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流浪少女と非行青年のオークワードライフ ~Awkward Life of a Lost Girl and a Lonely Boy~  作者: 二核
仮初の生活

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23/64

甘くて苦い、友達の味

【春香由紀】

 授業終了の鐘が鳴っても私は教室に戻らず、学校の体育館裏でうずくまっていた。

 冬野さんと目を合わせるのが、怖かった。

 それに、冬野さんを叩いた私を見るクラスメートの視線はもっと怖い。

 倉庫の横に生えた一本の大きな木に寄りかかり、体育座りした膝におでこを当てた。

 皆が帰った頃を見計らって私も帰ろう。

 暗闇の中、微かに吹く風に肌を撫でられながら、時が過ぎるのを待った。

 すると、遠くからジャリジャリと、足音が聞こえてきた。

 それは、何重にも重なって、こちらに近づいてくる。

 顔を上げてみると、目の前には数人の女子たちが蔑むような笑みを浮かべて私を見下していた。

 名前までは思い出せないが、いつも冬野さんと一緒にいる女の子たちだ。

 そのことに気付いた時点で、もう何の用なのか大体検討がついた。

「あれれ~、春香さーん。打ち合わせは終わったのー?」

 私と同じくらいの背丈の女の子が、煽るように迫ってくる。

 私は立ち上がって避けようとすると、もう一人の背の高いロングヘアの女の子も私の前に立ちはだかった。

「あんさぁ。ちょっと付き合って欲しいんだわぁ」

 その子を中心に他の女の子たちも、ニヤ付いた顔で私の退路を断つ。

「……私、早く帰らなきゃいけないから」

 なんとかこの場を切り抜けようと、私は説得を試みる。

「それって“また”男の子の部屋?」

「今日は大人かもよ」

「「「「「キャハハハハハハハハハハ!」」」」」

 後ろの取り巻きたちは楽しそうに高笑いをしていた。

 何度避けようとしても、背の高い女の子はしつこく私を通せんぼする。

「お願い、どいて!」

「まぁまぁ、そう焦んなって」

「あんたさぁ。男と楽しくしてるのは良いけど、何うちらの涼花を傷物にしてくれてんの?」

 背の高い女の子は私の胸倉を掴み、脅迫してくる。

「……話しかけてきたのは冬野さんの方だよ。あっちから話しかけてこなかったら、何にもしなかった!」

「何その言い訳? だっさ!」

 目の前の女の子が鼻で笑うと、後ろの女の子たちも不敵な笑みを浮かべる。

「そんな理由がまかり通ると思ってんのかよ?」

 獲物を狩るような鋭い目つき。

 彼女は怒りとともに、掴んだ腕の力も強くなっていく。

 その拍子にワイシャツの第二ボタンが、プツンと音をたて地面に転がった。

「離してっ!」

私は必死に抵抗する。

「いいじゃん。それで男子の前に立ってみろよ」

 後ろで嘲笑う女の子たち。

 こんなふうに集団で虐められるのは、実はこれが初めてじゃない。

 だから、どうしようもなくなった時、どうすればいいのかも知っている。

 それは、心は死んだふりをして、体は人形のように脱力させるのだ。

 止まない雨は無いのだから、堪え続ければ解放される時は来る。

 そして、私を傷つけてすっきりした皆は、きっとファミレスで悪者の私を誹謗しているのだろう。

 私は何も感じないし、向こうは悪者退治をした正義の味方を気取れる。

 そう納得させれば、何も辛いことなんてない。

 理不尽なことなんかじゃない……。

「んだよもう戦意損失かぁ?」

「もっと脱がしちゃえ」

「へへっ」

 胸倉を掴んでいる逆の手でワイシャツのボタンを手荒に取ろうとする……その瞬間だった。

 ――ポキッ……ザクザク……。

 誰かがお菓子か何かを食べる音がする。

 嘲笑していた周りの女子たちは静まり返り、その音の主を目で追っていた。

 ――ポキッ……ザクザク……。

 音は着実にこちらの方に近づいてきている。

 ――ポキッ……ザクザク……ペロっ。

 一本目を食べ終えたのか、口の周りを舐めまわしている音まで加わってきた。

 ――ガサガサ……ポキッ……ザクザク……。

 そして、二本目を取り出し、またサクサクと音を立てる。

「……な、何でここにいるの?」

 私を掴んでいた女の子は手が緩み、私は地べたにお尻をつけてしまった。

 誰なのか確かめようと顔を上げる。

 長くて青い髪はハーフアップにまとめられ、小さい体に私の視線は下に落とされる。

 パッチリとした目はボロボロになった私の姿を捉え、右手に持っている棒状のお菓子をウサギのようにポリポリとかじっていた。

「えへへ、小腹が空いちゃいまして。ほら、校舎の中だと怒られてしまうでしょう? なので、ここでこっそりと食べれば学校も私もウィンウィンってやつですよ」

 誰に対しても笑顔を作り敬語で喋っているけれど、言っていることが無茶苦茶なのが特徴的な女の子。

 そう、私がひっぱたいた張本人――冬野さんだ。

 殺していた感情が、息を吹き返す。

「そ、そう。じゃ、じゃあ私らももらっていいかな~」

 私の胸倉を掴んでいた女の子は、冬野さんに取り繕おうとする。

 ボスを前に媚びへつらう小者のようだ。

 しかし、冬野さんはその子に眼中はないようで、私の元へと一歩一歩近づいてきた。

 前科がある私は逃げるように、一歩ずつ後退る。

 でも、地べたに座り込んでいる私と立っている冬野さんの歩幅の差は、言わずもがな圧倒的に冬野さんの方が有利でだんだん距離は縮まっていく。

 お互いの体が触れてしまいそうなくらいまで近づくと冬野さんは屈み、お菓子を一本取り出して小さな口に入れる。

 折れた先端は冬野さんの唾液によって、黒く湿っていた。

「……ん」

 冬野さんがかじった一本の棒状のお菓子は、冬野さんの手で私の口へと入れようとする。

『よく漫画とかであるじゃないですか~。二人で同じものを食べたら“お友達”みたいな~。私そういうのに憧れがあるんですよ~』

 ふと、その言葉が頭を過り、私は咄嗟に手を塞ぐ。

 お菓子はまだ口の中。

 吐き出せば冬野さんとの“友達”という繋がりは否定できる。

 私は口からお菓子を吐き出そうと、口の中を動かした。

 冬野さんを見上げると、背景には見事なまでにオレンジ色に染まった空があった。

 その中心でにっこりと笑顔を振りまく冬野さん。

 チョコレートは既に溶けて食道に流れ、口の中には唾液でふやけたビスケットの部分だけが残る。

 早く吐き出せと心の中で叫び続けるが、口はなかなか命令通りに動いてくれなかった。

 それどころか喉の方へゆっくりと押し込まれていく。

 ――ゴクンっ。

 喉を大きく鳴らした私に、冬野さんはそっと言葉を溢す。

「これでもう嘘はつけなくなりましたね」

 奥の女子たちを見て、私は冬野さんの思惑に気づく。

 冬野さんのこの行為は、友達になる儀式のようなもの。

 ここで受け入れてしまったら、私が嫌いだと言ってもまかり通らなくなってしまう。

 あの時の暴力がなかったかのように、前科者である私に笑顔を見せる冬野さん。

 それはクラスで見せているようなものではなく、自然と出たような屈託のない笑顔に見えた。

「ちょっと涼花!」

 周りの女の子たちも冬野さんのこの行為の意味を理解しているようで、撤回することを全力で望んでいる様子だ。

「何でしょうか?」

 いつもは緩みの帯びた口調の冬野さんが、相手の心に棘を刺すような冷たい声を発していた。

 鋭く刺さったものは、半歩ほど後退る。

「な、何でそいつを庇うんだよ。こいつが涼花に何したか知ってんだろ?」

「はい、しっかりと覚えてますよ」

「じゃあ、何で……」

「何でって、それは私のお友達ですもの~」

 冬野さんはにっこりと笑い、いつもの喋り方に戻る。

「そいつは……私たち女の敵みたいなもんだろ!」

 私の胸倉を掴んだ子の声が震えている。

「いつからそうなったんですか?」

「それは……涼花は知らないかもだけど、こいつ男にしか興味ないんだよ。この前だって好きな人が、そいつと一緒に歩いてるのを見て泣いてた子がいたんだよ。二人が幸せならいいって言ってたけどさ、気づいたらそいつは他の男と並んで歩いてんだ! 男をとっかえひっかえして、周りの女子たちの気持ち踏みにじってさ……涼花はそんな悪魔みたいな女許せるの?」

 怒りに満ちた言葉の数々を聞いて、私はようやく自分のしていたことの愚かさを理解する。

 それは、この前の冬野さんとの出来事が無かったら、きっと気づくことすら出来なかったかもしれないことだ。

 でも、同時に反論したいことが一つある。

「私は……」

「そうしたいわけではないんですよね?」

 私がしゃべろうとすると、冬野さんが代わって擁護する。

「だって由紀さんと出会った時もナンパされてましたけど、すごく困っているようでしたし。それに、由紀さん可愛いから、男の人が寄ってくるのも仕方ないですよ」

「……嫌なら断ればいいじゃん」

 後ろに隠れていた女の子が、痛いところを突いてくる。

「それに由紀さんを独りにしていた私たちにも悪いところはあると思いますよ。由紀さんだって、そのせいで男の子と一緒にいるしかなかったのかもしれないですし」

「じゃあ、私たちにどうしろと?」

 冬野さんはにんまりとした顔で、私の肩に手を添える。

「簡単ですよ。私たちが由紀さんのお友達になればいいだけです」

「……は?」

 冬野さんの単純すぎる提案に前に立っていた背の高い女の子は、間の抜けた声を漏らす。

「ということで、残りは代表で篠ちゃんにぜーんぶあげるので。はい、あーん」

 私が口づけた棒状のお菓子を篠ちゃんと呼ばれている背の高い女の子の口に近づける冬野さん。

「ちょ、ちょっと待て涼花! 私はいいよ」

「あーん」

 顔の前で手を振っても、冬野さんは一向にその手を止めようとしない。

「い、今はお腹いっぱいだから! また今度食べるよ。それじゃ」

 そう言って女の子の集団は、一目散にその場から立ち去った。

「行っちゃいましたか~。残念です」

 心底落ち込むように、ため息をつく冬野さん。

「冬野さん、その……」

 言葉を詰まらせていると、冬野さんは私に手を差し伸べた。

「そのままじゃ風邪ひきますよ。私の体育着使いますか?」

「……うん」

 私は冬野さんの手引きで更衣室に入るまで、冬野さんの顔を直視出来ないままでいた。

 危害を加えた人に助けられて、どんな顔を見せればいいか分からなかった。

 それに、お礼も言いそびれちゃったな……。

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