得意のアポなし訪問
大陸で最大最強、経済でも文化でも軍事でも随一の国家ベルリーザへの進出。
勢い任せだけでさあ行くぞと言っても、フレデリカやジョセフィンは勘弁してくれと思うだろう。
私だって、そのくらいのことは分かってる。勢いだけじゃなく、一応の考えあってのことだ。
ベルリーザに進出するためには、現実的にどうすればいいか?
本当に考えなしの闇雲に突っ走るだけじゃ、たぶんどこかで頓挫する。中途半端なところでダメに終わらすことは、メンバーみんなをがっかりさせてしまう最悪の展開だ。会長として、言い出しっぺとして、これは避けないといけない。
金はあるから事務所を構えて看板出すまでは可能だと思うけど、考えなしにそれをやったら確実に問題が起こる。これが実は大きな問題だ。
当然だけど、ベルリーザにはベルリーザの秩序がある。エクセンブラのような犯罪都市や旧レトナークみたいな崩壊国家とは、状況が何もかも全然違う。肝に銘じなければならない。
たとえばどこに看板出すにしたって、必ずそこは誰かが仕切ってるシマの中だ。ウチのシマで同じことをやられたら、私たちは必ず潰しにかかる。絶対と言い切れるくらいに、そうした展開になる。
喧嘩で白黒つけられる単純な話なら細かいことは考えなくたっていいんだけど、裏社会の仕切りにプラスして表社会の秩序がしっかりしてる場合には、話が単純にならない。
裏の組織同士だって横の繋がりやら上下の繋がりやらがあるってのに、そこに正規の治安維持機構が絡んでくると、もう法やら利権やらメンツやらまで複雑怪奇になってしまって、新参者がのうのうと入り込もうったって、そうはいかなくなる。
ベルリーザほどの大国で歴史も長い国ともなれば、どこもかしこも既得権益化した構造になり、一介の小さな組織が小さな仕事をしようにも、特に余所者には相当な苦労を伴うはずだ。正業でも裏仕事でもね。
ましてや暴力で割り込もうとなんてすれば、既得権益側が一致団結して排除に動くだろうと想像できる。手配書が回される事態にでもなってしまえば、完全に進出は失敗だ。
エクセンブラが違うのは、裏社会こそが絶対の勢力であり、力さえあればのし上れる単純さが魅力だったんだ。裏の勢力同士の争いなら、何をやろうが行政がしゃしゃり出ないってのは、非常に大きな特徴であり魅力だ。だから悪党が集まる。ベルリーザならあり得ない。
もし守備隊がデカい顔するような街だったなら、キキョウ会は公権力と五大ファミリーの協力によって、早々に潰されたと今なら想像がつく。
私たちだって行政やギルドのサポートがなければ、特に正業のほうはシノギなんか回せない。これらが味方にならないどころか、敵に回って排除に動かれたんじゃ、とても組織としての活動なんかできたもんじゃない。
だったら、どうすればベルリーザに割って入ることができるのか。これを考えた場合に楽なのは、どこかの組織と渡りをつけて協力してもらうことだ。ようはコネだ。そして幸いにも私たちには伝手がある。
そもそも私はベルリーザで派手にやろうとまでは考えてない。
事務所を構えて看板を出す。その形だけでもいいと思ってるくらいで、今の時点じゃシノギを始めようとすら思ってない。情報収集や人材募集の拠点があるだけでも、十分以上に役に立つ。
もしベルリーザに本格的に進出するとなれば、少なくとも戦闘団を丸ごと一つにプラスして情報局や事務局からも多くのメンバーを引き連れて乗り込まないと話にならない。そしてウチにはそこまで出せる余力はない。
だから最初の一歩を刻みたい。当面はそれだけでいいんだ。ベルリーザに事務所があるってだけでも、ちょっと拍が付くからね。
そこで活きるコネと言えば、やっぱりあれだ。
ベルリーザに本拠を置く超武闘派組織アナスタシア・ユニオン。そこの『総帥』がこの街にはいる。立ってる者は親でも使えの精神で、奴を使ってやろうじゃないか。
話の分かるあの総帥なら、なんとかなるなる。見返りだって、もちろん払ってやるとも。
ついでにノミ屋の事件についても聞ければ、一石二鳥でちょうどいい。三大ファミリーのトップ同士でちょいと話をするくらい、遠慮なんかいらないはずだ。
――ある日の昼下がり。
夏の眩しい日差しが照り付ける中、鮮やかなブルーに金のパーツが映えるニュートロンスターアンドロメダ号を軽快に走らせた。街中で速度は出せなくても、頬を撫でる風は気持ちいい。
最近は闘技場チャンピオンのガルシア選手がバイクを乗り回してる影響で、バイク乗りは私たちキキョウ会メンバー以外でも割と頻繁に見かけることが多くなった。
バイクを含めた数多くの車両に、街を行く人々の多様なファッションは、エクセンブラの発展ぶりを強く感じさせる。大陸一の都市を実際に見て、こことどう違うのか比べてみるのも楽しみに思う。
中央通りを越えてずっと進み、閑静な住宅街の奥の奥に巨大な門がそびえ立つのが見えた。あれはリニューアルしたアナスタシア・ユニオンの拠点だ。
以前にはガンドラフト組に扮したレギサーモ・カルテルに襲われ、富豪の屋敷っぽい拠点は火事に巻かれたことがある。
あれ以来訪ねた事はなかったけど、噂だとセキュリティを強化した形で建て直したと聞いてる。実際に見て、あの時とは門からして全然違う。
「さーて、いるかなー」
こっちはちょっとしたお出かけついでの、気楽なアポなし訪問だ。
もしノミ屋の件で後ろ暗いところがあるなら、私の急な訪問には警戒心を露わにするかもしれない。堂々と探りを入れてやる。
目当ての総帥が不在でも、それはそれで構わない。妹ちゃんがいれば、久しぶりに構ってやるのもいい。
徐行程度の速度で近づきながら、さっそく魔力感知で偵察だ。
特定の誰かを探そうったって、魔力感知だけじゃ無理がある。ほとんど人がいないなら寄ってもしょうがないし、そういう意味でもちょっと探ってみる。
どれどれ……うーん、敷地内には庭にも建物内にも、思った以上にたくさんの人がいる。
門番含めて屋敷内のあちこちに、たぶん見張りのような警戒要員を置いてるらしい。接近中の派手な私も補足されたみたいで、少々の動きがあった。
総帥と妹ちゃんがいるかまでは不明だけど、寄るだけ寄ってみてもよさそうだ。
それにしても。人を探るために使った魔力感知には、魔道具の反応も大量に捉えられた。セキュリティレベルは尋常じゃなく、どこかピリついた雰囲気を感じる。私のせいじゃなさそうだけどね。
人の配置と魔道具の配置を見れば、大体の重要拠点は分かる。魔力感知を妨害する設備があれば、それも要チェックだ。
ちょろっと見た感じ、一度やられたからか警戒レベルはウチの本部並みに高そうだ。
ところがだ。のろのろと拠点に近づいてみれば、閉じられた門が徐々に開かれていくじゃないか。このまま通れってことらしい。
私のアポなし訪問を警戒するどころか、堂々迎え入れるとはさすがだ。天下のアナスタシア・ユニオンは伊達じゃない。
遠慮なく中に入ってみれば、内部は記憶に残る感じとそう変わらないような気がした。
緑の芝生が広がる庭と、大きな窓の開放的な印象のある建物。見た目の印象はあんまり変わってなくても、防御力は段違いなんだろう。
それにたくさんの人がいるはずなのに、物々しい姿は見せない方針らしい。一見すると平和な庭先が広がってるだけだ。
唯一、姿を見せたのは建物の入り口前にいる人物だ。どうやら妹ちゃんを迎えに寄越したらしい。適当にバイクを停めて近づいた。
「お久しぶりですね」
「うん、久しぶり。そっちは忙しそうじゃないの、全然ウチに遊びにこないし」
「わたくしも忙しいのです。ところで、今日はまた急な訪問ではないですか」
「ちょっと寄ってみただけだから、都合悪けりゃ帰るけどね。総帥はいる?」
「ええ、ご案内します」
ノミ屋の事件があったせいか、私かキキョウ会の誰かがやってくることは想定済みだったかな。
なんにしても、話せるならそれでいい。
「……ふーん」
「どうかしましたか?」
「いや。妹ちゃん、最近どうよ」
「なんですか、その質問は……」
この敷地の外、数十メートルほど離れたビルの屋根、そこからこっちを見てる奴がいる。
魔法か魔道具を使って姿を隠した、かなりの手練れだ。魔力も隠してるみたいだけど、私が磨きに磨いた反則レベルに緻密な魔力感知を誤魔化せるほどじゃない。
アナスタシア・ユニオンを監視してる奴らは、ウチの情報局も含めて大勢いる。もう十人や二十人どころじゃなく、国外の組織含めてたくさんだ。でも単なる監視員がああまで入念に姿を隠して見張るなんて、例外的としか思えない。
大手組織に監視が付くなんてのは誰もが承知の上のこと。監視役は互いの気配を感じながら、ある程度の距離を置いて見張るのが基本だ。たくさんいる監視員それぞれが完全に気配を断とうなんてすれば、むしろ余計なトラブルを招く要因になるだけ。監視員同士でのトラブルなんて、絶対に避けたい事態だからね。それなのに一人だけ入念に気配を隠すのは、それだけで異常な奴だと分かる。
なんだろうね、あの異質さはもう監視員じゃなくて殺し屋のそれだ。白昼堂々と監視員に紛れて殺し屋が潜伏監視とは、よっぽど腕に自信があるんだろう。
まあ、アナスタシア・ユニオンが殺し屋一人にどうこうされるはずもない。それに総帥ほどの大物なら、命を狙われるなんて日常のことのはずだ。気にするほどの事じゃないか。
妹ちゃんとの会話を続けながら、不審者のことはどうでもいいやと捨て置いた。
ちょっとした雑談をする合間を経て、玄関から近い客間に入った。
獅子獣人の総帥が椅子にどっしりと座りながら、何をするでもなく待ち構える。
「では、わたくしはこれで」
妹ちゃんは同席しないらしい。あらかじめそう言われてたっぽい感じだ。
「急に邪魔して悪いわね、総帥」
「構わん。俺からも話があったところだ」
「へえ、奇遇じゃない」
やっぱりノミ屋の件かな。盤石なはずのアナスタシア・ユニオンが妙な感じになってるのは、今日のピリついた警戒態勢からも察せされる。事情があるなら聞いときたい。
話の流れでベルリーザに進出したい件も、言いやすい感じになるかもしれない。
とりあえずは大きなテーブルを挟んだ反対側の椅子に座った。
テーブルにはすでにお茶が準備されてたから、勝手に注いで熱いまま一息に飲み干し、二杯目を注ぐ。来客用なのか、いいお茶だ。大事に飲まないともったいないやつだった。
総帥は特に何も言わず、私の不調法ぶりを眺めるだけだ。うるさいことを言わないのは好感度高い。
「ふう、それで。どっちから話す?」
「用事があって訪ねたのだろう? お前から話すといい」
「そんじゃ、単刀直入に。先日のノミ屋が皆殺しになった事件は知ってるわね。あれってあんたたちの仕業?」
「それを訊きにきたのか?」
「言いたくないなら別にいいわ。身内の不始末を片付けたってところだろうし、一応聞いとこうと思っただけだから」
沈黙イコール肯定と同じだし。はっきりと否定された場合に、じゃあ誰なんだとなるからそこを確かめたいだけだ。
「痕跡を残すほどの間抜けではないはずだが……お前たちも甘くはないな」
「確たる証拠は残してなかったわよ、そっちこそ大したもんだわ。済んだことだし、別に咎めようってわけじゃないけどね」
「いや、ネタがめくれた以上、詫びは入れる」
言い逃れはしないか。大物は余裕がある分、素直でいい。
「詫びはともかく、あんたの部下が軽々につまんない真似するとも思えないんだけどね。理由は話せる?」
「ああ、俺から話そうとしていたことにも繋がっている。少し長くなるぞ?」
わざわざ長くなると前置きまでするとはね。これは何やら込み入った事情っぽい。
そしてそれを聞いてしまったなら、厄介事に巻き込まれることは確定的なんじゃないかって気がする。
あー、めんどくさいわね。でも聞かずに帰ったんじゃ、きっと気になってしょうがなくなる。
よっしゃ、どんとこい。どんな事情があるのか、聞いてやろうじゃないか。
ノミ屋事件の真相に迫る次回「アナスタシア・ユニオンの事情」に続きます!
ここから新たに大きなエピソードに突入してゆきます。




