先々に希望のある話
転がしたグルガンディの死体を検め、目に付いた装備と魔道具はとりあえず全部回収する。
見ただけじゃ用途の分からない魔道具は多く、調べる手間や発動にかかる未知のリスクを考えれば、ウチが確保したいと思える物は特にない。だから全部ベルリーザ情報部に引き渡すつもりだ。
敵が所持するブツからは様々なことが分かるだろうし、アンデッドを操る魔道具があれば大当たり。大国の情報部なら、きっとすべてを綿密に調べ尽くし有効に使うだろう。
それにしても今回の戦果は大きい。
グルガンディの精鋭を倒したことのみならず、企みを阻止し、道具や地下施設まで丸ごと奪取できた事実は、土産としてこれ以上ないほど上等だ。
逆にあまりに実績がでかすぎて、まだ新顔の私たちが上げた手柄としては危険を感じるほど。上手く行きすぎたからこその懸念が生じる。
新参者のくせに、女の集団のくせに、なんて生意気な奴らなんだ、一部の馬鹿どもにそう思われるのはほぼ間違いない。しょうもない奴らが抱く嫉妬の感情まではコントロールできないから、そこが厄介な要素になる。
それを思えば最後にアナスタシア・ユニオンが関わったことは手柄の独占にならず、悪印象を勝手に抱くアホどもの感情を和らげる効果が見込める。
大事なのはあくまで印象だ。どうせ細かい部分まで把握する奴は少ないし、私たちはその細かい部分をきちんと理解する連中に評価されればそれでいい。
我がキキョウ会は事前に取り決めた報酬に色を付けさせることで実利を得て、スポットライトが当たるような手柄はアナスタシア・ユニオンに譲ってやる。
ウチは陰の実力者として、分かる奴にだけ分かる存在であればいい。そういう連中と繋がるコネがあれば良く、有象無象からの評価などまったく不要と言い切れる。
今後もベルリーザの平和はキキョウ会の利益として、そこで協力することには前向きな気持ちだ。
適度な距離感で権力に寄り添い、甘い汁を吸える立場を確立するのが理想。悪党として請け負う汚れ仕事と、その見返りとしてありつく利権。精々、報酬と苦労を天秤にかけた時に、こっちが有利と思えるように立ち回ってやろう。
たぶん、ウチは今後も陰で立ち回る仕事が多くなるような気がしている。表に立つエクセンブラでの立ち位置とは違うけど、これはこれで面白い。
なんにしてもだ。一応は王宮のピンチを救ってやった事実は、もう情報部どころかベルリーザって国に対して特大の恩を売りつけたも同然と思ってる。我々キキョウ会の未来は非常に明るい。
「おい、キキョウ会。そもそも何でお前らがここにいる」
御曹司だ。この後の報告のためを思えば、こいつはこっちの事情を知る必要があるんだろう。
考えこむ様子の私に話しかけるタイミングを計っていたようだ。それに私たちが死体の身ぐるみを剥ぐ、盗賊じみた行動に文句を垂れないことは褒めてやる。
会話くらい応じてやろうじゃないか。盗賊行為はみんなに任せ、相手をしてやることにした。
「ウチのマトはこいつら、グルガンディよ。あっちの地下道から追っかけてきたら、ここに着いたってだけ。まさか王宮の下に続いてるとは思わなかったけどね」
「あれか。どこに続いてんだ?」
「港の倉庫街よ」
「……港だと? そんな場所まで」
王宮から最も近い港までは、直線距離で考えても数百メートル程度じゃすまないはずだ。具体的には知らないけど少なくとも二、三キロメートル、あるいはそれ以上の距離があったと思う。そんな長い地下道とは、なかなか想像も及ばず驚くだろうね。
「そっちは何でこんなトコにいんのよ? アナスタシア・ユニオンは帝国関連の組織を叩くって聞いたわよ」
アナスタシア・ユニオンは要人警護の仕事をやってるから、こいつらが王宮にいても別に不思議はない。ただ、御曹司は要人の警護よりも敵のアジトに突撃するほうがよっぽど性に合うだろう。
「チッ、お前には関係――」
「あ?」
生意気な態度くらい許してやる。ただし、私の質問には正直に答えなければならない。それができないなら、殴って吐かせるだけだ。
もう実力の差は嫌ってほど自覚できるはず。睨む目つきと威圧を、単なる脅しと思うなよ。
「……俺の身は半分謹慎中みたいなもんだ。だからカチコミから外され、王宮の守りに回された」
不満そうな顔をしながらも素直に答えた。さすがに色々と懲りたんだろう。
とにかく、御曹司がここにいるのは妹ちゃんの件や、私たちへの勝手な振る舞いに対するペナルティってことみたいだ。ニュアンスからして御曹司にとって、王宮の守りってのは不本意な役回りらしい。
まあ要人警護みたいな個人への特別な警護とは別に、王宮には専門の部隊が常駐している。守る状況ならともかく、攻める状況で王宮に回されるなんて、血気盛んな若い武闘派にとっては罰と考えていい。そりゃ不満にも思うだろう。
「それがまさかの大手柄ってわけか。なんせ王宮への攻撃を防いだんだからね。でも良く気づいたわね」
「魔力に敏感な奴が仲間にいただけだ。城の最深部より、さらに深い場所で魔法が使われたら不審にも思うだろ。ほかにも聞かせろ、あのアンデッドはなんだ?」
「なんだって言われても、知らないわよ」
「そうじゃねえ。グルガンディはアンデッドを操ってやがったな? どういうことだ」
「さあ、私が知るわけないわ」
推測の混じった面倒な事情を、いちいち説明してやるつもりはない。こいつらがどこまで知るべきかってのも、別の問題としてあるだろう。知るべき立場にさえいれば、知りたくなくたって情報は必ず入る。余計なことは言わないのが賢明だ。
「お姉さま、積み込みが終わりました。早く行きましょう」
集めた道具はグルガンディが使ったと思しき車両に積み込んでくれた。地下通路を戻るのは面倒だけど、上が王宮ならショートカットはできない。グラデーナたちの状況も気になるし、さっさと移動だ。
最も重要なアンデッドを操る魔道具らしきブツがあったかどうかは移動中に聞くとしよう。
御曹司を放って歩き出すと、まだ話したいことがあったのか止めようとする気配はあったものの、声をかけてこないなら無視だ。
ヴァレリアに先導されて一台の大型車両に乗った。ロベルタがハンドルを握り、助手席にはヴィオランテがいる。もう一台のほうにエマリーやジンナたちが乗り、回収した大半の道具はそっちに積み込んだようだ。
私と妹分が乗り込むのを待っていた二台の車両は、ドアが閉まるとすぐに動き出した。
「どうだった?」
気になるのはアンデッドを操る魔道具だ。それがあったかどうか知りたい。
「怪しい物はありました。こちらです」
「使ってみた?」
「いえ、さすがに。何が起きるか分かりませんので試してはいません。ほかの魔道具についても、皆には迂闊に魔力を流さないよう言い含めています」
ヴィオランテが差し出した掌の上には、拳大の丸っこい物があった。赤色っぽいそれを受け取って観察だ。
硬質な感触と半透明な色の具合から、宝石質の鉱石を使って作られた物らしい。石にはいくつもの穴が開き、細かく小さな機構が埋め込まれている。それにどうやら石の内部は、大半が空洞になっているようだ。
全体的な印象として、内部の空洞とそこに向かって開いたいくつもの穴から、笛を連想させた。
「……オカリナの一種か。私が聞いたのは笛の音だったから、これで当たりっぽいわね」
「見た目からして音の出そうな魔道具はそれだけでした。それに非常に複雑な作りをしているようです」
当然ながら単なるオカリナじゃない。宝石質の表面には細かい文様がびっちりと刻み込まれ、内部にはよく分からない小さな機構が埋め込まれている。もしかしたら口をつけて吹くんじゃなく、魔力を注げば音が鳴る仕組みなのかもしれない。
試してみたい誘惑に駆られるけど、使用に当たっては未知の魔力認証が必要なケースだってある。極めて重要なブツのため、万が一にも壊すわけにはいかず余計なことはやめておく。
「こいつを引き渡して報告を済ませれば、ようやくお役御免よ」
「それまでは気を抜けませんね。ロベルタ、しっかり運転して」
「分かってるって。ヴィオランテとヴァレリアは周辺警戒を頼んだよ。というか、この地下道を抜けないと気を抜こうにも抜けないから」
「お姉さまは休んでいてください」
「ん、私は少し眠るわ。上でグラデーナと合流したら起こして。情報部にはそれから連絡する」
それだけ言って目を閉じる。激しい戦闘はしてないけど大きな魔法はいくつか使ったし、呪いによる消耗がかなり大きい。あとは単純に長丁場で疲れた。
――そのあと。
すべての敵を叩き伏せながら進んだ私たちの前に現れる新たな脅威はなく、問題なく港の倉庫に戻ることができた。
グラデーナとも無事に合流を果たし、万事上手く依頼を果たすことに成功した。おまけにアンデッドを操る魔道具なんて、特別な土産まで手に入れた。これは喜ばれるか、新たな厄介事に顔をしかめられるか、微妙なところと思うけど。
私たちは拠点に戻る暇もなく情報部のムーアに呼び出され、通信では話せない報告があると言えば閉鎖都市にまで行くことになった。
完全に秘密が守られるだろう閉鎖都市内で、回収したブツの引き渡しと報告を済ませてしまう。面倒なことはさっさと終わらせるに限る。
諸々を聞いたムーアは終始ポーカーフェイスを保っていたけど、疲れた気配は隠せていなかった。
ベルリーザの状況としては問題がまだまだ山積みのままだ。
グルガンディの企みを阻止できてもアンデッドの脅威はまだあるし、メデク・レギサーモ帝国のことだってアナスタシア・ユニオンが対処中らしい。完全に片付くことはないにしても、現状の忙しさが落ち着くのはまだ先になるだろう。そこに新たな厄ネタが入って喜ぶはずはない。
ただ、アンデッドを操る魔道具なんてのは、上手く使えばこれ以上ないほどのカードでもある。その上手く使えばってのが面倒なんだけど、ベルリーザの優秀な奴らならやりきるだろう。
とにかく、私の体調が戻らないことを除けばこれで当面の面倒事とはおさらばだ。
これ以上の厄介事は本当に慎んで遠慮する。もし何かあって報酬が良かったとしても、私は手を下さずにみんなに任せることになるだろう。己の状態をなんとかすることに集中したい。
閉鎖都市から戻る頃にはすっかり朝どころか昼近くになり、眠気や疲れで休息せずにはもう何もする気が起きない。
何かしらの用事が入る可能性を嫌った私は、学院には戻らずグラデーナたちの拠点で休むことにした。今日と明日は完全オフにし、その日はみんながほぼ寝て過ごすことになった。
翌日は各々がまだ体を休めるか、羽を伸ばしに街に出る。私はベッドの上で身を起こし、一晩明けても継続する不調に顔をしかめた。
「ちっ……魔法を使いすぎたせい? 良くなる感じがしないわね」
魔力の乱れが強く体調がひどく悪い。一時的なものならいいんだけど、長時間休んでもあまり回復しなかったのは予想外だ。
夏休みが終わって学院が始まるまでにはまだ数日ある。それまでに多少なりとも良くなると期待したいけど、どうなるか。
もし良くならないなら、より効果の高いタリスマンを用意するか、最悪の場合には聖都にいるという祓魔司祭を頼るしかない。仕事の途中でベルリーザを離れるわけにもいかないから、聖都行きはないにしてもポジティブな要素がなく気分は上がらない。
はあ、考えると憂鬱になるけど考えなしにはいられない。本当に面倒だ。
とにかくこの日も休むことに専念した。
そしてまた明くる日。
大きな仕事を片づけて、少なくともキキョウ会としての当面の役割がなくなったいま、改めて学院組を除いたみんなと話すことにした。
夕方まではそれぞれ適当に過ごし、グラデーナたちの拠点で一堂に会する。学院組は会長の私と情報局幹部補佐のレイラだけが参加する。
「集まったわね。さて、学院組は秋の終わりまでベルトリーアに居座るけど、みんなはどうしようか」
閉鎖都市でムーアと話した結果、いまのところウチに追加で頼みたい仕事はないらしい。アナスタシア・ユニオンも含めたベルリーザの戦力が、アンデッドや帝国、そしてグルガンディの残党にも対応していくようだ。
「仕事がねえなら、あたしらはエクセンブラに戻る。大した用事もねえのに戻らねえんじゃ、さすがのジークルーネも怒るだろ。ベルリーザ支部の立ち上げだって、まだ先なんだろ?」
「そうね。シマの話も新拠点も、具体的にはまだ先の話よ」
元々このベルリーザにやってきた目的は妹ちゃんの護衛であり、その報酬として総帥からはベルリーザでのシマが譲渡される予定だった。どこを譲渡されるかまだ分かってないし、それは妹ちゃんの留学が終わってからの話になる。
シマの場所が分かってから今度は情報部のムーアと約束した報酬として、土地と建物を譲り受ける。それがキキョウ会の新拠点になる予定。いずれにしてもまだ具体的には何も決まってない。
「また情報部から突発的に仕事を頼まれませんかね? グラデーナさんたちが帰ったあとに、得てしてそういう仕事が舞い込みそうな気がしますけど」
「ハイディの言い分も分かるがよ、いつあるかも分かんねえ仕事のために待機すんのもな。情報局はどうすんだ?」
妹ちゃんの護衛としてやってきた学院組とは別に、トラブル続きで忙しくなった応援としてハイディたち情報局とグラデーナたち戦闘集団がやってきてくれた。一時的な応援なんだから、用がなければ帰ることが前提だ。そのタイミングとしては、いまがちょうどいい。
「昨日ちょっとレイラさんとは話したんですが、詳しい状況報告のために二人はエクセンブラに戻します。わたし含めて残る四人は、引き続きベルリーザでの情報集に当たるつもりですよ」
「だったらあたしらも全員で戻るのはやめて、やっぱ何人かは残すか? 基本的には暇でもよ、やっぱ人手が必要な場面はどっかで出てきそうだな。ユカリ、どうする? 会長が決めたことなら、ジークルーネも文句は言わねえ」
ふーむ、どうしたもんか。
残したほうが何かあった時には頼りにできるけど、何もなければ退屈な思いをさせるだけだ。余所のシマ内でふらふらさせても、それはそれでアナスタシア・ユニオン含めて他の組織は気にするだろう。
下手をすれば余計な火種に発展する可能性だってある。ウチのメンバーは何もしてなくたって目立つし、トラブルメーカーの気質があることも否めない。
しかしだ。休みが明けて学院が始まれば、学院組は好き勝手に動けない。余計な仕事をハイディたちに回すのも微妙だし、私の体調だって思わしくない。いざって時に動かしやすい戦力はやっぱり必要と思える。
「……うん、やっぱ誰か残したいわね。ベルリーザはまだ油断ならない状況のままよ。それに近い将来にはウチの看板出すんだから、こっちに興味のあるメンバーは下見として別に呼び寄せるのも手ね」
「言えてるな。この隠れ家はしばらく好きにしていいって話しだしよ、下見や観光がてらに数人ずつ入れ替わり立ち替わりで呼ぶのもありだな。案内役であたしらのなかから二人くらい残れば、急な仕事にも対応できるだろ」
「会長がムーアに取り付けた報酬として、新たな利権に食い込む話もあったと思います。それを仕切れる人員も早めにこちらに呼びたいですね」
たしかに、まだシマもない時点で大っぴらに組織としての活動はしにくいけど、事前の交渉や調整をやれるメンバーは欲しいところだ。窓口としての人員なら、情報局じゃなく事務局のメンバーが適任だろう。
「今後を見据えて、ベルリーザ支部に興味のあるメンバーを送ってもらおうか。エクセンブラに戻るメンバーは、ジークルーネたちにそう話しといて」
「情報局でレポートはまとめていますから、そこに追記しておきます。三席はエクセンブラに戻られるんですよね? でしたら三席からも口頭で補足してもらえれば助かります」
「おう任しとけ、レイラ。そうだ、どうせなら奪った船で帰れるか? あのでけえ船ならデルタ号だって載るしよ、海路を使ったほうが早いだろ?」
「そうですね……船を動かせる人員の問題がありますので、そこは考える必要がありますが。ただ商業ギルドに相談すれば、どうにかなるとは思います」
本来ならそういうのは事務局のメンバーに任せたい仕事だ。いないからしょうがないけど。
「費用については大きく使って構わないわ。このベルトリーアでも、商業ギルドとは太く繋がって損はないからね。どうせなら最初の仕事から気前のいいところを見せてやりなさい。学院の再開前に悪いけど、レイラにその仕切りは任せるわ」
「金を積むなら、先方も喜んで協力してくれると思います。人員と物資の調達でどれくらいの費用と期間が必要になるかは、改めて報告します」
「うん、頼むわ」
今後の方針がまとまって解散後、レイラと一緒に学院に戻る道中で通信が入った。
相手はベルリーザ情報部のムーアだ。当面、追加の仕事はないって話だったのに、いきなり仕事だろうか。
面倒に思っても無視するわけにはいかず、話を聞いてみれば細かいことは会って話すと言われてしまった。
「会長、呼び出しですか?」
「いまから繁華街にこいってさ。閉鎖都市まで出張る話じゃないから、そこまで重要度は高くなさそうだけど……なんにしても面倒ね」
「何か仕事でしたら、わたしのほうで処理します。ひとまず繁華街に向かいますか?」
「ま、聞くだけ聞いてみるわ」
やれやれだ。本当に面倒と思いきや、いざ会ったムーアからは意外な話を聞くことになった。
もしかしたら、私の呪いがどうにかなるかもしれない。
長かった暗闘を終え、後始末もささっと終わらせたキキョウ会です。
いい加減に疲れているユカリですが、希望が見えたきた、かもしれません。
次話「ベルトリーア中央教会へご訪問!」に続きます。




