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第十話

二日間の休日が明け、月曜日になった。


長閑のどかちゃん長閑ちゃん、ここの答え教えて」


前の席から明るい茶髪の青年が、長閑に向かって開いたノートを見せる。長閑はそれに対して苦笑いを浮かべるだけ。


秀吉ひでよし君、わからないなら手挙げちゃダメだよ」


「ええーっ、だってカッコつけたいじゃん」


えへへと言いながら秀吉は笑う。その姿を見て、担任の北条ほうじょうはやれやれとため息をついた。4時限目の授業は歴史。習っているのは大正時代の歴史である。ちょうど大正デモクラシーの頃だ。


「お前得意なの数学だけかよ」


堪えきれずに北条が秀吉に言った。それに対して秀吉が「んなこたないですよ!!!」と反論する。そのやりとりに、クラス中が大爆笑に包まれた。


秀吉は今ではクラスのムードメーカーだ。まさに一軍の存在。


その姿が長閑には少しだけ羨ましかった。


◇◆◇


学食の隅っこの席で、長閑は家政夫5人と昼食を食べていた。長閑が食べているのは学食のサンドイッチ。


「あの……5人とも、学食で手作り弁当食べるのはちょっとどうかと……」


5人とも、長閑が起きるまでの間で作った美味しそうな手作り弁当をただただ無言で食べていた。言っちゃ悪いので声には出さないが、正直学食の弁当よりも美味しそうな出来栄えである。ひたすら自前の手作り弁当を食べる5人に対する学食のおばちゃんたちの視線が恐ろしい。


「長閑、今日の夜何食べたい?」


長閑の横に座る武田たけだが長閑の耳元でボソッと聞いてきた。今日–月曜日の料理当番は彼である。


家政夫の5人が長閑の家に住んでいることは周りの人たちは誰も知らない。変な噂がたっても嫌だし、長閑がトムであることも隠しておきたいので、このことは一応隠し通そうかということになっている。


このことを知っているのは、今のところ担任の北条ほうじょう大森おおもりだけだ。この前トムは東郷ここの校庭で武田とやり合ったりもしたらしいが、砂吹雪で何も見えなかったと家政夫たちには言われた。家政夫の5人ももしかしたら長閑がトムであるということを信じていないかもしれない。


「え……あ、えっと」


今日の夕飯のことなんて全く考えていなかったので、長閑は焦った。なんでもいいのだが、こういう時、なんでもいいは一番相手を困らせる。


(えっと、確か武田信玄の好物はアワビの醤油漬けだったような……?)


「アワビの醤油漬けなどどうでしょう!?」


かなり思い切った長閑の提案に、武田は表情を晴らした。


「よくわかってるな!あれ美味しいんだよ!」


よかった、機嫌を保てたようだ。信玄の好物について記してくれた昔の人たちに感謝する。


それなのにこの場にだけ不穏な空気が漂っていた。


長閑たちのところに女子たちが駆け寄ってきたからだ。女子たちは大体四、五人程度の数で、簡単に倒せそうな貧弱な身体をしているので、長閑は対してマークしていなかったが、彼女たちがやたら鋭い視線を向けてくるので、長閑はバレない程度に身構えた。もう拳骨の準備は整っている。


「ねぇねぇ明智あけちくん!!」


女子生徒たちは意外と友好的に話しかけてきた。まさか自分の名前が呼ばれると思っていなかったであろう明智は身体を激しく震わせた。


「は、はい!なんでしょうか……?」


顔を赤くして、上目遣いで女子たちを座ったまま見上げる明智。彼は自分で気づいていなさそうだが、かなりあざといところがある。自分の可愛さを理解していないようだが、その可愛さを存分に活かせた振る舞いを自然としていることがある。


そんな明智の可愛すぎる対応に、集まってきた女子たちのうち一人が気絶した。家政夫5人は目を丸くしてその様子を見ていた。


「ごっごめん!なんかしちゃいましたか!?」


男にしては高い声で明智が言う。そして倒れた女子生徒に駆け寄り、軽く怪我がないか調べていた。スキンシップを食らう女子生徒の目は完全にハートマークになっている。これは何かの領域に堕ちたということだけは理解できた。


「ほー、女子とは強引なものだ」


興味深そうに上杉うえすぎはその女子たちを眺めていた。全く彼は人をなんだと思って見ているのだか。


「ねーねー俺には興味ないの?」


明智の方にばかり女子生徒が集まるので、秀吉はそれが気に食わないらしく頬を膨らましていた。その顔もなんだか愛らしい。


しかし見たところ女子たちは誰も秀吉に興味がなさそうだ。


秀吉はクラスでも学年でも、ましては学校全体で人気を勝ち取っている。そのためか生徒たちにとって秀吉はマスコットキャラクター的な存在なのだろう、あまり彼関連の甘い噂は耳にしない。


そして秀吉は一部の生徒からことごとく避けられている。秀吉を避ける生徒たちは皆、現在でもこの東郷高校で不良を貫いているヤンキーだ。要するに秀吉という男の存在が恐ろしいのだろう。


長閑はまだ武田以外の家政夫が戦う姿を見たことがない、あったとしても記憶にないので、彼がどれほど恐ろしい人なのかが、いまいちピンとこない。


学食は今日も大盛況で、賑やかだった。一部の生徒が写真撮影を求められ、写真をとっていたり、何故か踊っている生徒もいた。


「皆さーん、今日は毎週月曜日のお楽しみライブのお時間ですよ!」


キュイーンッとエレキギターの高い音が響く。生徒たちの視線が一瞬でその音の方へ向いた。


「ら、ライブ?って?」


伊達だては怯えた様子でそちらを見ていた。視線の先には、大勢の生徒たちがいる。その中で、とてつもない輝きを放つ生徒が一人いた。ヘッドホンを首にかけた、白髪の男子生徒だ。かなり男らしい顔立ちをしている。


その生徒は黒いボディの輝くエレキギターを肩からかけて、マイクの前に立っていた。男子も女子も、目を輝かせて、彼が聳え立つステージの方を見ている。


「あれって今川いまがわ先輩だよな?」


「今川義元よしもとじゃん。喧嘩辞めたってマジなんだ」


生徒たちのざわめきの中からそのような声が聞こえてきた。


今川義元。みなさんも多分名前くらいは見たことがあるであろう武将である。学校で習う分には信長の引き立て役的な扱いにされがちなネタ枠っぽい武将だが、実はかなりの豪将なのである。家格の高さを見せつけ、敵を圧倒させようと、薄化粧にお歯黒をつけ、輿に乗り戦場に赴いたと言われている。実際は「海道一の弓取り」と称されるほどの弓の名手で、戦国の乱世でもかなりの実力の持ち主だった。


が、信長が兼ね備える天性の幸運に見事に圧倒され、散っていったのだ。


(さ、さすが今川義元!カリスマ性の塊だ……)


どの生徒もそのような目で今川を見ていたが、長閑だけは、別の意味で彼を見ていた。考えていることは至って同じである。


「今川はな、関東の名門、駿河するが中学の総長やってた奴なんだ!すごいなぁ」


長閑の耳元で秀吉がこうつぶやいた。ピンときていない様子の長閑を見かねての行為だろう。長閑はその話に軽く相槌を振っていた。


「やあそこのキミ!元気ないようだね、なら俺の歌で元気付けてやろうじゃないか!!」


声高らかに今川が言った。今川はこちらを見ている。まさか自分に対して言っているのでは?と長閑は嫌な予感を感じる。


またキュイーンッとエレキギターの高い音が響く。昼休みの学食中が歓声に満ち溢れていた。後ろにいるサポートメンバーらしき生徒たちが急いでドラムやベースの調整をする。


準備が整うと、ライブ会場……学食がシーンと静まり返った。


そして、「ワンツー」という今川の声とともに、ドラム担当の生徒がハイハットを叩き始めた。チッチッと音が広がる。


華やかなリズムとともに、曲が始まった。明るい曲調の曲で聴いていると思わず笑顔になるような晴れやかさを久しぶりに味わう。


そんな明るい曲の裏腹で、何者かの視線が、長閑に張り付いていた。もちろん長閑がそれに気づいていないわけがなく、視線だけであたりを見渡す。しかしそれらしい人物は見当たらない。


長閑へ向けられた視線は殺気以外の何でもないと長閑は思っていたが、それは自意識過剰だろうか。よく「お前は自意識過剰だ」と親に言われていたので、きっとそうなのだろう。


「なぁ……君」


突然、長閑が肩を突かれたので、長閑は突かれた右肩をみる。長閑の右に立ちすくんでいたのは、どこかで見覚えのある男子生徒だった。


長閑は必死に記憶を絞り出す。どこかで見た記憶がある顔立ちだ。


「えっと」


「この前|大森先生に呼ばれたろ?その時の」


そこまで言われて長閑はやっと思い出した。ここ最近色んなことがありすぎて忘れきってしまっていた。


「俺、二年の延沢のべさわっていうんだけどさ」


自己紹介をしかけていた延沢が急に顔を青くした。


「あ、延沢先輩。元気そうで何より」


笑顔を貼り付けた上杉が、ホイップクリームのように甘い声で囁く。延沢はみるみる顔を青くさせていった。


「は、はあ……」


言葉を失ってしまった延沢。その目は虚ろだ。


「で、僕の中島なかじまになんか用?」


パーカーのフードに手をかけながら延沢に問いかける上杉。長閑にそっと近づき、その身体は触れかけていた。


(「僕の」!?「僕の」ってなんですか!!!)


顔を青くする延沢に対して長閑は顔を耳まで真っ赤にした。異性とは喧嘩ぐらいでしか触れたことがないので、あまりに唐突なボディータッチに激しく動揺していた。実際触れていたわけではないのだが、触れそうになるだけですら長閑には刺激が強すぎる。


(彼は上杉謙信なんです!落ち着いてください私!)


「お前、恋愛とか得意なんだ。なんかぽいわ」


咳払いを一つした延沢が震えながら上杉にいう。すると今度は上杉が固まった。


「そんなわけないでしょうが!!!!」


長閑の声が響いた。しかし背後で行われているライブの音楽と熱量でそれはみるみる打ち消されていった。


「だって上杉謙信は戦いと酒にしか興味のない軍神様なんですよ!彼は生涯女性に手を出すことはなく、どちらかといえば女性不信気味だったと言われているんです!!彼にとって恋愛は小説の中の存在だったんです!!つまり上杉謙信は、れっきとした童貞です!!!」


その長閑の声に、延沢は目を丸くした。「マジ?」と延沢が上杉に聞くが、彼は「なんで……」とぶつぶつ呟いている。


またしても鼻筋が切れた上杉は、恥ずかしそうに顔を赤くしながら少し残念そうに長閑を見た。対して長閑は言い切ったというスッキリ感に打ち勝てず、微笑ましい表情を浮かべている。


そして上杉は鼻血を出しながらふらふらと倒れた。殺人事件でも起きたのかというくらい、床に血が溜まっている。流石に周りの生徒がざわざわと話しだした。


「ゴフッ」


血を吐きながら、うつ伏せになっていた上杉は、しばらくすると完全に動かなくなった。


「あ……」


またやってしまったと長閑は引き攣った。倒れた上杉に延沢は「大丈夫か?起きとくれ」と声をかけている。声を彼はかけても目を覚さない。


「大丈夫?」


と明智もこちらに駆け寄ってくる。


「えっ!上杉くん!?死んっ」


毎週月曜日のお楽しみライブで、人が二人も倒れたのは今回が初めてらしい。無駄に長閑たちの名前は校内で知れ渡ることになった。そして、何故か人が鼻血を出している時に居合わせ、看病させられる羽目になる今世でも運のない明智であった。




先程、上杉と倒れた女子生徒が運ばれていった保健室の前の廊下。


「撮った?」


二人の男が話をしている。二人とも見た目は似ている。違うのは表情と目の色くらいだ。一人の男はやる気がなさそうな青鈍あおにび色の瞳をしている。そしてもう一人は力強い目つきで灰赤はいあか色の瞳をしていた。


青鈍色の瞳の方が、灰赤色の男に問いかけた。スマホをスクロールしながら、灰赤色の瞳の男は答える。


「撮った。これで中島長閑が『トム』だという証拠が集まった」


「よかった」


青鈍色の瞳の男はほっと息を吐く。


「今週中には出陣するか」


灰赤色の瞳の男は、自分の無造作マッシュの髪の毛をいじりながら言う。青鈍色の瞳の男はそれに頷く。


◇◆◇


「怪しいと思いませんか、北条先生」


北条と大森は今日も職員室でのんびりとした昼休みを過ごしていた。


「はあ?誰が」


北条は声を荒げる。最近イライラすることが多いので、思わず彼にまで強く当たってしまった。


真田さなだ兄弟の弟ですよ。真田幸村ゆきむら


「はあ、誰」


「北条先生はほんと不良知識ないですよね」


呆れ声で大森が笑う。そもそも北条は来たくてこの高校の教師をしているわけではない。前世が北条氏康なので、必然的にこうなっただけである。


「真田信之のぶゆきの弟って言うたらわかりますかね?」


その言葉に北条は耳を疑った。


真田信之は北条が去年担任をしていたクラスの生徒……劣等生だ。彼はその真面目な振る舞いで誤魔化しているが、本性は不良そのものだった。何度彼の起こした傷害事件を処理してきたことか。それも、基本弟がらみの事件だというのがまた面倒くさい。弟がトムに殴られたとかで何故トム以外の人を殴るのかと、理解し難い不良たちに付き合わされて不満ばかり溜まっていたあの日々を思い出す。と、考えると弟はトム……つまり中島長閑と同い年と考えるのが妥当だろう。


「えっと、うちの真田……信之がなんかしましたかね?」


何故か敬語になる北条を見ながら大森は話を続ける。


「幸村の方はかなり丸まったんですよ、一回はね。でも兄と同じ東郷高校ガッコに入学してからまた元の乱暴さを取り戻しました」


「うげ……取り戻すなや」


教師が生徒に対する文句を裏で言っている。これの方が問題かもしれない。


「ところでなんでお前はそこまで真田兄弟に詳しいんだ」


北条は大森に聞く。いつもなら興味無しと判断して聞き流しているはずの大森の世間話だが、今回はかなりがっついて聞いていた。


「いや、幸村は僕のクラスなんすよ」


「は?」


「どっかで東郷にトムがいるってこともバレてるっぽいですし、結構噂になってますよ」


北条は言葉を失い、彼の話を聞き流すしかできなくなっていた。


「特に西郷さいごうの動きはマークしておいた方がいいと思います。織田がトムを狙っているというのは有名なので」


笑顔で大森は北条に生徒手帳を手渡す。びっしりと書かれたプロフィール。真面目に見続けていたらいつかおかしくなってしまいそうだ。


◇◆◇


「あ、長閑ちゃん、今日一緒に帰れるかな?」


下校時に明智に話しかけられた。彼の頬は少し赤くなっており、焦ったそうに視線を長閑から逸らしていた。


悪い気はしないので断らずに、一緒に下校することにした。


明智の過去がどうであれ、彼のことは自分が守ると決めたのだ。彼はいつも何かに怯えている。その怯えの対象がもしも彼の目の前に現れたりでもしたら、自分が守る。そうしたい。


長閑はどうしても、この拳がある理由を作りたかった。


「明後日の夕飯の準備したいからさ、買い物付き合って欲しいんだ」


大通りに出たあたりで、明智が慌てて思い出したように長閑に言った。そしてそのまま二人でショッピングモールまで向かう。道中で長閑は彼に聞く。


「明後日は何作るんですか?」


「うーん、何食べたい?」


思ってたんと違う返事をする彼に呆れたため息が出る。彼の素っ頓狂な笑顔がまた微笑ましい。


(考えとらんのかい)


やはり明智光秀という男は後先考えていなかったのだろうか。未だに解明されていない本能寺の変だが、その動機はどうであれ、後先考えずに信長を殺し、彼は天下を逃したと言われている。


夢にまで見ていた天下を……。


「私、チリコンカン好きなんですよね」


照れ顔で長閑は答えた。


「え、意外。アメリカン好きそうに見えないからさ」


長閑は苦笑いをした。何度も言われ続けたのでもう慣れた反応である。長閑はもともと顔立ちが和風なのと、引っ込み気味の性格なので、和食好きに見られがちだ。しかし彼女は結構新しい物や複雑なもの好きだったりもする。


「逆に明智君は何が好きなんですか?」


「えっと、ボクは……結構食いしん坊だけど……強いてなら和食かなやっぱ。さばの味噌煮とか好き」


「えーなんかわかります」


「あ、でもスイーツも好きなんだよね!プリンとか美味しいから!!」


彼は意外と話が続くタイプらしく、食べ物トークが盛り上がる。


「苦手なものはあるんですか?」


だんだん話すのが楽しくなってきた長閑は、興奮気味に問いかける。すると彼は一瞬複雑そうな表情を浮かべると、すぐに不器用な笑みを()()()()()笑った。


「うーん……金平糖かな。あれだけは良さがわからない」


眼鏡の向こうから、今すぐにでもこの会話をやめたそうな視線が貼り付けられる。少し興奮しすぎてしまった。穴があったら入りたい。


「じゃあ、チリコンカンの材料買いに行こっか」


「え、いいんですか」


「うん、ていうか敬語じゃなくていいよ」


長閑はハッとする。確か初対面の時にも敬語で話さなくて良いと言われた気がする。しかし、落ち着いた雰囲気でトムを押し殺すために作り上げ、身体に慣れさせたこの真面目ちゃんキャラは中々自分の身体から抜けきらないのだ。


「豆は確か家にあるから、ひき肉とトマト買わないと。あ、ケチャップうちにあったっけ?」


彼が穏やかに声をかけてくる。確か調味料の棚にあったと思うので長閑は頷く。


「オッケー。じゃ行こ?」


明智は長閑の制服の袖を引っ張ってショッピングモールへ引き込んでいった。実は彼、結構ガンガンくるタイプみたいだ。


「すご、ひろっ」


今までコンビニばかりに頼っていて、ショッピングモールに行く機会がなかった長閑は久しぶりのショッピングモールに心を踊らせていた。


広いショッピングモールは、平日だというのにかなり人が集まっていた。ざわざわと通行人の声が聞こえる。長閑は元来人混みが苦手だが、明智がいるため安心感があり、少し彼に身を委ねてもいいかなと自分に甘えていた。


「4月は新生活の時期だから食品とか安くなりがちなんだよね。あとゴールデンウィークにも近づくから」


明智は物知りで長閑に色々と知らないことを教えてくれる。彼の話を聞くのはとても楽しい。


「チリコンカンは明日作るから」


引っ張られながら長閑は彼の話に耳を傾けていた。


「え?明日は明智君の当番じゃないんじゃ」


「チリコンカンは二日目が一番美味しいからね。あと椎茸とかも乾燥させたものを使うよ、旨味が出るから。長閑ちゃんの好み的にマイルドな方が好きそうだから、サワークリームとシャープチェダーを入れて見ようかな。あ、シャープチェダーっていうのはチーズのことだよ。マイルドチェダーよりも苦味があって……」


長閑は次々と語られるチーズの話に目を丸くして固まっていた。ちょっと何言ってるかわかんないですね。


「なんかごめん!」


明智は両手を合わせると、長閑の前で頭を深々と下げた。また髪の毛の隙間から彼のバッチバチに開いた黒いピアスが見える。今目視できる分でも4箇所は開いている。さてはかなりヤンチャしていたな。


しかしヤンチャしていたとして、これだけ別人レベルに家事に凝っているのはまあすごいことだと思う。それに彼の髪の毛は染めていたのであろう黒髪をしているので、もう別人と言ってもいいレベルかもしれない。


それほど料理や掃除が彼にとって大事なものなのだろう。長閑は陰ながら感心していた。


「あのさ、帰りに雑貨屋寄らない?」


彼がふと長閑に対していう。長閑は「雑貨屋ですか?」と聞き返す。雑貨屋に寄るような用事はあっただろうか。


「うん、せっかくの寄り道デートだし……」


不器用な笑みを浮かべて明智が長閑にいう。かなり嬉しそうな表情だ。


「で、デート?」


長閑の心臓が跳ねた。自分でも恥ずかしくなるほど初心な自分の反応に顔を赤くする。


不意に、誰かに笑われているような気がした。


「せっかくだし、お揃いのシャーペンとか買いたいなと思って」


なんのせっかくなんだと思いながら長閑は言われるがままに頷いた。すると彼は嬉しそうに微笑み、長閑の後ろに回り込むと、長閑に後ろから抱きついた。ばふっと覆い被さる彼の身体と体温に、長閑の心臓が止まりかけた。そっと周りを見てみると、通行人が腹立ちを込めた目で見ているということに気づいたので、長閑は慌てて彼を自分の身体から突き放した。


「だめ?」


上目遣いで長閑に問いかける明智。長閑の心臓はもう崩壊寸前だ。


「だめです!!!」


長閑の叫び声が響いた。


この前トムから言われた言葉を思い出す。


−恋しないと死ぬ。


そんなことあっていいのだろうか。そもそも自分も異世界から転生しているということですら衝撃だったのに。


必死に断ると、明智はむすっとした表情で長閑から離れた。そしてそっと手を繋いでくる。長閑は言い返そうにもうまく言葉を出せず悩んだ。


どう言うのが正解なんだろう。長閑は明智を睨む。

どうも牛田もー太朗です。とうとう十話です。ここまで読んでくださった方には感謝しかありません。

何度も名前を変えまくり、このような気持ち悪い題名に落ち着いたこのイかれた話ですが、これからも読んでいただけると幸いです。


ではまた次回お会いしましょう!!

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