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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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久しぶりの勝負

 キキョウ会はいま、少々困った事態に直面してる。

 有り体に言って、金に余裕がない。運営資金が枯渇したわけじゃないし、酒場の開業に必要な準備金も確保はしてある。なので、現段階で深刻ってわけじゃない。でもこのままじゃジリ貧なのは目に見えてる。

 なぜなら、見習いが大勢増えたのに実入りは全然増えてないからだ。


 キキョウ会メンバーたちが自室に引き上げた夜も深い時間に、世知辛い話を事務所に残った二人で交わす。

 酒でも飲んで忘れてしまいたい気もするけど、現実逃避したところで何も変わらない。どうにかしないと。


「酒場の開店を前倒しで進めましょうか」

「うーん。酒場は当面の稼ぎの中心になるかもしれないから、拙速せっそくにやりたくないのよね」

「そうは言っても、このままではユカリの魔法を頼りにするしかなくなりますよ?」

「それはなー。いざとなればやむを得ないか……あいつら想像以上に食べるからね」


 見習いが食べまくるもんで、エンゲル係数が半端じゃないのよね。でも一番食べるのが私だし、一生懸命訓練すれば腹も減るだろうから、文句なんか言えない。

 それに腹一杯食べさせてもやれないようじゃ、みんなが不安になるだけど。組織としてケチることのできない、譲れない一線だ。


 それにしても、なんかいい金策はないもんか。手っ取り早く大金を稼ぐにはどうしたら――。

 あ。ドカンと一発、勝負をすればいいじゃない。


「……フレデリカ、久しぶりに一勝負やりに行かない?」

「えっ! ユカリ、良いのですかっ」


 フレデリカは驚くと言うよりも歓びを露わにした。こいつも実は無類のギャンブル好きだからね。


 実はギャンブルには手を出さないようにしてた事情がある。

 余所よその組の賭場を荒らすのは無用な争いを生むだけだし、負けて栄養分にされるのもしゃくだ。ただでさえ人手不足で忙しいのに、余計なことしてトラブルを招き寄せるなんてもってのほか。


 そんなわけでキキョウ会は賭博を禁止してる。いや、してた。

 ご都合優先の会長権限で、今回は限定解除してもいいだろう。キキョウ会のためだからね。私欲じゃないからね!

 それにちょうどいい相手にも心当たりがある。


「落ち着きなさい、今回だけよ。それに大勢で押しかけるわけにもいかないから、行くのは私たちだけよ」

「そうと決まれば、こうしてはいられません。ユカリ、すぐに準備を!」


 どんだけギャンブルに飢えてるのよ、もう。

 早く早くと、いつにない調子で急かすフレデリカ。


「ちょっと待ちなさいって」


 お出かけ前には身だしなみを整えないと。

 鏡を前にして、収容所を出てから伸びっぱなしの髪が妙に気になった。今日はどのタイミングからか、変な癖がついてて鬱陶しい。今からセットするのも面倒だし、適当にやってしまおう。

 おもむろにシンプルな鉄串を生成して、髪をまとめると鉄串を刺し込んで固定した。かんざしっぽい感じで、こいうのもたまにはいいだろう。



 目的の賭博場に向かって、夜道を女二人で歩く。

 あまり治安のよくない街の夜間、本来なら褒められた行動じゃないだろう。

 だけど私たちに近寄ろうとする者は誰もいない。


 原因は夜間でも目立つ、この月白の外套のせいだろう。

 夜にこそ映える、月白の外套に背中のキキョウ紋。微かな灯りで煌めく、胸につけた紫水晶のキキョウ紋。


 敵対する意思のある組織や人でなければ、最早キキョウ会に手を出そうとするのはモグリに近い。それほど普段から目立つ活躍ぶりを披露してる。この街で暮らす無法者なら、喧嘩を売っていい相手とそうでない相手くらいは把握するのが当然だ。

 想像以上の快適さで、夜道の散歩と洒落込むことができた。目的地は近い。


 金を稼ぎに行くと豪語するくらいなんだから、もちろん勝算がある。

 向かってる賭博場は、キキョウ会に敵対的な組織が運営する賭場だ。偏見だけど、当たり前のようにイカサマが行われてると考えて間違いない。

 私はギャンブルに強いってよりも、イカサマに強い。その手管を見抜くことには自信がある。


 それに相手が勝とうとしてるのか、穏便に負けようとしてるのか、状況から推し量る観察力もあると思ってる。単純な丁半賭博なら精度も高い。そこに勝負を賭けるつもりだ。


 もしくはイカサマを見抜いて、バラされたくなかったら出すもん出してもらうって展開もアリだ。そうなると荒事も覚悟しないといけないけどね。

 今回、フレデリカは戦力外だ。普通の客として楽しんでもらうつもりでいる。そのほうが私への警戒心も薄くなるだろうからね。



 ちょっとばかり長い散歩を経て、やっとこさ目的地に到着した。

 ここはマルツィオファミリーが運営する酒場で、一見すると普通の酒場でしかない。マルツィオファミリーは、ちょくちょく六番通りで揉め事を起こす迷惑野郎どもの組織だ。どうせあくどく稼いでんだろうし、そこから少々巻き上げるくらい大したことはないだろう。


 この店の奥に賭博場があるんだ。実際にきたのは初めてだけど、ブルーノから聞いてるから間違いない。

 店に入ってみれば、酒場だけあって深夜でも営業してるし、酔客でそれなりに賑わってうるさいほどだ。

 話によれば奥の扉から地下に行くらしいんだけど、そのまま通してくれるとは思えない。ま、なるようになるか。


「フレデリカ、行くわよ」

「ええ、賭場がわたしを待っています」


 キリッとした顔で言ってもカッコよくはないからね?

 特に注文もせずに奥の扉へ近づこうとしたら、カウンターの奥にした中年マスターからちょっと待てと制止された。


「……お前、その花の代紋」


 堂々とキキョウ会の外套を着てるからね、別に隠したりするつもりは全然ない。

 こいつらからしたら、日頃の恨みを込めて金をむしり取るチャンスとも考えられる。今日はあえて、この格好でやってきたんだ。まさか自分のとこの賭場で、客として訪れた女を問答無用に襲うことだってしないはずだ。ほかの客の目だってあるからね。


「なによ、立ち入り禁止ってわけ?」

「いや、俺はここの門番でもある。お前らを素通りさせるわけにもいかないんでな。その代紋つけてるなら自覚はあるだろ? 少し待ってろ」

「今日は殴り込みにきたわけじゃないわ。遊びにきただけだから、そこんとこよろしく」

「そのとおりです。勝負の時間は限られているのですから、なるべく早くしてください」


 お預けにされたフレデリカが不満をぶつけても効果はない。さすがに相手もベテランだ。特に反応もなく別の若いのに酒場を任せ、奥の扉の向こうに消えていく。淡々と自分の仕事に徹するようだ。


 突っ立ったまま待つのも間抜けだし、どのくらい待てばいいのかも分からないから、適当に軽い酒だけ注文して中年マスターを待った。

 グラスが半分ほどになった頃、ようやく姿を現すと無言のまま奥に行くようあごをしゃくられた。

 どうやら客として認められたらしい。もちろん、カモとしてだろうけどね。フレデリカは高確率でカモにされるだろうから、賭けるのは少額にさせとかないと。


 意外に長い通路を進むとまた扉があって、門番らしき屈強な男と身なりの良いこれまた中年男性が待ち構えてる。

 特に急がず、堂々とその中年の前に到着すると、


「ようこそいらっしゃいました。ユカリノーウェ会長」


 へえ、私のことは知ってるらしい。フレデリカをガン無視なのは、この際気にするまい。


「邪魔するわよ。今日は楽しませてもらうわ」

「歓迎いたします。本日はぜひ、特別なお客様のためのフロアへいらしてください」


 ほう、特別ね。普通の賭場なら一般客がたくさんいるから、おかしな真似はしにくい。悪評が立てば客は寄り付かなくなるからね。

 特別なフロアなんて聞こえは良いけど、怪しいことこの上ない。絶対に何か企んでるに違いない。

 でもいいわ。乗ってあげようじゃないの。


「……そう? ならお言葉に甘えさせてもらうわ。フレデリカはどうする?」

「わたしは一般の賭場で結構です。お金持ちが集まるような場所ではレートも違いますし」


 なら当初の予定どおり、フレデリカには一人で遊んでてもらおう。


「それではユカリノーウェ会長、ご案内いたします」


 私は身なりの良い中年男性にエスコートされて上の階へ、フレデリカは地下へ向かい別れた。



 自動昇降機の魔道具、つまりはエレベーターで上に移動し、目的のフロアに到着した。

 エレベーターホールと思しき場所から両開きの扉を抜ければ、広々とした空間に出る。思った以上に高級感のある、まさにVIP向けの社交場っぽい遊び場だ。


 月白の外套をなびかせて歩く私はかなりの注目を集めてるらしい。

 さすがにジロジロ見るのはいないものの、こっそりやチラッと感じる視線の多いこと。それにヒソヒソとあの外套と代紋はどうのって話す言葉が聞こえる。私は耳もいい。

 立場としてマルツィオファミリーと近いのが多いのか、悪い噂ばかりで好意的な反応は少ない。あるいは単に女性蔑視なだけかもしれない。


 客層は見るからに金持ちな成人男性とその連れ合いの女がほとんどだ。連れの女は伴侶じゃなく、ただの遊び相手だろう。偏見だけど。

 地元の大商人とそこの取引相手らしき商人、それから貴族っぽいのもいれば、少数ながら冒険者っぽいのもいる。

 客のほかには、やたらと露出の高い衣装を着た女従業員やボーイが飲み物を持ってそこらを歩き回ってる。


「おおっ! 支配人、そちらはもしやキキョウ会の人かね?」


 支配人だって?


「これはブーラデッシュ様。こちらはお召しになった外套が示されるとおりの方でございます」

「ほう。不調法者ですまんが、さっそく一勝負どうだね? 新しい客と勝負するのが趣味でしてな」


 いかにもな成金っぽい中年男が物怖じせず、話しかけてきた。今日は中年ばっかりに縁があるらしい。舐めるような視線が気持ち悪い。不快ね。

 まあ、こういう奴の金なら巻き上げても心は痛まない。ちょうどいいかな。


「構わないわよ」


 即答すると若干驚いたようだ。自分から誘っといて、どんなリアクションだっての。


「お二方でゲームをなさるのですね。あちらの卓をご利用ください。只今、準備させます」


 まさかの支配人だった中年は、気を利かせてすぐさま場を整えてくれた。


「どうする? 私は初めてだし、そっちのルールに合わせるわよ」


 素早く準備された卓に移動すると、すかさず飲み物を持った露出の高い女性が近づいてきた。

 適当なのを受け取って一口飲んだところで、支配人がまた登場した。


「ユカリノーウェ会長、チップをお持ちしましたので、お好きなだけ換金なさってください」


 なるほど。たしかに、こんなところで客同士が直接レコードを使って金のやり取りするなんてないわね。さて、どのくらいにしとこうかな。

 金持ちしかいないフロアだし、少額での勝負なんかはないだろうし……。ま、いいか。


「そうね、とりあえず一千万くらいにしとくわ」

うけたまわりました」


 特に反応もないから、無難なところだったかな。

 差し出したレコードから差っ引かれる代わりに、チップが私の前に用意される。百万のチップと十万のチップが積まれた。

 うーん、こうして見ると凄く少ない。対する成金中年の前には、私の十倍くらいのチップが積まれてる。


 別の卓を見てもたくさんのチップが積まれてて、なんだか私が貧乏人みたいに思えてくる。まあ、ぶんどって増やせばいいや。

 それにしてもだ。ここの空間だけが、かの伝説のバブル時代のように思えてしまう。色々と世間は大変な状況のはずなんだけどね、レトナークも旧ブレナークも。ここだけ見ると、随分と余裕があるように感じられる。


「それではブーラデッシュ様、ユカリノーウェ会長、ごゆっくりとお楽しみください。失礼いたします」


 うやうやしい仕草で下がる支配人。裏社会の人間とは思えない優雅さだ。マルツィオファミリーなんかの構成員にしとくのはもったいない。


 それにしても、いきなりサシでの勝負を申し込まれるなんて想定外だった。でもこれはこれで面白い。

 私を見る視線は気持ち悪いけど、従業員への態度なんかは意外と気さくで優しい感じがするから、悪い人じゃないのかもしれない。


「さて、俺はブーラデッシュ商会を営む、その名のとおりブーラデッシュだ。中央通りで移動用の魔道具をメインに商売している。ああ、そちらの自己紹介は結構だよ。最近、エクセンブラを賑わす有名人だからな」

「それは光栄ね。その店には何度か行ったことがあるし、近い内にまた何か買いに行くと思うわ」


 これは社交辞令じゃない。見習いが増えたせいで、ジープ三台だけじゃ足りないんだ。この際、思い切って大きめのバスみたいな車両でも買おうかと思ってる。

 エクセンブラでそういうのを扱ってるのは、こいつの店しかないから必然的にそこで買うことになる。もちろん今の台所事情じゃ無理だから、もっと先になるけど。


「おお、その時には歓迎しよう。ではそろそろ勝負と行こうか」


 勝負は何でもいいと言うと、得意なのかカードを手に取って切り始めた。

 互いがディーラーを務めるタイマン勝負だ。相手が真っ当に勝負してくるなら是非もない。楽しませてもらおう。

 久しぶりの勝負に血が騒ぐ。たまらないわね、この緊張感。



 始まったのは、ポーカーのテキサスホールデムのようなカードゲームだ。

 ルールの基本は、最初に各人の手元に二枚ずつのカードが配られ、ボードに合計五枚のカードが出されて順次オープンにされる。この七枚から五枚を使って役を作る。


 手元に配られた二枚の状態から、プレイヤーが順にベットやレイズをしていき、ボードにある五枚のうち三枚のカードを一気にオープンにする。

 プレイヤーが順にアクションしたら、さらに一枚のカードをオープンにする。同じようにして、さらにもう一枚のカードをオープンに。

 手持ちの二枚とオープンされた五枚のカード、合計七枚から好きな五枚を選んで役を作り、最終的なショーダウンとなる。

 途中で額が吊り上がりすぎたり、勝てないと思った場合には、すでに賭けたチップを放棄して降りることもできる。


 面白いのは自分の手が何も役がない、いわゆるブタであっても、ブラフで値を釣り上げて行って、相手が降りさえすれば勝利できることだ。もちろん、相手が降りなかった場合には丸損だけどね。

 細かいルールはまだまだたくさんあるけど、大まかにはこんなところだ。収容所で初期の頃に覚えた懐かしい思い出がよみがえる。


 成金中年のカード捌きを見る限り、かなり腕に自信があるようだ。今のところイカサマはない。

 私は配られた二枚のカードを見て、いきなり百万のチップをベットした。

 相手は大金持ちだから、百万ごときでビビったりしない。面白い、その余裕を徐々に削ってやる。


 その後は互いにレイズせず、静かにショーダウン。

 結局この勝負は双方が役なし。成金中年はしょぼい手札でいきなり百万ぶち込む私に警戒心を持ったようだ。この百万と成金中年がコールした百万はプールされて、次の勝者に渡る。

 本当はブタ同士でもカードの強弱で勝敗が決まるはずだけど、ここではローカルルールを採用してるらしい。


 今度は私がカードを配る番だ。何食わぬ顔で成金中年顔負けのカード捌きを披露して、相手の精神に圧力をかける。

 配り終えると成金中年も最初から百万チップをベットした。かなりの負けず嫌いみたいだ。


 ふむ、この感じだと良い持ち手じゃないわね。初手から見込みの薄いカードで百万張った私に対抗してるだけだろう。こっちは強いカードのペアが揃ってるだけだけど、恐らくはこのままで勝利できる。

 読みどおりに勝利して、プールされてた二百万と今回の二百万を獲得した。


 こうして交互にカードを配り、ベットを繰り返す。

 純粋に運も絡むものの、読み合いやテクニックに差があれば、回数を重ねていく内に徐々に差は付いてくる。互いに掛け金を大きく釣り上げるようなやり方はせず、静かに勝負を楽しんだ。


 そして。私の前には最初と比べて多くのチップが積み上がり、成金中年の前からは同じだけの量が失われた。私の手持ちが、およそ四倍ほどになったあたりでブーラデッシュは降参した。


「いや、参った。とんでもないお嬢さんだ。キキョウ会か、これは噂以上かもしれんな」

「そっちこそなかなかだったわよ、ブーラデッシュさん」

「俺では勝負にならんな。とは言えだ、大いに楽しませてもらった! また勝負してくれるかね?」

「うん、喜んで」


 カモになってくれると言うのなら、喜んでお相手しようじゃないか。

 この人は技術的にイカサマも可能だったろうけど、私相手に通用しないことは序盤で感じてただろうし、そもそもそういう手合いじゃないっぽい。結局、お互い普通に勝負を楽しんだ。


 儲けさせてもらったし、勝負自体も楽しかった。いずれ大きな車両を買って少しは還元してやろう。

 ブーラデッシュはもう帰るらしく、エレベーターホールに出ていった。

 ふう、そう長い時間をかけずに結構稼いだ。金持ち連中のレートってハマるとヤバいかも。フレデリカを連れてこなくて良かった。


 いきなり十分稼げてしまったから、当面の活動費はこれで足りる。今のところ、これ以上の儲けは必要ない。

 しかも余計な喧嘩を売らなくて済んだし、ここらが潮時かな。

 考え事をしつつ卓に残って飲み物に口を付けてると、支配人が近寄ってきた。


「失礼いたします。ユカリノーウェ会長、あちらのお客様からぜひに勝負をとお申し出があります。如何いたしますか?」


 支配人が向ける手のほうを見れば、何人かの客が集まるカードゲームの卓があった。そこの連中が私を招いてるらしい。

 挑まれた勝負なら、受けて立つのが私の流儀だ。

 もう帰ろうかと思ってたけど止めだ。最後に荒稼ぎしてやろうじゃない。

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