃ、じゃあ、あの眼鏡って明智説ない?」


その声が聞こえたとき、明智はブルブルと身震いした。


「いや織田軍の雑魚でしょ確か」


「弱いって」


「でもなんで東郷にいんの?西郷じゃねぇの?」


彼はその声を浴びせられ、俯いた。俯いた時に崩れた髪の隙間から、バチバチのピアスが覗く。やはり彼の顔にピアスは似合っていない。


そんなふうに噂をしている生徒たちだが、突然黙りこくってしまった。


「……」


誰も何も言わない。


「「「「「でも可愛い〜!!!!!」」」」」


そう言ったのは数人の女子グループだった。どこからか飛んでくる黄色い声援に、長閑たちは目を丸くした。


確かに見てくれだけなら全員可愛い。だがしかし、言うまでもなく全員元ヤンで……。とてもじゃないが、長閑にはこんな人たちを「可愛い」とは思えない。


「眼鏡くんとか真面目そうな顔なのに服ベージュとか萌えすぎ!!」


自分のことだと悟った明智が顔を真っ赤にしてその人たちの方を見る。


「でもさ、一緒にいる女子もかわいくね?」


「校庭で見たけどめっちゃ可愛い」


まさか自分まで話題になると思っていなかった長閑は、あまりの衝撃に動けなくなっていた。


そんな風に騒ぐ女子たちを、冷ややかな視線で見つめる者もいた。


「う、上杉君……」


一人だけ名前が呼ばれなかったからだろうか。かなり憤りを露わにした目で上杉は、その女子集団に流し目を向けていた。見ようによっては睨んでいるようにも見えなくない。しかし、口元だけは微笑んでいる。


「いいよわざわざ()()呼ばなくて」


また甘い笑みを長閑に向ける上杉。目元からなんとなく怒りの感情を読み取れる。


「僕の名前なんて誰も覚えてないから」


なんと言い返すべきか分からずに、長閑は黙り込んでしまった。


◇◆◇


悪かったかな……と思いつつ、長閑はそのことに触れないようにした。しかし謝りたいという気持ちはある。しかしなんといえばいいのか分からない。しかも、彼自身そこまで気にしていないかもしれないし、謝って思い出させてしまったら申し訳ない。


あれからすぐ、チャイムが鳴ったのでクラスに戻った。


そのあとは自己紹介カードを書かされた。誕生日や好きなこと、特技などを書く。それだけだったが、なんだか楽しかった。自分が歴史の人物のことをまとめた図鑑のキャラクターになったような気分になる。


そして色々と決め事が終わったので、もう下校の時間という時に、担任の北条から呼び出されたのだ。


いったいなんの用事だろう。と思ったらこれだ。


「お前、『トム』だろ」


鋭い北条の視線が、長閑の目に焼き付いた。


(え……どうしてバレた!?)


今まで以上の焦りを長閑は隠せずにいた。どうしても動揺が隠せず、落ち着いて今までのことを思い出すことができない。


一度深呼吸をして、今までのことを思い出せる範囲思い出す。誰か長閑が不良だと知っている人物がいたのか?いや、そんな風にも感じない。


『どういうこと?』


確か、北条が話をしていた時、生徒たちはこう言っていた。


(もしかして……)


あの時動揺していた生徒はみんな『トム』のことを知らないのではないか?


自分から自分の評価を知ろうとしたことはあまりなかった。


もしかしたら、一部ではそんなに知名度ない?


いやそんなはずはない。一時期は大人気という具合だったのだ。


あくまで、不良の世界では……。


それはそれで結構ショックだ。


「えっと、すみません……どういうことですか?」


情報が少なすぎる。長閑は北条に問いかけた。


「もし、お前が『トム』なら、頼みたいことがあるんだ」


「……」


どういうことだろう。


いけない、そんなことをしては。長閑は自分の感情をどうにか押し殺そうとした。それでも押し殺せない感情が、長閑の中には潜んでいた。


喧嘩なんてもうしないんだ。それならわかってる。


喧嘩だけが取り柄の『トム』、戦国武将に対する知識が豊富な『長閑』……。


もしそれが有意義な、誰かを守るための戦いだったとしたら?


「この東郷高校をまもって欲しいんだ」


その言葉で、長閑の目に好奇の色が浮かんだ。


(この学校を、護る……)


「わかってたんだ、もともと。『トム』のことを聞いた時、お前だけ反応が違った」


北条は淡々と述べる。その瞳からは何を考えているのか読み取れない。


「そして、この自己紹介カードを見て確信したよ」


さっと北条はそのカードを長閑の前に出す。


「『好きなもの:戦国武将』って書いてるんだから」


そのカードを見て長閑は、思わず笑顔になった。


今まで戦国武将が好きだということを隠したことはなかった。今まで誰も反応してくれなかっただけで、それはトムの頃から変わっていない。


自分の好きなものを見て、反応してくれる人がいた。その事実が今はただ嬉しい。


「お前に、俺の夢を託したいんだ」


突然、北条はそんなことを言い出した。


「クラスメイトの豊臣秀吉。あいつは()()()()()()()なんだ」


「は?」


思わず素っ頓狂な返事が飛び出る。先ほどまで筋の通る話をしていた北条だが、いきなり何を言い出したんだ。


「いや、違うな。実際は()()()()()()()その()()()()()()だ」


「すみません……何を言っているんですか、先生」


本物?異世界?いったいなんのことだ。


また北条は長閑に説明をし始めた。



この世界とは別の場所。今まであった歴史を管理する場所。一番近いもので言ったら『教科書』だ。


その世界で、戦国時代の武将たちは、後世に伝わっている決められた歴史を、まるで舞台役者のように演じ続けていた。


そんな彼らでも、その世界から肉体を保てなくなることがある。


それはその世界からの『追放』。


つまり「教科書から名前が消える」ということだ。


しかし戦国時代の人物たちは、今までにも異例で、時代そのものが教科書から消えたことにより、全員が同じタイミングで姿を消すことになった。


それはその時代限定ではなく、江戸時代以前の歴史全部だ。


だがしかし、そんな異世界の人間は、異世界から出る代わりに、現実世界に転生してやってこれるのだ。


教科書で深く掘り下げられた者ほど転生するまでに時間がかかり、一番早い者でだいたい二年で生まれ変われるらしい。


しかし、時間がかかればかかるほど、前世の記憶がなくなっていく。


ちなみに北条は他の武将に比べて、転生するまでがかなり早かったので記憶があるらしい。


そして、前世の記憶が薄れている彼らは、本能的に戦いを好む習性がある。


その結果がこれだ。『番犬将軍』……偶然か必然か、『トム』を除いた彼らは全員、異世界からやってきた戦国武将の生まれ変わりだった。



「そんな……」


その話を聞きながら、長閑は思わず声を出した。まさか、異世界なんてものが存在していたなんて。


「ああ」


そして何より、一番困ったことがある。


転生して現実世界にやってきた者たちは、前世の記憶を取り戻すと死ぬ。


つまり、自分がどのような人物だったかを知ってはいけないそうだ。


それで死んだ人がいるわけではない。しかし、それが昔からの言い伝えで、偉人になることの重みだそうだ。


「お前らが何者になってもいいように、俺たちはこの学校を不良高校じゃない学校にしたい」


そう告げる北条の目には強い意志が灯っていた。


『後世が傷つくだけだからな』


あの言葉はそういうことだったのか。


この学校がいくら『不良の監獄』といえど、生徒たちにはみんなそれぞれ夢がある。


もしかしたら、歴史に名を刻むような功績を残したいという者もいるかもしれない。


もしそう願った者が、それを果たせたとして……


その人が歴史から消える時、来世ではどのような人になるのだろう。


因果的に、喧嘩や暴力だけに愛されていくのかもしれない。


そうならないように、北条はあのようなことを言ったのだろうか。


「俺は自分がどのような奴だったのか明確には覚えていない。だが、これだけはわかる。自分が戦国武将だったってことは。それにあいつらのことも覚えてる」


北条は両手を組んだ。そしてきつめの態度に変わると、


「特にボコったはずの山内上杉家やまのうちうえすぎけが長尾景虎を頼ってどっか行きやがった時は腹立ったな。あ、あと義元が死んだ時も吐き気したわ」


その言葉に長閑は目を輝かせた。


河越城かわごえじょうたたかいに、こうそう駿すん三国同盟さんごくどうめいですね!!!」


河越城の戦い。山内・扇谷おうぎがやつの両上杉家が大軍を率いて後北条氏の河越城を取り囲んだものの、結局超少数で氏康が夜襲を仕掛け、両上杉氏を蹴散らしたとされる、氏康の有名な戦いである。


甲相駿三国同盟は、河越城の戦いの後、武田氏・後北条氏・今川氏で結んだ同盟のこと。しかし今川義元が桶狭間の戦いで信長に惨敗したので、同盟にはヒビが入り、そのあとは改名した長尾景虎……つまり上杉謙信が小田原おだわら城へ大軍率いてやってきたりと、まあ大変だったのだ。


「すまんそれ以上はやめてくれ、死ぬ」


そう言いながら、北条は自らの頭を押さえていた。


「すみません、あの、大丈夫ですか?」


長閑は心配になって北条に声をかけた。


「ああ、ちょいと頭痛が」


もしかしたらこれも、死の予兆だったのだろうか。危ない。


「で、もしもお前が『トム』だと言うのなら、どうしても頼みたいことがあるんだ」


何を言われるかは理解できていた。

どうも牛田もー太朗です。みなさんお元気ですか?元気だと嬉しいばかりです。

作者は好きな食べ物を聞かれた時、「サンマ」か「サワラの西京焼き」を挙げます。どちらもとっても美味しいので。

死ぬほど話変わりますけど、長閑ちゃんの容姿についてです。あんまりイメージはしてなかったのですが、なんとなく黒髪ボブとかのイメージです。可愛い系だといいですけど、なんとなく和風な顔立ちっぽそう。

長閑ちゃんの容姿については読者の皆様の想像にお任せします。

それに今回は恋愛要素ゼロでしたね、悲しいです。


ではまた次回お会いしましょう!!

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