帰る場所を許さない者
~old memories~
【淡々とした少年】
「こんにちは!」
いつものように病室で“その人”の相手をしていると、慌ただしく引き戸を開ける音がした。
振り返って見てみると、制服姿の女の人が花束を持って僕たちを凝視していた。
「あら~、ミッちゃん。久しぶり~」
どうやら”その人“の知り合いのようだ。
しかし、ミッちゃんと呼ばれる彼女は、依然として固まっている。
「ミッちゃん、どうしたの?」
”その人“に呼びかけられて、ミッちゃんと呼ばれる人はハッと目を開く。
「その子、前に言ってた……」
彼女は不機嫌そうな顔で、僕の方へ指を指す。
「そうよ、この子がミーちゃん。そういえば、二人とも名前がそっくりね。なんか姉弟みたい」
お互い何も分かっていない状況なのに、よくそんな呑気なことを言えたものだ。
「お花持ってきてくれたの? まぁ、綺麗。さっそく飾りましょう」
“その人”はベッドから降ると、花瓶を借りに病室を出た。
僕と彼女だけが取り残され、和やかだった空気が一変する。
彼女は空いたスツールを引いて、腕と足を組んで僕をずっと睨みつけていた。
お互い牽制しあうような状況に耐え切れず、僕の方から話しかけてみることにした。
「初めまして、僕は……」
「事情は聞いているわ」
僕の自己紹介は呆気なく切られ、向こうのターンになる。
「でもね、認める気無いから」
それだけで会話が途切れてしまうと、タイミングよく“その人”が花瓶を持って病室に戻ってきた。
それから、彼女は“その人”の前では僕と仲良さそうに振る舞うが、近づく度にどこか冷たさを感じる目で僕を見ていた。
もしかしたら、こういうタイプの人間が、一番苦手かもしれない。
◇
【秋山海斗】
「久しぶりね、海斗。帰ってくるまでに部屋をきれいにしてあげようと思ったら、掃除機の使い方がわからなくって」
俺の家には陽炎以外にも堂々と入り込める存在がいる。
しかし、それは陽炎のような不法侵入ではなく、合法で訴えることもできない存在。
「おかえり、美奈」
雨宮美奈――俺の姉にあたる人だ。
「何しに来たの?」
久しぶりの帰宅ではあるが俺に歓迎の意思はなく、早く帰ってほしいという気持ちを交えながら訊ねる。
「随分な挨拶ね。私、一応ここの主なんだけど?」
覆しようのない事実に、俺は口を紡いだ。
そう、今の俺がこうして生活できているのは、目の前にいる美奈の助力があるからだ。
「あなたの様子を見に来たの。ちゃんと学校には行ってるの?」
「おかげさまで」
「おかげさまねぇ」
美奈は後ろにいた由紀の存在に気づき、呆れた物腰で由紀を見つめる。
「それって彼女のことを言っているのかしら?」
美奈の視線の先へ振り返ると、由紀が案じ顔で俺たちを見ていた。
「とりあえず二人とも入りなさい」
そう言われ、俺たちは渋々とリビングに入り、ソファに腰を下ろす。
美奈は自分にだけ熱いお茶を入れ、テーブルに置いた。
それから少しの間沈黙の時間が流れ、横では由紀が緊張で握りしめている手を震わせていた。
美奈がお茶を飲んで一息つき、ようやく口を開く。
「まず訊きたいのは……その子、誰?」
「春香由紀。俺のクラスメート」
「春香由紀です。海斗君とは仲良くさせてもらってます」
由紀が丁寧に自己紹介をして、美奈の出方を窺う。
「初めまして、由紀ちゃん。私は雨宮美奈、海斗の姉です」
美奈も大人さながらの落ち着いた自己紹介で、余裕を見せつける。
「雨宮さん……? 秋山さんじゃないんですか?」
「それは、こっちの事情だから、あまり気にしないで」
「う、うん……」
由紀は腑に落ちない様子だったが、かまわず話を進めた。
「話を元に戻しましょう。由紀ちゃんと海斗は友達同士。そういうことでいいのよね?」
張り詰めた空気の中、美奈は足を組んで物腰柔らかに話す。
「そう」
「は、はい……」
「でも、お友達にしては距離が近すぎない? いくらお友達でも、異性の家に入るなんて普通は躊躇うものよ?」
「それは……」
言葉を詰まらせた由紀に、美奈は更に追い打ちをかける。
「それに、さっきここの部屋の鍵を持っていたのって、由紀ちゃんだったよね?」
「あっ……」
美奈は昔から洞察力に長けていて、今回も遺憾なく発揮されてしまったようだ。
美奈のこの一刺しで、手詰まりとなってしまった俺たちはもう認めざるを得なかった。
「海斗、どういうわけか説明して」
矛先が俺に向けられ、拒否権を持たない俺は話さざるを得なかった。
由紀とは春休みから、この関係が始まったこと。
そして、二人での生活のこと、全てを打ち明けた。
一通り話を聞いた美奈は、再び熱いお茶を飲んで一息入れる。
「……なるほどね。事情は大体わかった」
その言葉を聞いても、素直に喜べなかった。
腐っても俺たちは姉弟。
次に出てくる言葉は、なんとなく想像出来る。
「今すぐ出てもらって」
案の定、美奈からの了承は得られず、代わりに由紀の家出を命じられた。
俺は抗うわけでもなく、すんなりと受け入れ由紀に支度をさせる。
美奈は別れ際の玄関で、由紀と話す最後の時間をくれた。
「思ってたよりも短かったね」
「ごめん……」
「どうして海斗君が謝るの? 悪いのは私の方なのに……」
「俺はそんな風に思ってない」
「嬉しい。私ももっとここに居たかったなぁ」
そう言って由紀が最後に見せたのは、目一杯の笑顔……。
寂しさが入り混じった笑顔だった。
「ありがとう、海斗君。すっごく楽しかった!」
由紀は俺に背を向けるまで、その笑顔を崩さなかった。
そして、振り返ると、扉を開けその場から立ち去っていく。
春休みから始まった由紀との二人の生活は、一か月も満たずして終わってしまった。
開いた扉の向こうは暗雲が立ち込め、そのうち雨が降りそうだ。
今度は玄関先の地面に目を向けると、雨の当たらない屋根の下で、一滴の雫が零れ落ちていた。




