海斗青春計画
【秋山海斗】
昨夜のサッカー観戦から一夜明け、病院内はいつも通りの穏やかな空気が流れていた。
そんな折、俺は今日もリハビリに励んでいた。
「今日のリハビリはこんなものね。お疲れ様」
インストラクターの中井さんが、労いの言葉をかける。
「復帰まであと少しだね。よくここまで頑張りました」
「おかげさまで」
俺は椅子に置いたペットボトルを手に取って、椅子に腰かける。
「退院したら、どうするの? もうすぐ夏休みだよね?」
中井さんは俺の隣に座ると、興味津々に訊いてきた。
「学校に行きます。出席日数足りないそうなので」
俺は話を区切らせたら、キャップを開けて水を口に含んだ。
「うわぁ~、それはご愁傷様だね~。お友達と青春できる滅多にない機会なのに」
「俺からしたら何も変わらないですよ。学校が無かったとしても、バイトするだけですから」
俺は白く反射している床に向かって、呟くように言葉を零した。
「海斗君は今やってるバイトが好きなの?」
俯く俺に中井さんは下から覗き込むように、質問を返してくる。
「そういうわけじゃないんですけど、ただバイトしているうちは余計なことを考えないで済むので……」
「そういうものなのかな~」
中井さんは背もたれに肩を預け、真っ白な天井を見上げた。
それから、会話が途切れ、院内の環境音が静かに流れていた。
「よっ! 海斗」
お互い言葉を詰まらせていると、どこからともなく七生が現れ、俺の両肩を掴んでいた。
「あら~、七生ちゃん」
「中井さん、こんにちは!」
既に面識のある2人はお互いニコニコしながら、挨拶を交わした。
七生の顔の広さには毎度驚かされる一方、初対面の人物はいるのだろうかという疑問が最近俺の中で芽生え始めている。
「そうだ。夏休みは七生ちゃんとどこかに出かけたら?」
中井さんは名案かのように、手をポンと叩いた。
「へ? 何の話?」
事情を何も聞かされていない七生は首を傾ける。
「海斗君の夏休み青春計画だよ!」
「夏休み青春計画?」
思わずオウム返しをする七生。
そして、俺も若干困惑している。
「その計画、俺も初めて聞いたんですけど……」
「今思いついた計画だからね。それよりもどうかな、七生ちゃん。協力してくれる?」
中井さんはあざとい口調で七生に迫る。
「別にあたしは良いけど、具体的に何すればいいんだ?」
七生は戸惑っている様子だったが、最初から断る姿勢ではないようだ。
「とにかく、海斗君と遊んであげるだけよ。あとは若いお2人で決めてね」
「なんだ、そんなことか。計画って言うもんだから、海斗に魔改造でも施すのかと思った」
計画という言葉に対しての偏見が、偏り過ぎではないだろうか。
「まぁ、ある意味魔改造とも言えるかな~」
「やっぱ、海斗の体に何かするのか!?」
「中井さん。七生が混乱するので、余計なこと言わないでください」
それどころか、俺の首は既に七生によって改造されている。
「でも、一応七生は入院している身ですし、上手く抜け出せているとはいえ、毎回というのは難しいんじゃ……」
「実はそうなんだよ。ミナネーもついに私の脱走対策に力を入れてきてて、あたしも脱走のレパートリーが尽きかけてるところだ」
七生は深刻そうに腕を組む。
「その時には、私が逃走経路は確保しておくから、安心して遊んでいいよ」
中井さんはお茶目なウィンクをして、協力の姿勢を示してくれた。
「マジ! 中井さん大好き!」
七生は思いきって中井さんに体を抱き寄せた。
「本当なら、全うな理由での外出が1番好ましいんだけど……」
「相手は頑固おやじよりも固い美奈だよ。無理だって」
中井さんは手をひらひらと前後に振って、高笑いした。
その笑い声は館内中に広がり、患者や看護師たちの注目を集める。
すると、ちょうど廊下の方からヒールの音が響いた。
しかし、中井さんは自分の大きな笑い声のせいで、その足音に気づいていないようだ。
そのヒールの足音を立てていた人物は、中井さんの背後に回って影を作り、中井さんの背中を見下している。
「そろそろ静かにした方がいいんじゃないですか」
危機を察した俺は中井さんを止めようとするが、全く動じなかった。
「大丈夫だって。美奈ならさっき始まったばかりの会議に参加してるだろうから、ここにはいないし」
「じゃあ、その会議早く終わったってことだね。……美奈」
俺が名前を口にすると、嘲笑していた中井さんの笑い声がピタリと止まる。
そして、大きな影に気づいた中井さんは、背後にいる人物に目を向けると顔を真っ青にした。
「……悪かったわね。頑固おやじよりも頭が固い女で」
「げっ……美奈……」
氷の刃のように冷たく鋭い視線は中井さんを凍らせ、美奈は凍った中井さんの首根っこを掴んで仕事場に戻っていった。
「あの人、全然学ばねーな」
中井さんが連行される姿を、後頭部に手を組んで見送る七生。
「でも、計画はバレてないみたいだね」
俺も遠くで美奈に頬を引っ張られている中井さんを眺めながら、そう呟いた。
「つまり、お前も乗り気ってことでいいんだな」
企むような笑みを浮かべる七生に、俺は小さく頷いて答えた。
中井さんの突発的な提案ではあったが、話を聞いているうちに胸の中から期待感のような気持ちが湧いてきた。
『もし、俺にやりたいことができたら』
そう、これはきっと今の俺がやってみたいと思っていることなのだ。




