昼間の公園と花飾り
~old memories~
【????】
ある日、いつも通り病院を抜け出して適当に散策していると、保育園の門越しから子どもたちが楽しそうに駆け回っているのが見えた。
元気な子どもたちを見るのは好きだ。
だから、決して不審者のように振る舞うつもりは無いけれど、塀をよじ登って見守るだけなら犯罪にはならないはずだ。
笠木に腕を置いて子供たちの遊んでいる光景を眺めていると、奥の砂場で一人の女の子が砂をいじって遊んでいた。
砂場にはその子しかいなくて、先生も部屋にいる子供たちと遊んでいるのかどこにもいない。
私は降りて反対側に移動したら、そこの塀を登ってもっと近くから女の子の様子を覗く。
「ねぇねぇ」
私の声に反応した女の子はおもむろに私の方を向くと、声も上げずにただ私を見つめていた。
迫る恐怖から自分を守るために、何もかも閉ざしてしまったような目だった。
「……お姉さん、誰ですか?」
活力を失くしたような、か細くて寂しそうな声で訊ねる。
「やだ~、お姉さんだなんて。そんなに綺麗に見えちゃう私?」
「……違うんですか?」
「違うなんてことはないけど~。それよりお嬢ちゃん皆とは遊ばないの?」
「いえ、誰も私に近づこうとはしないので……。私自身、こっちの方が落ち着くし」
「そうかな~? 皆と遊んだ方がもっと楽しくなると思うんだけどな~」
「……そういうものですか?」
「さては、食わず嫌いね? 分かった」
私は塀の内側に飛び降りて、ズボンに付いた砂埃を払う。
「みんな~、しゅーごー!」
私の声に反応した子供たちが、私の元に一斉に集まる。
もしかして、私のこと新しい先生だと思い込んでいるのかな。
「……何のつもりですか?」
「これから、私たちと遊びましょ!」
私は真っ直ぐと女の子に手を差し伸べる。
女の子は戸惑っている様子だったが、恐る恐る立ち上がって私の手を取った。
◇
【春香由紀】
灯りが消えた部屋で一台の大きなモニターが青い光を発している。
「んー……」
決して柔らかいとは言えないマットで寝ていたせいで、体の節々が悲鳴を上げていた。
モニターの右下隅には7:00と表示されていて、まだ寝足りないと言っているかのように大きな欠伸をかいた。
703号室を出たら階段を降りて、シャワールームに入る。
この店のシャワーは無料なので、数日ぶりに体を洗い流した。
体を拭いてドライヤーで髪の毛を乾かしていると、鏡に自分の姿が映り、目の下にクマができていた。
いくら長い時間寝ているとはいえ、あの若干固さを感じる黒いマットでは快適な睡眠をとることは難しい。
私服に着替えて部屋に戻ったら、荷物をまとめてカードキーと一緒に703号室から退出する。
セルフレジで支払いを済ませた私は、ネットカフェを出て宛もなく街を歩き始める。
病院で海斗君との別れを決心した私は、一人の生き方を探していた。
美奈さんから頂いたお金と懐にあった貯金のおかげで、ネットカフェで一晩過ごしつつ、足りなくなることを見越してネットカフェのパソコンから求人サイトに登録して、単発バイトを繰り返していた。
曲がりなりにも人並みの生活は維持しているつもりだが、あまりにも金銭面が不安定でいつお金が尽きてもおかしくなかった。
いくら働いているとはいえ、どれだけ節約しようとしても、一晩のネットカフェ代が赤字の要因になっている。
だから、偶に公園など人目のつかない所で夜を明かしていたりした。
もはや都会で生きている人とは思えないくらい過酷な生活をしているのだ。
今日は働き口が見つからなかったので、子供が遊んでいる小さな公園のベンチにもたれかかっていた。
空を見上げて、飛んでいる鳥を目で追う。
絵に描いたようなニートになっていた私は、日頃の寝不足に耐え切れず、眠りに落ちてしまった。
目を閉じて真っ暗な視界の中、頭に何か乗せられたような感触が残る。
それに起こされるように目を開けると、目の前には小学生くらいの小さな少女が立っていた。
少しくたびれたオーバーオールを着ていた少女は、若葉色の三つ編みを左右に揺らし、子どもらしい無邪気さを湛えた顔立ちとは裏腹に、陽だまりのような琥珀色の瞳だけは妙に落ち着かせられた。
「あっ、起きましたか」
赤の他人も同然の私に対して、少女は堂々とした姿で向き合う。
「あの……何か用ですか?」
一方で私は見た目が小学生の少女相手にも、人見知りするように警戒する。
「急にごめんなさい。お姉さんの寝顔があまりにもアレだったもので、ちょっといじっちゃいました」
悪気なんて微塵も感じないほど、屈託のない笑顔で喋る。
「ア、アレってどれ?」
もしかして、あまりにも変な寝顔だったとか。
私は見知らぬ少女の読めない心に震えながら尋ねる。
「それは、ここを見れば分かります」
少女は自分の頭を指差す。
私は彼女に従って自分の頭を触ってみる。
てっぺんから横にスライドすると、ザラザラとした感触が手に残り、取って顔の前に持っていく。
それは、白い花が二つ重なった髪飾りだった。
「お姉さんに似合うと思って、付けさせていただきました!」
満面の笑みを浮かべる彼女を見て、裏の顔が無いことに安堵する。
「ありがとう」
髪飾りを返そうとすると、少女は髪飾りを持った私の手をそっと包み込んだ。
「これはお姉さんが持っていてください」
「いいの?」
「はい! お姉ちゃんに教えてもらって私が作ったものですから」
純粋な親切心を無駄にしないと、快く受け取ろうとする。
ところが、突然胸騒ぎがしたので、胸ポケットに入れようとした手を止めて、少女に一つ訊ねる。
「もしかして、お金取る?」
すると、少女は目を大きく見開いて一瞬固まる。
「あー、その手もありましたね」
そう言って、今気付いたように手のひらをポンッと叩いた。
少女の反応を見て言わなければよかったと、顔が引きつってしまう。
しかし、時すでに遅く、少女はにんまりとした顔をこちらに近づける。
「それじゃあ……」
少女は徴収しますかと言わんばかりに、私の目の前に手を差し伸べてきた。
「私と遊んでくれますか?」
「えっと、それって……」
子供がするような遊びってことだよね、と言いかけた口を紡いだ。
相手は子供なのだから当たり前だ。
少女は浮かべた笑みを崩さないまま、私の答えを待っている。
「それじゃあ、何して遊ぼうか?」
すると、少女の目が子供のような希望に満ちた輝きを放ち、私の手を握りしめた。
その目は最近関わった同い年の女の子にそっくりだった。
というか、突拍子のないことをしている時点で、生き写しだ。
「私についてきて下さい!」
少女は外見とは裏腹に強い力で私を引っ張り上げて、そのまま行き先も伝えることなく走り出した。
「自分で走れるから!」
私も少女に対抗して掴まれた腕を引っ張り上げた。
しかし、その反動で少女は足元のバランスを崩してしまい、私は拾い上げるようにして、少女を自分の胸に収める。
「……落ち着いた?」
「はい……あっ、でも、もう少しこのままで構いませんよ?」
顔が服に隠れて表情が分からなかったが、声から下心を感じたので、私は無言で服に埋もれた少女の顔を引っ剥がした。
「それじゃ、今度は歩いて行こうか。しっかりと歩幅を合わせて」
「はい!」
元気よく返事をすると、両手で勢いよく私の手をとる。
そんな幼さ全開の少女に、私は眉を下げながら微かに笑みをこぼした。
落ち着きが戻った少女と手を繋ぎ、同じ歩幅で目的地まで歩く。
少女は「あっちです」「こっちです」と指差しで方向を示し、私はそれに従って何度も方向を変えて進んだ。
どこにでもいる姉妹だと思われているのか、周りの人は私たちのことを見向きもせず、ただ自分の行く先に目を向けていた。
おかげで、私自身も一人でいる時よりも、周りの目が気にならなくなっていた。
「到着です!」
少女が足をピタッと止めて人差し指で指す場所に目を向けると、見上げる程大きなショッピングモールが聳え立っていた。
そして、平日にもかかわらず、入り口ではひっきりなしに人が出入りしている。
人生で初めてモールを目にした私は声も出ず、口をポカンと開けていた。
「さっ、私たちも入りましょ!」
立ち尽くす私に、少女は手を引いて促す。
「い、一応訊いておきたいんだけど……ここで何するの?」
私は若干震え気味に尋ねる。
大規模(体感)なショッピングモール。
そして、飾り物をこよなく愛する少女。
それが意味するものは"高級な飾り物"に手を出す恐れがあるということだ。
『これ、欲しいです!』
何の躊躇いもなく、こんな風に当たり前のようにおねだりする光景が目に浮かぶ。
「それも内緒です」
少女は顔が引きつった私を見上げると、小悪魔的な笑みを浮かべ、口の前に人差し指を立てる。
私、これからいくら払わせられるんだろう……。




