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君の瞳は・・・(君に届くは竜の声 外伝)

「おい、何人保護したんだ? 」


カーナ港沖で昨夜拿捕した怪しげな国籍不明の商船に、恰幅のよい青年が縄梯子を使って上ってきた。

明るい茶色の髪は手入れがしやすい様にか短く、その体躯に似合わずその青い瞳はつぶらで可愛らしい。

それほど背は高くないが、若い彼がこの海域でとても有名な人物であることを皆知っていて、先に国籍不明船に乗り上げていたカーナ領の領兵達は一歩後ずさった。


船の中には弱りきった、南から連れてこられた・・・いや攫われて来た若い男女が十人ほど横になっている。

彼はその一人一人に声を掛けて、(いら)えがあれば腰に提げていた水筒を口元に添え、少しずつ水を与えて行く。


「私たちで何とかしますよ、レジェント・ブレード船長、ジュマルの田舎者に手伝って頂くほど人手は困っておりませんのでな」


隊長らしき男が、腰に手を当てて蔑むようにレジェントと呼ばれた青年を上から見下ろした。


「全員銀髪に青眼の南の人間だ、この青年と女性は発情中だ不用意に触ると発狂して死ぬぞ・・・ちゃんと起してやらねぇと」


「そ、そんな事分かっている! お前に指図されなくともな! おい! 医者を呼んでやれ、獣に近い人種でもちゃんと保護するとも安心しろ」


「あぁぁぁあ?! もう一回言ってみろ、何に近いって? 」


レジェントの額にくっきりと青筋が立ち、隊長の軍服の襟元を掴み上げて持ち上げた。

隊長の首が絞まり、カハッという喉からの音がする。

慌ててそれを遠巻きに見ていた他の兵隊が上司を守る為に一斉に数歩彼らに近づいた。


「俺のお袋が南の人間だと知っていて、それを言ってるのか? お前ら、ここにいるのが全部、獣だって言うのか? だったらお前だって獣だろう、色町で南人を買って弄んだ事があるんだな。人じゃないからすき放題ヤッて楽しかったか? 残念だがな、それは媚薬使われて何にもかんにもわからなくされている者達で、ヤるのが好きで啼いてたわけじゃない。そういう事、知ってて買ったんならお前らこそ下種な獣だよ」


最初こそ怒鳴っていた彼の声は、だんだんと地を這うような言葉になり。

言葉の最後でポイと隊長を船縁へ放り投げた。


「さっさと医者呼べ、五年前に帝国と南の部族連合と同盟組んだのだろうが。お前ら同盟国の人間を人扱いしないと大変な事になるんじゃねぇのか、───・・・よしよし、もう大丈夫だ・・・」


彼は近くに居た女性を抱き上げて、背中を擦り上げた。


「すぐに大好きな人の所に帰れるからな、帝国の軍人さんはみんな頼もしくてお偉い方ばかりだ。何も心配いらね・・・」


「この・・・田舎者の船長ごときが・・・」


船縁に叩きつけられた衝撃で、暫く動けなかった隊長が、腰に差していたほぼ飾り物だった剣を支えにして立ち上がった。


「私は帝国の陛下の覚えめでたき騎士だぞ、お前ごとき下賎な者の指図など受けん・・・」


「あぁ、可哀想に、帝王さんも馬鹿の配置に苦心してカーナ選んだんだな。ここじゃ帝国までアホの害は及ばないだろうし」


「なにぃ・・・」


隊長にはもうすでに、自分の部下達が、呆れ返り誰も助太刀しないどころが遠巻きに冷たい目で見ている事に気がついてないようだ。

この男も何とも哀れなものだなと、レジェントは女性をそっと横たえながら立ち上がり、ふと風が陸から吹き上がってくるのを感じて陸に目を向けた。


海からの潮風では無いそれは、例えるなら木々の間を渡るそよ風・・・風は段々と強さを増し、空の頂点に血を落としたような赤い点が見えたかと思うとも物凄い勢いで、船の上空に迫り来た。

空の眩しさにレジェントは思わず手で目を翳すと、赤い点はスカートを翻した女の姿になり、まるで宙に浮いている様に見えた。


空から女が落ちてくる!!!


まだかなりの高さがあるのにかかわらず、彼は思わず両手を大空に差し上げて女を抱きとめようと足に力を入れて踏ん張った。


「殿下だ! 」


「クリューネ姫殿下が飛来なさった、誰か総督府に伝令を」

途端に船の上が慌ただしくなり、見るからに隊長が挙動不審に陥ったのが周りの人間には分かった。


空から、空から美しい女が落ちてくる・・・真珠のピースで結い上げた艶やかな栗色の髪は解れていたが、純白の陶器のような首筋や顔にかかり、切れ長の瞳は夕日のように煌いている。

目前まで迫った彼女は、レジェントを見つけて、フッと微笑んだ。

少しきつめの顔が微笑んだ事で、右にえくぼができて優しい表情になる。

レジェントは両手を上げた変な格好のまま、彼女から目が離せなくなった。


一目ぼれなんて酒場で聞く与太話だと思っていたが・・・違ったようだ。


空から俺の女神がやってきた・・。


きれいだ、きれいだなぁ・・・。


 

「スタリナ、ありがとう。さすが竜の翼ね、帝都からここまで半日よ」


竜? というかクリューネ? 


「王姉、クリューネ姫殿下?!」


彼女が空で浮かんでいるように見えたのは、その騎乗していた竜が空の色に近かったから。

空色の竜は翼を大きく広げ、体を覆う美しい鱗が太陽に反射して思わず周りの者が目を瞑った。


クリューネ姫殿下の契約竜、蒼き冴え渡る空のごとき美しき女竜、通称スタリナ。


『しかし、少し遅れたようだ。そこの者が無礼を働いた言葉が少しだが聞こえたよ、クリュー』


竜は頭をめぐらせて、隊長を上から見下ろした。


「そう、そこの隊長さん。総督府で何やら貴方に話しがあるようだわ、この悲劇の発端どうやら貴方にあるらしいとの情報が帝府に入りましてね。弟が責任を感じて退屈な夜会に出席中の姉を遣わされましたのよ」


「わぁぁぁ!! 」隊長は竜と目が合うと、踵を返して一目散に逃げようとしたが、それを空竜は前足で素早く捕らえ、両手で締め上げた。


グリリリリ・・・


骨を締め上げる音が辺りに鳴り響き、クァハッと隊長が血を吐いた。


「スティー、殺しちゃだめよ。人身売買の片棒を担いでたのだからその全貌を話してもらわないと。・・・この人はね、こうやって南の人を保護したふりをして、売り飛ばしていたのよ」


「・・何てこった」

レジェントは思わず呟いた・・・。


『よかろう、しかし私が許しても(しゃく)竜辺りが許すまい、南の部族評議会に報告せねばならんだろうし・・・。そうなると報復措置として香辛料の値段がどうなる事やら』


「カラヴィアの叔父さまが何とか宥めるでしょう、でも大失態だわ・・・。そこの人たち、この人を拘束して連れて行きなさい、組織ぐるみでの犯行であるようだから、領兵の中に仲間が居るかも知れないわねぇ・・・頭の痛い事」


『灼竜は香辛料をまぶした肉を炙って食べるのが最近の好物だ、手軽に購入できるようになって嬉しいと喜んでいたところだったのに・・・。怒りに任せて穴を掘りまくってこの前温泉湧かせていたが、また温泉が増えるかも知れんなぁ・・・』


「ストレス発散に穴を掘るのもいいけれど、竜園に落とし穴作らないでと言っといてちょうだい、この前シンシアがハマって泣いてたから」


レジェントは変な格好のまま、一人と一体のやり取りを聞いていたが、竜が自分をじっと見つめていた事に気がついて、じっとり冷や汗が出てくる。


『おや、おやおや、何とまぁ。私の念話が聞こえるのですか? 』


「聞こえます・・・」


何とも言えない威圧感に思わず畏まった言い様になってしまった。


『これは貴重だ、小さな子供にはたまに聞こえるらしいがね。成人した男性では初めてかも!! 』


「なんですって!! きゃぁぁぁぁぁっ!!」


彼女が竜の背から前方へ身を向けた拍子に、ズルッとその背から落下した。

レジェントは慌てて彼女に駆け寄り、その細い体を抱きしめた。

夜会を抜けてそのままやってきたと言った。

深紅のドレスは胸周りと腕を繊細な図柄のレースで縁取られて、少しだけ胸の谷間が覗いている。

腰から下は・・・何と右足の太ももの際まで豪奢な金の刺繍が施されたスカートの膨らみが破かれて、白い足が露になっていた。


彼女はレジェントの視線が足に行ったのを気がついたのか、小さくきゃっと声を上げて破け目を両手でつまんで隠したが、顔が真っ赤になり俯いた。


何と可憐な・・・。


「きれいだなぁ・・・惚れていいかな?」


「えっ?」


何を突然言われたのかと、彼女が慌てて顔を上げると、自分を抱きしめて支えてくれたその男性の瞳は、自分の相棒である竜の美しい鱗と同じで・・・。


春の明るい空の色と一緒だわ・・・。

私の大好きな色。


それから二人は自分たちが思っているより長い時間見つめあった。

総督府に連絡が届き、兵士が増え、医師が応援に入り捕らわれていた人々が全員救助されてもまだ・・・。


空竜が、そこまでにしときなさいよ。と少し呆れた様な声を掛けるまで。




アッシュハーン帝国クリューネ姫と、ジュマル王国籍商船船長レジェント・ブレードの初めて出会ったお話はここまで・・・。

このずっと先、戦で契約竜を亡くして傷心したクリューネがジュマルの王族に見合いに行く途中行方不明になり、とある郷でひっそりと愛しい人と結ばれて可愛らしい三人の子供に恵まれるのはまた別の物語。










辰年最後の日記念w という事で^^

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