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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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くだらない勝負

 私と勝負したいなんて、どんな物好きな連中だ。

 それか話題になってる生意気女に、ちょっかいかけようとしてるだけかもね。

 支配人からの伝言には即座に了として、卓へと向かった。


「勝負を受けてくれて感謝するよ。今夜は楽しもうじゃないか」

「お互い、自己紹介なんて野暮な真似はやめようぜ。ここではただの勝負師だろ?」

「まあ、お下品な」

「名前や肩書なんて、どうでもいいですわ」


 それは同意見だ。本当にどうでもいい。ましてや行きずりの相手の名前なんて、いちいち覚える気もないしね。

 順に初老の男、まだ若い派手な男、マダム、お嬢っぽいけどどこか擦れたような女。この四人でテキサスホールデム風のカードゲームに興じてるようだ。


「そのゲームに混ぜてくれるってわけ?」

「逃げるなら今の内だぜ?」

「オホホ。あたくしたちのレートで大丈夫かしら?」


 ふーん、随分と強気ね。


「さっそくですが、ディーラーをお願いしますわ」

「よろしいかな? お手並み拝見といこう」


 また専任のディーラーなしでやるのか。

 まあいい。カード捌きには自信あるし、よく見とけってなもんだ。

 もちろん、イカサマなんてしない。私からはね。


 席に着くと新しい飲み物を受け取って喉を潤す。

 カードの束に目をやれば、気を利かせた支配人が新品の物を渡してくれた。

 四人からの熱い視線を感じつつ、封を開けてから流れるようにカードを切って配り終える。


「ふむ」

「ははっ、面白れえぜ」

「手先は器用なのね」

「……やりますわね」


 負けるつもりはない。人数も多いし、最初は相手の出方を見てみるか。

 手札が悪かったし、一巡だけ様子を見てこのゲームは降りる。

 四人はほとんど喋らなくなり、まさしくポーカーフェイスに徹してる。その後も消極的な展開が続き、最後にマダムが少額のチップを獲得した。

 最初の印象だともっと派手にやってそうに見えたのに、そんなことはなかったらしい。意外に手堅いのかな。


 お次は初老の男がディーラーだ。

 謎のベテラン感を醸し出してるだけあって、カードを配る手に淀みはない。

 オープンされたカードを確認してからベットが始まる。私の手はキングのスリーカード。悪くない。動いてみるか。


「レイズ」


 ここでレイズを宣言して金額を釣り上げる。さて、どうなる。


「レイズ」


 初老の男がさらに釣り上げるけど、表情は読めない。


「レイズ」


 派手な男がポーカーフェイスを崩してニヤリとし、また釣り上げる。自信があるのか、単なるブラフか。分からないわね。


「レイズ」


 マダムが微笑を浮かべながら同じく釣り上げた。


「レイズ」


 おいおい。お嬢っぽい女がさらに釣り上げた。この程度の金額なんかどうとも思わない金持ちってこと?

 こうなってくると、スリーカードじゃリスクは冒せない。勝負はまだ始まったばかりだ。全然焦る必要はないし、ここは降りよう。

 勝負は最終的にトータルで勝ってなんぼだ。まだまだ始まったばかりで、無意味に突っ張る場面でもない。


「……フォールド」

「おや、よろしいのか」

「まあね。今回は譲るわ」


 これは要注意ね。私は努めて冷静にこれからの勝負に備えなければならない。何かある。



 何度もゲームを繰り返す。

 次第に隠す気もなくなったのか、やり口があからさまになっていった。奴らのやってることは単純だ。


 私が消極的だったら、四人も消極的に。

 私が積極的だったら、四人も積極的に。

 結託されてるようだ。


 これじゃ私は絶対に負けないと思える強力な手でないと、思い切った勝負ができない。チップ全損を受け入れられるなら別だけど、マルツィオファミリーの賭場で負けて帰るなんて絶対に許容できない。かと言って、この場から逃げるのもしゃくだ。


 ゆえに根気強く、そこそこいい札がきても我慢し、消極的に勝負を続ける。一応、体面を気にしてか、ほかの客もいるから何でもかんでも全部レイズするような真似はしてこないから、辛うじてゲーム自体は続けられる。

 少額のチップを取っては、降りてチップを取られることを繰り返す。

 あー、イライラするわね。


 粘ってフォーカードでも引けないかと思ってるんだけど、イカサマなしの運任せじゃそう上手くもいかない。

 しかしだ。こっちが疲労とストレスを募らせてるように、四人だって苛立ちはあるはずだ。さらに私がなかなかキレずに勝負も捨てず、四人がかりでも食らいついてるから、内心では私以上に焦れてるに違いない。


 密かに大きく息を吐きだし、なるべく頭をクリアにする。

 大丈夫だ、相手は四人もいるんだ。誰かが必ずボロを出す。ミスもするし、余計な真似だってするかもしれない。それまでの我慢だ。



 時は流れる。もう何ゲーム目だったか、本当に疲れた。

 なんかもう面倒になってきた。楽しさの欠片もないゲームにバカバカしい気持ちになってしまう。冷めてしまった。ちょうど札が揃ったし、これを最後に大きくやって帰ろう。

 はいレイズっと。そういやフレデリカはどうしてるかな。


 意識をそらした瞬間、派手な男がやりやがった。集中力を欠いてたのは事実だけど、イカサマを見逃すほど甘くない。

 派手な男はストレスが爆発したのか、我慢できずに遂にやらかした。私は気づかぬふりを続けながら、派手な男がやり遂げたと思ったところで、ゆっくりと立ち上がる。


 四人ともポーカーフェイスを崩しはしないけど、どこか緊張する感じは伝わった。

 これはイカサマを実行した派手な男以外も、全員が気が付いてるわね。


「どうかされたのか?」

「はっ、便所にでも行くのかよ?」


 デリカシーの欠片もない阿呆ね。

 何食わぬ顔で雑談を始めたのを眺めつつ、私は髪に差し込んだ、かんざしもどきの鉄串を引き抜いた。その仕草と紫紺の髪が流れ落ちるのに目を奪われる一同。

 この瞬間、引き抜いた鉄串を一閃した。


「あ? はっあぎゃあああああああああっ」


 派手な男は一瞬だけ理解出ないといった表情を浮かべた。

 だけど、その状態を認識するや否や、情けない悲鳴を上げて暴れ、卓上のチップやカードをまき散らす。迷惑な奴だ。


 私が投擲した鉄串は、卓に置いた派手な男の腕を深々と貫き、釘で打ったように固定した。

 狙ったのは袖に隠したイカサマの証拠。ずいぶんと古典的なやり方だ。


 鉄串を引き抜こうと暴れる男の肩を押さえつけ、袖を強制的に捲り上げてやる。すると袖口に仕込んだカードが腕ごと鉄串に貫かれ、まさしく動かぬ証拠として衆目にさらされた。

 騒がしいこの卓は、周りの客も従業員も含めて注目の的になってる。


「ねえ、これは?」


 気取った髪型を崩すよう乱暴に髪を掴み上げ、腕ごと貫かれたカードを見えやすいように少し動かしながら端的に訊く。


「い、痛てぇ痛てぇ! 離せ、やめろっ」

「これは何だって、訊いてんのよ」


 口調は穏やかなままに、髪を掴む手には力を込める。プチプチと引き千切れるのに構わず、さらに力を入れていく。

 答えたくないなら、そうしたくなるようにするまでだ。


 ほかの客もイカサマがあったのだと分かると、私の味方になって派手な男を非難する。かなり騒がしくなってきた。

 さてどうしてくれようかと凶悪な考えがいくつか浮かんだところで、支配人と用心棒数人が慌てた様子で別室から姿を現す。


「お客様! トラブルは困ります、どうか落ち着いてください」

「私は落ち着いてるわよ。この状況を見れば一目瞭然だと思うけど?」


 すぐに理解した用心棒は、目の色を変えて私から派手な男を奪い取った。そして制裁を与える。


「このイカサマ野郎! ふざけやがって」

「生きて帰れると思うなよ」


 用心棒の強面が怒鳴り、支配人は被害者の私に応対する。


「この男は我々が処分します。喧嘩を売られたのは、当店も同じです。どうかこの件、我々に預けてはくださいませんか?」


 この男、か。ほかの三人がお咎めなしってことなら話にならない。

 冗談でしょ? マルツィオファミリーが許したところで私が許しはしない。

 卓の四人が結託してたのは間違いない。現に残った三人は青ざめた顔で成り行きを見守ってる。関係がないのなら、被害者として私と同じように怒らなければおかしいことにも気が付いてないらしい。


「……支配人、そいつは無理な相談よ。直接の被害者はこの私よ。相応の代償が必要になるわけだけど、私が納得するだけの内容に第三者が落とし込めるとは思えないわね。だからまずは私がそいつと話をつけないとね。その後でなら、そいつは好きにしてくれて構わないわ」

「先に当事者同士で話を付ける、とおっしゃいますか」

「こいつらがマルツィオファミリーと無関係なら、私が個人で話を付けるわ。もちろん文句はないわよね。それともマルツィオファミリーとして、こいつの代わりに私が納得できる代償を支払ってくれるって言うなら考えてもいいけど」


 どんな要求をされるか分からない恐怖。拒否すれば報復も辞さないとする固い意思。この場にはほかの上客の目が集まってるから、支配人は下手なことは決してできない。それにイカサマ野郎にそこまでして庇う価値があるとは思えない。

 そして支配人は空気の読める男のようだ。ここは私に譲れば、これ以上の追及はしないと汲んでくれたらしい。


「……承知しました。双方合意の上であれば、当店としては介入いたしません。ただし、最終的な処分は我々が下しますので、そこだけはご承知おきください」


 彼らにもメンツがあるから、そこだけは譲れないってところを示す必要がある。

 とにかく派手な男については切り捨てたか、もしくはあとで補償するなりなんなりするつもりだろう。こいつらがマルツィオファミリーと本当に繋がってたかどうかは分からないけどね。

 ま、私に損がなければどうでもいいんだ。そこまで執拗に調べたいとも思わない。


「あの、あたくしたちは」


 今まで置いてけぼりだった三人のうち、マダムが不安げな声を上げた。

 自分たちは見逃されるかもしれないという、ほんの少しの可能性に賭けて。そんな下らない希望は早々に粉砕してやる。


「もちろん、私に付き合ってもらうわよ。五人で同じ卓を囲んでたんだから当然よね? 支配人、五人だけで話がしたいから、どこか部屋を貸りるわよ」

「あちらの部屋をお使いください。おい、その男も運べ」


 上客向けの控室みたいなものなのか、簡素だけど高級品が使われた部屋に案内された。用心棒たちにボコボコにされた派手な男も、同じ部屋に運ばれて乱暴に放り込まれた。



 同じ卓を囲んだ関係者の五人だけが部屋に入って、扉が閉じられる。

 魔道具か何かで盗聴やら盗撮やらされてる可能性もあるからシンプルに行く。


「最初に言っとくわ。一切の弁明を聞くつもりはないし、タダじゃ済まさない」


 個人を指定しない言葉だ。でもこれが全員に向かって言った言葉だと、部屋にいる奴らは理解したらしい。


「だったら、どうするのかね?」


 最悪のケースも考えられる場面だ。三人とも、そこに転がった派手な男のようにはなりたくないだろう。

 初老の男が代表して、表面上は落ち着いて質問した。マダムとお嬢も取り乱さないだけ大したもんだと思える。

 私がキキョウ会の会長だってことよりも、マルツィオファミリーの機嫌を損ねたことに対する恐怖が結構あるんじゃないかと思う。


「分かりやすく言ってやろうか? 地獄の沙汰も金次第ってね」


 今の私は相当、あくどい顔をしてるだろうね。


「……おいくらなのかしら」


 マダムは金で片が付くならと、ちょっと余裕ができたようだ。

 こういう時にはどうするか決めてある。


「半分よ」

「は、半分?」

「持ってるチップの半分を私に渡すこと。それだけでこれ以上、何も言わないし何も求めない。終わりよ」


 実際、半分でもこいつらが持ってるチップは莫大な金額になる。いつかの盗賊から奪った財宝と比べても遥かに多いだろう。


「……ふぅ。賛成だ」

「あたくしも」

「賛成ですわ」


 それで済むなら、と言った感じの三人だ。

 全財産の半分じゃなくて、あくまでも手持ちのチップの半分にすぎないからね。私の優しい采配に心の底から感謝するように。これなら逆恨みの心配もないだろう。

 倒れたままの派手な男にも、チップを渡せば私からは手を出さないと言えば、好きにしろとだけ呟いた。

 脅し取ったなんて言わせない。イカサマに対する正当な要求だ。



 部屋を出れば何事も無かったかのように、それぞれで楽しむ客の姿があった。

 血まみれの卓も新しいものに交換されて、騒動の痕跡はすでにない。散らばったチップが一纏めにされて置かれてるのが唯一の痕跡だろう。


 辛うじて立ち直った派手な男も含めチップの分配を静かに行うと、私の前には大量のチップが積み上がった。

 お金が好きな私としては、これにはちょっと頬が緩む。本当はこいつらだってこのチップの全部を賭けに使ったりはしないし、単なる自己顕示欲のための見せ金のはずだから、いくら金持ちと言ってもそれなりには痛い出費のはずだ。


 大量のチップをボードに乗せてさっさと別れると、精算しにカウンターに直行した。チップの金額をレコードに入金してもらって、ミッションコンプリート。


 今日の戦果は莫大だ。

 大体の金額の内訳としては、初老の男からは四億、派手な男からは六億、マダムからは三億、お嬢からは二億、端数も合わせれば合計で約十六億ジストになった。


 うん、ヤバいわね。普通だったら帰り道で人生が終わるかもしれない金額だ。


「ユカリノーウェ会長、お帰りですか?」

「有意義な時間だったわ。そんじゃ、私はこれで」


 表面上は何事もなかったような支配人に帰りも先導される。


「あ、私の連れも一緒に帰らせたいんだけど」

「お連れの方でしたら、酒場でお待ちです」


 あのフレデリカが自分から切り上げるなんて予想外ね。

 まあ無理やり引っ張って連れ帰るなんてことにならなくて良かった。



 酒場への入り口手前で支配人と別れ、フレデリカの元へ。

 店内を見れば、カウンターで一人寂しげに飲みもせず、哀愁を漂わせ顔を伏せる女の姿があった。


「お待たせ、フレデリカ。どうしたってのよ?」

「ユカリ~! ふぐぅ、えぐっ」


 私にガバッと抱きついて、泣き出すメガネ美人。普段とキャラが違いすぎるけど、ギャンブルに関わった時はこんなもんだ。


「また負けたの? やりすぎるなって、何度も言ったのに」

「だってだって~、うぅっ」

「それで、どのくらい負けたの?」

「……全部」


 ん、良く聞こえなかったわね。


「え、なんて? もう一度言って」

「全部です! もうまったくの素寒貧すかんぴんです!」

「はあっ? あんた、まだ数百万は持ってたはずよね、それを全部?」


 なにやってんだか、こいつはホントにまったくもう!


「うぅ~」

「とにかく、もう帰るわよ。お金なら貸してあげるから、しばらくはそれでなんとかしなさい」


 百歩譲ってキキョウ会の外套を賭けに出さなかったことだけは褒めてやる。

 うなだれるフレデリカの肩を抱いて外に出た。


 もう空が薄明るくなってるじゃないか。

 今日も別に休みじゃないし、結局は徹夜か。まあ一日くらい寝なくても、なんてことはない。


「ところでユカリのほうはどうなったのですか? お金持ち向けのフロアになんて、誘われていましたけれど」


 冷たい明け方の風に当たりながら歩いてるせいか、フレデリカも普段の調子を取り戻しつつある。ひんやりとして気持ちいいから頭も冴えるだろう。


「ん、私が負けるわけないじゃない」

「どのくらい稼いだのですか?」

「ふふっ、それは帰ったら話すわ」


 キキョウ会の運営資金の管理はフレデリカに任せてあるから、その時には嫌でも分かる。



 イカサマ四人組とマルツィオファミリーの関係は分からずじまいだし、フレデリカがマルツィオファミリーに結構な額を貢いでしまったけど、総じてプラスだ。なんせ、運営資金は当面どころか当分は安泰になったんだからね。

 気になるのはマルツィオファミリーに損害があったのかなかったのか。それ次第でキキョウ会へのアプローチも変わってくる。

 マルツィオファミリー単独なら大したことなくても、ほかと手を組まれるとそれなりに厄介だ。しばらくは情報収集に力を入れるべきだろう。


 ちなみに今夜の稼ぎの半分はキキョウ会に納める。キキョウ会は税率五十パーセントなんだ。高いか安いかはそれぞれの見解によるだろうね。

 キキョウ紋を背負って金を稼ぐなら、どんな理由があってもその対価は当然必要になる。会長の私とて例外はない。

 一応、黙って稼いで金を納めない場合には、制裁が課せられる予定だ。まだどうするか具体的には決めてないけど、組織が大きくなっていけば細かいルールまで含めて色々きちんと決めないといけなくなる。

 個人的には窮屈で嫌なんだけどね。みんなの意見を聞きつつ、ぼちぼちやっていこう。


 今日の不満は前半のサシでの勝負は面白かったのに、最後にケチが付いたことだ。

 金を稼ぐ当初の目的は十分以上に果たせたわけだけど、ちょっとだけスッキリしない。

 近いうち、パーッと使って憂さ晴らしでもしようかな。

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