第二話
あれから5日後……少しだけ綺麗になった部屋を見て長閑は安心する。
「今日は家政婦さんがくる日だから、少しだけでも綺麗にしとこう」
そして明日からは新学期だ。綺麗な部屋にすれば少しだけでもモチベーションが上がるだろうと思う。できることなら綺麗な部屋で新学期を迎えたい。
いくらこれからお世話になる人だと言っても死ぬほど汚い自分の部屋を見せたくはない。汚すぎて引かれるのも嫌だし、おそらく、相手からどう思われているのかを考えるだけで自分のメンタルが持たないだろう。
しかし残念ながら、彼女の目にはそう写っていないのだろうが、いくら頑張って部屋を片付けたとはいえ、彼女の部屋の内装は対して変わっていない。結局は汚い汚部屋のままである。
(家政婦さんってどんな人なんだろう)
考え続けてもキリがない。今わかっている情報だと、家政婦さんはアルバイトで雇われた人材らしい。家事力もズバ抜けていて、かなりの忠犬だとのこと。
長閑は家政婦さんがうちに来るのが楽しみだ。リリカとも学校が離れてしまったので、彼女と会うことはもうないだろう。そうなってしまうと長閑と同性の友達はいないことになってしまう。
話は合わなくとも、友達がいるといないでは、学校生活の充実っぷりはだいぶ差ができるということは明白である。
それと欲を言うなら、友達ができるなら同性の友達がいい。よくクラスメイトの女子たちがしていた「けーぽっぷ」や「アイドル」「メイク」などの話題にも興味が全くないわけではない。女の子の友達ができれば、その話などができるかもしれない。
もしそれで長閑の好きな戦国武将たちにその子が興味を持ってくれればどれほどいいものか、と心躍らせる。
一通り部屋が片付いた(と思っている)ので、昨日の夜コンビニで買ったパンを食べ、朝食を済ませた。洗面所の鏡の前に立ち、顔を洗い歯を磨く。急いで髪の毛を整えると、ハンガーにかかった東郷高校の制服に手を伸ばす。
何を着ればいいかわからない。家政婦さんがくるんだ、初対面時の印象は少しだけでもよくしていたい。
制服のブレザーに指先が触れようとしたところで、長閑はその手を引っ込めてしまった。
「はぁ」
結局答えは出せぬまま、制服に袖を通した。
白色のブレザーに紺色のスカート。なんだか二次元の制服みたいだ。今時の私立高校はこれが普通なのだろうか、兄弟がいない長閑にはわからない。まあいいかと吹っ切れながら程よく透けた黒いタイツに脚を通す。
(こんな感じかな)
姿見の前に立って自分の姿を確認する。恥ずかしいけれど、見栄えは悪くない。
「よしっ」
覚悟が決まった。あとは家政婦さんがくるのを待つだけだ。
二時間ほどしたところで、玄関のチャイムが鳴った。長閑は急いで玄関に向かった。心臓はずっとうるさい。
「あ……どうも」
扉を開いたところにいたのは、5人の男子だった。全員違った視線を長閑に向けている。そして、全員整った中性的な顔立ちをしていて、全員同じジャージを着ている。まさか5人も同時に押しかけてくると思っていなかったので、びっくりして声が出そうになった。
(え、男!?)
「『かじばの犬ちから』の者ですが……中島さんのお宅で間違いないでしょうか」
真ん中に立っている眼鏡をかけた黒髪の青年が長閑に問いかけた。眼鏡のレンズと重めの前髪の奥に覗かせる翠色の瞳は長閑をまっすぐに捉えている。その口調から少し長閑を警戒しているということがわかる。
「はい、中島長閑といいます」
長閑は深くお辞儀をした。礼をする長閑の姿を見て、眼鏡をかけた青年の左側に立つ、色素の薄い、淡い色のストレートヘアの青年がその目に好奇の色を浮かべた。ホイップクリームのように甘い口元は、くすっと微笑んでいる。
「よ、よかったぁ〜!!」
左から4番目に立っていた青年が長閑に接近してくる。長閑に退く暇も与えずにささっと近づいてきた青年は長閑の肩に腕を回した。明るめの茶髪が目立つ可愛らしい顔立ちの青年である。
長閑はどうすればいいかわからず、その人の顔を見上げるしかできなかった。なんにせよ、彼には全く隙がないのだ。くすぐり一回ですら許されなさそうな雰囲気である。ほのぼのしていて可愛らしい口調と顔に反した雰囲気だ。
「いや結構ビビったのよ、もしかしたら別の中島かもしれないって」
だって中島なんてどこにでもいるじゃーん!と言葉が続く。あれ?と長閑は思った。案外馴れ馴れしい。
「こいつら方向音痴でさ」
茶髪の青年が満面の笑みをこちらへ向けてくる。それに長閑は苦笑いを浮かべるしかできなかった。
「お前が一番方向音痴のくせに」
ほっぺたを膨らませながら、一番左に立つ赤黒い髪の青年が言った。強そうな口調と髪型なのに、顔はそこまで怖くない。彼もまた男らしさと可愛らしさを両立させている。しかし、面倒くさそうに頭をかく仕草など、実際そこまで可愛く見えないであろう態度ですら可愛らしく見えるのが不思議だ。
「ええーっ、玄ちゃんもじゃん!」
悔しそうに唸る茶髪の青年に赤黒い髪の青年はため息をついた。その一方で、右側に立っている青年は、服のポケットからコンパクトを取り出し、鏡を見ながら綺麗に整えられた黒髪をより綺麗にセットし直している。しっかりと分けられたセンター分けや、ジャージですら着方に拘っているあたりから、かなりのおしゃれさんなんだと察する。
言い合う二人とやる気なさげな人、その姿をキョロキョロと見ている人、どうすればいいのかわからず怯える長閑と眼鏡の男子……といった状況に、どのタイミングで口を開くのが正解だろうかと長閑は悩む。昔からコミュニケーションを取るのが苦手だった。それを今になって思い知らされる。
「と、とりあえず中入ろっか!」
眼鏡をかけた青年が提案をしたことによってこの気まずい空間は遮断された。長閑は胸をほっと撫で下ろす。そして青年に感謝した。
とりあえず長閑は5人をリビングルームに連れ込んだ。5人とも特に困った様子ではなく、むしろ仕方ないというような表情だ。リビングルームには大きな机があり、近くにソファーが置いてある。このソファーも机も両親が買ってくれたものだ。基本家に置いてあるものはそうである。
両親はきっと、長閑の家に今、長閑以外の人が5人もいるなんて思ってないだろう。
5人には一応、入り口のところに荷物を置いてもらうことにした。
誰もソファーには座らず、カーペットの敷かれた床にちょこんと座った。机を挟んで長閑も目線の高さを揃える。それからもしばらくの間、5人は黙ったままだった。
「えっと、今日からお世話になります。先程も言いましたが中島長閑です。よろしくお願いします」
口火を切ったのは長閑だった。外でも済ませてはいたが、一度だけの自己紹介で名前を覚えてもらうのは難しいだろうと考え、再度自己紹介をした。
その自己紹介でその場がばっと緩くなったのを感じる。さっきまで硬かった表情が一気に崩れたからだ。また満面の笑みを浮かべて、茶髪の青年が長閑に言う。
「俺は豊臣秀吉。有名すぎてビビったっしょ?」
にっと笑いかける彼の悪戯な笑い顔は、無垢で純粋そうな何かを感じる。しかし長閑は彼の言う言葉に耳を疑った。
「と、豊臣秀吉!?」
っていうのは……ひょっとしてあの秀吉だろうか? いいやそんなはずない。そんなことあってたまるか。
目を丸くしてさっきとは逆に長閑が茶髪の青年−秀吉に迫った。先ほどとは明らかに様子が違い、目を輝かせている目の前の少女を見て、秀吉は一瞬面食らったような顔になる。
(それって、さ、さささ三英傑のひとりで、尾張中村の出身で、大出世の金字塔とも言えるあの天下人の豊臣秀吉!?)
脳内で色々な考えが溢れ出してまともな思考ができなくなる。好きというのも恐ろしい。
「それってあの天下人の……」
「ん?誰それ」
あれ?別人なのか?いや、まあそうか。逆にそれでないと困る。もし「本人です」なんて言われたらいろんな意味で大発見だ。それに、授業で習わない偉人の名前をわざわざドッキリで名乗るなんてこともしないだろうから。
「ぼ、ボクは明智光秀。よろしく!!」
照れ臭そうに不器用な笑みを浮かべた眼鏡の青年が自己紹介をする。
「明智光秀!?」
もちろん長閑が正気を保っていられるはずもない。またしても長閑は目を輝かせた。
(本能寺の変で織田信長を裏切ったことで有名だけど、実は愛妻家で、銃の達人で、そして学問にも秀でていたとされる文武両道の明智光秀!?)
目を輝かせて迫りくる長閑に、明智は慣れていない様子で顔を真っ赤にさせた。それに顔中汗でびしょびしょだ。
「やあ、盛り上がっているね。僕も混ぜてくれないかい?」
目の前にホイップクリームの笑みが現れる。淡い髪の青年は上まで上げられたジャージの襟を手でいじっている。目元のぷっくりとした涙袋が可愛らしい。見たところ彼は草食系の優男で、争い事などは好みそうにない穏やかな人(だろう)という印象だ。しかしその笑みにはどこか翳りがある。
「僕は上杉謙信。よろしく」
すかさず長閑は突っ込んだ。
「え、えええええ!?」
名前を呼ぶのですら気が引けるほどの人物を前に、どういう表情を見せればいいのかわからない。
(上杉謙信って、越後国の守護代で、義を重んじた乱世の義将!敵に塩を売りつける商売上手で、戦いに明け暮れてるところもまたかっこいいあの『軍神』様!?)
「へぇ……名前聞いただけでわかるんだ」
感心している様子で上杉は長閑を眺めている。その横で、赤黒い髪の青年は興味深いコマができたようで……と思いながらため息をついていた。
「武田信玄だ。覚えてろ」
この武田という青年は少々見栄っ張りなところがあるらしく、キリッとした表情で自己紹介はしたのに、そのあとすぐに顔がりんごのように赤くなった。きっと自分で言っていて恥ずかしくなったのだろう。案外ピュアな人だ。
(たけだ……)
長閑の思考はほぼ固まりかけていた。これは夢だと錯覚してしまう。いいや夢なのだ。これは夢……。
(た、たたたたた、武田信玄!?それって……あの織田信長や徳川家康をも蹴散らした「甲州法度之次第」や「信玄堤」でお馴染みの、戦国最強の「武田騎馬隊」を率いた『甲斐の虎』!!!?)
思わずうっとりと乙女のような眼差しで長閑は天井を見つめた。そんな長閑に向かって明智は「大丈夫?」と声をかけているが、声が小さいので、当の長閑の耳にその声は全く届いていない。
「どったの長閑ちゃん」
秀吉が代わりに大きな声で長閑に問いかけた。
「!!!」
想像の世界にのめり込んでいた長閑は、あまりの恥ずかしさにこの場から消えてしまいたいくらい、焦っていた。これは自分の悪い癖で、一度興味のあるもののことを考え出したら歯止めが効かなくなってしまうのだ。
そんな長閑の姿を見て、秀吉はにこにこと花のように微笑んでいた。
「すみません!!!」
今の状況で長閑にできることは謝ることぐらいしかなかった。しかし何度謝っても、心から謝りきれないのではないかと複雑な気分だ。
「俺のこと忘れてる?」
長閑の後ろから、あの綺麗なセンター分けの人がひょこっと出てきた。センター分けの青年である。
「ごめんなさい……」
「ども、俺は伊達政宗……」
綺麗な黒髪がささっと揺れる。しかし彼もかなり神経質なようで、どこか自分を厳しい目で見ているように見える。
(伊達政宗……戦国時代の終わり頃、東北地方に突如現れた独眼竜……勇猛果敢な性格で、スタートダッシュは遅れたものの、日の本の天下を狙ったおしゃれ番長……である伊達政宗のことでしょうか……?)
長閑はだんだん自信がなくなってきていた。自分が驚いても、誰もパッとした返事はしないし、そもそも……アルバイトでうちに雇われた5人が、全員戦国武将であるなんてありえない話なのだ。偶然だ、きっと。
(……偶然なんてありあえるんでしょうか……?)
逆を言うとこうなる。偶然名前が戦国武将だなんてこと……。
「ところで長閑さん、ボクたち同い年だし、全然タメ語で大丈夫だよ」
戸惑う長閑の様子をいち早く察したのは明智だった。すぐに話を変えてくる。これは長閑に渡された助け舟だと思って乗り込むしかない。
「え、同い年……?」
これにはかなり驚いた。てっきり彼のことは年上かと錯覚していた。
「そだよー!俺たちみんな今年で高一だから!!」
入り口で会った時のように、秀吉は長閑の肩周りに腕を回してきた。これは彼なりの仲良くなりかたなのだろうか。
「てか俺たちのこと知らないって珍しいね」
まんまるな瞳を少しだけ輝かせた秀吉は、長閑の顔を覗き込む。思わず長閑の心臓が飛び跳ねた。
(いや、そりゃまあ……思いっきり存じ上げておりますけれど……)
彼らは自分の知っている彼らと同じ名前の偉人とは別人なのだ。長閑はそう信じることにした。
「……」
長閑はあえて何も言わずに彼らの顔をゆっくり眺めた。やはりなんと言うべきかわからない。しかし、なんだか武将にしては顔が可愛すぎるというか……男らしいんだが、女っぽいといいますか……このよくわからない感覚はいったい何なんだろう。
「ま、長閑ちゃんは優しそうだしさ、あんな世界なんて知らない方がいいね!」
相変わらずお気楽な秀吉が誰かに対して言うわけでもなく、ただ言った。
「んだな」
「そうだね」
「う、うん……言っていいの?それ」
「さすがヒー君……」
残りの4人もなんだかんだ言って同意見らしい。果たして彼らの言う「あんな世界」とは何だろう。長閑の探究心はぐつぐつと募るばかりだ。
(気になる……)
遠回しな言い方をされると気になって仕方ないのが長閑という女の性質だ。気難しい顔で長閑は彼らを見ていた。
(ん?)
みんな雰囲気が先ほどと違う気がする。いったい何が違うのだろう。長閑は首を傾げた。
「めっちゃピアス開いてる……」
長閑は眉間に皺を寄せ、目を細めた。その時、先ほどまで髪の毛で隠れていた明智の耳元が初めて見えたのだ。その彼の姿に目を疑う。真面目そうな見た目に反して、耳にはバチバチにピアスが開きまくっている。それに目を見張ってみてみれば、髪の毛も昔染めていたのか、完全に地毛ではないように見える。
長閑の視線に気づいたのか、明智が慌てて自らの顔を両手で覆った。しかし顔を覆っても意味はない。
何より、彼らには違和感がありすぎる。
気軽そうに長閑に接してはくるものの、全く隙がない秀吉。どこか翳りのある笑みをずっと貼り付けている上杉。見栄っ張りがすぎる武田。それに自信たっぷりの伊達……と。
ある意味ギャップというか、何というか。ここまでくると気味が悪いとまである。
「だが、本人に興味があると言うのなら、教えてやるのが礼儀じゃないかい?」
上杉の言葉に4人は目を合わせた。少し複雑そうな表情の武田だが、案外飲み込みは早いらしく、すぐに気持ちを切り替えてくれた。
「俺たちは訳あって『家政夫』をやってる」
淡々と武田は説明を続ける。その目は憂いを帯びていた。
「俺たちは全員、『番犬将軍』の元筆頭。つまり元ヤンなんだ」
その言葉に長閑は目を丸くした。まるで雷に背中を射抜かれたかのような衝撃だった。
(この人たちも、不良だったの!?)
とてもじゃないが、誰もそんな風には見えない。どちらかと言えば女性的で優しそうな人たちだったから。
それに、名前が戦国武将と同じ名前の不良だなんて、ロマンが詰まりすぎている。
「嫌じゃないの」
長閑の口はいつの間にか動いていた。彼らに対する興味がどんどん唆られてゆく。
「私見だからね」
「うん……ボクたちが自分の意思で決めたバイト先だから……」
「そそ!それにねーちゃんたちも優しいし天国だよ!!」
「べりーぐっど」
長閑の問いを否定する4人に対して、武田は黙りこくったままだった。
「せっかくだし、早速掃除始めよーっ!」
気まずい空気を両断したのは秀吉の一声だった。それに長閑は感謝する。
「えっと、自分の部屋はある程度片付けたんだけど、使ってない部屋が五部屋あって、そっちは……」
気分をあらためて長閑は事情を説明する。それに5人とも耳を傾けてくれた。
長閑の家には寝室が6つある。一つは長閑が使っている部屋で、後の5つはほぼ物置だ。だが最近は全く出入りしていない部屋なので、どんな風に生まれ変わっているのか想像するだけで胸が締め付けられる。
なぜこんなにも部屋が多いのか。それはここが父の実家だった場所だからである。長閑には5人従姉妹がいる。その従姉妹たちは全員長閑よりも年上で、もう自立している。そのためこの家は住み手を失ったのだ。ちょうどこの家が東郷高校の近くにあったので、好都合……という流れでこのただっ広い家で一人暮らしをしているのだ。
(お父さんお母さんすみません……)
だというのにこんなに部屋を散らかして……。もうこれに尽きる気がする。
木でできた廊下の床は春の日差しが当たって暖かい。
「これが、私の部屋です」
ドアの前に立って長閑は自信ありげに、自分の部屋を紹介した。扉を開くと、思った以上の汚部屋が出てくる。それに長閑本人も目を疑った。
「あれ?」
(さっきもうちょい綺麗だったよな……?)
長閑の目に施されていたフィルターの効果はきれていて、長閑は自分の部屋の本当の姿を目の当たりにすることになった。
「わ、わあ……」
まずい。これは完全に引かれたぞ。
長閑は自分の身体から気力というものが抜けられていく感覚を初めて味わった。
「……早速綺麗にするね」
そう言いながら明智はジャージの上から水色のエプロンを身につける。そのエプロンのポケットには刺繍が施されていて、それは綺麗な桔梗の形を描いていた。水色桔梗……明智光秀の象徴とも言える家紋と同じだ。
「んじゃ、俺もやろっと」
微笑みながら秀吉もエプロンを着た。その橙色のエプロンには、明智のエプロンと同じく刺繍で何かが描かれている。あれは豊臣氏の家紋である桐紋だろうか。桐の花と葉をモチーフにしたもので、天下統一を果たしたのちに、後陽成天皇からいただいた家紋だと聞いた覚えがある。
「二人ともありがとう……」
「こっちの部屋は俺たち二人でどーにかすっから!!イーストボーイズはなんか他んとこやっといて〜!」
Vサインをこちらに送ってきた秀吉は、これだけ言い残すとささっと片付けをし始めた。どこからか大きな段ボールを取り出し、それにペンで「学校関連」と書いている。箱で小分けにしてくれるのだろう。やろうとは思っていたけれど、なかなか手をつけられなかったものだったのでとても助かる。
あと、イーストボーイズとは残りの三人のことだろうか。ややこしい言い方だ。
長閑は自分の部屋の扉を閉めると、残りの三人を、残りの部屋に案内した。
階段を登り、二階に連れて行こうとする。その途中、武田がうちのトイレをじーっと見ているのに気づいたので、
「トイレならいつでも使っていいですよ」
と言っておいた。確かに他人の家のトイレを勝手に使うことには、いくら家政夫といえど躊躇するだろう。
何も言い返さず、武田はトイレの扉を開く。そしてそのまま、トイレの上にある扉のついた棚に手を伸ばした。
確かあの扉の奥にはトイレットペーパーなどを詰め込んでいる。
「うわ」
武田の頭の上にたくさんのトイレットペーパーがバラバラと落ちてきた。地面に転がるトイレットペーパーを見て、武田はため息をつく。その姿を見て上杉が声には出さずに爆笑している。
「ここぐらい整理しろ」
武田信玄のトイレ好きは有名な話だ。合戦の前、自分用に作らせた広い厠で作戦を練ったり、精神統一したりしていたそうだ。
そして武田には急遽、トイレの掃除を任せることになった。
「ふふっ、君、面白いね」
長閑の横からひょこっと上杉が顔を出した。その顔は少し意地悪そうに笑っている。
「僕らだけでも、その汚部屋を綺麗にしようか。伊達」
見てもないのに汚部屋と言われてしまった。長閑は肩を落とす。
後の二人を連れて、長閑は二階の部屋が並ぶ廊下を指さした。扉が五つ奥へ奥へと並んでいる。
「ここです……」
やはり気が引けるが、勇気を持ってその扉を開いた。ただただ埃を被った殺風景な無駄に広い部屋が広がっているだけだった。
「出陣」
伊達はいつの間にか着替えを済ませていて、エプロンの紐の結び方まで他の人に比べて凝っている。紫色のエプロンで、先程の二人とは違って無地を貫いている。
「伊達……お前また刺繍を消したのかい」
「飽きたから」
刺繍を消した?それに飽きたからって、あまりにも器用すぎないか。さすが伊達政宗だと観念する。
珍しく呆れ顔で伊達を見つめる上杉の着ている深緑色のエプロンには、刺繍ではなくアイロン粘着のアップリケで白黒のものが貼り付けられている。白い丸の中に黒い「毘」の文字。上杉謙信が掲げていた旗印と同じだ。この「毘」は戦いの神、毘沙門天のことである。このことから上杉謙信は自らを毘沙門天の生まれ変わりと称していたと言われている。それに準じた強さを誇るのだから仕方ない。
そんな彼らはテキパキと部屋を片付け始めた。
「中島は待ってていいよ。僕たちが部屋は片付けておくのでな」
と言われてもなぁ……と長閑は頭を悩ませた。ちろっとスマホのデジタル時計に視線を落とす。そろそろ10時になるみたいだ。時間的にもキリが悪い。もう少し時間が遅ければ、昼ごはんの準備を始めていたのに。
でも長閑は料理が下手だ。せっかく来てくれた家政夫さんたちが初日から腹を崩してもいけないので、まあある意味時間に救われたのかもしれない。
久しぶり……でもございませんね、もー太朗です。今話は長かったですね。
突然ですがみなさんのお部屋は綺麗ですか?作者の部屋はびっくりするほどの汚部屋です。飼い犬くんも立ち入り禁止になってしまっているのでよっぽどです。今作の主人公の長閑ちゃんみたいに、誰かと同居するってなったら片付けができる人がいいですね、じゃないと大変なことになるので。ですが、人のために何かをするような立場にもなってみたいものです。
それでは三話でお会いしましょう!




