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流浪少女と非行青年のオークワードライフ ~Awkward Life of a Lost Girl and a Lonely Boy~  作者: 二核
分かれ道のその先で

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揺れる歓声と沈む空気

【秋山海斗】

 試合観戦をしていると、向こうの扉から若い男の声が聞こえてきた。

「わりぃ、遅くなった」

 その男は緑色の長い髪を揺らして、俺たちの席に近づいて来る。

「おせぇよ! 試合とっくに始まってんだろうが!」

 七生が怒鳴りつけると、男もしかめっ面になって対抗する。

「うるせぇ! 文句なら俺の妹に言えってんだ!」

 すると、男は近くにいた俺に気づき、さっきまでの表情が一転する。

「兄貴―! 来てたんすね!」

 俺を“兄貴”と呼ぶ男――他でもない陽炎だ。

「咲ちゃんと何かあったの?」

「いやぁ、それが咲のやつが行きたい行きたいって駄々こねてきやがって。宥めるのが大変だったんですよ」

 陽炎は困ったように頭を掻く。

「終いには肩を噛みつかれました」

 最近どこかで聞いたような気がする。

 陽炎は襟をずらして、噛み付かれた肩を見せつけた。

 そこには、歯型の小さい輪ができていたので、子供が噛みついたのだとはっきりと分かる。

「咲ちゃんもサッカー好きなの?」

「いや、サッカー観戦に行くって言っても素っ気なかったんですけどね。兄貴のこと言ったら急にのめり込んで来たんすよ」

「あー、そういうことなー」

 七生は分かったような口ぶりだったが、全く分からない俺と陽炎はお互いに目を合わせていた。

「何だよ、言ってみろよ」

 陽炎が訝し気に訊くと、七生は誇ったように鼻を鳴らした。

「お前らバカには分かんねえだろうなぁ」

すると、陽炎は今にも手を出さんと言わんばかりに袖を捲る。

「んだと! 兄貴をバカ呼ばわりするたぁ何事だ!」

「お前、自分のことは否定しないのか?」

「まぁまぁ、落ち着いて」

 俺が左手で陽炎の背中に触れて鎮めようとすると、陽炎は変な声を出して体を震わせた。

 とりあえず、落ち着いてくれたので、今の反応は見なかったことにして話を進める。

「俺にだって分からないことたくさんあるからさ」

「兄貴……なんて謙虚なんだ」

 そんなつもりで言ったわけでは無いのだけれど……。

 すると、試合の方はウルグアイに同点ゴールを叩き込まれ、腰に手を当てて頭を下げる日本の選手が映し出された。

「うわぁ、まじかよ。陽炎が来た瞬間に決められた」

 七生が渋い顔をして陽炎を見る。

「俺が悪いみたいに言うのやめろ!」

 結局、前半戦は1−1で終了し、選手たちは一時ロッカールームに引き上げる。

 ハーフタイム中、スポンサーのCMが流れるが、ここにいる全員はそんなの見向きもせず、仲良し同士談笑していた。

 俺も七生と陽炎のグループで、試合の前半戦を振り返る。

「追いつかれちゃったね」

「まぁ、まだ前半だしな。こっからよ」

「しっかし、相手プレー随分と暴力的だな。本当にサッカーなのか?」

「サッカーは戦争らしい」

 俺は先ほど培った知識を陽炎にも伝授する。

「それって、やめた方がいいんじゃ……」

 事実を知る前の俺と全く同じリアクションだ。

「そうだよね。スポーツって争いかもしれないけど、その中でも相手同士の手の取り合いって大事だよね」

「そっすよ。その精神さえあれば、試合中でも心置きなく殴り飛ばせるってもんですよ!」

 陽炎は晴れ晴れとした顔をしてそう言う。

 やっぱり、サッカーは戦争なのかもしれない……。

 後半戦が始まると、日本は後ろからパスを繋げていくが、自陣に引きこもったウルグアイの固い守備をなかなかこじ開けられずにいた。

「相手守ってばっかじゃねぇか。面白くねぇ戦い方すんな!」

 陽炎が画面に向かって叫ぶ。

「これが南米の特徴だよ。守って守って守り抜いて、隙を見せたら一発でやられる。これまでも、あいつらはそうやって強い国に勝ってきたんだ」

 すると、日本のパスをカットしたウルグアイが、日本陣地に空いた広大なスペースに一本の長いパスを送り込む。

 前線にいた選手が一気に駆け上がり、日本のディフェンダーは全く追いつけずキーパーと一対一の状況になってしまった。

 絶体絶命かと思いきや、冷静だったキーパーが最後まで動かず相手のシュートを足で止めて、何とかコーナーキックに逃れた。

この一瞬で俺の周りは皆声を上げて、難を逃れると頭を抱えた。

「あぶねー」

 陽炎も年配者と同じように頭を抱えていた。

「確かに怖いね」

 対して俺は、今の一瞬を冷静に見守っていた。

 七生も顔を抑えて、今の一瞬に安堵の溜息をついていた。

 この後も日本が攻撃を組み立てるが、ウルグアイが奪ってカウンターという構図は変わらず、ボールは日本の方が持っているのにどこか不利に働いていた。

「くそー! 全然点取れねぇ」

 劣勢の日本を見て、陽炎は悔しそうに頭を抱える。

「どっかで変化加えないと、またカウンターで負けるぞ」

 七生ももどかしいこの状況を、不安そうに指を噛んでいた。

 すると、パスを受け取った一人の選手が相手の激しいスライディングで派手に転ばされ、痛そうにその場でうずくまった。

 カメラが痛がる選手をアップすると、背中には3番をつけた安藤選手が映し出されていた。

「舟ちゃん!」

 孫の苦しむ姿を見た孝子さんは、思わず口を抑える。

 当然プレーも止まり、日本の選手たちは安藤選手を囲んで安否を気遣っていた。

 俺の周りでも、年配の方たちが一斉にざわめく。

 少しして、安藤選手は上体を起こしたが、立ち上がるまでには至らず、担架で一時的にピッチを離れることになった。

 安藤選手を欠いた日本は10人で戦うことを強いられる。

「試合続行するのか!? こっちは1人少ないんだぞ!」

 アンフェアな状況に陽炎が物申す。

「観客を待たせるわけにもいかないからな。サッカーじゃ、よくあることだ」

「あの野郎、なんて卑怯な奴なんだ……」

 怪我をさせた相手選手が映し出されると、陽炎はそこに向かって鋭く睨みつける。

 当の本人は一切悪びれるような態度を取らず、澄まし顔でゴクゴクと水を飲んでいた。

 因みに先ほどのプレーで、彼はイエローカードを貰っている。

 逆を言えば、あれだけの危険なプレーにもかかわらず、レッドカード(退場処分)が出なかったのだ。

 俺たちからしたらあんなに危ないことをする選手はピッチから出るべきだと思うのだが、世界からしたらこれくらいのことは当たり前に映ってしまうのだろうか。

 何がともあれ、1人少ない日本は当然強気に攻めることができず、全員が守備に奔走しなければならなくなる。

 対してウルグアイの選手たちは好機と言わんばかりに一気に日本のゴールに襲いかかってきた。

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