魔道人形大戦
試合開始がまもなくと宣言され、合図となる光魔法がそろそろ打ち上がるはず。それを誰もが待っている。
数多くの魔道人形が戦場にいるとはいえ、初期配置は適度にばらけているから、いきなり戦闘が起こることはない。戦場は広く遠くまで見渡せるのだから、他校の動きをじっくりと見てからどうするか決めてもよさそうなものだ。
ところが、あまり悠長にはしていられないルールが、新たに設定されている。
そうでなければ、この広い戦場だ。いくら数多くの魔道人形がいるとしても、多くが様子を見ることになってしまっては、戦況が全然動かないなんてことにもなりかねない。それは観客からしてみればつまらないし、試合が無駄に長引いてしまう。その新ルールの設定は、そうした事態を避けるために必要なものだったと理解できる。
「皆さん。作戦の優先順位は頭に入っていると思いますが、これまでと同様に指示にしたがってください。報告は密に、部隊ごとにまとまって動きましょう」
「はい!」
ハーマイラ部長が決まり文句を言っている。いまさら作戦の確認など不要なのだから、ただの声かけで十分ということだろう。
新ルールについても、部員たちは十分に理解できている。
戦場は六十マス四方で構成されている。さらに一マスが五十メートル四方という広大な空間だ。
新たなルールでは、試合開始直後に最初の『セーフエリア』が指定され、そこへの移動が強制される。以後、十分のインターバル後に、またセーフエリアが決まり、三十分以内での移動の強制が繰り返される。
大会本部によってランダムに選ばれたマス目の番号と、その周囲の八マスがセーフエリアと呼ばれるマス目だ。指定の時間になった瞬間に大将機がそのエリアにいなければ、即敗北となるルールになっている。
だから必ず、最低でも大将機だけはセーフエリアに向かって移動しなければならない。
セーフエリアが現在地から近ければ、移動の負担は少ない。むしろセーフエリアの端っこで待ち構え、移動してくる敵の妨害に当たることができるだろう。そういうつもりの他校をセーフエリアの内側から襲う作戦も考えられる。
逆にセーフエリアが遠ければ、移動を急がねばならず、途中での戦闘には特段の気を張っていなければならない。
戦場は思った以上に広く、北西の端から南東の端まで移動する場合には、直線距離にしてたぶん……ざっと四二○○メートルくらいはあるはず。となると、普通の人間が走る程度の速度で移動したとして、まあ二十五分から三十分程度はかかると思っていいだろう。
決勝大会に進めるほどのチームなら、その程度の人形操作は問題ないはずだけど、移動時間にあまり余裕はないと考えられる。制限時間は三十分なのだから、セーフエリアがどこに決まるかは、重要なポイントだ。
特に移動中の戦闘には注意が必要で、決して戦いに夢中になってはいけない。
戦闘に勝っても時間切れになってしまっては意味がなく、特に大将機は時間と場所の把握は常に気を付ける必要がある。かといって、大将機だと看破されてしまう動きは避けなければいけない。
時間の厳しい強制的な移動に加えて、攻めと守り。
移動の際には戦闘が生じる場面はいくつもあるだろうけど、無理な攻めは禁物だ。敵をどれだけ倒そうが、途中で大将機が倒れたら負けてしまう。最後まで大将機が残っているチームが勝利するバトルロイヤルなのだから、基本的には守りの戦術が有効なのだと考えられる。
なるべく敵から距離を取り、目立たたないように立ち回り、損害を少なく生き残り続ける。
でもそれは無理だろう。そうできないようにするための強制移動だ。
初回だから想定外は十分に起こりえるし、ひょっとしたら消極的なチームが勝つこともあり得る。戦術についてはまだどこの学校も練りこめてはいないはずだから、全体的にしょぼい感じになる可能性だってある。
いずれにしても先手を取って、積極果敢に戦う聖エメラルダ女学院であって欲しいものだ。
他人事のような気分で周囲を見回していると、いよいよ光魔法が打ち上がった。
決勝の、開幕だ!
「セーフエリアは……中央からやや東、結構遠い」
開始を告げる光魔法に次いで、マス目番号を示す文字が空に輝いた。思ったよりもずっとわかりやすい魔法だ。あれなら見間違いはない。
セーフエリアまでは、たぶん直線距離でざっと二〇〇〇メートルちょっとくらいかな。ウチの部の連中が何も考えずに人形を全力疾走させ続けても、八分以上はかかる距離だ。他校なら十分以上はかかるだろう。移動のみでの数分間と考えれば、かなりの距離がある。
「急ぐよ、みんな。予定どおりに、ひとまずは直線の軌道で前進!」
四十七体の魔道人形が、ミルドリー副部長の号令に合わせて一斉に動き出した。
幸先がいいのか、進むべき方向に初期配置のチームはない。縦と横方面には他のチームがいるけど、速度的に割り込まれる可能性はないと判断できる。
「おおーっと。複数のチームが聖エメラルダ女学院に対して接近しようとしています。前評判の高いチームですから、開始直後から狙われているようですね!」
実況の声だ。その前に当然、ウチの連中は周りの動きに気がついている。
「振り切らずにこのまま追わせる。どこが追ってくるか見極めよう」
「はい!」
ハーマイラ部長が状況を分析して命令を下し、近くに控えるミルドリーや各部隊長が受諾する。冷静に見て、決勝大会でも我らが聖エメラルダ女学院の人形操作のレベルは、頭ひとつ以上抜けている。それは他校と比べた移動速度によく表れていて、こっちには余裕がある。逃げるだけなら余裕だ。
「……追跡チームは全部で八。近くにいたチームはほとんど、わたしたちを追う流れに乗った?」
「まあ、そんなもんでしょ。でもあいつら、互いにけん制し合って微妙に距離は置いてるね。この状況って、使えそうじゃない?」
「先手必勝、移動しつつ仕掛けます。部隊ごとに散開、セーフエリアに向かいつつ、速度を落として敵チームを誘導します。戦わせてあげましょう」
「はい!」
ハーマイラとミルドリーの本隊、イーディス隊、チェルシー隊、シグルドノート隊の編成で分かれていく。
均等な数の部隊編成で、操作技術についてどの部隊も遜色ない。他のチームからは、この時点でどれが大将機を要する部隊か見極めることは無理だろう。
「注目の聖エメラルダ女学院が、追われている状況でまさかの分散行動です! 大将機の守りが薄くなってしまいますが、果たしてどうなるでしょう!」
初期配置の北西からスタートし、中央方面を目指して進んでいたひと塊の部隊が四つに分散した。
セーフエリアを目指しつつも、大きく北寄りのルートに変えた部隊と、やや北寄りに変えた部隊。そして南寄りに変えた部隊と、そのまま直進する部隊の四つだ。
このルート選択は追跡する他チームを誘導するためのもので、あえて速度の調整をしながら引きつけようとしている。
適切に速度と進行ルートを調整しながら、四つの部隊は敵の二チームずつを巻き込んで、戦闘に突入させようとしているわけだ。
「チェルシー隊、もう少し速度落として! タイミング合わせます、カウント五から!」
ハーマイラが各部隊の様子を確認し、全体の動きを合わせる。ここで各部隊に敵が食いつく算段だ。いまのところ様子を見た感じ、目論見どおりに決まりそう。
「……三、二、一、回避行動! 攻撃せず回避に専念、十カウント後に離脱!」
タイミングは完璧だった。聖エメラルダ女学院の分散した四つの部隊を、他の二チームずつが追いつき攻撃を開始した。
我が方は無用な恨みを買わないように攻撃せず、まんまと仕かけてきた二チームをかち合わせるようにしながら離脱の準備を進める。いまの時間はセーフエリアに入る際の混乱を避けるため、まずは移動を優先させたほうがいい。戦闘はあとで嫌でもやることになるんだから、この序盤で戦いにこだわるのは下策だ。ただ、時間をかけずに敵を潰すチャンスがあるなら戦うのは構わない。
足を止めた魔道人形には、ここがチャンスと敵チームが攻めかかる。これはそうするように仕向けたものだけど、私が敵の立場だったとしても無視はできない。そもそもが追いかけていた側だ、追いついたなら敵を襲わない理由はなく、勢いに乗って必ず食いつく。
「決勝大会最初の戦いは、聖エメラルダ女学院対八つものチームとなりました! これは優勝候補がいきなり敗れ去ってしまうのかー!」
前評判の圧倒的に高いチームが終盤に残れば、それは非常に厄介になると想像できる。序盤で他のチームと協力して対処するに越したことはない。
しかもいまの聖エメラルダ女学院は四つに分散して、それぞれは数が少ない。どれが大将機かわからず、大将機を倒すことができなかったとしても、数を減らすことには十分に意味がある。勢いに乗れるかもしれないし、やって損はない。普通そう考えるし、それは間違っていない。
ウチの部員たちが並の腕前だったら、ここで早々に敗北していた確率は高い。それほど危険な状況だ。
でも、やれるからやる。ウチの部は王者の戦いをする倶楽部だ。実力差のあるチームと会敵したところで恐れる理由はまったくなく、ましてやこれはウチが仕掛けた局面だ。ここまでの動きと実力を冷静に評価すれば、負ける確率は極めて低い。もしやられたら笑ってやる。
「……八、九、十、各部隊は敵をかく乱しつつ離脱! 本隊に合流してまっすぐにセーフエリアを目指します!」
武器と盾がぶつかり合う音が響くなか、聖エメラルダ女学院を示すビブスを着用した人形がするすると人形の密集したエリアを離脱する。
損耗の全然ない、あざやかな離脱だ。そこからは全力で走った人形があっという間に合流を果たし、そのままセーフエリアを目指して走り去っていく。
残された敵は二チーム同士が入り乱れる形になっていて、背中を向ければそのまま背後から襲われるだけの状況になった。これでは目の前の敵を叩かなければ、移動もままならない。
かくして聖エメラルダ女学院が去った戦場で、八つのチームが四つの塊に分かれ、それぞれを倒すべく戦いが始まった。
「これは、どうしたことでしょう! 聖エメラルダ女学院を追跡していたはずのチームが、それぞれでの戦闘を余儀なくされてしまいました! 序盤からこれは見ごたえのある展開です!」
八つのチームから、一部の人形が離脱を始めている。あれは大将機とその護衛だろう。わかりやすすぎて、話にならない。あれはたぶんセーフエリアを目指す途中か、到着寸前くらいでどこか別のチームに叩かれて終わるだろう。余裕があれば、ウチが倒してしまうだろうね。
「セーフエリアまでは距離半分、残り時間はまだあります。伏兵に注意しつつ進みます!」
まだどこのチームも移動と戦闘の感覚を掴みかねている印象だ。最初の移動に失敗して、時間切れで負けるチームも出そうな気がする。
序盤を乗り越えたチームによる中盤以降からが、本番といった感じになるだろう。戦いの本番はまだまだ、ここからだ。
やっとこさ決勝大会が始まりました。
展開としては今回が序盤となり、次回以降で中盤、終盤と短くて三話、そのくらいの長さのイメージで書き進めています。もし想定外に長くなってもちょっとの範囲に収まるはずです。
最後の戦いを見守ってください!




