ベルトリーア地方予選大会、はじまります!
練習漬けが当然の毎日が刻々と過ぎていき、服装も半袖では寒く感じるようになった秋も半ば。
夏の終わりと冬の気配をほんのり感じるような、そんな気持ちのよい晴れの日。
全ベルリーザ連邦王国魔道人形選手権ベルトリーア地方予選大会、今日はその当日だ。
部員一同は早朝から学院に集合し、バスに荷物を積み込んでいる。
長丁場に備えて、食べ物や飲み物などの準備も欠かせない。
もちろん大事な魔道人形とその制御装置、ビブス、試合に一点のみ持ち可能な魔道具、予備も含めてただの一つも漏れがないよう確認しながらの積み込み作業だ。
遅刻欠席なし、自己申告では体調に不安のある者なし、ただし緊張で様子のおかしい者は若干名といったところ。
多くの部員がいる倶楽部で、体調不良を訴える奴が出ることは普通に想定内だ。いつものように各種回復薬は準備済みだから、不安に思う要素はなにもない。
今日は生徒たちの晴れ舞台。顧問の私の出番はなく、行きと帰りの引率だけが私の出番となっている。でも退屈な一日にはならないと信じよう。
「イーブルバンシー先生、準備が終わりました。いつでも出発できます」
うなずいて全員が乗り込んだのを見届けてから、最後に私もバスに乗った。
移動中の車内は、いつもどおりに騒がしい。
早朝だというのに元気な奴らだ。まあ緊張で静まり返っているよりは、よっぽどいいけど。
試合会場までは時間がかかるから寝ようかと思っていたけど、私も少し興奮しているのかのかどうにも寝つけない。
無理に眠る必要はないことから、暇つぶしに大会パンフレットを読み返すことにした。
魔道人形大会は人気の競技というだけあって、思ったよりも規模が大きい。
参加する学校は、ベルリーザの全国津々浦々から約一千校にも及ぶ。
そんなにもたくさんの学校があったのかと思ったけど、連邦王国の全国津々浦々からともなれば、そんなもんかとも思う。
もちろん、そのすべてが一堂に会して魔道人形戦をやるわけじゃなく、地方予選を経て決勝大会があるわけだ。
聖エメラルダ女学院は、まずベルトリーア地方予選を勝ち抜かねばならない。
ベルトリーア地方予選は国の首都ということもあって、地方予選最大の二五〇校以上が参加するから試合数はかなり多い。
それだけの数の学校が前年の大会成績によって組み分けされ、四校ずつのバトルロイヤルで一位のみが勝ち抜け次に進む。一回戦を経てベスト六十四、そして二回戦を経てベスト十六が決まる流れだ。
数が多いから一つの会場では行わず、最初は八つの会場に分かれて試合を実施する。
各会場で一回戦が八試合、二回戦が二試合、会場ごとに合計で十試合も行われる。一つの試合は最大で四十五分かかることから、諸々込みで最長では約十時間近くかかる見込みだ。中には早く終わる試合だってあるだろうけど、それでも一日がかりにはなるはず。
さらに試合会場が八つに分かれているから、その後にも試合を続ける場合には、移動の時間も取られることになる。
とても一日だけで優勝を決めるには厳しいスケジュールなことから、三回戦の計四試合と決勝戦は翌日に一つの会場で実施される予定になっている。
つまりベルトリーア地方予選は二日にまたがって行われ、優勝するには四回続けて勝てばいい。
そして本大会には四チームが出場できるから、決勝に残った時点で負けても次に進める。決勝大会に進むだけなら、三回勝てばいい。
大会は長時間に及ぶことからか、開会式や閉会式はあっても全部の学校に参加義務はない。
誰も参加しないとしょぼくなるから、その辺はしがらみで参加する学校が決まるのだろう。当然、我が校にそうした打診はないし、積極的に参加するつもりもない。
ただ、聖エメラルダ女学院は第二試合に出番があるから、会場入りは早い。勝ち上がって二回戦もやるつもりだから、一回戦後の空き時間はかなりある。開会式は出ないけど、それでも結構な長丁場だ。
空き時間でも私は昼寝なんかしていられないだろうし、やっぱり少し寝ておこう。
「先生、お菓子たべますー?」
「チェルシーのお母様が作ったんですって」
「すごく美味しいですよ」
うるさい奴らだ。大会当日の移動中とはとても思えない。まるで遠足ね。
言いながら差し出されたマフィンのようなお菓子をしょうがなく受け取る。
さっきから甘い匂いがバスの中に充満していると思ったら、これが原因が。食欲をそそるいい匂いだし、たしかに美味しそうではある。
「あんまりはしゃいで、疲れないようにしなさいよ」
「大丈夫ですって!」
「そうそう。気力体力、充実してます!」
「あー、早く試合したいなー」
「ね、わたしも楽しみで楽しみで。昨日はあまり寝られなかったよ」
騒がしい車内だけど、本番当日と考えれば雰囲気は悪くない。むしろ変な緊張感で精神的に疲れるよりはよっぽどいい。
最初から心配なんかしてないけど、それにしてもメンタルの強い奴らだ。
バスは順調に早朝の街を進み、無事に会場入りを果たした。
ちょうど開会式が始まったくらいのタイミングだ。本来なら出たほうがいいのだろうけど、参加義務はないのだから文句を言われる筋合いはない。気にせずマイペースで準備を進めさせる。
「ハーマイラ、ミルドリー。あんたたちは受付を済ませてきなさい」
「はい、行ってきます」
「あたしたちの待機所って、あれですか?」
広大な駐車場の隣に、大きな天幕がいくつも並んだ一画がある。ここから見える一番手前に、大きく聖エメラルダ女学院と書かれた看板があるから、あれで間違いない。
「会場入りした奴らが、一番に目にするのが私たちってわけよ。特等席ね。シャキッとしなさいよ」
「大丈夫です。わたしたちは人に見られることに慣れていますので」
澄ました顔で言ってのけるハーマイラだ。実際、聖エメラルダ女学院に通う娘たちはそうした環境にいるのだろう。
目立つ必要のない一般人とは違い、貴族や商人の一族は顔を売ってなんぼの家柄や商売でもある。キキョウ会だって似たようなものだ。
二人が一時的に離れ、残った全員でバスから荷物を降ろす。速やかに作業を済ませ、各出場校に与えられた天幕のような待機所に移動した。
今日は予選とはいえ本番だけあって、かなり人が多い。
当然ながら開会式に出席した学校や第一試合に出場する学校は、私たちよりも早く会場入りしている。
演習場を使った試合は興行の側面もあり、普通に一般の観客だって入れる。続々と駐車場には車両が増えつつあり、魔道人形戦の注目の高さを感じさせた。
幸いにも出場校の待機所エリアには、一般人は立ち入れない決まりになっている。
ガキどもの家族でも入れないから、そうした連中の挨拶をいちいち受けなくて済むのは非常によいルールだ。
普通は学校同士で顧問の挨拶などはありそうなものだけど、聖エメラルダ女学院は完全に腫れもの扱いだから、わざわざ向こうからはやってこないだろう。私からどこかに出向く気もないし、そうした意味でも気楽だ。
天幕内には好き勝手にあれこれと運び込み、無味乾燥だった場所がカラフルに変わっていく。
私もビーチチェアのような椅子を持ち込んで、さっそく横になる。いい感じだ。妹ちゃんや巻き毛の呆れたような視線など気にしない。
そうしていると受付を済ませたハーマイラとミルドリーが戻った。あとは試合に出て勝つだけ。
「間もなく、第一試合の開始です。第二試合に出場される各校は、所定の位置に集まってください」
待機所に設置された魔道具から、どでかい声のアナウンスが流された。
「ほら、呼ばれてるわよ」
「では行ってきます。皆さん、忘れ物のないように」
「先生はどこで観戦するんですか?」
「関係者用の席が用意されてるから、私はそっちにいるわ。じゃ、がんばってきなさい」
「え、それだけですか?」
一言のみ、それもビーチチェアに寝転がったままの激励が気に入らないらしい。
しょうがなく立ち上がってやれば、自然と全員が気の引き締まった顔をした。緩い雰囲気が消え去り、戦うモードに入ったようだ。
切り替えの早さに感心しつつ、こっちもちょっとだけ雰囲気を作って言ってやろう。
「ふう……いよいよ本番ね。いつもどおりにやれば勝てると思ってるけど、そうね。あえて注文するなら、派手にやりなさい。ド派手に勝って、聖エメラルダ女学院の復活を知らしめてやれば、たぶん大会自体も盛り上がって面白くなるわ。思い切りやればいい、それだけよ」
私が鍛えた聖エメラルダ女学院は強い。変な小細工は必要なく、思いっきりやれば自然と派手な勝利になるだろう。
初戦の対戦校は特に強豪でもないし、何の心配もない。
「わかりました。皆さん、先生のご期待に応えましょう」
「やってやります!」
「第一試合が霞むくらいの試合にしましょうよ!」
大したことは言っていないけど、どうやら気合が入ったようだ。
はしゃいだ雰囲気のまま、部員たちは移動していった。私も一人でここにいる意味はない。移動しよう。
ウチの部は余剰な人員がいないから、天幕が空になってしまう。貴重品は置いていないけど、普通なら食べ物や飲み物が心配になるところだ。
しかし、そこは金持ち学校の備品は凄い。規格外に強力な結界魔法を、大幅に弱体化して結界の効果時間を長くした魔道具がある。結界の解除には鍵が必要だし、この場で攻撃して破ろうとするバカはさすがにいないだろう。
明らかな場違い感はあるけど、結界魔法の廉価版の魔道具を起動し、ほかの奴らの視線などどこ吹く風で移動した。
観客席に移動すると、美人の上に態度のでかい私には自然と注目が集まる。
今日は清楚モードの服装でわかりやすい威圧感はないはずだけど、滲み出るものはあるんだろう。なんとなく避けられているっぽい雰囲気を感じた。
これも特に気にすることはない。いつものことだ。
いろいろな意味で悪目立ちしている聖エメラルダ女学院、そしてその顧問も変に悪目立ちしている。こんな女に気やすく話しかける奴はいない。ゆっくりと観戦できそうで大変に結構だ。
さて、いまやっているのは第一試合で、そろそろ決着がつきそうな展開だ。
パッと見ただけで、全体的に魔道人形の動きがへぼいのがわかる。しょぼい試合にすぐ興味がなくなった。代わりに会場全体に目を向ける。
今日の試合は演習場のサイズがでかい。
たしか試合で使う演習場は、最大の場合で九〇〇メートル四方と規定されている。目測では最大に近いサイズがありそうに思えた。
しかもそれだけ広い演習場なのに遮蔽物はほとんどなく、全体的にだだっ広い草原としか表現できない感じだ。
観客ありの試合会場としては非常に見やすい一方、環境を利用した面白い戦術を見ることのできないフィールドだ。
序盤の戦いを始めるタイミングが駆け引きになるくらいで、一度戦いが始まってしまえばあとはシンプルに乱戦って感じになるだろう。現に第一試合は、各陣営が入り乱れた泥仕合みたいになっている。
まあこれはこれで見応えあるのかな。
しょぼい第一試合がしょぼい決着を迎え、勝者を告げる光魔法が打ち上がった。
まだ時間が早いせいか客入りは半分くらいにもかかわらず、それなりに盛り上がっている。興行としてもまずまずの期待が持てそうだ。
さて、次はさっそくウチの出番だ。
「これより第二試合が始まります。各出場校は、東の青色聖エメラルダ女学院、西の黄色――」
スピーカーから流れるアナウンスによって、第二試合に出場する各校の名前が順に読み上げられた。
東西南北で、それぞれを示す色が指定されている。
東は青色、西は黄色、南は緑色、北は桃色。今回の聖エメラルダ女学院は青だ。
声での紹介だけじゃなく、観客席に向けて投影されたモニターみたいな光魔法によって生徒たちの様子が映された。
聖エメラルダ女学院のグレーの清楚な制服、そして凛々しい立ち姿はすでに王者の貫禄がある。さすがに贔屓目が過ぎるだろうか。
興行らしく簡単に各校の説明や、過去の大会での戦績まで披露され、会場のボルテージは高まっていく。
そうする間に出場選手たちは準備を済ませ、アナウンスがいい感じの時間配分で終わるころに試合開始だ。
待ち時間で観客を退屈させないよう工夫されているらしい。
「お待たせいたしました。これより、第二試合を開始します――」
流れるように進行する。
アナウンスに続けて試合の開始を告げる光魔法が打ち上がった。
試合をどう進めるかは当日の対戦校の出方にもよるから、事前にある程度のプランはあっても実際には出たとこ勝負だ。
だから今日もハーマイラたちに任せている。
さて、どうするのかなと思っていると、我が聖エメラルダ女学院がいきなり動いた。
普通は各校にとっての切り札のはずの魔道具を使ったんだ。
魔道人形連盟に三つ登録した、そのどれを使うかは部員たちに任せている。そのうちの一番面白いのを使ったじゃないか。
どよめく会場の反応は、まさにしてやったりだ。
「こうして傍から見ると、ウチもなかなかやるもんよね」
我が聖エメラルダ女学院の四十七体の魔道人形。
真珠色の人形に青色のビブスを着せた、そのうちの一体が金色に光り輝いている。
広い演習場のどこから見てもあの光は見える。超目立つ。
我こそが聖エメラルダ女学院魔道人形倶楽部の大将機である!
そう明確に告げている。
大将機が潰されたら即敗北の試合で、あり得ないことをやっている。
実際のところあれをどう受け止めるかは対戦校次第だけど、気にせずにはいられないだろう。
復活を告げる聖エメラルダ女学院の初戦に相応しい始まりだ。
やってやれ!




