未来に残るふたりの影
【春香由紀】
大型のショッピングモールというだけあって、中は多種多様な店がズラリと並んでいた。
案の定、少女はアクセサリーを中心に、ウィンドウショッピングを楽しんでいる。
私はというと、アクセサリーの魅力に惹かれるような心の余裕はなかった。
『これ、買ってください!』
少女からのこの言葉が何度も過ってしまうのだ。
「これ、めっちゃ綺麗じゃないですか?」
そんなこと訊かれても、私の脳内では少女の無心する言葉が何度もリピートされるせいで、品物よりも値札に目がいってしまう。
因みに、少女が手に取ったアクセサリーの値札には5桁の数字が表記されていた。
こんなの買ったら、破産して野宿生活になってしまう。
こうなったら、少女が自分で選ぶよりも先に、安い物を勧めてダメージを最小限に抑える他ない。
「うん、すごく綺麗! でも、他のも見てみたいな!」
私は品々の値札を即座に把握して、その中で一番安い物を手に取る。
「これとかどうかな?」
少女は自分の顎をさすりながら目を凝らして、品定めを始める。
「たしかに、シンプルなデザインで、万人受けしそうですね」
「で、でしょ!」
お願いだから、これにしてください。
「……でも、それはその人の魅力が最大限発揮できないことでもあると思うんですよ。お姉さんはその人にしか似合わないようか物こそ美しいと感じませんか?」
似合わなくてもいいので、これに決めてください。
「ど、どうかなぁ。私はこっちの方も魅力的に映ると思うんだけどなぁ……」
私は限界まで交渉を粘り続ける。
「まぁ、お姉さんにはお姉さんの考え方がありますもんね」
少女は大人のように落ち着いて、私の意見を汲み取る。
何にせよ、勝機が見えてきた私はここで一気に畳み掛けた。
「じ、じゃあこれを……」
「でも、やっぱり私の感覚では、こっちの方が合うと思うのですよ」
少女は私の声を遮って、自分の意見を主張した。
少女の声から自身の意思の強さを感じる。
もはやこれまでか……。
私はこの先の野宿生活を覚悟して、ポケットから財布を取り出した。
「あれ? それ買うんですか?」
少女は不思議な光景を見るように、目をパチクリとさせる。
「えっ? これが欲しいんじゃないの?」
私もてっきり買い与えるつもりでいたので、少女の言葉に疑問を抱く。
「フフッ、そういうことだったんですね」
私の憶測を話すと、少女は上品に口を抑えて笑った。
「そんなことしませんよ」
少女は手を横に振りながら、もう片方の手でアイスを食べる。
因みに、アイスは私も食べていて、情けないことに少女持ちだ。
プライドなんて、パンケーキを食べてからとっくにへし折れている。
「でも、これ貰ったわけだし……」
さっき公園で貰った花飾りを手のひらに置いて、自分の目の前に移す。
「流石にさっきのとは比べ物にならないですよ」
飾り物になると、少女は謙虚になるようだ。
さっきの推理みたいに、傲慢になっていなくてよかった。
「私、学校あまり行けてなくて。優しくしてくれるお友達はいるんですけど、こうやって遊んだことはないんです。だから、あの花飾りのお返しなら、こうして一緒に遊んでくれるだけで充分貰っているんですよ」
今目の前にいる少女は明るくて、誰よりも人生を楽しんでいる子だと思ってた。
でも、現実はそんなことなくて、きっと寂しさを埋めたがっていたのかもしれない。
だから、私のような初対面で年上の人間に話しかけるなんて、一歩間違えれば危ないことに繋がりかねないようなこともできたのだろう。
かつての私がそうだったように……。
でも、相手が私で良かった。
だって、私なら彼女の気持ちが少し分かる気がするから。
「今日、私と一緒にいて楽しかった?」
「はい! とても楽しかったです!」
少女は元気いっぱいに答える。
「それじゃあさ、またいつかこうやって一緒に遊ばない?」
「……いいんですか?」
「いいよ。どうせ時間たくさんあるし」
こんな私に何が出来るのか分からないけれど、きっと少女を独りにさせてはいけないと感じた。
だから、私が少女の近くにいるのは、あくまでも独りじゃなくなるまで。
ここにきて、少しだけお姉さんらしく振舞えた気がする。
「……嬉しいです」
少女は目に浮かんだ涙を腕で拭う。
「それじゃあ、いつでも誘えるように交換しましょ!」
そう言って、少女はポケットからスマホを取り出すと、私は重要なことに気づく。
私は生まれてこの方、スマホはおろかケータイ電話を持ったことが無かったのだ。
「お姉さん?」
私は首をかしげる少女に申し訳なさそうに説明する。
「そうだったんですか。今どき珍しいですね」
「本当に申し訳ない……」
「それならこうしましょう!」
少女はひらめいたように手をポンと叩く。
「どうするの?」
「こっちです!」
私が訊くと、少女は私の手を引いて歩きだした。
流れるようにして、少女に連れてこられたのはゲームセンターだ。
中に入って、レースゲームやダンスゲームのコーナーを通っていく。
少女が足を止めると、前にはプリクラの部屋がズラリと並んだコーナーが映っていた。
「ここで、写真を撮りましょう!」
「えっ、どうして?」
「今は連絡手段が無いので、せめてお互い忘れないように形に残る思い出をと思いまして。あとは運命に任せて再会を待つとします」
なんて、スピリチュアルなやり方なんだろう。
「それもいいけど、もっと良い方法がある」
「良い方法ですか?」
「私があの公園のベンチで待っていること。仕事があるから毎日というわけにはいかないけど、会いたくなったらまた来ればいい」
「いいんですか? お姉さん、イヤになりませんか?」
「仕事以外やることないからね。それに、私も今日楽しかったから、また会えるのを楽しみに待ってる」
「お姉さん……」
煌びやかな少女の目が期待となって私に向けてくる。
「何から何までありがとうございます。私、初めて知らない人に声をかけたのが、お姉さんで良かったです!」
「次からは知らない人に声掛けないようにね。本当に危ないから」
苦笑いを浮かべながら、少女の頭にポンッと手を置く。
「もう、お姉さんがいるので、大丈夫です! これで、お姉ちゃんを安心させられます!」
「そっか、お姉さんいるんだっけ? 安心ってどういうこと」
「いつもお姉ちゃんがいるわけじゃないから、歳の近いお友達をたくさん作りなさいって言われたんです」
「そうだったんだ。すごく心配してくれてるんだね」
「お姉さんは20代ですけど、まずは最初の目標達成です!」
「そ、そうだね~。今度はもっと歳の近いお友達ができるといいね~」
私は顔を引きつらせながら、少女の目標を応援する。
20代って、きっと若い方だよね。うん。
「それじゃあ、一緒にプリクラ撮りませんか? 私たちの最初の思い出ということで」
「そうだね。一緒に撮ろっ」
私たちはプリクラの部屋に入って、中にある機械を動かす。
アナウンスの指示に従ってポーズをとろうとするが、お互い初めてだったようで所作に困った。
撮影が終わり外でプリントアウトされると、二人ともぎこちないポーズだった。
ただ、そんな私たちが恥ずかしそうに笑い合っている。
「これ、どうぞ」
少女がプリクラで撮った数枚の写真を私に手渡す。
「ありがとう。大事にするよ」
「私もずっと大事にします。だから、またいつか会いましょう」
少女は背伸びして私の前に小指を出す。
「うん、約束」
私も小指を出して、再会の約束を交わした。
モールを出るまで私たちは手を繋いで歩いた。
そして、少し歩いたところの交差点で、繋いだ手が離れる。
「ここまで来れば、あとは一人で帰れるので」
「分かった。また会おうね」
しかし、少女は進もうとはせずに、私をじっと見つめる。
そして、私の方に駆け寄ると、お腹のあたりに顔をうずめて腰回りを強く締め付けた。
「本当にまた会うって、約束してくれますか?」
締め付けている腕から伝わる期待と不安の震え。
それは、かつて私が誰かに伝えていた気持ちと、とても似ていた。
別れはいつだって寂しくて、約束をすれば未来を不安にさせる。
だから、無責任な言葉は決して言ってはいけない。
「大丈夫、私を信じて」
私は少女よりも強く抱き返して、想いを伝えた。
すると、少女は安心したような満面の笑みを浮かべて私の顔を見上げた。
これで、きっと少女はもう大丈夫だろう。
私は可愛い笑顔をした少女の頭を優しく撫でる。
そして、少女は私から離れると、元気よく走ってまた私の方を振り返った。
「それじゃあ、また会いましょう!」
少女は飛び跳ねながら大きく両手を振る。
「うーん! またあの場所で待ってるねー!」
私も大きく右手を振って、少女を見送った。
少女が見えなくなったのを確認すると、私は踵を返して私の道を行く。
一人の生活が始まって数週間――。
今日はその中でも不思議な一日だった。




