蝕む呪い
敵の仕込みが高度で悪辣であればあるほど、それでこそ我がキキョウ会の敵に相応しいと思えてしまう。
いいじゃないか、敵と認めるに足る実力がある。
イージーな奴らと戦ったって、次のレベルには至れない。難しい相手だからこそ歓迎してやれる。
エクセンブラから港町リガハイムへと手を広げ、さらにはこの大国ベルリーザに看板出そうって私たちだ。もっともっとレベルアップしてかないと、どっかで行き詰るだろう。
困難を克服し、経験を積み、伝手を広げて出来ることを増やす。
様々な力を得れば、カネも自由も付いてくる。私たちにはやりたいことが死ぬほどたくさんあるんだ。
大腕振って好きに生きるには、その『力』こそが必要になる。
ピンチは上質の糧になるからね。だからこそ嬉しく思う。
「食い破って、やるわよっ!」
呪いなんて面倒なだけでつまんない魔法だと思ってた。
これまでにもあった嫌な感じを激烈に増した魔法の気配は、紛れもなく呪いの魔法。この魔法の神髄は、気配を察知させない点、そして相手の能力に比例して威力を増す点にあるんだろう。
しかも、こうして魔道具を絡めた仕込みをすれば、発動の阻止は難しく威力も格段に上がる。強い魔法だ。
これまでのしょぼい呪いは、きっと嫌がらせや小手調べだったに違いない。
【――真殻撃砕】
至る所から血を噴き出しながらも、魔法の集中は切らさない。
どんな痛みだって、死ぬ寸前だって、戦うことを諦めない。だから、今ここにいる。
この身に受けるのは、人の魔力を吸い出し利用する魔法。これの特徴はすでに掴んだ。
みんなから吸い出される魔力の大きさを感知してみれば、私から最も多くの魔力を吸い上げ、次にグラデーナからだ。その分、ほかのメンバーは少しだけ楽だと思われる。
魔力の大きい者から優先的に魔力を吸い出すとなれば、一人が特別に大きければほかのメンバーには余裕が生まれるはず。だったら、桁違いの魔力を食わせてやる。
どこまで食える魔法だろう?
無限に?
そんなことはありえない。
用意周到な罠と、土壇場で踏ん張るだけの私。どっちが強いか試してやろうじゃないか。
無論、勝つのは私に決まってる。
【………………紅蓮の武威!!】
闘身転化魔法の発動と同時に、私への負担が跳ね上がる。まだまだ!
湧き上がる魔力が暴走しないよう制御しながら、呪いの魔法を一身に受けるべく、さらにさらにと出力を引き上げる。
鬱陶しく感じたスカルマスクはこの時点で脱いでしまう。
「ユ、ユカリ……」
激痛がマシになったらしいグラデーナもスカルマスクを脱ぎ、顔面を血だらけにしながら私を見る。こっちは現在進行形で血がドバドバ流れ出してるに違いない。
視界は真っ赤に染まり、耳も遠く、鼻血で呼吸がしにくい。激痛以外でもコンディションは最悪だ。
でも関係ない。笑って応えてやる。任せろってね。
するとどうだ、グラデーナも楽しそうにニヤリと笑ったじゃないか。そして。
【エクステリアアアアアッ!】
ははっ、さすが我がキキョウ会の三席。上等も上等、最高だ。
「おおおおおおおおおっ、負けてたまるかよおおおおおおおおお!」
邪竜もかくやという膨大で異常な魔力量は、やがて敵の仕込んだ罠を上回る。
不可視の何かが割れるような感覚と共に、不快な敵魔力が霧散した。
瞬間的に勝利の歓喜を覚えるも、気を抜くことは全然できない。魔力操作に長ける分、調子に乗って汲み上げまくった荒れ狂う魔力の制御で、もう敵の魔法どころじゃなくなってる。
ヤバい、打開するにはしょうがなかったにしてもやりすぎた。
「こちらハイディ、遠くから魔法の気配です! 大規模魔法ですよ、これ!」
「そっちで阻止できねえのか!」
「無理です無理です、遠すぎて間に合いません!」
ちぃっ、こっちはそれどころじゃないっての!
もはや敵の魔法の感知すらまったくできない状況で、最悪は私にこそ襲い掛かる。分かってる、奴らの標的はこの私だ。
不意に襲った魔法の気配が、必死に制御する魔力をかき乱す。
単なる魔法攻撃じゃなく、おそらく搦め手の嫌な魔法……魔力の流れに干渉される、これが呪いの正体かっ!
人や物、あるいは環境にある魔力の流れに干渉し、ほんの少しだけ方向性を変えてしまう。たぶん、これが呪いの魔法の本質だ。
しかし呪いを理解した気になったところで、今はどうしょうもない。すでに限界に近い状況じゃ、細かく分析する暇も対抗手段を考える暇もなく、敵の攻撃を弾くことは無理だ。
「ユカリ、心配すんな。上級回復薬は持ってるからよ、頭と心臓だけは死守しろ」
遠くなりかける意識と耳にグラデーナの声が僅かに聞こえた。近くにいる彼女には私のヤバさが分かってる。こっちは返事どころか目を向ける余裕さえない。
魔力の制御を完全に手放せば、人一倍頑丈なはずのこの身体だってバラバラに吹っ飛ぶだろう。
身体中の穴という穴から血を噴き出しながら、濃密な魔力の暴走をギリギリの制御で一点に掻き集める。これも狙った場所じゃない。勝手に暴れる魔力がたまたま集まった場所にするしかなかっただけ。
鎮めることの叶わない暴走する魔力の逃げ道を、唸りながら歯を食いしばってどうにか作る。これまでに培ってきた魔法技能と意地、負けてたまるか。
そして……これで、どうだ!
心で絶叫しながら天井を見上げると同時に、光線のように魔力が溢れ身体から解き放たれた。
自分じゃ見えないけど、左目を犠牲にして飛び出した魔力は、天まで届くような柱を形作ったと思う。
激痛に気が遠くなったって、気を失うことはしない。許容量を超えた魔力を消化する前に気を失えば私は死ぬ。
濁流のように左目から抜ける魔力が収まるまで、どれくらいの時間が必要だろうか。死ぬかと思うような痛みと苦しみを、ただただ耐える。
やがて激痛が少し遠ざかり、体内の魔力がだいぶ少なくなったと実感できた途端に気が抜けた。
「おええっ!」
込み上げた血の塊を吐き出しながら、前のめりにぶっ倒れた。
ヤバい、もう死ぬ――――――。
「おう、大丈夫か?」
もう自力で魔法を使うこともできず、闇に意識が落ちる直前になって身体が楽になった。
「………………死ぬかと思った」
まだ声を出すのも億劫だけど、ひとまずの窮地は脱した。ひとまずの。
「へっ、大丈夫そうだな」
「……そうでも、ないわね」
「なに?」
グラデーナが使ったのは第二級超複合回復薬だ。普通ならこれで回復できない異常はない。それにもかかわらず、完全回復してないのはすぐに分かった。
魔力の逃げ道にした左目に異常がある。
感覚からして、吹っ飛んだ眼球は元に戻ってる。ただし、なんでか痛みがあるし、瞼を開こうとすれば、もっととんでもない激痛に襲われる。
戦闘に際しては痛みなんて無視すればいいと思ってる私でさえ、少し開くだけでも躊躇するくらいには激しい痛みだ。
しかも左目を中心に強烈な違和感があり、魔力にも大きな乱れが生じてる。そのせいか様々な不調を感じて死ぬほど気分が悪い。
「ユカリ、どうしたってんだ?」
とりあえず身を起こしてみれば、まずは激しいめまいに立ちくらんだ。割れるような頭痛がするし吐き気もある。
「ちっ、魔法はなんとか使えるか……これ、どうやら呪われたっぽいわね。左目が開かないし、魔法が使いにくくてしょうがないわ」
全身を巡る魔力が強制的に乱される。明らかに呪いの影響だ。私ほどの魔力制御のエキスパートだからこそ、こんな状態でも魔法が使える。
ただ非常に使いにくい状況に変わりなく、これで私の戦闘力は間違いなく低下した。一時的な症状ならいいんだけど、対処しないとたぶんずっと続く気がする。
「ハイディが言ってた大規模魔法の影響か? やられたな」
「腹立つけど、上手くハメられたわね。でも――こちら紫乃上、ハイディ」
「こちらハイディです。抜かりありませんよ、追跡させてます」
よし、ならいい。タダでやらせてなるものか。
まだ今夜の襲撃が終わったわけじゃないと教えてやる。
罠に使われた敵アジトには、どうせ大した物は置いてない。
すみやかに撤収し、ハイディたちと合流しながら移動する。あのアジトの後始末はムーアたち情報部がどうにかするだろう。
「敵の大規模魔法の痕跡は残ってんのか?」
「それがですね、あれ程の魔法を使ったのに痕跡が全然残ってないんですよ。魔力の残滓はほぼゼロと言っていいですね」
時間が経てば消えるのは分かるけど、使った直後には絶対に残るし消すにも魔法の力が必要になる。そして僅かでも、そうした痕跡は残るもんだ。
ところが今回はそれもない。これはバドゥー・ロットが使う呪いの魔法の特徴だ。とにかく痕跡をほぼ残さない。
「ほぼゼロってことは、少しはあんだろ?」
「妙な魔力反応なんですよ。普通と違うと知らなかったら、見逃してしまうような魔力ですね。今回はユカリさんの左目から感じるものと、ここに残ってる反応は完全に一致してます」
「追跡中の奴らは、そいつを手掛かりに追ってんのか?」
「いえ、無理ですね。魔法を使ったこの場に残ってるだけです。今回は魔力とは別の手掛かりを追ってます、人間なら誰だって代謝からは逃れられないですから」
微妙に使いにくい魔法適性や特殊技能を持ったメンバーがウチには多い。そんな能力だったとしても、刺さる場面だと非常に使えたりするから侮れないんだ。
「代謝ってことはあれか、汗の臭いを追ってんのか? たしか使える時間が短けえ上に個人を判別できねえとかで、使いどころが限られる能力だったよな」
「今回は余人のいない場所ですからね。姿を少しでも現したなら、確実な手掛かりになりますよ」
汗の臭いを手掛かりにできるなら、たぶん敵は車両を使わず徒歩で移動したんだろう。
まさか汗が原因で追手が掛かるなんて、相手は思いもしないはずだ。
私たちを罠にハメて、それだけで勝ったと思ってるなら大間違いだ。即座に逆襲してやる。
追手が向かった方角に向かってると、やがて通信が入った。どうやら敵のアジトを突き止めたらしい。
そこは意外にも知ってる場所のように思えた。とにかく現地に行ってみよう。
「突っ込むのは一人じゃ危険すぎるわね。私たちが到着するまでは、周辺に気を配りながら待機しなさい」
「了解です」
通信で指示しながらも、自分の状態をどうにか分析し続ける。呪いの影響は甚大だ。
みんなの手前、平気な振りはしてるけど……何もしてなくてもかなり辛い。さっさと敵をぶちのめして、どうにかする手立てを考えることに集中したい。
駆け足で然程の時間もかからず到着したのは閑静で広い公園。やっぱり知ってる場所だ。
ここからは見えないけどすぐ近くには地図に載ってなかった古い教会があり、そこでタリスマンをいくつも買ったことがあるからよく覚えてる。
警戒しながら待機中のメンバーと合流した。
「ここです。この小屋に隠し通路があります」
人目につきにくい林の中には、公園を整備する用具入れと思しき物置小屋があった。その中に地下への入り口があるらしい。
どうやら普通に使われてる小屋自体に罠はなく、簡単な鍵を外してしまえば難なく入れた。
隠し通路は床下収納のさらに下にある。罠や警報の類は小屋じゃなく、地下の隠し通路内にあるんだろう。
「おう、大丈夫か?」
「……ちっ、あんま大丈夫じゃないわね」
左目の痛みがきつくて汗が止まらない。それに頭痛や吐き気もさっぱり収まらず、とにかく気分が悪い。体調は最悪だ。
「タリスマンは呪いに対抗できるんですよね? それはどうなったんです?」
「アジトに入ったあたしらのは、罠に掛った時にぶっ壊れちまった。ユカリのもな」
「でしたら、これを使ってみてください。効果があればいいですけど」
ハイディが自分用に持ってたタリスマンを差し出した。
特には期待せず受け取り、試しに左目に当ててみれば。
「……気のせい、じゃないみたいね。だいぶ楽になるわ」
確実に痛みが遠のいた。鬱陶しい頭痛などを感じにくくなったのはデカい。
本調子からはまだ遠くても、これがあれば最低限よりずっとマシなことができる。
「教会のタリスマンてのは伊達じゃねえな。そいつがきっちり効くなら、ユカリの異常も教会なら治せるんじゃねえか?」
「期待できるわね。でもそれは後よ、今はこれがあれば十分。ハイディ、借りとくわ」
「元はユカリさんが買ってくれた物ですから、気にせず使ってください」
風呂敷としても使える大きなハンカチを帯状に折り、タリスマンを左目に当てながら眼帯のように結んで固定した。当面はこれで乗り切ろう。
「内部の様子は……探れないか。ここに何人で入っていったか分かる?」
「おそらく三人です。ただ、内部の魔力反応が探れません」
「なるほど、地下は魔力を遮断する構造になってますか。公園の物置小屋で、これはどう考えても普通じゃないですね」
「どうせ罠もたんまり用意してんだろうぜ。下手に突っ込むのはやべえな」
さっき敵の罠で死にかけたばかりだ。目をやられた私は当然として、グラデーナたちだって死にかけたし消耗はある。敵の本拠地と思えば、どんな罠が敷かれてるか分かったもんじゃないし、さすがに無謀な突撃はできない。
それに何者かが攻めてきたと感づいたら、コソコソするのが得意な奴らだ、どうせバドゥー・ロットは暴かれたアジトなんか放棄して、とっとと逃げ出すだろう。それこそアジトごと敵を潰すような罠だって考えられる。
用意周到な奴らが脱出経路を用意してないはずがない。ここを塞いだところで、必ず別の出口があるはずだ。それも分かってない状況で、下手なことをすればせっかくのチャンスが台無しになる。
「絶対に、ここで捕まえるわよ。いいわね?」
今の私には出し惜しみをする余裕はない。持てる能力のすべてどころか、一部しか使えない。だけど、どんなに消耗があっても奴らはここで終わらせる。改めて思う。
ここが正念場だ。もし逃がせば、私たちは敗北を喫したと言わざるを得ない。
「それはいいが、どうやるんだ?」
「魔力切れ覚悟で、ここら辺の地下一帯を私の支配領域にしてやるわ。魔力干渉や遮断で弾かれるところがあったら、そこが奴らのアジトと隠し通路よ。こことは別の通路があったら、トゲの魔法で全部まとめてぶっ壊してやる」
「先に逃げ道を塞いでしまえば、こっちのものですね。後はじっくり攻め込めます」
そういうことだ。やられる前にやればいいし、生身で突っ込むだけが能じゃない。やりようはいくらでもある。
まだ敵に気付かれてないとすれば、奴らは私たちに勝った気でいるに違いないとも想像できる。
相手だって人間だ。してやったつもりで勝ち逃げしたなら、油断はあるだろう。
私たちは別に油断してたわけじゃけど、今夜は上手いことハメられた。でも乗り切って、こうして逆襲にでてる。
奴らはどうなるだろうね? 当然、乗り切るなんてことは許さない。
バドゥー・ロットとキキョウ会。どっちが悪辣でヤバい組織か、はっきりさせてやる。
あれで勝ったと思うなよ。最後に勝つのはこっちだ。




