これまでのベルリーザ
アナスタシア・ユニオン本部を出た後、移動しながら考えに没頭する。御前から聞いた話がどうにも気になってしょうがない。
ガラクタにしか思えない魔道具を秘密裏に集める理由はなんだろうね。絶対にタダのガラクタじゃないんだろうけど……。
まあ良からぬ理由は当然として、具体的にはなんなんだろう。やっぱり道具に刻まれた謎の刻印魔法が鍵になる。
ただし、効果不明の刻印なんじゃ想像のしようもない。目的が分からないのは気持ちが悪いし気味も悪い。
あの御前が以前はガラクタだと断言したくらいなんだから、よっぽど巧妙に力が隠されていたか、あるいはそれ単体だと意味がない仕掛けの可能性はあるか。
もしかしたら強奪した奴ら以外にとっては何の意味も価値もない、なんてことも考えられる。世の中には色んな価値観があるからね。
仮に魔道具の強奪が教会の仕業だったとして、考えられるのは信仰上の理由……だったりするんだろうか。古びた魔道具に金銭的な価値はないと見られるし、だったら部外者には理解不能な事情があってもおかしくはなさそうだ。
奪われた魔道具はどうしても取り返さないといけないってほどじゃないし、ウチとアナスタシア・ユニオンのメンツさえ考えなければ、もう放っておいてもいいのかもしれない。
どうせ誰も使ってなかった魔道具なんだ、欲しいのならくれてやれ。
盗んだ奴らの目的が果たされたなら、これ以上の厄介事は起こらないかもしれない。
深追いして面倒なことになるくらいならと思う一方で、これまでのベルリーザでのゴタゴタを思い返せば、どうにも気に入らない感じもまたぬぐえない。
「こちらです、会長」
呼びかけにとりとめない思考を断ち切った。
繁華街の裏通りを歩いて到着したのは、元は飲み屋らしき空き店舗だ。
地下にある店は目立ちにくいし、灯りを点けても外に漏れない。内緒話するにもうってつけの場所だろう。そんなここは情報局メンバーが見つけた一時的な隠れ家だ。
「良く見つけたわね、こんな場所」
「ほかにもいくつか確保しています。持ち主には無断での拝借ですから、いつまでも使えるわけではありませんが」
狭い階段を先に下るレイラが魔力認証キーの扉を当然のように開け招き入れてくれた。
内扉を開けた先では、奥のテーブル席を中心に六人が集まり資料を広げてる。ハイディたち情報局のメンバーだ。
店に入った私とレイラへの挨拶を手で制し、そのまま続けさせる。
「えー、では資料のまとめが終わったんで、内容を整理し認識を合わせましょうか」
「会長とレイラ補佐はこっちにどうぞ」
言われれるままにレイラがテーブル席に着くのを見ながら、近くのカウンター席に座った。
「私はここでいいわ。いつも通りに進めなさい」
今日は私への説明会ってわけじゃない。状況の整理をやるというから、ついでに聞きたいと思っただけだ。
思い返してみれば、ベルリーザにきてからというもの謎のままになってることが多すぎる。
レイラたちがまとめた話を聞けば、実はもう謎じゃなくなってることがあるかもしれない。あるいは見えてるのに気づいてなかっただけってこともある。参考になるんじゃないかと期待しよう。
「じゃあ順を追って振り返ってみましょう。まずはレイラさんからお願いします」
進行係はハイディがやるようだ。振られたレイラが資料を見ながらうなずき、律儀に私にも視線を送ってから話し始める。
「資料にもあるように、最初のトラブルは愚連隊ジエンコ・ニギとの間に生じました。これは学院の生徒を発端に会長が介入したものでしたが、愚連隊の裏にいたのがバドゥー・ロットとされています」
そうだ。バドゥー・ロットの存在はその時に出てきたものだ。
ジエンコ・ニギとのトラブルにおいては、その過程で青コートのトンプソンと知り合い、怪盗ギルドとも繋がりを得た。
「そこが妙なんですよね。バドゥー・ロットには我々でも苦戦を強いられましたし、ベルリーザ情報部にも詳細を掴ませない秘密組織だったはずです。そんな奴らが愚連隊なんかのケツを持つとは思えないんですよ。口の軽い愚連隊を辿るだけでバレちゃいますからね」
ジエンコ・ニギのバックにいたと思わしきバドゥー・ロットについては、レイラが早々にアジトを掴んでくれた。
しかしそのスラム街にあったアジトは、見つけた時には腐った死体が転がるだけの悲惨な状況だった。何者かに皆殺しにされたんだ。
おまけにビルが倒壊する罠まで仕掛けられ、すべての痕跡を消し去る徹底ぶりだった。
「後から考えれば、あれは資金と情報を集めるために用意した枝か囮のような存在だったと想像できます。ジエンコ・ニギが潰れた時点で、用済みとなった彼らはバドゥー・ロット本体に始末されたのでしょう」
あの時には訳が分からない状態だったけど、今ならレイラの推測が妥当に思える。
「その後にベルリーザ情報部から、呪いを使った事件でバドゥー・ロットの生存を改めて知らされたんですよね」
「会長が青コートを取り込んだお陰です。今後に向けても青コートや情報部との伝手は非常に大きいですね」
「はい、まさしく」
スラムの様子を見に行った時に、偶然にも港の倉庫で武器や魔道具の密輸品を発見した。その手柄をトンプソンに与えてやった関連で、今度は情報部高官のムーアと知り合い、そこでバドゥー・ロットが呪いを使った殺しをやる組織という情報を得ることになった。
「次に、実際に呪いを使ったと思しき事件にいくつか遭遇することになりましたが、これはジエンコ・ニギを潰した我々への報復か、別件で殺しを請け負ったのかは不明ですが、こちらへの敵対姿勢を鮮明にするものでした。初めにいくつかあった中途半端な呪いによる攻撃は、小手調べだったのではないかと思われます」
それを鬱陶しく思った私たちは、バドゥー・ロットを本気で叩き潰すべく動き出したわけだ。
ベルリーザは大陸外や帝国などの敵対勢力によって、様々に計略を仕掛けられる状況に置かれてる。その裏には腐敗貴族の存在があり、バドゥー・ロットの動きにはそうした関連も見られた。そこで私たちはベルリーザ有力貴族のクレアドス伯爵から、不審な動きをする貴族の情報を得てまた動き出した。
「そうしてゆく中で本格的に敵対し、雌雄を決することになったわけですね。結果としては完全に叩き潰し、生け捕りにした構成員は情報部に引き渡したわけですが」
「バドゥー・ロットを尋問した情報部からは、あまり情報が流れてきませんがね。そうですよね、会長」
「まあね。分かってないことが、まだたくさんあるわ」
特に不気味だったと思い返すのは、腐敗貴族を潰した時のことだ。
グラデーナと一緒に襲撃した宝石店では、いくつもの謎に遭遇した。軽く思い返すだけでもたくさんある。
冷凍室に保存された死体や意識不明のまま囚われた人々、謎の青い魔法薬とそれを飲ませたら衝動的に自害した貴族の行動、何もわかってない。あれらが何だったのか、バドゥー・ロットは知っているんだろうか。
「……ただ、どうやら教会が絡んでそうだからね。それを加味すれば新たに想像できることもあるわ」
「アーティファクトがその一つですね」
自害した貴族が持っていた短剣のことだ。あれに刻み込まれた意匠は教会に由来する古い模様だと気づいた。
「死の間際に神へ呼びかけたことや教会関連の刻印が入った短剣は、まさに渦中の謎に関連するように思えますね」
教会関連は単なる偶然の可能性は否定できない。それでも偶然で片づけるには、教会の影がちらつきすぎる。
もっとも気になるのはあの時の青い魔法薬だ。現場にあったあれの残りは情報部が回収したはずだけど、調べが難航してるのか続報はまだない。こっちに情報が回ってこないだけかもしれないけど。
「そういえば、アーティファクトの効力は分かったんですか?」
「あれは浄化魔法だったわ。切った対象を浄化する能力だったから、強力だけど人に対して危険な物じゃないわね」
「すると、アンデッド退治の時代に使われた業物ですかね。結構な年代物じゃないですか?」
「売っぱらえば高値が付くかもね。ハイディ、話が逸れてるわよ」
冥界の森で使えそうだから、あれを売るつもりはない。いずれ役に立つだろう。
「すみません、では続きをわたしから。バドゥー・ロット本体を潰してひと段落かと思いきや、今度は教会関連の魔道具紛失事件が起こりました、というのが現在の状況ですね。細かいことは大幅に端折りましたが、経過は大体こんな感じですかね。諸々含めてあからさまに教会が怪しいわけですが、ベルトリーアの教会に怪しい動きはあるんですかね? 我々ではそっちにまで手が回ってませんが」
「アナスタシア・ユニオンが調べを進めています。会長、彼らからどこかで一度報告を聞きたいですね」
学院の警備に就くアナスタシア・ユニオンを襲撃した奴は、一つだけ痕跡を残した。あれは服の切れ端みたいだけど、教会で見られる模様の一部と思わしき刻印が施された布だった。
本部でも学院でも一方的に襲撃され敵を取り逃がしたアナスタシア・ユニオンは、メンツにかけて調べを進めるはずだ。
「……そうね、また御前を訪ねてみるわ」
教会だろうが何だろうが、面倒事はさっさと片づけたい。
アナスタシア・ユニオンで始末をつけるなら、私たちはもう忘れたって構わないくらいだ。
私の今の仕事は妹ちゃんの護衛が第一、次に学院の臨時講師だ。その他は余計なことでしかない。特に我がキキョウ会の利益と無関係そうなことなら尚更だ。
「ではユカリさんにお任せするとして、我々はどうしましょうかね。もうアナスタシア・ユニオンを見張る必要性は薄いように思いますが」
「そうですね……会長、ハイディたちには裏の勢力の動きを探らせようと思います。ベルリーザへの敵対勢力については情報部が動いていますが、教会関連の怪しい動きがそこに紛れているかもしれません」
「裏のさらに深い所の動きを見極めようってわけ? かなり難易度高そうね」
「ジョセフィン局長の指揮だったとしたら、やりおおせると思います。補佐のわたしでは実力不足かもしれませんが、やるだけやってみます」
良い気合の入り方だ。尻込みせずにチャレンジしようって心意気がいい。
「うん、任せる。資金も道具も好きなだけ使っていいわよ。もし教会に繋がんなくても、裏の動きを少しでも把握しとくに越したことはないわ。今後の参考にもなるしね」
「ありがとうございます」
上手くいけばレイラたちは大きな自信を得るだろう。結果が出なくても経験は無駄にならない。
「レイラさん、具体的にはどうします? 何か情報持ってそうですし、怪盗ギルドに協力を頼みますか?」
「怪盗ギルドにはわたしから依頼します。ハイディたちは密輸品の線から探りを入れてみて」
「大陸外の工作員なら、港を張ってれば尻尾は捕まえられそうですね。そこからアジトや輸送ルートを洗ってみます。関連して残った腐敗貴族やら商人やらに繋がれば、もしかしたら教会関係者に行きつくかもしれないですね」
闇の中に隠れ潜もうと、生きている人間なら食料や寝床が必要だ。工作員なら作戦用の物資だって必要とする。
物資の調達は普通の買い物とは違うし、工作員への引き渡しだって慎重に行われるはずだ。
秘密裏に何かをしようとすれば、必ずどこかに怪しい点が残る。見逃すウチのメンバーじゃない。
「会長。早速、怪盗ギルドへ行きますが、また交換条件に厄介事を押し付けられそうです。場合によっては数日程度、戻らないと思ってください」
「任せるけど、割に合わないと思ったら奴らに頼むのはやめときなさい」
「割の良い取引になるよう交渉するつもりです。ではこれで」
レイラが早くも行動を開始し、ハイディたちも続いた。こんな夜からみんな働き者だ。
「じゃあ私も今から情報部に連絡取ってみるわ。何か分かったら、通信入れるわね」
「はい、そちらもお願いします」
返事をしたレイラが先に外に出て、ハイディたちはこの隠れ家を放棄するのか、資料や置いてあった食料などをまとめてる。
見送りを辞退して外に出ると、裏通りを歩きながら板状の通信機を取り出した。
「――こちらユカリード・イーブルバンシー、聞こえてる?」
やや間を置いてから返事があった。
「ちょうどいい、俺からも連絡を入れようと思っていたところだ。今から会えるか? 来てもらいたい場所がある」
「今から? 何時だと思ってんのよ、このまま話せないの?」
日付が変わったくらいの時間帯だ。移動の足もないし、どこぞへ行くのは億劫に感じる。
「通信では話せん。外にいるのか? 足がないなら迎えをやる」
「なんだってのよ?」
「そうだな、例の薬について調べが付いた言えば分かるか? お前たちはあれを使ったと言っていたが、それについてもう一度話を聞きたい」
例の薬って、謎の青い魔法薬のことか。それ以外に思い当たるものはない。
あれを無理やり飲ませた貴族が自害したのは忘れようにも忘れられない出来事だ。効果が分かったなら、ぜひとも知りたい。
「分かった。学院近くの繁華街にいるから、そうね……南側の大通りまで迎えを寄越しなさい」
場所を言えば、少しまた間があった。
「……移動中の部下が近くにいる。いつもの眼帯は着けているな?」
「当然」
「ならば間違えようがないな、部下から声をかけさせる。そう時間はかからん、待っていろ」
言うだけ言って通信が切れた。まあいいけど。
あの貴族のヤサは不審なことだらけだった。これで謎の一つが解明するならいいことだ。
そういや今から情報部のアジトを訪問することになるわけか。
どんな秘密基地に招待してくれるんだろうね。ちょっとだけ楽しみだ。
予告通りの振り返り回です。作者の思い出しも兼ねて、ややこしい状況を要点だけに絞ってまとめました。
ようやく諸々の秘密が明らかになってゆく気がします!
次話「公然秘密の閉鎖都市」に続きます。




