最終話 退屈竜と唄うたいの少女
本日2度目の更新です。前話を読んでいない方はそちらからお読みください。
朦朧とした意識で目覚めると、最初に襲ってきたのは痛みだった。
耐えられないほどではないが頭の奥が金槌で叩かれたように鳴り響く。
うっすら開けた瞳で前を見つめ、ミリアは目の前の人物を「やっぱりか」と睨みつけた。
「似合ってるじゃないか、サナ」
当然のようにそこでは、巫女衣装に身を包んだサナがミリアの方を眺めていた。
微笑みながら見つめてくる様子は、ミリアの知るサナと変わりはない。
身体が動かないことに気が付く。見れば、ミリアの両手はまるで張り付けのように木の棒に縛り付けられていた。両足も足首で縛られていて、これではまともに動かせるのは顔だけだ。
「解いては……くれそうにないね」
にこりとサナが笑う。
鼻を鳴らせば、僅かに香る硫黄の匂い。周りの切り立った石山は村には無かったはずだ。
つまり、ここが自分が来たがっていた裏山だということだろう。
「私を竜神に差し出すか」
ミリアの問いかけにサナは頷いた。普段と変わらぬ彼女に、ミリアは薄ら寒いなにかを覚える。
倉で見た記述。それは赤毛の巫女に関する記述だ。
初代の竜の巫女。確かに、なにをして村を救ったかはサナの話には含まれていなかった。
「初代様は、その身を竜神様に喰らわすことで村を厄災からお守りになられました」
知っている。そして、その後の村がなにをしてきたかも。
赤毛の旅人を手厚くもてなす理由。そんなものは決まっている。
彼女たちが、村を守る贄となってくれるからだ。
「竜神様は赤毛の女性がお好きなのです。これでまた、三十年は村に平穏が約束されることでしょう」
サナの嬉しそうな声にミリアは眉を寄せた。この期に及んでおかしな話だが、死に行くことよりも裏切られたことがなぜか悲しい。
数日前に友人となってから、その後も短いときとはいえ笑いながら過ごしたというのに。
「……騙していたんですね」
「なにをです?」
けれど、サナはきょとんと首を傾げた。あまりに普段通りの彼女に、ミリアも呆気にとられてしまう。
「友人だと、言ったじゃないですか」
「……友達ですよ? ミリアさんと私は」
訳が分からない。心底不思議そうな顔をしているサナに、ミリアも困惑してしまう。
そうして、ひとつの可能性に思い当たり、ミリアはぞっと背筋を凍らせた。
「ああ、なんて羨ましい。竜神様とミリアさんはひとつになれるのです。私が赤毛だったなら、どんなによかったことか」
そう言って、サナは恍惚の表情でミリアを見つめた。唖然とするミリアの前で、にこにこと友人の門出を祝福し出す。
「ミリアさんは幸せです。竜神様に食べられるのですから。ああ、初めてお会いしたときから感じていました! この人こそ本当の巫女だと! ああ、羨ましい! その赤毛があれば、私も竜神様の元へ行けるものを!」
真実なのだ。
この村でサナが向けてくれた親切も、友情も、なにもかもが真実なのだ。
彼女はミリアを愛している。友として、最大限の幸福を願っている。
「ああ、なんて素晴らしい! ミリアさん! 貴女に会えてよかった! 親友です! 私たちは一生の友達です!」
狂っている。そうミリアは目の前のサナを吐き捨てた。
いい子では、あるのだろう。ただ、どうしようもなく狂っている。
「クゥはどうした? 私にこんなことをして、クゥが黙っているはずがない」
「ああ、クゥさんでしたら村の外です」
サナの発言にミリアの背中を嫌な汗が伝う。
「随分と酔っぱらっていらしたので、縄で縛って川に流しました。そうですね……そろそろ麓についている頃合いだと思います」
しまったとミリアは奥歯を噛みしめた。以前、たわいない会話の中でサナにはクゥが酒に弱いことを伝えた。まさかこんなことになるとはと、うかつな自分をミリアは呪う。
「……私を殺せば、竜神の怒りを買うぞ」
「ふふ、そんなことはありません。自信を持ってください。ミリアさんの赤毛は、これ以上にないくらいに美しいです」
もはや、サナは聞く耳を持っていない。これまでかと、ミリアは自分の最期を悟った。
そのとき、大地が轟き、背後から巨大なものが地面を這ってくる音がする。
窮屈な首を回してみれば、そこには見上げるほどの大蛇がミリアとサナを見下ろしていた。
「ああ、竜神様! 竜神様! ここです! サナはここにおります!」
醜い蟒蛇の化け物をサナは上気した顔で見つめ口を開いた。
白く、太った大蛇だ。いや、目がない様はまるでミミズのようにも見え、お世辞にも神だとはとても思えない。
(これが……竜神だと……?)
涎を垂らす蟒蛇を見上げ、ミリアは吐き気を催した。断じて、断じてこんなものが彼と同格なはずがない。
「こちらが! こちらが私の! 私の親友のミリアさんです! いかがですか、この見事な赤毛を! 竜神様! どうか! どうか彼女に祝福を!」
目を見開いたサナが叫び続ける。サナの呼びかけに答えるかのように蟒蛇が動き、ミリアに向かって細い舌をちろちろと伸ばした。
「……参ったね」
こんなものが、自分の旅の終幕か。これならば、彼に殺されていた方が随分とマシだったと、ミリアはゆっくりと目を閉じた。
「クゥが、悲しむ」
それは、嫌だな。そんなことを思いながら、ミリアは自分を舐める舌を感じながら、旅の終わりを受け入れた。
「我のミリアになにをしている」
その声に、ミリアは思わず顔を上げた。
誰の声かなんて、考えなくてもわかる。
憤怒の形相を隠そうともせず、サナと蟒蛇を睨みつける竜神が、そこにいた。
「クゥ……!」
出た声と友に、ミリアの目から涙が溢れた。それを見て、もう我慢ならないとクウテンケンコクーラはその身を怒りで染め上げる。
「縄は……いえ、ここに来るまでに、村の衛兵がいたはずですが」
「ミリアに感謝するがいい。そうでなければ、貴様ら全員皆殺しだ」
竜神が歩いてくる。ここに来て約束を守り抜いた彼に、ミリアはぐっとなにかを噛みしめた。
「帰るぞミリア」
「ああ」
目の前まで来てくれたクゥに、ミリアは笑顔で返事をした。
縄が軽く撫でられただけで切り裂かれ、その様子を見たサナが驚愕に目を見開く。
自由になったミリアを抱え、クウテンケンコクーラは頭上の蟒蛇を見上げた。
「このような紛い物を竜神と呼ばれては、我らの格に傷が付く」
優しくミリアを地面に下ろし、竜神は拳を握りしめた。
神を名乗るもの。それはすなわち人でなく――
「竜の姿に戻るまでもない」
振り下ろされた一撃の元、竜神は粉々に砕け散った。
◆ ◆ ◆
辺りを血の匂いが支配していた。
ドブ川をまき散らしたような、酷い匂いだ。
血と肉片が散乱した山の中で、泣き崩れる親友をミリアは見つめた。
「ああ……竜神様、竜神様……竜神様」
その姿は哀れで、変わってしまった友人は虚ろな瞳で蟒蛇の亡骸にすがりつく。
美しい巫女は、黒とも紫とも知れぬ血でその衣装を汚していた。
「どけ、ミリア。その雌だけは生かしておけん。我らを謀った罪を……」
サナに近づくクゥを、ミリアが止めた。納得できない様子でミリアを覗いたクゥは、けれどその顔を見て拳を収める。
「もう、報いなら受けているさ」
赤毛を捧げ、紛い物の神を信じた村。
もしかしたら、初めからではなかったのかもしれない。
「竜神様……竜神様……」
最後にもう一度優しかった友を見つめ、ミリアはゆっくりと踵を返した。
◆ ◆ ◆
「いやぁ、げに恐ろしきは人の情だね。今回ばかりはさすがに肝が冷えたよ」
のどかな風を受けながら、二人の旅人が歩いている。
「ミリアもミリアだ。我が間に合ったからよかったようなものを」
長身の女と、更に長身の男の二人組だ。
男は小言を言っているようで、女はそれを聞き流す。
「私が悪かったよ。助けに来てくれて感謝してる」
「本当か? どうもミリアの礼は嘘くさい」
むすっと横を向く男の声に、女は「ありゃ」と頬を掻いた。
どうも彼も成長しているようで、これは色々と誤魔化すのが難しくなってしまう。
「まぁ、そうだね。言葉だけで尽くせる礼には限りがある。クゥ、ちょっと屈んでごらん」
女の声に、男がちらりと反応した。なにかくれるのだろうかと、ひょいと男が腰を折る。
そのときだ、女の影が男の影に重なった。
「……今はまだ、これで勘弁してほしい」
照れくさそうに笑うミリアに、クウテンケンコクーラはきょとんと目を丸くした。
唇を触り、はてと竜神は首を傾げる。
「どういうことだ?」
眉を寄せ、竜神は先ほどの行為を反芻した。口先と口先を突き合わせ、それがなんだというのだろう。
その様子を見て、ミリアは「しまった」と頬を染めた。
「なぁミリア、さっきのは」
「もう知らん!」
赤面を隠すように、ミリアは旅路を急ぎ始める。
次に向かうは、魔女の噂はびこる古の都だ。
突然怒り出した意中の雌を、竜神はわけがわからないと追いかけた。
「ミリア、ちゃんと説明して……」
まずいことになった。自分の迂闊さを後悔しながら、ミリア・アバンテールは隣を歩く竜神を見上げる。
「参ったな」
どうやってはぐらかそうか。そんなことを思いながら、少女はくすりと笑みを浮かべた。
お読みいただきありがとうございました。これにて二人の旅はひとまず終幕です。
自分なりの可愛いイケメンが書きたい!と思い書き始めた今作でしたが、いかがでしたでしょうか。短い間でしたが、追ってくれた皆さまありがとうございます。クゥもミリアも気に入っているので、どこかでまた彼らの話を書けたらなと思います。
私事で恐縮ですが、新作も投稿いたしました。今までのなろう活動の集大成のような作品ですので、読んでいただけると幸いです。読んでやるぜ!って方は下のリンクから是非とも。




