ベルリーザへ行こう!
アナスタシア・ユニオンで話をした当日、我がキキョウ会では幹部会が開かれた。
これを経て今後の大方針を色々と示し、みんなのやる気を高めてもらったわけだ。
目標があれば迷いなく突っ走れる。それにどうせ続々とトラブルだって襲いかかるだろう。メンバーが増員しても、忙しい毎日は果てしなく続く。
暇を持て余すと、人間ろくなことしないからね。忙しいくらいでちょうどいいんだ。
それに忙しくても、これからの展望を思えばポジティブな要素は多い。
戦争の終わりが見え戦後の発展も考えると、現状のシノギだけでもずっとよく回るようになるはずだ。エクセンブラでの体制はさらなる盤石さに拍車がかかるだろう。
現在の事に未来の事、暗い要素は何もない。みんなの顔は明るく、活気のある雰囲気に本部は満ちてる。
誰にとっても稼ぎが良くなるのは歓迎だとして、やっぱりベルリーザにシマを持てることのインパクトは大きかった。
あそこは大陸一の国であり、しかも首都ともなれば、今の隆盛を極めるエクセンブラでも後塵を拝するほどの大都市だ。そこに進出できる意味は、きっと多方面に出てくる。
自室で地図を見ながら思うのは、つくづくベルリーザってのは恵まれた場所にあるってことだ。
かの国の首都は大陸北中央部の大きな湾のような海岸線に面してる。湾のような地形は大陸北部の東西から、大きな半島が突き出すような地形になってるためだ。
東側には深い森を擁した資源豊かな国々があり、西側にはいくつかの国と魔海を挟んだその先に、広大な未踏領域が広がってる。ベルリーザは位置的に多くの人や物資が集まる交易の要としての側面がある。
さらに南のロマリエル山脈までは大穀倉地帯が広がり、北には海と数百を数える島々まで擁する。これで豊かにならないわけがない。
ついでに大陸外からの情報や物資も多く入る土地柄だ。そっちとの貿易でも多額の利益を貪ってるんだろう。
まあ大陸外のことはいいとして、やっぱり魔道具ギルド本部があるのは大きい。エクセンブラ支部長のアンダール卿と仲良くなったおかげでウチの装備が充実したように、本部を擁するその土地の組織ともなれば言うまでもなく大きな恩恵にあずかれるはずだ。
最初はちょっとした新人募集や情報の収集拠点が確保できればいいと思ってたのに、シマを手に入れられるとなれば、ちょっとばかし図に乗っても構わないだろう。
いやー、これはどうしたもんかと思うくらい夢が膨らむ。
そしてあれだ、ベルリーザと言えばやっぱりあの人のことが思い浮かぶ。
ベルリーザ王家の第四王女と言えば、悪姫の二つ名で知られる超有名人のことだ。
闇に潜んだ悪を退治して回る正義の使者みたいな活動をしてる変わり者だけど、周囲への被害を二の次にしたド派手な戦闘を好む迷惑極まりないお転婆姫でもある。悪を成敗するお姫様なのに、二つ名が悪姫なのはその辺りが原因らしい。
とにかく、やることなすことが派手で迷惑なんだけど、悪党退治の実績や本人の美貌もあって、国の内外を問わずファンが多いスーパースターだ。
私も悪姫には注目どころか、ファンを自認するくらい興味深い対象としてずっと追ってる。
ベルリーザに行けば、ひょっとしたら悪姫を遠くから拝むくらいの機会はあるかもしれない。そう思えば、ちょっと興奮するってもんだ。
「いや、待てよ。コソコソ悪い事してれば、向こうのほうから退治にきてくれるかもしれないわね」
私は悪の組織の会長で、悪いことするのが仕事だからね。これはもう運命!?
「なにをニヤニヤしているのですか」
「これが笑わずにいられるかっての。なんたって、悪姫よ、悪姫!」
物思いに耽ってるうちに、フレデリカが部屋に入ってきたらしい。
「護衛は学校と敷地内の寮を中心とした生活ですよね? 悪姫に会えるとは思えないのですけれど……」
「それよ! 悪姫はもう卒業しちゃってるらしいからね、かなり惜しかったわ」
妹ちゃんが通う学校は、主に高貴な血筋の女が通う由緒正しい学院だ。王族の女も通う学校でもあって、あと数年早ければ悪姫を教え子に持てたかもと思えば悔しいばかりだ。
「本当にユカリが行く必要あるのですか? リガハイムから戻ったばかりではないですか」
「私が行かずに誰が行くってのよ? アナスタシア・ユニオン総帥からの直々の頼みとあっちゃ、この私が応えるしかないじゃない」
学校の講師枠には幹部の半分くらいのメンバーが面白がって立候補してたけど、ここは屁理屈をこねまわし、会長権力を行使してもぎ取った。
悪姫のことは置いとくとしても、ベルリーザには一度行ってみたかったし、慣れない土地で苦労したい気持もある。リガハイムでは海の環境で苦労はあったけど、あれはあれで楽しかったし適応力も伸ばせたと思う。
そもそもエクセンブラにいても会長の私は割と暇だし、講師として教える経験値もそこそこ豊富だ。こう考えれば適材適所でもある。
一応は総帥の頼みを会長の私自身が実行する事は、売れる恩を最大限に押し付けるといった思惑だってある。
ベルリーザに行ってみたいと思うメンバーは多かったから、今回の頼みを果たしてシマさえ確保できれば、希望者には順番で行かせてやるつもりでもいる。誰かが新たなシノギを考え付くきっかけにだって、きっとなるだろう。
「仕方ないですね。たまにはわたしも同行したかったのですけれど」
「向こうで新たなシノギを始めるとなったら、事務局のメンバーも必要になるわ。初期の段階は、あんたが向こうで仕切るのもアリかもね」
本当なら妹ちゃんの護衛以外にもメンバーを数人くらいは連れて行きたかったんだけど、総帥にそれはやるなと釘を刺されてしまった。シマの割譲にも根回しがいるから、少なくともそれらが整うまでは余計なことはしないほうがいい。
焦ることはないんだ、妙な真似はやめとく。まずは護衛をやり遂げよう。
「それにしても、季節一つをまたぐほどの長期不在は初めての事になりますね」
「まあね。メデク・レギサーモ帝国に行った時よりも、今回はずっと長くなるわ。でも私がいなくたって、心配ないわよね?」
想定する大きな出来事としては、まず終戦を迎えること。これを経てブレナーク王国としての統治体制が色々と変わり、想定外の要素だってたくさん出るだろう。たぶん、ロスメルタから厄介事の二つや三つは持ち込まれると思う。それでも私がいなくたって、なんとでもなるはずだ。そうなるように、ずっとみんなを鍛え続けた。
あとは二回目の開催を迎える秋の大闘技会が重要イベントかな。時期的に戦後の少しは落ち着いたタイミングになるだろうし、盛大な賑わいになるんじゃないかと思う。これも警備局が上手く回すと思えば、不安に思う要素は特にない。
「ユカリがいない間は、普段よりも引き締まるので大丈夫です」
「なんでよ?」
「ふふ、みんな頼りにならないと思われたくないのではないですか?」
そういうもんかな。不在でも存在感あるのは、いいこととして受け止めよう。
「まあいいわ。エクセンブラの事を気にせずいられるのは助かるからね」
実際のところ、妹ちゃんに万に一つの事が起こってしまったら、ウチとアナスタシア・ユニオンは決定的に敵対するかもしれない。そうなればエクセンブラの平穏は崩れ去る。
今回のことはそれくらい重要なミッションだ。旅行気分で浮かれてる場合じゃない。総帥がわざわざ部外者のウチに頼むくらいなんだから、それ相応の危険が待ってると心得なければならない。
護衛に使える魔道具などについても、各方面に問い合わせしつつ持参するつもりだ。
「さてと、そろそろトーリエッタさんのところに行くわ」
「長期不在の前に挨拶ですか? ブリオンヴェストに行くのでしたら、金属糸の追加を持って行ってください」
「うん、出発前には特別倉庫にも補充しとこうか」
「よろしくお願いしますね」
組織としての繋がりだけじゃなく、個人的な付き合いのある人々もそれなりに多い。
友達としての関係以外にも個人的な仕事を頼まれたり、資金援助を求められたりもする。ベルリーザへの出発までに、そういった人たちに会って義理を果たしていった。
私だけじゃなく、メンバーが増えれば増えるほど、様々に関係する人たちが増えていく。こうしたこともウチがエクセンブラに根付き、地盤を強化する事に繋がってるんだろう。
慌ただしく時は過ぎ、ベルリーザへの出発当日になった。
朝も早よからアナスタシア・ユニオンの拠点に向かうのは、講師役の私と学生役の五人だ。この六人で妹ちゃんの身辺警護をやり遂げる。
学生役は妹ちゃんと同年代っぽい雰囲気があることを条件に、護衛として十分な能力を持ち、そして妹ちゃんと四六時中一緒にいないといけないことから、それなりに親交の深いメンバーを選んだ。これには護られる当人の妹ちゃんの意見も入ってる。
同行するのは会長付警護長ヴァレリア、第一戦闘団伍長ロベルタ、第二戦闘団伍長ヴィオランテ、この三人は妹ちゃんの希望もあっての選出だ。これに情報局幹部補佐レイラ、警備局幹部補佐ハリエットが加わる。五人とも戦闘能力なら、アナスタシア・ユニオン幹部にも劣らない猛者だと思ってる。
ヴァレリアは感覚が鋭い所があるし追跡能力も高い。ロベルタは幻影魔法に使い道が多く、ヴィオランテは応用力のある風魔法が非常に有用だ。
レイラは学校に出入りする人物など、情報収集に役立ってもらうつもり。そしてハリエットはゼノビア警備局長の推薦でもある、要人警護に特化した戦力だ。
五人と私、それと魔道具の力を合わせれば、どうにか隙なくやっていけるだろう。
問題は期間がそれなりに長いことから、油断が生じやすい点にある。今日くらいはとか、ちょっとくらいならとか、雑な考えは禁物だ。
そしてもう一つの問題は、護衛をあからさまにやるわけにはいかないことにある。
高貴な血筋の娘さんたちが通う警備厳重な学校なのに、アナスタシア・ユニオンの関係者にだけ個人的な護衛が何人も付くのは常識的におかしい。
そもそも警備はアナスタシア・ユニオンがやってる上に、将来の護衛役を期待される女子生徒が対象となれば、よりおかしな話だ。事はアナスタシア・ユニオンのしょうもない内部事情だから、あんまり大っぴらにもしたくないだろうし。
学校側は総帥から事情を知らされてるにしても、そんな事情など知らない娘どもは不審に思うだろう。ひょっとしたら気に食わないと思った娘さんからお偉い親に話が伝わって、ややこしいことになってしまうかもしれない。
絶対にバレたらいけないってことはないけど、なるべく護衛のことは悟られないよう振る舞う予定だ。講師役の私も似たようなもんでいい。
諸々の事情で私たちは派手な真似ができないから、移動にはブルームスターギャラクシー号も使えない。
かといって普通の車両を使ったんじゃ、護衛のミッションに相応しくないことから、移動には小型装甲車を使用する。これも目立つけど、良家の娘が集まる学院なら高級車は多いから問題ないとした。
二台の装甲車で迎えに行くと、妹ちゃんは総帥や見送りと思わしき人々に囲まれてる。
あの妹ちゃんはお嬢の割にはいい子だからね、人気があるんだろう。ハンドルを握った私は、そんなところにゆっくりと横づけした。
「朝っぱらから賑やかね」
「おはようございます。しばらくの間、お世話になりますね」
「こっちも思惑あってのことよ、気にしなくていいわ。総帥、あとは任しときなさい」
「妹を頼む」
総帥は言葉少なに応じ、車両に乗り込む妹にも目を向けた。
「シグルドノート、せっかくの機会だ。楽しんでこい」
「お兄様。わたくしもベルリーザで学ぶ機会を楽しみにしていました。愚か者を気に留めてばかりはいられません」
「それでいい。ではな」
総帥が背を向けて引き上げると、ほかの奴らもそれに続いた。
妹ちゃんを送り届ける役目として、アナスタシア・ユニオン奴らは同行しない。私たちがいるんだから、まったく不要だし、総帥と妹ちゃんからの信用だってある。だからこその護衛だ。
「どこか寄ってく所がなければ、このままベルリーザに向かうわよ」
「ずっとあなたが運転するのですか?」
「とりあえず、疲れるまでね」
やっぱり旅はいい。まだ街から出てもいないのに、どこか気持ちが浮つく。
人通りの少ない早朝の通りを抜けて外に出れば、いよいよ旅の始まりだ。
「んじゃ、ぶっ飛ばして行くわよ!」
「ぶっ飛ばすって……」
装甲車を選んだ理由は移動中の妹ちゃんの安全確保だけじゃなく、リミッターを外した際の速度に耐えられる頑丈さといった意味もある。
出発までの間に車体の構造強化を施し、もし不具合が起きても自分たちでどうにか対応できるように勉強までやってる。完璧!
街道から外れた道なき道を均しながらの高速走行は、私が得意とする魔法技能だ。
目的地はかなり遠く、位置的にリガハイムまで行ってから海路を使ったんじゃ余計に時間がかかる。陸路を使うほうが早く、ちんたら進む気だってない。
直線距離で考えても、およそ六千キロメートル以上も離れたベルリーザの首都までは、普通に進んだらどんなに頑張っても十日以上は間違いなくかかる。そこをギュギュっと短縮し、三日くらいで到着するつもりだ。
「ふふふっ、新記録を叩き出してやるわ」
「ちょっと、な、なにをするつもりですか?」
「お姉さまの本気が見られます!」
ノロノロ走って街道を外れ荒野に入った。
後続車のハンドルを握るロベルタには気合を入れてやるとしよう。
「こちら紫乃上。ロベルタ、飛ばすから遅れずに付いてきなさいよ!」
「覚悟はできてます!」
「上等!」
「ちょ、ちょっとあなた――」
ぐぐんと加速する装甲車。
エクセンブラには任せられるみんながいるから、私はただ前だけ見てられる。こんな気持ちのいいことはない。
さあ、新たな冒険の始まりだ!
ずっと前から名前だけは出ていましたが、ようやく大陸でもっとも栄えた国に行きます。
新たな国、街、そして学院へと舞台を移し、きっと色々な事があれやこれやと起こるはずです。
長丁場になるだろう新章をどうぞよろしくです!




