黒い鎧のカラクリ
のっそりとした、しかし力強い歩みで詰め寄らんとする黒い鎧の集団に、下がりながら妨害の魔法と投擲を繰り返す。
奴らはざっと数えて四ダースにも及ぶ。これまでに倒した数なども含めれば、船でやってきたグルガンディの精鋭とはまったく人数が合わず、もはや最初に想定した人数に意味はない。
この先どれだけ出てこようが、もう気にするのはやめにしよう。しかし、体育館程度の広さの場所で戦うことを考えると、あれだけの数はちと多い。
幸いなことに鎧の重量が非常に重いからか、奴らの動きはかなり遅くこっちには余裕がある。
それにしても凄い重量感のある鎧だ。散らばった物資はぺしゃんこに踏みつぶされ、重そうな物でもただ歩いて足に当たっただけで軽く蹴り飛ばされる。
重量があるということは、それだけ防御性能に優れるということ。簡単には打ち破れないにしても、退く選択肢はないんだ。どうにかするしかない。
次々と攻撃を試みて敵の戦い方や装備の性能を探る。床から生やしたトゲが曲げられたことや、当たったはずの鉄球が逸らされたあの効果もよく確かめたい。
鎧の中身が空になっているのは何故か、本当に空なのか、あり得ないと思ったけど魔道人形で間違いないのか。もし魔道人形なら操ってる奴を倒せばいいだけ。ただ、そういった奴の魔力は少なくとも近くでは感じ取れない。
魔力感知を妨害し、自身の魔力を隠蔽する二重に張った対策なら、それを上回ることは難しい。分かっていたことだけど、地の利が敵にある状況だ。
そういや、さっき一度だけ笛の音が聞こえた気がした。あれが何か幻術のような作用を及ぼした可能性も考えられる。
とにかく色々やってみるしかない。
ヴァレリアも不用意には近づかず、私と合わせて距離を開けながら軽い牽制攻撃で様子を探る。
正面を私が引き受け、ヴァレリアは動きながら横や後ろから攻撃を放ってるけど、敵は防御態勢を取りもせずに進むだけだ。この態度がとにかく不気味でならない。
標的が私に固定されてるっぽいし、敵にまともな意志が感じられない。しかし足取りの滑らかさは、どう見ても人間の動きに思える。中身が空に見えたのはフェイク?
「……なんなの、こいつら」
兜を狙った投擲を正面から食らわせた。鎧と同じくヌルっと逸らされ、衝撃によるダメージも皆無だろう。
ただ、いくらダメージが無いと分かっていても少々おかしい。普通、顔面に物が当たると思えば、本能的に顔をそらしたり腕でかばったりと、防御の姿勢を取るはず。いくら鍛えていたって、多少なりとも防御本能の反応くらい示すがの人間だろう。
やっぱり鎧の中身は空の可能性が大きい。魔道人形だとすれば、操者を倒すか、もしくは人形の核を砕くか身動き取れないようバラバラにするしかない。
肝心の操者や核の場所が感知できないけど、まあ核は体の中心か心臓、もしくは頭にあるのが相場だろう。
問題はやっぱり、あの謎の防御能力だ。
強めの魔法でも投擲でも、当たったと思った瞬間に逸らされる。ちょっと本気出した投擲をぶち当てても、一部を砕くだけに終わってしまった。
あの投擲でさえ鎧の一部を破壊するだけじゃ、何度も繰り返して全滅を狙うのは骨が折れる。
最悪はそれでもいいとして、案外ネタがめくれれば簡単に対処できる場合だってある。まずは多様に攻めて様子を見ることだ。何か見つかるかもしれないんだ、敵がこれだけで終わる保証は全然ない。少しでも敵のことを明らかにし、消耗を抑えるべし。
破壊された物資の転がる足場の悪い倉庫内で、常に位置を気にしながら動き攻撃を放つ。
たくさんいる黒い鎧をまだ一体も倒せてない。敵も徐々にばらけつつあり、私もヴァレリアも自由に動き回るスペースは間もなく失われるだろう。
手を変え品を変え、汎用魔法も色々使って攻撃を試みたけど効果は特に認められない。
これ以上、同じことをしても無駄に時間をかけるだけと思った時だ。敵の後ろに回ったヴァレリアが、短剣を抜いて私に合図を送った。接近戦を仕掛けるようだ。
軽く顎を引くようにしてうなずいた。元より敵は私にばかり気を向けて、ヴァレリアのことは居ないような扱いだ。ちょっと派手な魔法で気を引いてやれば、ヴァレリアは完璧に近い奇襲を仕掛けられるだろう。
すでに試した内の一つの手を、ここで派手にかましてやる。
軽くでも衝撃を与えれば爆発する反応装甲を、黒い鎧どもの足元に展開した。無頓着に歩みを進める奴らはまんまと蹴りつけ、小規模な爆発を連続で引き起こす。
腹の立つことにあれでも効果はない。たぶん衝撃が逸らされた。
爆発が起きた瞬間に、姿が消えたかと思うようなスピードでヴァレリアは斬りかかった。
図体のでかい鎧の背後で、ヴァレリアがどんな風に攻撃したのかは見えない。ただ、変わらずに歩みを進める黒い鎧どもを見れば結果は分かる。
効果のない攻撃は繰り返さず、ヴァレリアは素直にいったん下がり、そしてまた接近した。
大胆にも敵集団の中心辺りに移動したと思ったら、そこでしゃがみ込んだじゃないか。
「なにをやって……ふっ、なるほど」
しゃがみ込んだのは一瞬だ。即座に退避したヴァレリアは仕込みの結果を見るや私の所まで走ってきた。
「やるじゃない、でかしたわ」
「重そうな鎧だったので、いけると思いました」
やったことは単純で、たぶん数十センチほどの穴を魔法で掘ったんだ。私の魔法で床材は破損しまくってたから、穴を開けるのは簡単だった。
そして拍子抜けするほどマヌケなことに、黒い鎧の一人が片足を穴に取られて身動きが取れなくなった。もがいてはいるけど、重すぎる鎧のためバランスを崩した状態だと思うように力が出せないのだろう。
「後は任せなさい」
狙いすました魔法の準備。こういうのは得意だ。
黒い鎧どもの足の動きに合わせ、踏み出した一歩先に膝上まで埋まる穴を開けた。面白いように片足を突っ込み、続々と動けなくなる。
意志の感じられない敵は仲間同士で助け合う素振りもない。やっぱりあいつらは人間じゃない。
しかし、魔道人形なら操者が助け出そうとはするだろうし、どういうつもりだろうね。もしかして、勝手に動く自動人形? だとすれば、敵はなかなかの技術力を持った連中だ。先進的なベルリーザでも、戦闘に使えるレベルのそれは聞いたことがない。
様子を見ながら落とし穴にはめていくと、それも間もなく終わった。
まさかこんな簡単な方法で片付くとは思わなかった。
「ヴァレリア、斬った時の感触はどうだった?」
「不思議な力で強引に逸らされました。投擲を当てた結果と同じみたいです」
「面白い魔法鎧ね。帰り際にいくつか持って帰ろうか」
「はい、はぎ取ってみましょう」
鎧が自動人形だった場合、はぎ取るって感じにはならないかもしれない。どうにかして核を抜き取るか、最悪でも魔力切れを待てば動きを止めるだろう。
問題は中身が空じゃなかった時だ。空のように見えたけど、ここでハッキリさせようじゃないか。
警戒しながら手前の一体に近づく。こいつは腹の部分を破壊した奴だけど、上半身を伏せる体勢になってるから中身が見えにくい。凄まじい重量のせいで、この状態で身動きが取れないようだ。
ただし私たちの接近が分かるのか、身を伏せた体勢ながらも強引に黒の大剣を振り回すのが邪魔くさい。
そういや剣には鎧と同じ効果があるんだろうか。ヴァレリアといったん足を止め、剣に対して石を投げてみた。すると剣の腹の部分に当たり、乾いた音を立てて普通に弾かれた。
謎の鋭い切れ味があるっぽい剣と思ったけど、あれなら問題なさそうだ。
近づいて白銀の超硬バットを叩きつければ、あっけなく剣は砕けて折れた。
「意外と脆いわね。刃にさえ気を付ければ、どうってこと無いわ」
「お姉さま、触れるか分かりませんが兜を取ってみます」
「ちょっと待って」
最大限に警戒すべき場面だ。
可能なら敵を行動不能にしてからにしたいし、直接打撃でどうなるかも試したい。
いったんヴァレリアを下げらせ、バットで兜を小突いてみた。
やっぱりヌルっと逸らされる。なんだこれは。
もう一度、今度は軽く殴ってみる。
結果は変わらないけど、少し分かった気がする。
私のバットは兜にほぼ触れてない。ほんの少しだけ触れると、不思議な力で攻撃の方向が強制的に変えられてしまったように感じた。
見た感じは立派な金属鎧だけど、もしかしたらヌルヌルした著しく摩擦係数が低い鎧かと思ったけどそんな感じとは違う。大雑把に考えて衝撃の方向が強制変更される魔法っぽい。地面を滑らないのが不思議だけど、なんか条件があるんだろうね。
「軽く小突いた程度でも力が逸らされるわ。これじゃ触ることもできないわね」
「一応、試してみます」
「気を付けなさい。今のところは大人しいけど、何をしてくるか分かんないわよ」
うなづいたヴァレリアが兜に手を伸ばしたものの、やっぱりヌルっと滑り触れられない。厄介な魔法装備だ。
もうめんどくさい。全力に近い投擲で鎧をぶっ壊せたなら、バットのフルスイングでも同様の結果は得られる。ぶっ壊して中身を暴いてやる。
再びヴァレリアを下がらせ、白銀の超硬バットを強振した。
あまりのスピードに、断熱圧縮からの高温を生むほどの威力だ。もし中に人がいた場合には、確実に殺す打撃だけど関係ない。
頭だけを吹っ飛ばす角度で振ったバットは、魔法でヌルっと逸らされる効果を突破してぶち当たる。
そうして見事に頑丈な兜を凹ますどころか吹っ飛ばした。ぶっ飛んだ頭部が、壁際の物資の残骸に当たって衝撃でゴミを撒き散らす。
動きは完全に止まったけど、やっぱり流血はない。そして中身は空……じゃない?
「細い何かが入ってるわね」
「黒い棒状の物みたいですが、なんでしょう。引っ張りだしてみます」
恐れ知らずの妹分が、鎧の中身を無造作に掴んでしまう。しかし、引っ張っても取れないらしい。
なんだろうね、あれは。
「……お姉さま、真っ黒ですが骨みたいです。これ」
「骨? じゃあ骨が鎧を着てたってこと?」
倒したせいで急速に肉体が失われ、骨だけになったなんてことはないだろう。しかも真っ黒な骨なんて聞いたこともない。
これって、まさか……。
「兜を見てきます」
「私も行くわ」
ぶっ飛ばした兜はすぐに見つかったけど、元の形状が分からないほど潰れてる。中を検められる状態じゃない。
まだまだサンプルはたくさんいる。すぐさま別の手を考えた。
「これなら、どうよ」
別の黒い鎧の元に行き、今度は攻撃を加えるんじゃなく、輪っかにしたワイヤーを首に引っかけた。これなら力を逸らそうにも上手く行かないはず。
張り切った妹分が私の代わりに思いっきりワイヤーを引っ張る。するとどうだ、見事に兜がすっぽ抜けたじゃないか。そして出てきたのは。
「……髑髏。ちっ、こいつらアンデッドだったのか。分かんないことがたくさんあるわね、アンデッドを操った? なんだってのよ」
とにかく黒いスケルトンが魔法の鎧を着ていたらしい。
投擲で鎧の横腹をぶっ壊した時、肋骨も一緒に砕け散ったのと、黒い骨だから良く見えなかったんだろう。
これで大陸外の侵略者とは、少なくとも教会の一部が繋がってそうに思える。ほかにもまだアンデッドはいると考えるべきね。
まさかアンデッド戦になるとは思ってなかった。でもなんであれ関係ない。立ちふさがる敵は全部潰すだけだ。
「ヴァレリア、道具は持ってきた?」
「持ってます。かさ張らないので、持ってきていて良かったです。お姉さまは?」
懐に収めたアーティファクトの短剣を見せてやる。私もヴァレリアも、対アンデッド戦の得物は短剣だから携帯性がそこそこいい。
ほかのみんなも少なくとも車両には積んであるはずだ。あいにく通信は妨害されてるけど、各自でどうにかするだろう。
「こいつらにトドメ刺したら、地下に乗り込むわよ」
言いながら兜を脱がせた黒いスケルトンに短剣で斬りつけた。
あまり使ったことはないけど、短剣の効果はかなり強力なはず。ゴミ処理場で悪魔じみたアンデッドに対して使った時は、一撃で倒したもののふざけたことに爆発した。このスケルトンもそうならないとは限らず、魔法障壁の展開準備は怠らない。
結果的には問題なかった。魔力を通したアーティファクトの短剣は強力な浄化能力を発揮し、黒いスケルトンをあっさり塵へと変えてしまった。あの悪魔みたいなアンデッドはやっぱり特別な化け物だったんだろう。
それにしても魔力消費は軽いのに凄まじい性能だ。さすがは古代文明の遺産、アーティファクト。高値で取引されるだけのことはある。
「わたしもやってみます」
今度はヴァレリアが別のスケルトンを聖具の短剣で斬りつける。すると斬り口から白い炎を噴き上げて燃え出したじゃないか。これも凄い性能だ。
「対アンデッド用武器ってのは伊達じゃないわね。よっぽどの化け物相手じゃなけりゃ、全部一撃必殺が期待できるわよ」
「あとはわたしが片付けます。お姉さまは休息を」
「ん、兜だけ私が剥ぐわ」
呪われて以降の私は何気ない魔法行使でも、常より消耗が激しい。ほんの少しが勝負を分けることがあると思えば、任せられるところは任せ力を蓄える。
微小の消耗で済むワイヤーの生成と兜の剥ぎ取りだけ担当し、トドメは妹分に任せた。
数が多いだけに急いで作業を終えると、ここでまた不思議に思う。
どういうつもりか、黒い鎧どもをけしかけられてから敵に動きがない。地下で何かをやってるんだろうけど、好きにやらせる時間はなるべく与えたくない。だいぶ時間をロスしてるし急ごう。
そうして地下へと降りられるはずの扉まで移動した。
いつの間にか固く閉じられた魔法仕掛けの扉をちょっと調べてみれば、どうやら力任せの突破は厳しいように思われた。こうなるとまた無駄な消耗を強いられる。いちいち面倒くさいし腹立たしい。
「待ってください」
何か思いついたのか、ヴァレリアが滅ぼした黒い鎧の残骸のところに行った。そして黒の大剣を持ってきたじゃないか。
「これを使ってみます」
「そういや、それ。妙な切れ味があったわね」
魔法で作ったトゲを切り払ったところしか見てないけど、高性能な鎧の対となる武器なら、攻撃力だけはそれなりの得物って可能性は十分にある。バットを叩きつけるだけでぶっ壊せたから、耐久性の面じゃ使い物にならないけど。
小柄なヴァレリアには不釣り合いな大剣に、魔力を注ぎ込んで一閃。弾かれることなく扉を斬った。
さらに魔法効果の失われた扉に対しては崩壊魔法で塵に変えてしまう。
「なかなかの剣ね」
「意外と使えそうですが、取り回しが悪いです」
得られた結果とは別に気に入らなかったらしく、ヴァレリアは大剣を投げ捨てた。まあ使い捨てならともかく、耐久面に不安がある武器など信用できない。あとで回収するにしても、情報部に提供するか売り払って終わりだろう。
武器のことはいいとして、さっそく空いた扉を抜けて小部屋の中に入る。
内部は地下に向かう広いスロープがあるだけだ。スロープは螺旋状に地下に向かって伸び、ここから見る限りじゃどこまで続いているか分からない。
無機質な照明器具のせいもあってか、かなり不気味な雰囲気だ。
もちろん、雰囲気なんぞで立ち止まる私たちじゃない。警戒しながらも急ぎ足で下ることにした。
定番の地下に潜ります。怪しいものと言えば地下! なんでも地下にあります。




