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第一話

※今作に登場する人物は諸説ある歴史上のエピソードを元にキャラ付けしていますが、あくまでフィクションの登場人物です。

番犬ばんけん将軍しょうぐん』−同世代の中でも最強と謳われた不良たち。それをまとめて大衆はそう呼んでいた。


それぞれに想いがあり、そのどれもが人々を魅了してきた。


彼らは不良たちの憧れと言える存在である。


まるで誰も攻め滅ぼすことのできない”学校”という城を護り続ける捨て犬のような彼らの頂点−彼らの中でもトップの人気を誇るのは、ある一人の少女だった。


その名を『トム』。


どんな相手であっても叩きのめす最強の女総長。そんな彼女は、二年前、突如姿を消した。


トムは姿を消しても、その存在に憧れを抱かれるような人物だった。彼女のような人になりたい。彼女に会いたい。そう思っている者は数知れず。それも男女関係なく、カリスマ性なのか何なのか、常日頃誰かを追いかけ、そしてその背を追われ続けていたのだ。


◇◆◇


長い春休みも終盤にかかろうとしていた。だんだん春らしい暖かさを取り戻しつつある東京では、迫り来る新年度に向けて大人も子供も大忙しだ。


そんな中、全く動く気のなさそうにダラダラしている少女がここに。


中島なかじま長閑のどか。今年の春から高校生になる少し前までは中学生だった少女である。


「はぁ〜めんどくさい」


彼女は高校に通うために親元を離れ、一人暮らしを始めたばかりである。


一人暮らしを始めてすぐに、広かった部屋はすっかり汚部屋おべやとなってしまった。


長閑は家事という家事が大の苦手。好きなことには一直線で病的にのめり込むタイプの性格なのに、苦手なこととなると途端恐るべき倦怠感に襲われるのだ。あれだけ好きなことには知性を失うのに、どうしてそうなるのだとよく父親に叱られてきた。


一時は大嫌いで反抗しまくっていた父親も、なんだかんだ言って大好きだ。


何故なら父親は、今では長閑の心の一部になりつつある”彼ら”の存在を教えてくれたから。


長閑はただボケーっとテレビの画面を見つめている。


テレビの画面に映るのは、とある歴史シミュレーションゲームの設定画面。


「織田軍強すぎるって、これ補正かかってるよね」


もちろんそんなわけなかろう。


勉強にもなるし面白いぞ、と父親に言われて11歳の誕生日にプレゼントしてもらったゲームを、長閑は今でも楽しんでいる。言葉は難しいし、出てくるのはハゲたひげのおじさんばかりだが、何かと面白い。


このゲームをきっかけに、長閑は戦国武将が大好きになった。


他の歴史はペリーとか福沢諭吉とかしか分からないので、とても歴女とは言えないが、歴史の勉強は大好きだ。


しかし、現代の歴史の授業では、江戸時代以前の歴史を習うことがなくなった。


知力より力任せに捩じ伏せるスタイルの時代だったので、子供に悪影響と判断されたらしい。それとどこまでいっても不確かな情報が多いので、そんなこと習ってなんの意味があると言われてしまったそうだ。だからと言ってそれで教科書から消されるのは流石にどうかと思うけれど。


彼らが教科書から消え去ったのは、大体長閑が生まれる20年ほど前だったと父は言っていた。


「数学とか国語とかの勉強はつまんないしさ〜」


それでも教育熱心な母親の言われるがままに、運動も勉強も嫌々ながらやっていた。


運動は比較的できる方だったし、勉強もどちらかと言えばできたので、少しだけ態度の項目の評価が悪かったこともあったものの、学校の成績で困ることはなかった。


それなのに、何が残念と言われれば、家庭科の項目だ。


長閑は料理も裁縫も片付けも何一つできない。


それに口調も男勝りなところがあったため、結構いろんな人から「女らしくない」と言われてきた。


残念なことにそれは間違いではない。



「ねぇ知ってる?『かじばの犬ちから』っていうサービス」


春休みに入る前、親友のリリカちゃんと遊んだ時に、このようなことを言われた。


リリカと出会ったのは今から大体二年前。長閑が転校したときだった。転入生の長閑にも明るく接してくれた人懐っこくて可愛い女の子で、時には長閑の心の支えにもなってくれた最高の友人である。


「なんだそれは」


もちろん長閑はそんなサービスのことなど知らないので、当然の反応をした。


「住み込みで家事とか全部やってくれるんだって!家政婦さんのことらしいけど……長閑家事苦手だったよね?ちょうどよくない?」


それにそれに!とリリカはどんどん話を進めていく。


「あの番将さんたちがいるかもしれないんだって!!!」


リリカは目を輝かせて長閑にそのサービスをゴリ押しする。リリカはその可愛らしい顔立ちに反して、結構危なっかしいものが好きだったりするのだ。見ての通り不良にも興味があるらしい。


番将というのは『番犬将軍』の略で、当時人気のあった不良たちをまとめた呼び名である。


「もしかしたらあの『トム』様もいるかもしれないなんて!!」


今では伝説となっている女総長の名前を口にしながら、少女の眼差しで空も眺めるリリカも見ながら長閑は苦笑した。


「トム……特徴だけ聞いたら甲斐姫みたいだね」


「………私もトム様に会ってみたい」


知らない人の名前を出されて戸惑ったのか、さっきよりも硬い表情でリリカが言った。そのリリカの横で長閑は苦笑する。


(とてもじゃないが、「今会ってますよ」なんて口が裂けても言えない)


長閑は口をギザギザさせた。


二年前、彼女は自分探しに夢中だった。その結果、辿り着いた果てが最強の女総長『トム』の姿だったのだ。時には誰かを追い、誰かに追われる長閑の姿を皆はトムと呼んでいた。


なりたくてなったわけじゃないと自分に言い聞かせているが、本当はなりたくて見つけた姿だったのかもしれない。


最終的に喧嘩ばかりしている自分が恥ずかしくなって、母親の転勤という波に乗り、ひっそりとその姿を消すことにしただなんて、リリカやトムのファンのみんなにはとても言えそうにない。


それなら、どうしてあの学校を受けたのだろう。


どうして、『不良の監獄』なんて言われる私立東郷とうごう高校に入学しようと思ったのだろう。


本当に馬鹿な話だ。


「すごいね、そのサービス」


「ねっ!考えてみてもいいんじゃない?」


◇◆◇


そして今、長閑は今までにない焦りを身体中で感じている。


理由は父親から届いた2件のメール。


『父さんと母さんが長閑の家に遊びに行ってやろう、5月にな』


『だって寂しいだろう?』


立て続けに届いたメッセージに、雷に撃たれたかのような衝撃を受けた。


まだ学校こそ始まっていないものの、今はもう4月5日だ。5月なんてあっという間に来てしまう。


急いで「5月の何日?」と聞いてみた。するとすぐ既読がつき、『3日だよ』と返事が来た。


長閑はどうすればいいのか分からず、感情に任せてスマホをソファーに投げつけた。


「どうしようどうしようどうしよう!!!」


こんなに散らかった部屋を見たら、父親はともかく母親には殺されかねない。洗濯物は雑に溜め込まれて、部屋には本や紙がバラバラと転がっている、それに服が大量に脱ぎ捨てられた汚い部屋……誰だって怒るに決まっている。


絶対怒られたくはない。


「あああああああ!!!」


どうしようもない焦りとどこからか込み上がってきた腹立たしさに長閑は唸り声を上げた。


そして恐る恐るスマホに手を伸ばす。


思い出したのは、春休み前にリリカから聞いた「かじばの犬ちから」というサービスだった。


(家政婦さん……か)


どんなサービスかも分からないが、少しだけ興味を持っていた。


震える手で検索ボックスに、そのサービスの名前を入力する。


たまには誰かに甘えてみてもいいのかな?と思いながら、問い合わせの電話番号が表示された画面を眺め続けた。


「もしもし、あの……」


『こちら”かじばの犬ちから”でございます。本日はどのような御用件でしょうか?』


電話越しに聞こえる声はおとなしい女性の声だった。


「はい、実は……」


長閑は少しだけ安心して、ゆっくり相手に伝わりやすいように、自分の家の内装を説明し始めた。


女性は快くその言葉を受け止めてくれた。


『それでしたら、10日に、お宅にうちの犬を向かわせますので』


「犬?」


『うちのアルバイト生はそう呼ばれているんですよ』


アルバイト生とはすなわち家政婦さんのことだろう。独特なスタイルの会社なんだな。と長閑は思った。


しかし女性の話し方からは、どこか聡明さを感じる。この人は信用していい人だろう。


それに、こういうのが最近の会社ってやつなのかも!!と少しだけワクワクしていた。


「……ありがとうございます!」


長閑はハキハキとした声で、礼を言うと、電話を切った。

どうも初めまして、牛田うしだもー太朗たろうです。

初投稿になります『喧嘩けんかつよめなおよめくん×5はあぶなくかわいい女子じょしりょく男子だんし』、楽しんでいただけたでしょうか?

作者は歴史と犬と牛乳が大好きな学生ですがどうか仲良くしてください。

ではこれからよろしくお願いします!!

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