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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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場外乱闘延長戦

 予選大会の決勝戦が、まさかの三校の出場辞退によって試合自体がなくなった。

 それによって、我が校の不戦勝が決まったわけだ。戦わずして優勝をもぎ取った、相手が逃げたとも言える。


 ふざけた話だ。試合を楽しみにわざわざ会場までやってきた観客が納得できるはずもない。

 客だけじゃなく多くの関係者だって、気持ちは似たようなものだろう。当然だ。

 試合放棄などあってはならない。練習試合では似たようなことがあったけど、今回はベルトリーア予選の決勝戦だ。さすがにそれはない。


 ざわめきにまじって、ひどいヤジも飛び交い始めている。


「八百長だ!」

「金で買収したんじゃねえのか!」


 ふざけた奴らの声は、私の耳にはよく届く。

 待てよ、それより思い返せば責任者らしき奴らの姿がどこにもない。本来なら関係者席にいるのはずの奴らの姿が、ここにない。

 この展開をあらかじめ想定し、逃げ出したということだろうか。


 そして理不尽にも、多数のボンクラどもは誰でもいいから文句のはけ口を求める。

 この場における当事者、そう言えるのはたぶん私だけだ。


 大会本部の連中はおらず、対戦相手だったはずの三校の顧問だって不在だろう。

 決勝戦に出場する予定だった聖エメラルダ女学院の顧問、その私だけがここにいる。


 元より良くも悪くも目立ちまくっていた私には注目が集まっている。満席状態の関係者を立って歩けば、鬱陶しい視線がまとわりついた。

 目は口程に物を言うとはよくいったものだ。その視線はこう言っている。


「どういうことか説明しろ」


 そう幻聴が聞こえてきそうなほどだ。というか、いつの間に私の顔はそんなに売れたんだろうね。

 まあ他校の関係者や観客の不満は理解できる。私だってそいつらの立場になってみれば、ふざけんなと文句を垂れるだろう。


 ただし、私が抱く怒りだって正当なものであるはずだ。

 客観的に考えて、三校の出場辞退が私の策略でないとするならば、ここは怒っていい場面だ。優勝に向けて頑張っていた生徒たちを思えば、顧問が怒らなくてどうするって感じでもある。水を差されたどころの話じゃないからね。


 その私が不満や怒りを撒き散らして何が悪い。なんなら聖エメラルダ女学院は被害者とすら言っていい。それが逆に悪者扱いされることなど、まったくもってふざけた話だ。


 悪党の私自身は悪者扱いされても全然平気というか、むしろそのほうが居心地がいいまであるけど、お嬢の生徒たちには世間体がある。

 大陸北部で超メジャーな人気競技、予選でも魔道人形大会決勝戦の舞台だ。卑劣な手段で勝利を得た、などというのはさすがに外聞が悪かろう。単なる噂にすぎないとしても、それに乗っかるくだらない奴らはきっとたくさんいる。そして噂というのは悪意を持って撒き散らすことが可能だ。


 私が思うに、汚いヤジを飛ばす一部の輩はサクラだ。金を受け取って、あれをやっている。

 聖エメラルダ女学院が悪者かのように、大声で喚き散らしている。いい仕事ぶりだ。だからこそ、あれがプロだと判断できる。


「ちっ、まさかこうくるとはね」


 どうせ勝てないと開き直ったアホな対戦相手が、手を抜きまくった試合をする。それによって八百長試合のような印象を聖エメラルダ女学院に対して与え、イメージ戦略において泥を塗る。

 切磋琢磨して勝利を目指す競技ではなんの意味もないけど、嫌がらせで溜飲だけは下げられる。学生競技には相応しくない腐ったやり方だ。その可能性は少し考えた。くだらない奴らはいつでも、どこにでもいるからね。


 でもその場合には、完膚なきまでに叩き潰すことによって、いくらなんでも八百長でそこまでやらないと思わせる圧倒的な勝利で終えればいいと思っていた。

 まさか試合自体を成立させないとは、考えた奴はなかなかの悪党だ。これが健全な学生競技の場じゃなければ、個人的には評価してやりたいほど。


 しかし、いまさら決勝戦をやり直せと言っても無理だろう。

 すでに場内アナウンスで発表されてしまっているし、粛々と優勝メダルの授与式とやらが始まろうともしている。

 そうすると抗議先のお偉いさんたちが、授与式に参加する可能性に賭けるしかないのかも。偉い奴は一人もいないと思うけどね。普通に大会本部に乗り込んでも、責任者不在と言われる展開しか予測できない。

 それでも放っておくことはできない。せめて確認はしに行くとしよう。


「まあいいわ。納得のいく説明もなしにこの場を放置するなら、それ相応の報復に乗り出すまで」


 そんな説明ができるならやってみろ。

 今日のふざけた顛末てんまつによって、もし聖エメラルダ女学院や私にほんの少しの不利益でも生じれば、その責任は取らせるつもりだ。大会本部の連中には、念を押すとしよう。

 わかっていると思うけどね。さすがにね。わかっていて、やったはずだ。


 決勝戦が台無しになり、鬱陶しい視線は針のむしろの如く突き刺さった。それでも視線だけだ。

 たくさんの人がいるのに、私に話しかける奴は誰もいない。下手に話しかけたら、いや、なんなら近寄っただけで殺される。いまの私には、その程度の迫力はあったはずだ。理性ではなく、恐怖は本能に訴えかける。


 触らぬ神に祟りなし。

 自分を神に例えるなど不遜ふそんが過ぎるというものだけど、それで正しい。

 決して触れてくれるなよ。いまの私は無遠慮な他人に優しくなれない。



 観客席を出たら、大会本部の天幕にまっしぐらに向かう。天幕の場所は近くだ。

 複数の警備員がいるけど関係者の私が訪れてはならない理由など一切ない。堂々と近づいて名乗りを上げる。


「聖エメラルダ女学院の顧問、ユカリード・イーブルバンシーよ。責任者を出せ」


 天幕のなかにも聞こえたはず。そこに四人の人間がいることだって把握している。無視は許さない。


「その、ちょっといいか?」


 毅然と、しかし隠しきれない怯えをはらんだ様子で話しかけてきたのは、年配の警備員だった。

 くだらないことは抜かすなよと、視線で脅しながら続きをうながす。


「言いにくいんだが、そこにいるのは事務員だけで、責任者はもう帰っちまった」

「帰った? じゃあメダルの授与式やってるのは?」

「そっちは俺たち警備のモンがやらされてる。連盟の人らは急ぎの用があるとか言って帰っちまったんだよ」


 どうやら事前にこうする段取りが付けられていたようだ。

 責任者どもは決勝戦を前にサボりを決め込み、出場するはずの四校の関係者は聖エメラルダ女学院のみが、何も知らずに準備を進めていたわけだ。

 ウチが三回戦を戦っている間に撤収。いや違うわね。三回戦の勝利が確定した瞬間に逃げたんだ。


 困惑しながら説明する警備のおっさんも顔色がよくない。たぶんウチの関係者が文句を言いにくるだろうことは予想していたか、あらかじめ言い含められていたようだ。嘘をついている様子はない。

 警備員は試合を見てもいないだろうし、どうせ何も事情は知らないだろう。こいつらに後始末を押し付けて、後ろ暗さのある関係者は逃げ出したんだ。


「……なるほど。邪魔したわね」


 ここで駄々をこねても何の意味もない。とりあえずは聖エメラルダ女学院の天幕に戻ることにした。


「まさかの展開ね。ここに至って場外乱闘を挑まれるとは思わなかった」


 なんて無謀な挑戦をするんだろう。

 負けることが決まっている戦いなのに。

 場外乱闘なんて、私にとって得意中の得意なのに。


 魔道人形連盟理事長には、自宅まで押しかけてこういうことがないよう言ったはずなのにね。こうなった責任は必ず取らせる。


 よし、さっそく動くとしよう。

 歩きがてらに通信で呼びかける。


「こちら紫乃上。レイラ、急ぎの仕事よ。最優先で応答しなさい。繰り返す、最優先で応答しなさい」


 キキョウ会専用オープンチャンネルで呼びかけて、あえてレイラだけじゃなく全員に通信を聞かせる。


「こちらレイラです。どうぞ」

「喧嘩よ。雑魚が相手だけど、公衆の面前で喧嘩売られてね。徹底的に叩き潰すから手伝いなさい」

「それは許せませんね。会長、今日は魔道人形戦の大会ではなかったですか? まさかまた連盟絡みですか?」

「釘は刺したはずなんだけどね。それを無視しやがったってことよ」


 今回は脅しだけじゃなく二度と逆らう気にならないよう実害を与えるし、何事かの企みがあっても丸ごと潰す。コストは度外視で、使えるものは全部使って絶対に潰す。暴力だけじゃなく、コネと権力を使ってもだ。


「素人はこれだから厄介ですね。状況と方針を詳しく詰めたいのですぐ合流します。急ぎということは、動けるメンバー全員でやりますか?」

「そのつもりよ。みんなも聞こえてるわね? レイラとすぐに方針固めるから、準備だけしときなさい」


 こう言えば即座に多くの返事があった。最近は平和だったから、久々の喧嘩にみんなも心が沸き立つような感じだろう。

 いったん返事の波が落ち着いたところで、情報局のハイディが通信に割り込んだ。それによると、どうやら彼女はこの会場にいるらしい。念のため私の身辺警護みたいなことをやっていたようだ。


「じゃあ、ハイディに方針だけ話すから、あとはレイラと適当に詰めといて。私はガキどもを学院まで引率しないといけないから、その間に何かあれば通信で。諸々決まったら、みんなで喧嘩よ」

「了解です」


 通信を切って天幕に向かっていると、早くもハイディが合流した。本当に近くにいたらしい。歩きながら話す。


「ハイディ、もしかして観客席にいた?」

「はい、決勝戦を観戦するつもりだったんですが、あんなことになるとは思わなかったです。それ絡みですよね?」

「話が早いわね、そういうことよ。誰のどういう思惑か想像できる?」


 予想ができれば、対応しやすくなる。


「いまの状況だけではなんとも。決勝戦をすっぽかして得することってなんでしょうね? すっぽかしたほうが悪者になる展開は普通にあるはずなんですが、妙にユカリさんの学校が悪いと騒いでる奴らがいましたからね。あれが仕込みだとすると、やっぱり学校を叩くネタにするくらいしか思いつかないですが、気になるのは叩きたいと思うのが魔道人形連盟に限らないことと、効果的に叩くための手段ですかね」


 聖エメラルダ女学院は、有力者の娘ばかりが通う名門校だ。政治的な闘争に巻き込んで、何かしらの利益を上げようとする輩はいる。魔道人形倶楽部を狙い撃ちというよりも、学院自体と関係者にダメージを与えるための手段に過ぎないと考えるべきかもしれない。

 ただし、今回は対処を急ぎたい。根を断つことよりも、その手段を早々に摘み取りたい。我が部は次の決勝大会に進出が決まっているのだから、どこぞの馬鹿の企みなんぞに構っている暇はないんだ。


「とにかく、速度が優先よ。調べながら潰していくわ。怪盗ギルドの手も借りて、必要ならクレアドス伯爵とリボンストラット侯爵も利用するわよ。なんならベルリーザ情報部と青コートに借りを作っても構わないわ」

「ユカリさん、本気ですね」

「いい加減にウンザリしてるからね。まだウチの立場じゃ敵は皆殺しってわけにはいかないし、使えるものは何でも使って舐められないようにするしかない。どこの奴らに対しても、私と敵対すんなって今回でわからせてやるわよ」


 皆殺しみたいな派手なことはできなくても、少数を消すくらいはしてもいい。必要ならやるまでだ。


「わかりました。すぐにレイラさんと合流して進めます」

「うん、ヴァレリアたちも含めてウチのメンバーみんな使っていいから。カネもある分は使っていいし、足りなかったら言いなさい」

「了解です、遠慮なしでいきますね。順次、報告入れますんで」


 影のように消えたハイディの頼もしいこと。きっとみんなと協力して早々に成果をあげてくれるだろう。

 とりあえず私は顧問として、ガキどもの世話をするとしよう。予想外の展開にあいつらも動揺しているだろうからね。

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― 新着の感想 ―
正直予想外な展開。うーん、この作品の悪党は、結構手を替え品を替えで対抗してくるから、読んでて楽しい。 マジで続きが期待
セコイ手口ですが、まんまとしてやられましたね サクラまで使って実利のない徹底した嫌がらせ・・・ うん?どこぞの反社組織も国外勢力の潜入者達にやってましたねw
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