開いた扉と告げられた現実
【春香由紀】
放課後になり机にべったりとくっついていた私は、おもむろに顔を上げて寝ぼけ眼で帰りの支度をする。
帰ると言っても、今の私にそんな場所は存在しない。
どこに行こうかと虚ろになりながら考えていると、陽炎君が教室に入ってきて私の元に近寄ってきた。
「大丈夫か?」
陽炎君の第一声は、心配からだった。
それだけで、私の顔色がどれだけ酷くなっているのかが想像できる。
「私は大丈夫。それよりも……」
「例の交通事故だろ? 俺のクラスでも聞かされた。それに兄貴は学校に来てない……。こりゃ、やばいことになっちまったな」
「そう……だね……。私の……せいで」
自責の念に駆られている私を見て、陽炎君は黙り込んで何かを考えている様子だった。
そして、何を思ったのか不意に私の手を取って、そそくさと教室から出る。
周りの生徒たちは感嘆の声を上げて、私たちを遠くから見ていた。
「どこ行くの?」
「兄貴の家」
「ちょっと待って!」
昇降口に着いたあたりで掴まれた手を振り解き、膝をついて呼吸を整える。
「どうして海斗君の家なの?」
「もしかしたら、いるかもしれないだろ?」
とても安直な考えだったが、間違いだとも思わなかった。
あの話を聞いた後だと、家にいるとはとても思えないけれど、何も分からない以上は、分かるところから探した方が良いと思った。
「でも、どうやって入るの?」
「そりゃあ、もう決まってんだろ」
そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべ、胸ポケットから二つの曲がった棒を取り出す。
そうだった。
陽炎君は外見に似合わず、意外と手先が器用だったことを忘れていた。
「今度はあんたも共犯だな」
私はクスっと笑って、「そうだね」と答える。
そして、私たちは一縷の望みにかけて、海斗君の家へと歩み始めた。
海斗君の家の前まで辿り着き、陽炎君の器用な鍵開けによって、扉が開かれる。
念のためバレないようにと、足音を殺して慎重に家の中を歩いた。
夕暮れのこの時間ならバイトに行っているか、晩御飯を作っている頃だと思うけれど、リビングからは何も聞こえず、海斗君の部屋を覗いてみてもバイトで持って行っているはずの鞄も床に投げ出されていた。
他の部屋もくまなく探したけど、海斗君の姿は一向に見つからない。
足音に気を遣いすぎて疲れた私は、リビングのソファにもたれかかり天井を見上げた。
陽炎君もリビングにやってきて、浮かない顔でテーブルに手をつく。
「どこにもいなかったな」
「うん……」
天井から照らしている白熱電球に手をかざす。
海斗君……どこにいるの?
もし、会えたなら謝りたい。
そして、探してくれてありがとうってお礼を言いたい。
かざした手を目に当てて、隠れた視界の中でそう願った。
すると、玄関の方から足音が聞こえてくる。
陽炎君もその音に気付いたのか、期待を膨らませたような顔になり、リビングの扉が開かれるのを待った。
ドアノブが捻られ、扉の向こうの人物があらわになる。
「兄貴!」
歓喜とともに、陽炎君が出迎える。
しかし、目の前に立っている人物を見るや、陽炎君の表情は静かになった。
「……あなた」
その人物は私を見ると、驚くように目を見開いた。
長い髪をそのまま下した清楚なヘアスタイルに、落ち着いたトーンに彩られたスーツ。
海斗君の姉の美奈さんだ。
「お前誰だ? どうやって入った!」
海斗君の姉を見たことが無い陽炎君は、この家の主に鋭い目つきで威嚇する。
「さてはお前兄貴の私物盗みに来たな! この空き巣ババア!」
「その言葉そっくりそのまま返すわ。ちゃんと鍵は没収したはずなのに、どうやって入ってきたの?」
「そんなん、これに決まってるだろ?」
そう言って鍵開けに使った二つの棒を平然と見せる。
「全く……どっちが空き巣よ……」
美奈さんは呆れ返ったように、おでこに手を当てる。
「陽炎君この人、海斗君のお姉さん」
それを聞いた陽炎君は、即座に背筋を伸ばし両腕を真っ直ぐと足の付け根まで下に伸ばした。
「兄貴に似てとてもお綺麗です。お姉様」
「もう手遅れよ、このクソガキ」
美奈さんは細くため息をつき、再び私の方に顔を向ける。
「今度は何しに来たの? 由紀ちゃん」
私は拳を握りしめ、勇気を出して言葉にする。
「海斗君に……会いに来ました」
美奈さんは何も言わず私を試すかのように、目線を離さずにいた。
その状態が数秒間続いて、ようやく口を開く。
「あいつなら当分ここには戻ってこない」
美奈さんから告げられたことは、私の考えていた嫌な予感にまた一歩近づけるものだった。
「兄貴が戻ってこないって……どういうことだよ!」
事実に納得できない陽炎君は、声を荒立てる。
「そのままの意味よ。どうしてこうなったか、分からないわけではないわよね?」
美奈さんの言葉で、私は全てを察した。
私と陽炎君は返す言葉も無く、その場で俯く。
「由紀ちゃん、少し話でもしない?」
美奈さんには答えを求めるように言われたが、当然拒否する権利なんてあるわけもなく、私は恐る恐る美奈さんのあとをついていった。




