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第十一話

「ただい……」


長閑のどかと家政夫の明智あけちが帰宅すると、ジトーっとした目で見つめてくる秀吉ひでよしと目があった。やけに不機嫌そうだ。口元がぶつぶつと動いているが何を言っているのかまでは聞き取れない。


「おかえり、夕飯できてるよ」


後ろから武田たけだも出てくる。確かにキッチンからは醤油のいい匂いがする。今夜は本当にあわびの醤油漬けになったようだ。


「お米もいっぱい炊いてるから」


武田の背中から上杉うえすぎが抱きつくように顔を出す。抱きつかれた武田は頬を赤くさせ嬉しそうな顔をしている。「やめろ」と迷惑そうなことを言っているがあれも建前だけだろう。なんせ武田信玄は上杉謙信を大宗たいそう気に入っていたと言われているからだ。対して謙信は……といったところだが、彼の信玄に対する想いは諸説ありすぎてよくわからない。しかしよく聞くのが、「別にそんなに好きじゃない」だ。それに関してはお粗末様ですとしか言いようがなくて残念だ。


「いいなー、長閑ちゃんとみっちーだけで買い物」


食卓でも秀吉はぶつぶつと文句を言い続けていた。のくせに箸は進んでいる。やはり醤油漬けというものは美味しい。一晩寝かせることができなかったため、味はかなり薄味だが、素材の味が生かせていて、上出来だった。ご飯が進むので米をたくさん炊いておいてくれてありがとうと感謝する。


長閑はそこまでいっぱい食べる方ではない。しかし家政夫は5人ともかなりの大食漢だ。大量にご飯を炊いておかないと困る。


戦国時代の食事は大体2合半ほど米を食べていたという。雑穀で米も白米ではなかったと思うけれど、白米の方が美味しいと感じる者の方が多いであろう、現世ではみんな米ばかり食べている。


これでいて美容にも詳しいし、家事力高いし……なんなんだこの詰め込みすぎな男たちは。


食事の後は食器の片付けを手伝う。長閑も片付けぐらいはできていないと中島家が大赤字なので、食器の洗い方は頑張って勉強している。


「ありがと、手伝ってくれて」


わしわしと武田に頭を撫でられた。優しく、包容力のある手のひらはとても暖かかった。しかしその手にはたくさん絆創膏が貼られている。きっと今でも料理を作っている時に怪我をすることがあるのだろう。


「玄ちゃーん早く!銭湯閉まっちゃうよ」


玄関から秀吉の声が聞こえてくる。彼らは長閑を心配させまいと近くの銭湯に通い続けている。そのため彼らはおじいさんとの交流がかなり広い。


「じゃ」と手を振る武田。長閑も手を振りかえす。しかしこの会話をするときいつも思う。申し訳ないと。


ただっ広い家なのに、長閑のできることは砂の一欠片ほどだ。自分の無力さに落胆する。


「どう?恋は順調?」


どこからかトムの声がする。長閑はトムを探そうと振り返った。すぐ後ろにトムが立っていたので、一瞬幽霊かと思い、張り裂けそうな悲鳴が出た。


「貴様が見とるのは紛れもない貴様じゃぞ」


トムに頭をどつかれる。長閑は殴られた頭を必死に抑えた。めちゃくちゃ痛い。


「そういえば聞きたかったんだけど、どうやって貴方は出てきてるの?私と貴方は同じ人なんでしょう?」


長閑はずっと気になっていたことをトムに聞く。トムはそれに頷きながら答えた。


「まあ同一人物じゃが、肉体は二つあるからのう。ワシの話し方が古風なのは、貴様が変な歴史ばかり学んどったからじゃ」


「でも、私は自分が『番犬将軍』だった頃を覚えてるわ。貴方のような話し方じゃなかったよ」


トムは古風な美人とよく言われていたが、自分は話し方まで古風と言われたことはない。トムのような話し方をしていたら嫌でも古風だと笑われるだろう。厨二病とか言われそうだ。


「というかワシは身体が半分異世界にあるんじゃ」


トム曰くこうらしい。やっぱ何言ってるのかわからない。


「ワシは教科書の中に出てきてはいるキャラなんじゃ。同じような見た目で外国人として出てきている」


「え、でもトムは日本人でしょ?」


「ええ。でも外国人にされた」


うん、どういうことだ?外国人にされた?


「え?」


「彼奴らも知らぬ間に自分の人格を切り替えているのじゃ。貴様もトムじゃったころはそうしておったじゃろ?」


「知らぬ間なら答えられないかと」


「人格の所有権があるんじゃ。今、貴様の人格の所有権は中島長閑に移っているが、貴様のやる気がなくなればなくなるほどワシが貴様の身体を乗っ取りやすくなる」


トムはこう言った。鋭い目はずっと長閑を捉えている。


「でも恋なんて……」


長閑はつぶやいた。自分に恋なんてできる気がしないからだ。手に持っていたタオルをぎゅっと抱く。自分の考えや感情が自分でもわからないというのはこんなにも辛いことなのだろうか。


「ならこうしよう」


トムが意地悪そうに、にっと笑った。


「ワシと貴様の暴力恋愛バトルじゃ!」


「はい?」


暴力?恋愛?バトル?長閑はわけがわからず目を回した。今からやりあうということだろうか?


「貴様が高校卒業までに誰か一人と両想いになれば貴様の勝ち。だがワシが暴力で男どもを惚れさせたらワシの勝ち」


「え、うん?」


「貴様は暴力を振るいたくないんじゃろ?」


「ま、まあ」


長閑は頷く。彼女の言うことがだんだんと理解できてきた。


長閑が暴力を使わずに誰かを好きになれば、長閑の勝ちでこの先トムは長閑に干渉しない。だがもしも学校の男がトムの暴力に惚れて、長閑と両想いになったらトムの勝ちで、これから一生トムとして過ごさなくてはならない。と。


いやむちゃくちゃだ。


「やる?」


トムが返事を催促する。長閑はどう返すべきかわからず、二つ返事でそのバトルに参戦した。


トムが満足げに微笑む。そしてトムは、長閑に何か小さいものを手渡した。


「これは?」


ワイヤレスイヤホンのようなものだった。表面に曇りが一切ついていないということは新品だろう。


「耳に入れたまえ」


誇り高くトムは笑った。長閑は不審に思いながらも耳にそれを装着する。


聴いたことのないスリープミュージックのようなものがずっと流れている。これといって変化はない。


「何これ」


長閑はトムに問う。トムはくくくと笑いながら長閑の耳からそのイヤホンをひっこ抜いた。


「これは異世界に伝わる恋唄ラブソングじゃ、貴様のために流しておいてやったぞ」


そしてトムは長閑の耳元にそっと唇を近づけた。


「恋心を疼かせる唄じゃぞ」


そう囁く。それに長閑は顔をりんごのように真っ赤に染めた。何を言ってるんだこの人は。


そんな長閑の姿を笑いながら、トムは姿を消した。


時計を見て長閑は焦る。15分間トムと会話していた。家政夫が帰ってくる前に急いで風呂に入らなくてはならない。


長閑は走って風呂場へ向かう。そして制服と下着を剥がすように脱いだ。可憐な裸体が現れる。まさかこの姿もトムには見られているのでは?と長閑は急に恥ずかしくなった。急いで風呂の扉を開ける。


真っ白で殺風景な浴室とご対面。浴室には幼い頃から遊んでいたアヒルのおもちゃがおいてある。久しぶりにアヒルに手を伸ばし、そのボディをぐにゅっと押す。ぴーぷーと間抜けな音が出た。母親と風呂に入ってこのおもちゃを鳴らしていた幼き日を思い出す。


急いでシャワーを浴びると、烏の行水の長閑はささっと風呂から上がると、何事もなかったかのように同居人の帰りを待った。しかし長閑は眠気に襲われ、ソファーの上で微睡み始めていた。


何分か後に、家政夫の5人は帰宅した。しかし長閑はすっかり眠りに落ちていて、気づいていない。


「長閑ちゃん寝ちゃったか〜」


秀吉がそっと長閑の身体を持ち上げる。他の4人はその姿にすごく驚いていた。


「おっも、生きてるって重いんだね」


いつも通り、満面の笑みを浮かべて秀吉は寝ている長閑に微笑みかけた。そして長閑の部屋へ彼女を連れて行く。もちろん長閑本人はそのことに全く気づいていない。


「掃除機かけたら起きたんじゃないですか?」


伊達だてが言う。


「いやそれはダメでしょ」


上杉は苦笑いを浮かべていた。


「なんか長閑、変わった?ここ何日かで」


武田が不思議そうにつぶやいた。それに明智も頷く。


「うんうん、思った。なんか変わったよね」


「魅力的になったんでしょうか?」


伊達も同意する。武田も「だよな何だろう」と首を傾げていた。


「もしかして、恋?」


冗談半分に言ったつもりだった上杉だが、3人は彼に真面目な視線を送る。


「でも誰にだよ」


「そうだよ!長閑ちゃんは恋なんてしないって、たぶん」


「恋する乙女には見えません」


だね〜と4人は笑った。誰も自分をチョロい男とだけは思いたくなかったようである。

どうも牛田もー太朗です。よくよく考えるとヤッベェ話を書いてる者です。

何だか武田だけキャラ定まっていない気がします。キャラづくり、精進します。武田、作者は一番好きなキャラですけどね。


ではまた次回お会いしましょう!!(あってる?)

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