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ジャミング

休み時間。

 月宮さんが席を外していて、たまたま俺が一人になった時のことだ。


「……相地くん、ちょっといいかしら」


 白髪の女子生徒が俺に声を掛けてきた。

 蚕の繭のような鮮やかな白い髪。

 漂白された色素の薄い印象の彼女には、どこか見覚えがあった。


「えっと、確か……」

「影山文佳。隣のクラスの。以前、貧血だったところをあなたに助けてもらった……。覚えていないかしら」


 覚えていた。

 確か彼女はある日を境に、黒髪だったのが一夜にして白髪になった。漂白されたようだと周囲には噂されていた。


「どうしたんだ?」

「……話したいことがあるの。月宮さんのことについて」


 恐る恐る口にした影山さんの表情は青ざめていた。

 恐怖を押し込めているみたいに。

 本来なら一人で動くべきじゃない。

 月宮さんが戻ってくるのを待って、彼女と共に話を聞くのがもっとも安全だ。

 でも影山さんからすると月宮さんがいないのを見計らって接触してきたようだし、彼女が傍にいない方がいいのだろう。

 それに何か真に迫るものがあった。


「……わかった。少しだけなら」


 だから俺は乗ることにした。


「……ありがとう。場所を移動しましょう」


 影山さんに連れられ、俺たちは人気のない校舎裏へとやってくる。

 影になったその場所には他の生徒たちの姿はなかった。

 ここでなら思う存分、密談ができるはずだ。


「それで、話っていうのは?」


 俺が促すと、影山さんはおもむろに口を開いた。


「今すぐにでも月宮さんから離れた方がいい」

「……どういうことだ?」

「……あの人は危険人物よ。相地くんの前では猫を被っているけれど、その本性は怪物以外の何物でもない」


 批判的な物言いに、俺はやんわりと反論する。


「何があったのかは分からないけど、そんな言い方はよくないんじゃないか」

「私は実際に彼女の本性を目の当たりにした。あの日、夜の教室で。カッターナイフを口の中に突っ込まれて脅された」

「夜の教室……?」


 そもそもなんでそんなところに二人が?


「以前、相地くんの私物が盗まれたことがあったでしょう? それらを行っていたのは実は私だったの」

「影山さんが?」


 まさか盗難の犯人が影山さんで、自分から名乗り出てくるなんて。まずその情報を飲み込むので精一杯だった。


「その日も私は夜の教室に、あなたの私物を盗むために忍び込んだ。

 そこにあの女が待ち構えていたの。

 相地くんのものは全て私のものだからと宣戦布告してきた。そして、抗おうとした私は完膚なきまでに叩きのめされた」


 その時のことを思い出しているのだろうか。

 影山さんの表情はひどく青ざめていた。


「彼女と対峙した時の恐怖で、私の髪は真っ白になった。……今でも夢に見るわ。あの女の悪魔のような微笑みを」


 よほどの恐怖を植え付けられたのだろう。

 影山さんは今にも気を失いそうだった。

 それでも振り絞るように続ける。


「私だけじゃない。数学の藤沢先生だってそう。聞くところによると、藤沢先生はあなたに当たりが強かったのでしょう?

 それを見かねた月宮さんが、藤沢先生に抗議をした。恐怖を以て指導した。その結果彼は休職に追い込まれることになった。

 相地くんに害をなすものを、月宮さんは影で始末して回っている。あの人は何の躊躇もなく他人を壊すことができる。

 月宮詩歌――彼女はとんでもない危険人物よ」


 藤沢先生が休職したのは、月宮さんの抗議によるものだった。彼女は俺に害をなすものを影で始末して回っていた。

 そう聞かされても冗談としか思えない。

 けれど、影山さんの語り口調は真に迫っていた。単なる冗談や虚言を吐いている人間には決して出せない迫力があった。


「……それが本当だとしても」


 と俺は言葉を振り絞って続ける。


「月宮さんは俺の腹を刺した花園さんから、俺を守ろうとしてくれてる。俺の傍にずっと寄り添い続けてくれてる」


 やり方は過激かもしれない。

 でも、少なくとも月宮さんは俺の味方なのは間違いない。花園さんの魔の手から俺の身を守ろうとしてくれている。


「花園さん……?」

「そうか、影山さんに言っても分からないよな……」


 俺は一通りの説明をした。

 前の学校で俺の腹を刺した花園麻里という女子が、再び俺の前に現れたこと。そのことを月宮さんに話して、傍にいて貰っていること。

 全てを聞き終えた後、影山さんは呟いた。


「……本当にその女性は、花園さんだったのかしら」

「……どういう意味だ?」

「相地くんを自分に依存させるために、月宮さんが花園麻里さんの姿に擬態した可能性も有り得るということよ」


 それは想像もしていなかった角度からの意見だった。


「いや、まさか。俺が見たのは間違いなく花園さんだった。遠目からだったけど、風貌も仕草も本人だった」

「月宮さんは昔、子役をしていたそうだから。花園さんの仕草を模倣して、本人だと思わせるくらいのことは他愛もないはず。

 容姿はメイクを施せば、遠目からでは見破れないようにはできる。よほど二人の骨格が違わない限りはバレない」


 確かに月宮さんと花園さんの骨格は似ているけども――。


「いや、月宮さんは花園さんの容姿を知らない。会ったこともないんだ。そんな相手に姿を寄せることなんてできないだろ」


 知らない相手には変装できない。


「前の学校の生徒たちに尋ねて回れば、容姿くらいは簡単に分かるわ。体育祭や文化祭での映像が残っていれば、そこから仕草も模倣できる。

 あの女はそれくらいのことは造作もなくやってのける。

 思い返してみて。

 花園さんに会った後、月宮さんから接触してきたんじゃないかしら。相地くんを自分に依存させるために」

 

 そう言われて俺ははっとする。

 花園さんから逃れた後、恐怖に駆られて部屋に籠城していた俺の下に、月宮さんは救いをもたらすように現れた。

 確かに。

 今考えてみると、偶然にしては出来すぎなタイミングだった。


「……そろそろ私は戻るわ。これ以上の接触は、感づかれる恐れがある」


 影山さんはそう告げると、


「相地くんにこれを渡しておくわ」


 俺の手にあるものを握らせてきた。


「……月宮さんには気を付けて。彼女はあなたの味方のフリをして、あなたを籠絡しようとしているかもしれない」


 そう言い残し、足早に去っていった。

 その後、教室に戻った俺の下に月宮さんがやって来た。


「相地くん、どこに行ってたの?」


 と心配そうに尋ねられた。


「ちょっとトイレに行ってたんだ」


 影山さんに会っていた、とは告げなかった。

 それは彼女の身を案じてのことだったのか。

 それとも、俺の心に猜疑心が生まれていたからか。

 自分でもどちらか分からなかった。


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