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第十二話

「どうも、中島なかじま長閑のどかさんはいますか?」


白髪の男子生徒と、短髪の男子生徒が一年三組の教室へ訪れた。二人とも自分よりだいぶ背が高く、上履きの色からして二年生の先輩だ。


長閑の通う東郷とうごう高校では、上履きの色で学年を判断している。赤が三年生。青が二年生。そして黄が一年生だ。学年が変わるにつれ上履きを買い換えないといけないのでかなり金がかかる。


「はーい」


長閑は自分を呼んだ二年の先輩の元へ向かう。


延沢のべさわ先輩と今川いまがわ先輩!?」


長閑は二人の先輩を見ると喉の奥から声を出した。長閑に訪ねてきたのは、この前ライブを開いていたヘッドホンの男子生徒、今川義元よしもとと、そのライブの最中に長閑に話しかけてきた短髪の生徒、延沢満延みつのぶだった。彼ら二人もかなり有名人らしく、クラスメイトが小声で噂をしている。


「よろしくー」


今川が長閑にハイタッチを求める。長閑は言われるがままに彼とタッチした。延沢も流れに乗って握手を求めてきた。彼とも握手をする。


「挨拶程度だから!じゃ!」


今川は笑いながら去っていった。待ってくださいといいながら延沢も今川を追いかける。長閑はその二人の姿をなんだったのかと思いながら見ていた。


長閑は最近とても穏やかだ。トムが自分と別人(身体は同じだが)と分かったので少し安心したのだろう。


彼ら二人も戦国時代では猛将のカテゴリーに入る強者だ。彼らの戦いも見てみたい。


「おーい中島さーん、席ついてね〜」


四組の担任、大森おおもり氏頼うじよりの明るい声が聞こえる。大森が長閑のクラスにいるということは次の授業は理科だ。



授業が始まり、大森が話をし始める。大森は口下手な北条と打って変わって話し上手だ。授業の内容も理解しやすい。歴史の授業の後は決まって誰か生徒が北条に「これどういうことですか」と聞きにいっている。


「来週はテストだからね〜」


大森は教卓をバンっと両手で叩いた。こういうところは北条に似ている。


(テストかぁ)


長閑は焦った。理科は正直そんなに得意ではない。特に今習っている元素のあたりは何が何やら全くわからない。すいそ?さんそ?ダイヤモンドが炭素?はて?


そんな長閑の前の席にはもっと内容を理解していない男がいた。秀吉ひでよしである。この人は数学だけ異常なレベルに点数が高いのに、それ以外がゴミにも及ばない出来なのだ。宿題の答えを毎日のように武田たけだ明智あけちに聞きつけている。しかし逆に数学だけ全く出来ない伊達だて上杉うえすぎにはいつも数学を誇り高そうに教えている。いつも見ているとかなり見飽きる光景だ。誇りの高さが鼻につく。


せっかくわかりやすく授業を進めてくれている大森に対して失礼で申し訳ない気持ちになった。


◇◆◇


長閑は寂しい帰り道をただひたすら歩いていた。今日は一人で帰宅する。


だんだん梅雨が近づいているのがよくわかる香りがしてき始めた。そろそろ5月になる。


5月……ゴールデンウィーク。ゴールデンウィークには両親が長閑の家に遊びにくる。部屋は綺麗になった。だがしかしもう一つ問題がある。


家政夫のことどう隠そうかというものだ。


流石に5人も押し入れに隠すのは不可能だろうし、2階に両親が向かえばどうせ部屋の内装で同居はバレる。しかしそれを両親が許すだろうか。


健全な女子高生が男子高校生5人と暮らしてます、だなんて。


「ひっ!」


突然何かに身体を持ち上げられた。ちょうど公園の公衆トイレに行っていた時だった。そのため男性は誰もその場にいなかったことになる。しかしそこがトイレの中だったわけではないので、長閑を誘拐した犯人が女だとは限らない。それに人ひとりの身体を持ち上げるほどの握力の持ち主となれば、女だとは考えにくい。


長閑の顔に何かが巻き付けられる。視界が真っ暗だ。目隠しをされてしまった。そして両手を縛られる。長閑を縛る動きの速さはとにかく速い。きっと男性二人以上の犯行だ。


「はっ……!!!!」


急に視界が明るくなる。今まで目隠しをされていたようだ。目元が少しピリピリする。


人通りの少ない路地裏の駐車場に、長閑は連れて行かれていた。視界には想像通り二人の男性の姿。どちらも顔立ちがそっくりで、髪型もそっくりだ。二人とも似たような赤い帽子をかぶっている。


「なんか言えよ」


右に立っていた灰赤色の瞳をした男が言う。制服のデザインが東郷高校のものと同じだ。しかし顔を合わせた記憶のない生徒なので、余計長閑は戸惑った。


対して左側に立つ青鈍色の瞳をした男子生徒は、やる気なさそうな顔で長閑を見つめているだけだった。


しかし長閑は彼らのかぶっているキャップに見覚えがある。


ニットキャップに描かれたロゴは、五円玉が六つ連なったような模様だ。


じーっと見つめているうちに気付いた。


「あれは、六文銭ろくもんせん……」


真田幸村や真田昌幸など真田家の家紋、そして旗印として有名な「六文銭」。実際は東信濃の豪族である海野氏の家紋と言われていたが、その家紋を真田家氏も用いていたとされている。六文銭は三途の川を渡るための代金と言われており、死ぬ覚悟で生きているという想いが込められているらしい。


「お、詳しいんじゃねーかよ」


灰赤色の瞳の男子が長閑の顔を覗き込んだ。しかし背丈は長閑より少しだけ大きいという具合で、かなり小柄な男性だ。


「俺たち、滋野しげの中の『六文銭ロクモンセン』の総長なんだよね」


長閑は驚いた。これはびっくりするほど自分の知らない話である。


幸村ゆきむら、自己紹介が長い」


灰赤色の瞳の男子を横目に、青鈍色の瞳をもった男子が言う。彼は表情をいっさい変えずに冷静を装っている。


(六文銭に、幸村……もしかして真田幸村!?あ、あの日本一の強者と称され家康をも恐怖させた、温厚な猛将としてお馴染みの、信繁さまなんですか!?)


焦るとかはさておき、長閑は瞳をうるうると輝かせて幸村を見つめていた。その姿を見た幸村は居心地悪そうにそっぽを向いた。


「ところで僕たちは貴方とお話しがしたいんです」


ゆっくりと青鈍色の瞳をした青年が長閑の方へ視線を向けた。やはり冷たい視線である。


「僕は真田さなだ信之のぶゆき。こちらの彼の兄です」


そう言いながら信之は幸村の頭を一発殴った。人を殴る時ですら彼は無表情である。


「貴方は『トム』なんですね?」


その質問に、長閑の視界は真っ赤に染まった。


北条が誰かにバラすわけがない。ならいったい誰が?


「昨日、偶然見たんです。貴方……中島なかじまさんが、廊下で武田信玄に保健室へ連れて行かれる姿を」


感情のない信之の視線が長閑へ向く。その行動一つに長閑は怯えていた。


真田信之。彼は歴史において、弟の幸村(信繁)や父の昌幸に比べてあまり目立たない陰の存在だ。しかし、誠実で愛情深い幸村のお兄ちゃんである。幸村とは違い、淡々と物事に接するタイプで、幸村からは「単純すぎておもんない」とまで言われてしまったくらいである。まあ、どちらかと言えば無頓着な男。


「その……真田さんたちは、武田君と何か……」


長閑は相手を怒らせないように優しく問いかけた。すると信之が静かにその目を閉じた。


「まあはい、そうなりますね」


「彼奴はろくなことしないから」


二人ともこう言っているだけだった。とにかく彼のせいで、こうなったと。


「ですが、不良になろうと決めたのは貴方たちの意思ですよね?」


少し荒めに長閑は呟く。それに対して幸村は怒りを露わにしたような顔を浮かべる。しかし、どうにかその感情を顔に出さまいと必死なようだ。残念ながら怒っているというのはバレバレである。


「それはお前が『トム』だから言えんだよ」


さすがにキレた幸村が、その感情を堪えきれずに長閑の胸ぐらを掴んだ。幸村はその灰赤色の瞳を真っ赤に燃やして怒りを表していた。


「いいよなお前は。何もしてねぇくせに……なんの努力もしてないくせに!!!」


幸村の拳が長閑の頬を殴りつけた。長閑は勢いで遠くのゴミ置き場へすっ飛ばされた。頬がヒリヒリと痛む。いうほど目立ってはいないが腫れてしまっている。すごい力だった。


「幸村……何してんの」


長閑の元へ、信之が歩み寄ってきた。その足取りは、ゆったりとしている。長閑の足元まで近づいてきた信之は、一瞬だけ長閑を蔑むような目で見つめると、すぐに長閑の背中を片足で踏みつけた。


「大したことねぇじゃん。『番犬将軍』って言っても、僕らの父の方が強いよ絶対」


その時、初めて信之が笑った。その目は青く澄んでいる。


「絶対……」


文脈からして、彼ら二人は『番犬将軍』に数えられていないのだろう。


「絶対は絶対にありません」


これは戦国武将織田信長の名言で、最近ではよく矛盾パラドックスとしてネタに使われている言葉である。しかし長閑はこの言葉を信じてきた。勇気にも逃げにもなる言葉だとよく笑われてきたが、この言葉は長閑の生きる方針だった。


長閑は小さく声に出す。その声を聞き逃さなかった幸村は、長閑の方を睨んだ。


「トムが消えたから、東郷高校は平和になろうとしていたのに……どうして!!!」


涙まじりに幸村の声が響き渡る。


「……」


しかし、長閑は何も言い返せなかった。何を言うべきか、なんと言葉をかけるべきか、長閑にはわからない。いつもこうなのだ。相手の考えを読み取れずに、無駄な言葉を発して怒らせてしまう。


「……中島さん?どうしてこんなところに?」


澄んだ声が聞こえてきた。長閑は声の方を向く。そこに立っていたのは黒髪をセンター分けにした青年だった。長閑の家政夫の一人、伊達政宗まさむねだ。


目を丸くしてその光景を眺める伊達。長閑が知らない男子高校生に踏み潰されている。


「なんだよ此奴」


怒りに満ち溢れた幸村が、そこにいたセンター分けの青年の姿を見ていた。まるで唾を吐くように、言葉を吐き捨てている。


「あーなんだそういうことか」


伊達は目を細めてそう呟く。そして伊達は自らのポケットに手を突っ込む。軽く息を吐いた彼は、ポケットから取り出した白い布を自らの右目に被せた。そして耳にそのガーゼの布の紐をかける。


眼帯をつけた彼はいつもの消極的な彼ではなく、自信に満ち溢れた表情を浮かべていた。


伊達が信之に向かって走り出す。しかし信之は間一髪のところでその攻撃を避ける。すかさず伊達の拳が信之の顔を狙った。そちらもかすった程度。


「貴方、威勢だけはいいようですけど、対して強くないですよ」


「ああそうか、テメェもな?ああ?」


弧を描くように伊達が拳を振るう。その姿はとても華やかで美しい。信之は顔を殴られ軽トラの車体に身体をぶつけた。見ているだけでかなり痛そうだ。華奢な体つきの信之にはあれくらいがちょうど良さそうだ。


「お、まさっち、やってるじゃん」


スマートな見た目に反してのっそりと歩く、茶髪の青年が長閑たちに背を向けて立っていた。ゆっくりと振り返る彼の顔はコロコロしていて可愛らしい。


「にしても女子殴るってひっどいね〜」


怒りに任せて幸村はその茶髪の青年を殴った。吹っ飛ばされた彼だが、軽く受け身をとり、見たこともないような意地悪な笑顔で幸村を睨みつけていた。


「へぇ、いいじゃん」


すぐに幸村に近づいた彼は、跳ねるように幸村を蹴りつける。そして地面に幸村の顔面を叩きつけると、彼の背に片足を乗せ、満面の笑みを浮かべていた。そして彼のキャップごと幸村の髪の毛をわし掴む。幸村は痛そうに奇声を上げた。そんな弟の姿を見て、信之は目を丸くしていた。顔だけでは察せない恐怖を感じているようで、身体が少しだけ震えている。


「俺は豊臣秀吉とよとみひでよし。有名すぎてビビったっしょ?」


秀吉のその笑顔は完全に歪みきってしまっていた。なぜか頬を紅潮させている。


そして秀吉はゆっくりと幸村の耳元に唇を寄せた。


「お前らは番犬将軍おれたちとは次元が違うんだよ」


傲慢しきっていた二人を地獄へ堕とした悪魔の一言。


いつもの秀吉とは違う。あれは怪物だ。


ポツポツと雨が降り出す。その雨の雫で誤魔化すように、幸村の瞳から涙が伝う。そして彼は顔を真っ赤に燃やして泣き始めた。


「どうして、どうして!!!どうして俺たちは……」


涙を流しながら叫ぶ幸村。その姿をなんの感情もない顔で眺める秀吉。


弟の姿を引き攣った緊張顔で信之は見ていた。


「もう、喧嘩なんてしないって決めたのに……」


「あ……」


長閑は思わず声が出る。


「何それ、びっくりするほど共感性ゼロだよ?大丈夫?」


もう一度、秀吉は幸村の頭を地面に叩きつけた。さすがに幸村が心配になるほどの勢いだ。


「やめてよ、秀吉くん!」


明智が張り裂けるような声で叫んだ。彼が駐車場の場外から傘を持って駆け寄ってくる。長閑はその声で今見ているのが現実だと自覚した。


「ボクらだって同じだろ!?」


「あ、ああそう……そうだね」


すっと秀吉が引き下がる。叩きつけた幸村の頭から手を離すと、またいつも通りの満面の笑みを浮かべる。


「ひ、秀吉君……」


長閑の口からは、この言葉しか出なかった。彼の黒目がちな瞳がキラキラと輝く。


秀吉は『トム』のオタクだった。そのこと自体は、まだ敢えて彼女本人には言わないようにしている。


彼女の影響で、この世界へ進んで、そして一つの暴走族の下っ端から成り上がった下剋上の代名詞。自分をそこまで成長させたのはトムだった。


秀吉は荒れ狂う雨の中、静かにほくそ笑んだ。

どうも牛田もー太朗です。十二話です。だんだん疲れてきましたが頑張ります。

後書き書くことないんで長閑ちゃんの他己紹介でも書いときます。

中島長閑 15歳 2月10日生まれ O型 好きな食べ物 アメリカン 一番好きな武将 藤堂高虎(?)


ではまた次回お会いしましょう!!

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