君がくれた時間の続きで
【春香由紀】
謎の少女に声をかけられてから、私の独りの景色に少しだけ色づき始めていた。
彼女と初めて出会った公園のベンチで眠りこけていると、少女は決まって私の頭上に花飾りを乗せて起こしていた。
「青色の花飾り……すごく綺麗だね」
おはようの代わりに花飾りを褒めると、少女は決まって柔和な笑みを浮かべていた。
花飾りは今日で10個目。
つまり、出会ってから10回目になる記念すべき日だ。
そんな節目の日でも私たちはこれまでと変わらず、ショッピングモールで楽しみを探す旅に出る。
いつものように手を繋いで歩き、モール内の大きな時計の前まで辿り着くと、少女はクルリと体を回して私の正面に立った。
「お姉さん。今日は何しましょうか?」
「そうだなぁ……」
ここのショッピングモールは楽しみが尽きない。
アクセサリーのウィンドウショッピングをしたあの日から、本屋で多種多様な書物を眺めたり、映画を観て一緒に感想を言い合ったり、本当に飽きることが無い夢のような場所だった。
そして、10度目となる今日も楽しい一日になることが、既に私の頭の中で想像できていた。
「それじゃあ、アクセサリー見てもいいかな?」
私の提案に少女は笑顔で応え、私たちは再び手を繋いでモール内を歩いた。
私たちが向かったのは、初めて入ったアクセサリーショップだ。
商品の値札には相変わらず5桁の数字がズラリと並んでいる。
でも、かつて高額な値段に青ざめていた顔は、今となっては安定した肌色を見せ、当時のことを懐かしむように笑みを浮かべていた。
何故なら、今の私には汗水たらして稼いだバイトと生死の狭間を彷徨う程の節約生活によって溜めた貯金があるからだ。
少女と一緒に陳列されている商品たちを一通り巡ったら、私は1つのアクセサリーをレジに持っていった。
「お待たせ」
会計を済ませた私はアクセサリーの入った小袋を片手に、店の前で待たせていた少女のもとへ駆けよった。
「何買ったんですか?」
「それはね……」
おっといけない。
これは、お楽しみにとっておかないと。
「それより、お腹空いちゃった。フードコートに寄ってもいいかな?」
首をかしげる少女に、私はニコニコと笑顔を返しながら一緒にフードコートへ移動した。
丁度お昼時だったので、私たちはお互いにフードコートでそれぞれ昼食を買ってテーブルに並べた。
少女は相変わらず大きいサイズのパンケーキだったが、対して私は4個しか食べられなかったたこ焼きが、今や8個と2倍にスケールアップしている。
お互い昼食を完食した食休憩中、私は先程買った小袋を手に取り、アクセサリーの入った小包を取り出した。
そして、留め口を丁寧に開けて中身のアクセサリーを取り出したら、少女の目の前に差し出した。
「……お姉さん?」
私の言葉足らずのせいで、何も把握できていない少女はさっきみたいに首をかしげる。
「実はこのアクセサリー、プレゼントしようと思って買った物なの」
「……私にですか?」
自分に指さす少女に、私はおもむろに小さく頷く。
「日頃のお礼……みたいなものかな? 私も独りになってから生きることに精一杯で、こんな風に誰かと一緒に過ごすの久しぶりだったんだ」
私の切なさを帯びた笑みが、紙コップに入った透明な水に映る。
実際、独りでも生きることはできた。
でも、生きるという最低限のことに必死過ぎて、自分がどうして生きているのかを見失いかけていた。
そして、独りで生きていくと美奈さんに言った手前、またこうして誰かと一緒にいて、とても安心している自分がいる。
それは、海斗君と一緒にいた時と何ら変わりなくて、それは自分の孤独感への脆さを痛感させられているようだった。
だから、これはこんな私と一緒にいてくれたこと以外にも、脆い私を教えてくれたことへの感謝もひっそりと込めて少女に伝えた。
「一緒にいてくれて、ありがとう」
私の素直な言葉を受け取った少女は両手で口元を覆い、目には涙を潤ませていた。
「ど、どうしたの? プレゼント、気に入らなかった?」
案じる私に少女は涙を溜めながら、クスリと笑った。
「違いますよ。ただ、嬉しいんです。プレゼントを貰うことなんて、家族とおねーちゃん以外初めてだったから」
「そ、そう……」
悲しませてしまったわけではないことにホッと胸を撫でおろし、私は嬉し涙を流す少女を見つめた。
「ありがとうございます。大事に宝箱にしまっておきますね」
「できれば、使ってくれると嬉しいな」
私は苦笑いでそう返す。
こうして、今日のメインイベントを終えた私たちは、フードコートを出てウィンドウショッピングを再開させた。
勿論、一緒に手を繋いで。
いろいろなお店を回っていると、少女は途中から足をモジモジとさせていた。
「少しお手洗いに行っていいですか?」
少女はもう限界だと訴えるように、その場で足踏みをする。
「分かった。ここで待ってるね」
少女は繋いだ手を離すと、短距離走のように素早く化粧室へと走り去っていった。
私は近くにあったベンチに腰を下ろして、だだっ広いモール内を眺めて少女を待った。
本当に変わった子だな。
でも、それがとても面白くて、とても愛おしくて、とても救われた気になる。
――今度こそ、間違えないようにしなくちゃ。
そう意を固めていると、左から何かが凄まじい勢いでこちらに突進してきた。
「いてて……」
私はベンチから追い出されるように倒れ込み、床に打ち付けた頭を抑える。
ぶつけた衝撃で頭がぼうっとして、目の前で私を胸に顔をこすりつけている人物がぼんやりと映っている。
前にどこかで嗅いだことがあるシャンプーの匂い。
そして、もっちりとした感触が残る小さな頬。
おそらく、私を突き飛ばしたのは、小さな女の子だろう。
「こらー! 待てー!」
すると、遠くから男性の低い声が聞こえてきた。
これも、とても聞き覚えがある声だ。
「ったく、急に走ると危ないだろ……」
声の主はこちらにやってくると、息を切らしながら額に流れた汗を右腕で拭き取った。
「すみません。大丈夫ですか? ……げっ!」
紳士な男は手を差し伸べてくれたが、私の顔を見るやバツ悪そうに眉を顰めた。
私もようやく視界が平常に戻り、真っ先に見下ろす男の顔を確認する。
がっちりとした体格に、肩まで伸びた緑色の髪――。
目の前に映った人物を、私は信じられないものを見るように目を見開いた。
「……陽炎君」




