ほんの少しだけの甘い日
【春香由紀】
仲良く手を繋いでモールの中に入ると、少女のお腹の虫が鳴った。
気づけば、柱についている大きな時計の短針は12を指していた。
なので、買い物(?)よりも先にフードコートで、ランチタイムを取ることにした。
少女が目印としてハンカチをテーブルに置いたら、それぞれ別れて食べたい物を買って席に並べる。
少女の前には、チョコペンでうさぎのイラストが描かれている2枚に重なったパンケーキが、金色のハチミツをギラギラと輝かせていた。
それに対して、私の前には4つのたこ焼きが鰹節も揺れずにポツンと置いてある。
「お姉さん、それだけで足りるんですか?」
「う、うん。あんまりお腹空いてなくて」
というのは真っ赤な嘘で、本当はフードコート内で一番安かったのが、この4個入りのたこ焼きだったのだ。
そして、少女が頼んだパンケーキはおそらくこのフードコート内でも1,2を争うレベルの値段だろう。
私のお腹が鳴らないうちに、早速1つのたこ焼きを串に刺して、口の中に放り込む。
噛みながらたこの行方を探ったが、プリッとした食感はどこにも見当たらない。
すると、少女はポケットからスマホを出して、パンケーキに可愛く描かれたウサギのイラストを撮影する。
「では、私もいただきます」
手を合わせて食事の挨拶をすると、ナイフとフォークを持つ。
刃先をパンケーキの中心に当てて、勢いよく刃を入れた。
すると、中に詰まっていたはちみつが滝のように流れ出し、少女は小さな口を目一杯開けてパンケーキを食べた。
「ん〜、美味しい〜」
少女は幸せそうにほっぺたに手を当てる。
前にも似たようなことがあったが、あの時とはそれとは比べ物にならないほど、パンケーキの魅力に惹かれ過ぎて思わず唾を飲み込んでしまう。
というか、こんなボリューミーなパンケーキ一人で食べ切れるのだろうか。
私は食べきれないことを願いつつも2つ目のたこ焼きを食べた。
あわよくば、お情けとかではなく、自然な流れでパンケーキを食べたい。
一口目よりも大きく切ったパンケーキを顎が外れそうな勢いで頬張る少女。
口の周りにはハチミツがべったりと付いていたので、私は手元にあった紙ナプキンで少女の口元を拭いてあげた。
「ありがとうございます。お姉さん優しいですね」
「そんなことないです……」
そんな風に食べられると、こっちも余計に食べたくなるので、その欲と一緒に払拭したかっただけなんです。
私は3つ目のたこ焼きを口に放り込む。
そして、最後の1個は大事に取っておいて、少女がパンケーキを食べている様子を窺がう。
まだ、たこ焼きとパンケーキを交換する可能性が残っているからだ。
……というか、いつの間にこんなにも食い意地を張るようになってしまったのだろう。
一人になってからというもの、食べるものは安い中でも比較的カロリーの高い食べ物ばかり食べてきた。
でも、それはお世辞にも美味しいとは言えなくて、とにかくお腹に溜めることだけを考えて食べていた。
だからなのか、今目の前にある甘くてフワフワした食べ物が食べたくて仕方ない。
「あ、あの……」
少女が気まずそうに零すと、私は無意識のうちに顔をパンケーキに近づけていたようだ。
「ご、ごめん!」
我に返った私はすぐにパンケーキから離れる。
「よろしければ、少し食べますか?」
そう言って、少女は切ったパンケーキをフォークに刺して、私の方へ向ける。
気遣ったような笑みを浮かべる少女。
私よりも年下であろう少女に同情されながら、パンケーキを差し出される構図。
それだけで、私の中にある矜持がすり減らされて、そのうち跡形も無くなってしまったような気がした。
そう、この場は私がお姉さんで、少女は妹のような存在だ。
妹に施されるような姉などあってはならない。
だから、こぶしを握り締めてパンケーキから目を背けるが……。
「ほ、ほしい……です……」
力を振り絞って吐いた言葉は、矜持をズタズタに引き裂くものだった。
少女は無言でフォークに刺したパンケーキを、私の口に運んでくれた。
私も無言で口を大きく開いて、
ハチミツの上品な甘さとチョコレートの加減の良い苦みが唾液腺を刺激して、生地のフワフワ食感が口の中でとろけていった。
私はこの感動を噛み締めながら、心の中で大雨粒の涙を流した。
結局、少女は私にくれた分以外全てをたいらげて、膨れたお腹をさすっている。
「ふぅ~、もう動けないです~」
見た目に似合わず、大した胃袋だ。
そして、私はというとさっき貰ったパンケーキの感動が、まだ忘れられずにいた。
今は食休憩中で、少女はセットで付けたホットティーを啜って一息ついた。
因みに、私は近くにあった冷水機から組んできた水を飲んでいる。
すると、少女はテーブルに置いていたスマホを手に取り、ポチポチと画面をタップしていた。
「何してるの?」
私が訊くと、少女が柔らかと微笑む。
「お姉ちゃんにさっきのパンケーキの写真と、メッセージを送っているんです!」
「お姉さんいるんだ」
「と言っても、本当のお姉ちゃんじゃなくて、私が病気で入院してた時に、よく遊んでくれてただけなんですけど……。入院中はお父さんもお母さんもいなかったから、自然とお姉ちゃんって呼ぶようになったんです」
「そうなんだ。大変だったんだね」
私が同情すると、少女は瞼を閉じて小さく首を振る。
「そんなに悲観するようなことじゃないですよ。入院してなかったらお姉ちゃんに会えていなかったでしょうから。これは運命が導いてくれた幸せな出会いなんです」
にんまりと笑う少女。
それは、屈託も表裏もない純粋な笑顔なのだと、真逆の笑顔を作ってきた私には分かる。
「少し話過ぎてしまいましたね。今度は私からお姉さんに一つ訊いてもいいですか?」
「ど、どうぞ……」
正直不安しかないが、こちらから訊いてしまった以上、断るのは野暮だ。
しかし、少女は何も言わず、ずっと私を見つめていた。
「……ねぇ、どうしたの?」
「いや、気になって仕方がないことならあるんですけど、どう訊いていいものか分からないので、私が憶測を述べてそれに対して合っているかを答えてもらっていいですか?」
「そんなに複雑なことなの?」
なんだろう……なんだか急に緊張してきた。
「まず、平日の昼間にも拘わらず、公園のベンチで寝ていたこと。まるで、職を失ったホームレスみたいでした」
まずは、軽く一発鋭い針が胸に突き刺さる。
「ただ、ホームレスにしては着ている服は綺麗だし、髪の毛も整っています。それに、学生とは思えない大人びた容姿」
心なしか少女の目線が私の首よりも下に向いている気がする。
「ズバリ、お姉さんは週休二日制の仕事をしている20代のOLではないですか?」
探偵になった気分に高揚しているのか、少女は目を輝かせて前のめりになる。
でも、どうしよう……。
出した答えだけ全然違う。
こんなに、正解を期待するような目を向けられたら、素直に違いますなんて言いづらい。
「週休二日制なんて言葉知ってるんだ。すごいね」
とりあえず、褒めてみてさりげない誤魔化しを図る。
因みに、そこそこ働いた経験のある私は、週休二日制という文言を初めて聞いた。
「前に病院で患者さんと看護師さんの会話をこっそりと聞いていましたから! それで、私の推理、合ってますか?」
何の成果も得られなかった……。
「ま、まぁそんなところ……かな」
結局、殆ど嘘をついたような誤魔化しになってしまったが、少女は自分の推理力に酔い浸れていた。
「やっぱり私、探偵の才能があるかもです」
「う~ん、すごいすごい」
人差し指を額に当ててポーズをとっている少女に、心がこもっていない拍手を送る。
さりげなく、実年齢よりも高く見られていることには目を瞑っておこう。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「そうですね」
私たちはテーブルを離れて、トレーを片付けたらフードコート出て、モール内を歩き始めた。




