再会
急いでいても安全運転で拠点に帰る。ゼノビアが傭兵ギルドに帰ってくるまでの時間を有効に利用せねば。
帰り着くと、拠点の外に積まれたまま放置されてる大量の木箱をヴァレリアと一緒に中に運び込む。入れ物にちょうどいい大きさだ。
「おう、ユカリ。どうしたんだ、やけに戻りが早いな」
暇そうにしてたグラデーナが出迎えてくれる。他の風呂作り中のメンバーには手で制して作業を続けさせた。
「これから回復薬を量産するから、こっちのことは気にしないで。あ、ヴァレリアは適当に休んでていいわよ」
ヴァレリアは大人しく頷くと、さっそく持参した分厚い本を取り出して読書を始める。
ちょこんと座って本を読む姿は、本好きの美少女といった感じでなんとなく見入ってしまう。おっと、働かないと。思い出したようなタイミングで、グラデーナも会話を続ける。
「回復薬か、昨日ジョセフィンの話にあった治癒師不足絡みだな。それはいいけどゼノビアはどうしたんだ?」
「仕事中だってさ。すぐに戻るらしいけど、待ってる時間がもったいないから戻って来たところ。あとでまた行ってくるわ」
「そういうことか。あたしも見回りに行ってくるかな」
「うん、ロクでもないのがいたら適当にしばいといて。あとで絡まれるのも面倒だしね」
「はは、さっそくあたしらの縄張りにしちまうか。よし、行ってくる」
グラデーナは風呂作りを手伝ってた何人かの若衆を呼ぶと、見回りに出て行った。
ただの倉庫街だけど、私たちのようなのが住処にしてそうだし、一応は把握しておきたい。なんでもかんでもジョセフィンに任せるわけにもいかないし、簡単なところはみんなにもやってもらわないと。周辺情報の把握は重要よね。
さてと、さっそく作業を始めるか。
まずはいつもの水晶ビンを量産する。これはもう一個ずつ作ったりはしない。アクティブ装甲を同時多数運用できるように、同じ魔法で同じ結果を導き出すのであれば、今の私にとっては簡単な魔法なら10や20は造作もない。ましてや作り慣れた単純な水晶ビン程度であれば、余裕で100は同時に作れる。
ただ、水晶ビンは中に入れる回復薬の効果によって色味を変える必要があるから、そうなると難度は少しだけ上がる。それでも色を変えるだけだから、大したことじゃないけどね。単純作業はさっさと終わらせて次に掛かる。
次は回復薬の生成だ。
水晶ビンと同じだけの数量でこの際潤沢に作っておく。さらには下級の回復薬であれば、私にとっては水晶ビンを作るのと難度的には大差ない。余裕を持っての量産が可能だ。これが中級になると一気に難しくなるし、消費する魔力も跳ね上がるから、一息での大量生産とはいかなくなるんだけどね。
メインの傷回復薬は、第六級でいいだろう。第七級の最低ランクであっても重宝されると思うけど、私にとっては第七級も第六級も誤差にすぎない。今回くらい量が多くなれば、その誤差とて馬鹿にはできなくなるんだけど、この際ケチケチしない。私の魔力量と回復速度はそこらの治癒師とは比較にならないからね。
目の前の床を埋める水晶ビンの中を回復薬で満たすと、第一弾は完了だ。第六級は傷回復薬以外にも各種を少量作るから、そっちも一気に終わらせる。
辺りに置かれる美しい水晶ビンのなんと綺麗なこと。あ~、この箱詰めが面倒ね……。
「お姉さま、ビンが綺麗です」
「うん、作ったはいいけど片付けがね」
いつの間にかヴァレリアは読書をやめて私の魔法を観察してたらしい。
箱詰めは若衆にも手伝って欲しいところだけど、土魔法系統の適正持ちは風呂づくりに集中してるし、そうでないのはグラデーナと見回り中だから手伝わせるわけにもいかない。はぁ、しょうがない。
「ヴァレリア、悪いけど箱詰め手伝ってくれる?」
「はい、では箱を持ってきます」
なぜか嬉しそうなヴァレリアには救われるものがあるわね。
ふたりでせっせと箱詰めを終わらせると、今度は中級回復薬の生成だ。
第五級と第四級の回復薬も潤沢に準備しておく。第五級は第六級の半分、第四級はさらにその半分の量を休憩を挟みつつ準備する。もちろん傷回復薬だけじゃなく、各種回復薬も生成して箱詰めする。最後に第三級の傷回復薬を少量だけ生成した。
ちなみに第二級回復薬の提供をするつもりはないし、複合回復薬も同様だ。身内ですら使ってない錠剤タイプの回復薬はもちろん、当然、魔法薬の提供も論外。第二級回復薬はゼノビアとカロリーヌに個人的に少量融通するくらいなら構わないけどね。
一連の作業を終えると、いつの間にか昼すぎに。まだ雨は止まないようね。
外に出るのも手持ちで昼食の準備をするのも億劫に感じた私は、プリエネたちにお小遣い込みの金を渡すと、街中でなにか食べ物を買ってこさせる。食料が潤沢でない王都であっても、普通に商売してる店くらいはある。多少高いくらいなら問題なし。
若衆に買って来てもらった美味とは言えないジャンクフードを食べ終えると、さてどうしたもんか。傭兵ギルドに行くにはまだ早い。
うーん、そうね。面倒だけど、この際やってしまうか。
「ごめん、ヴァレリア。また同じ作業するから、箱詰めだけ手伝って」
「もちろんです、お姉さま!」
私の癒しとなりつつある妹分を撫でまわしてから、また作業に没頭する。
最悪な状況の王都にあって治癒師はもちろん、回復薬の需要と供給はしばらく経っても改善される見込みはないだろう。それなら回復薬はいくらあってもいい。腐らないし、あればあるだけ役に立つはずだ。どうせ暇な時間なんだから、作りまくって在庫にしておこう。
さっき以上の工程を繰り返して、もう嫌ってほどの量産を成し遂げる。さらには自分たち用の魔法薬のストックも増やしておく。
途中で戻って来たグラデーナたちにも箱詰めを手伝ってもらって、自分でも呆れるほどの量産は完了した。こんなことをするなら、ローザベルさんの弟子には一緒に来てもらったら良かったわね。今更遅いけど。
ここまでの量産は普通じゃない領域をとっくに踏み越えてるし、さしものローザベルさんでも難しいだろう。それでも異常事態になれてるキキョウ会メンバーは一々驚いたりしない。呆れたような感じは受けるけど、まぁ私自身が呆れるほどだからね。
いくつもの山と積まれた木箱の壮観なこと。これだけでも一財産どころじゃないわね。
今回量産した回復薬は王都のどっかの組織へ提供する分が主でストック込みだ。これで足りなければまた作るけど、まずは十分と言えるだけの量は作ったはずだ。
当然これは全部を傭兵ギルドには渡さないし、当面こんなには必要ないだろう。向こうにしてみたらいくらでも欲しいだろうけど。
今の王都では大量の回復薬は交渉材料として使えるし、土産としても効果は絶大なはずだ。傭兵ギルド以外のギルドにも恩を売るにはかなり有効な手段となるに違いない。
さすがに疲れたけど、もう夕方に差し掛かる時間帯らしい。傾いて差し込む光が教えてくれる。どうやら雨もあがってるみたいね。さて、そんじゃまた出かけようか。
グラデーナとヴァレリアに手伝ってもらって、回復薬が詰まった木箱をいくつか中型ジープに積み込む。
「じゃあまた行ってくるわ。できればゼノビアとカロリーヌは連れて来るからね。帰る頃にはみんなも戻ってると良いけど」
「おう、そっちは頼んだぜ。他の連中も日暮れまでには帰ってくるだろ」
ヴァレリアと一緒にまた傭兵ギルドに向かって出発だ。今度は問題なくゼノビアに会えるはず。楽しみね。
安全運転でまたやって来た傭兵ギルド。
中に入るとすぐにカウンターにいる小太りのおじさんが私たちに声を掛ける。ギルドには一見誰もいないように見えるけど、奥の部屋や上階には人がいるのは間違いない。仕事からはもう帰ってるみたいね。
「よぉ、嬢ちゃんたち。ゼノビアなら帰って来てるぞ。あいつの部屋は二階の一番奥だ。行ってやってくれ」
「じゃあ遠慮なく上がるわね」
久しぶりの再会に胸が弾む。あの時から外見的に私たちはあんまり変わってないし、ゼノビアも変わってないと思うけどね。今夜は仕事を置いておいて、みんなで飲んでもいいかな。
一番奥の部屋って言ってたし、ここかな。ネームプレートとかがあるわけじゃないから、本当にここで合ってるのかちょっと緊張する。
そっとドアを叩いて様子をうかがう。
「……あれ、返事がないわね。中には、うん、魔力反応があるけど、寝てるのかな」
「動きがないようです。寝てるのかもしれません」
寝てるところを起こすのも悪いけど、また出直すのもね。ゼノビアには私たちが来るって伝わってるはずだけど、その状況で義理堅い彼女が寝てしまうってのも考え難いところなんだけどね。疲れてるのかな。
うん、友達なんだしそこまで遠慮もいらないか。ドアノブを回してみれば鍵も掛かってない。これは不用心ね。まぁいいか。
「ゼノビア、邪魔するわよ?」
なんとなく小声で話しかけながら部屋に侵入する。ベッドに横たわってるみたいだから、やっぱり寝てるのか。
現時刻だと、この部屋は日の光とは反対側にあるようで室内はかなり薄暗い。
「えっと、ゼノビア?」
おかしい。ゼノビアほどの戦士ならば、寝ていたとしても人に近づかれては起きて反応するはず。
よくよく注意してみれば、単なる寝息とは思えないほどの荒い息遣い。時折苦しげにうめき声すら上げてるようだ。
「……お姉さま、ゼノビアは病気なのでしょうか」
「病気か、怪我による発熱か。いずれにせよ、大丈夫じゃなさそうね」
ギルドの小太りおじさんによれば、全員がどこかしらに怪我を負ってるって話だったけど、腕利きのゼノビアとて例外ではないらしい。
まずは治療だ。ここなら人目もないし、上級の複合回復薬で一気に治してしまおう。
ゼノビアの額に触れてみると酷い熱だ。怪我はどれも重傷ってほどじゃないけど体中に負ってる。切り傷や擦り傷、打撲、軽度のねん挫、骨折はないようだけど、負傷の数が多すぎる。さらには何がしかの感染症の疑いもあるわね。それに少量だけど、毒にも侵されてるっぽい。
こんな状態で仕事? 王都は想像以上に過酷な状況らしい。ゼノビアでなくても、こんなんじゃいつ死んでもおかしくない。むしろよく生き残っててくれたもんね。
私は出し惜しみせず、上級の超複合回復薬でもってゼノビアを完治させる。汗と血にまみれた体やシーツも浄化魔法で徹底的に綺麗にしてやる。
穏やかな寝息に変わったゼノビアをちょっと切ないような気持ちで、ヴァレリアと一緒にしばし見守る。
少しすると、いつもの調子を取り戻したのか、はっと目を開けて飛び起きる。
「だ、誰だ!? え、あれ、ユカリ、ユカリなのか!? ヴァレリアも!?」
「おはよう、ゼノビア。会いに行くって伝言してたでしょ? 眠ってるから勝手に入らせてもらったわよ」
起き上がったゼノビアは、寝癖で髪が乱れてるけど、よく見知った顔つきでやっぱり別れた時から変わりないようだ。ちょっと痩せたかな? でもなんか久しぶりに顔を見ると安心するわね。
「あ、ああ、それは構わないが。これは、ユカリが?」
体の調子を確かめながらゼノビアが驚いたように私を見る。
「もちろんよ。私は薬魔法の達人だからね。調子はどう?」
「……ああ、ああ! こんなに体の調子がいいのは久しぶりだ! ありがとう、ユカリ! それからヴァレリアも!」
ゼノビア自身に魔法を使ったのは初めてだからね。大分驚いてるし、嬉しそうに体を動かしてる。
「わたしは特に何もしていませんが、元気になったようで良かったです」
「さっそくだけど、ゼノビア。ちょっと夕飯がてら私たちの拠点まで来ない? 久しぶりに積もる話もあるし、王都の状況もゼノビアの口から聞いてみたいしね。それから、カロリーヌにも声を掛けたいんだけど」
「カロリーヌは……ちょっとすぐには連絡は取れそうにないんだ。そこはあとで詳しく話す。ああ、それからユカリたちの拠点に行く前に、できればギルドの仲間たちの治癒もしてやってくれると助かるんだが」
カロリーヌについて言葉を濁すのが気になるけど、あとで話してくれるならその時でいいか。
「そのつもりで回復薬は準備して来たわよ。外の車両に積んであるから取りに行こう」
「さすがはユカリだ! あ、ちょっと着替えるから先に行っててくれないか? すぐに行く」
着替えを見守る趣味もないし、ヴァレリアと先に外に出る。小太りおじさんはいなかったけど、どこか用事でもあるんだろう。
ジープから木箱を降ろしてると、ゼノビアが言葉通りすぐにやってきた。
「ユカリ、この木箱は?」
「回復薬だけど?」
「……まさか、全部か? ユカリが作ったのか?」
「そりゃそうよ。回復薬以外にここに持ってくる物なんてないし。足りるわよね?」
ゼノビアは木箱を覗き込んで、そこに詰まった大量の水晶ビンに呆気にとられ、驚き、興奮する。
「足りるなんてものじゃないぞ、この量は! これだけあれば、全員を治してもまだお釣りが来る! 悪いが一緒に隣の宿舎まで運んでもらえないか!? 負傷して動けない仲間がたくさんいるんだ!」
「それくらいお安い御用よ。あ、でもこの回復薬を作ったのが私だってのは秘密にしてよ。面倒なことになりそうだからね。私たちはエクセンブラのツテから大量に入手してきたってことにしておいてね。これはキキョウ会からの支援物資ってことで、料金もいらないから。こういっちゃ何だけど、どうせこれだけの代金を支払う能力もないだろうしね」
快く了解してくれたゼノビアに、色違いの水晶ビンの説明をして木箱を宿舎に運び込む。
宿舎の中はこの世の地獄のような呻き声や死にそうな吐息に満ちていた。辛気臭いことこの上ないわね。
私は余計な手だしをするつもりはないし、ここからはゼノビアとギルド関係者に任せる。
「みんな聞いてくれ! 回復薬だ! 全員分が手に入ったぞ! 今から配るから、動ける奴は手伝ってくれ!」
「回復薬だと!? 一体どこからだ!?」
「そんなもんどうでもいいだろ! とにかく助かるぜ、今ならまだ死なずに済む奴もいるんだ!」
ギルドの職員と思われるのが寄って来て、ゼノビアに事情を聞こうとするけど、それよりも治癒が優先だってことで、さっそく適切な等級の回復薬が割り振られてる。いい心がけね。いくらたっぷりあると言っても、無駄遣いなんて許さないところよ。
ほどなくあちこちで喜びの声が聞こえて来て、私も少しは鼻が高い気持ちになる。
彼らにとって嬉しいひと騒動が起こった後、今まで気にもしてなかった傭兵ギルドのギルド長が現れて話をすることになった。
まぁ、今回の礼や今後の繋がりなんかも話して、たっぷりとキキョウ会からの恩を売ってからさくっとお開きに。私もゼノビアの所属団体を無下にすることはしないからね。
想定通りの会談をさくっと終えて拠点に帰る。今回はゼノビアを伴って。
「改めて言わせてくれ。ありがとう、ユカリ、ヴァレリア。それから、久しぶりだな!」
私たちはガシッとハグをして、笑顔で再会の挨拶を交わした。
今回の投稿で50万字を突破したようです。
少しだけ達成感あります!




