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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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日常への回帰はトラブルの始まり

 行きは良い良い帰りは恐い。

 語源も詳しい意味も知らないけど、字面から単純な教訓として捉えれば結構いい言葉だと思う。

 トラブル体質の私たちは、常日頃から油断すべきじゃない。実際に常になんてのは難しいとしても、大事を済ませたあとの帰り道は油断しがちだ。往路の時と同じように、復路でも町などには立ち寄らず、ただ移動を続けた。


 そうして帰ってきた、エクセンブラ。悪党ひしめくこの大都市こそが、私たちのホームだ。

 田舎の港町とは違う建造物群や喧噪を抜け、閑静な住宅街にどどんと現れる異様な建物。重厚な要塞じみたそれこそが愛しの我が家。周囲の景観から浮いたこれを見ると戻ってきた感じがする。


「ユカリ!」


 地下駐車場から事務室に上がってみれば、友からの熱い挨拶だ。

 なぜが同時にひっつく妹分と一緒に、快く抱擁を交わしてやる。


「フレデリカ、あんたちょっと太った?」

「え、なっ!」


 ストレス太りだろうか。我がキキョウ会は美容面でも厳しいことを忘れたのかと指摘したい。ベストな体形の維持は基本中の基本だ。

 真っ当な指摘に機嫌を悪くした友を宥めながら、ぞろぞろと事務室の奥に進む。


「よお、やっと戻ったな」

「これでも急いだほうなんだけどね。あんたも三席の立場がよく理解できたんじゃない?」

「会長と副長が同時に不在にするのは、もう勘弁してくれ。そういやジークルーネの姿が見えねえな」

「王都に行ってもらってるわ。私も荷物置いてくるから、ちょっと待ってて」


 軽く愚痴るようなグラデーナを待たせ、まずは自室に行く。

 エクセンブラでの様子はリガハイムにいる間にも、ちょこちょこ報告を受け取ってた。だから大雑把に状況は把握してる。


 遠征から戻ったみんなは荷解きがあるし、旅の疲れも溜まってるから今日はこのまま休みだ。メアリーやヴァレリアたち幹部も休ませてしまう。私だけは休めないけどね。


 久しぶりの自分の部屋はやっぱり落ち着く。

 リガハイムの倉庫や船だと個室はなかったから、ずっとみんなと一緒だった。それはそれで楽しかったけど、人間には孤独な時間も必要だ。やっぱり我が家はいい。

 荷物を置けばベッドに倒れこみたい衝動に駆られた。でもそれをやってしまえば、起き上がるのが億劫になりそうだ。


「しょうがない。働くか」


 休むのは後でもできる。気合を入れ直し、事務室に戻った。



 留守を預けたグラデーナとフレデリカから、改めてざっくりとした報告をまとめて聞く。

 何か問題があったとしても、大抵のことはエクセンブラに残ったみんなで対処済みだから、私は一応の事後報告を聞くだけでいい。


 懸案はやっぱり、闘技会がどうなるかだ。

 他国からの客は当てにできない。国内も特に王都は戦争関連で忙しく、エクセンブラからも志願兵が大量に動員されるらしい。さらにこの街は工業の街としての側面があるから、兵として参戦しない一般住民もやはり忙しいのが大半だ。


 それでも人間、どんな時だろうが娯楽は必要。他所の国や街からの客が少なかろうが、大都市エクセンブラの人口やこれまでの盛り上がりを考えれば、闘技場への客入りは十分に見込める。最低限、興行としては不足なく開催できることは間違いない。

 問題は他所から訪れる客の減少による収益の低下だ。賭けに参加する客が減るんだから、売り上げの大幅ダウンは避けられない。


「賭け札の売り上げ減少と同時に、宿泊事業関連の収益も低下の見込みです。治癒師ギルド経由で回復薬の売り上げは大幅増になり、在庫を持っていたインゴットも高値で捌けますが、それだけではカバーできません。総合的に大きなマイナスになりそうですね」

「しょうがないわ。ウチは戦争特需に乗っかれるシノギはやってないからね。赤字になるほどじゃなし、気にすることないわよ」


 やっぱり王都の金持ち連中が落とす金を見込めないのは痛い。

 さすがに偉い奴らが戦争中に闘技場で遊んでるわけにもいかないだろうからね。倫理的な面がどうこうって意味じゃなく、戦争の準備や戦後に向けた権力闘争で忙しいはずだ。貴族も商人も遊んでる場合じゃない。


「その点、クラッド一家とアナスタシア・ユニオンは抜け目がねえ。クラッド一家は鉄鋼や繊維関連の流通ルートに食い込んでるらしくてよ、すげえ景気良さそうだ。アナスタシア・ユニオンは本国ベルリーザの伝手があるからな、やっぱりルートを持ってる奴らは強いぜ」


 ベルリーザと言えば先端を行く魔道具関連だ。それは戦争を絡めれば莫大な金が動く商売に繋がる。アナスタシア・ユニオンは本国の魔道具ギルドに強いコネクションがあるから、連携すれば一枚噛むどころの話じゃないだろう。


 手広くやれるルートに組織力を見せつけられれば、キキョウ会もまだまだだって思わせられる。


 それにしてもだ。改めてさすがとしか言いようがない。古くから裏社会の五大ファミリーとして君臨し続けた奴らは多方面に顔が利く。

 マクダリアン一家らが退場した時にも、表面的なシマをどうこうするだけじゃなく、そうした利権の確保にも手を尽くしたんだろう。当時の私たちじゃ、知り得てもどうにもできないことは多かった。


 新参のキキョウ会がいくら武力を誇ろうとも、それだけじゃ足りないことだらけ。前々から分かってることだけどね。世の中、コネがあるかないかで決まることは多い。

 これからのキキョウ会はより視野を広げ、攻めの姿勢でガンガンやってかないといけない。まだまだこれからだ。


「特需と言うほどではありませんけれど、ロスメルタ様からの新しい依頼は先日終わったところです。あれは割のいい仕事でした」

「報告にあったやつね。オーロラトーチ騎士団との模擬戦だっけ」

「ああ、オフィリアの第十戦闘団が軽く揉んでやった。短期間だが、結構な金にはなったぜ」


 オーロラトーチ騎士団は私設騎士団だから、今回の戦争には駆り出されないと聞いてる。正規軍や志願兵だけで圧勝できるのだから、私設騎士団なんかお呼びじゃない。いくら権力者のお抱えだからってね。

 それがなぜ大っぴらに戦闘訓練なんかするのかと言えば、やはり権力闘争の一環なんだろう。


 強い権力を握るオーヴェルスタ公爵家とロスメルタには、相応に敵が多い。いつ何時でも隙を見せず、不穏な動きをすれば即座に対処すると宣言してるも同然だ。余計な事を考える輩はいつでもいるからね。


「それとアンダール卿から重要な話を聞きました。どうやら魔道具の規制緩和が進められているそうです。本部からの通達では即日の適用で、すでに始まっているのだとか。具体的にはまだあまり分かっていませんが、ひとまずは車両速度の上限が緩和されるほか、主に兵器に関する分野で規制が見直されるみたいです」

「へえ? それはまた大きな話じゃないの」


 この驚くべき情報はたぶん、大陸中の色んな組織が情報収集に奔走してるんじゃないかと思う。それくらい重要な話だ。

 出所不明の話だったら話半分にも聞かなかったけど、魔道具ギルドの支部長が言ったなら信用できる。

 規制の緩和となれば、私たちが得られるだろう恩恵について具体的にどうなるのか、これから注視しないといけない。


「朗報には違いないにしても、どういうつもりなんだろうね。これまでそういった技術の解放に関してはかたくなだったはずなのに」

「アンダール卿も細かい事情は知らないようでした。魔道具ギルド本部で何かあったのかもしれませんね」


 何がどこまで変わったのか不明にしろ、もしかしたら通信関連の魔道具規制も見直されたかもしれない。兵器関連の影響は特に大きいだろうし、大陸中の国や組織としても大変なことになりそうだ。

 うーん、大陸中の組織が装備の更新や改修を行うとすれば、これはとんでもない特需が生まれるわね。


「情報は常に新しいものを取りたいわ。アンダール卿とは別に商業ギルドや冒険者ギルド、それと怪盗ギルドとも連携としとこう」

「すでにジョセフィンのやつが動いてるぜ」


 だろうと思った。きっと私が考える以上に、上手くやってくれる。


「情報収集はこれまで以上に密にやってくしかないわね。国内情勢も戦争で色々変わるだろうし、多方面に気を配っとかないと。面倒だけど気合の入れどころよ」

「面倒といや、そうだ。賞金狙いの奴らが増えてるらしいぜ?」

「賞金?」


 なんのこっちゃ。


「ユカリ、あなたは賞金首なのですから、狙われる対象ではないですか」

「そういやそうだったわね」


 気にしてもしょうがないから忘れてたけど、メデク・レギサーモ帝国に賞金を懸けられてるんだった。

 まあ、なんにしても喧嘩上等だ。挑戦料は安くはないにしても、それが望みなら誰の挑戦でも受けて立つ。

 私の首が欲しいなら、もちろん逆に取られる覚悟だってしてるだろうからね。やれるもんなら、やってみろって話だ。


「私のことはいいとして、直近で重要なのは闘技会とリガハイムの件よ。リガハイムに送り込む人員のほうは、準備進んでる?」

「前もって人選は済ませていましたから問題ありません。二日後には向かわせます」

「あたしも行くぜ。新しい拠点になりそうな場所だからな、一度は行っときてえ」

「それがいいわね。ただ、あんたを遊ばせとくほど暇じゃないから、三日も骨休めしたら戻りなさいよ」

「遊びじゃねえ、視察だ視察!」


 やっと日常が帰ってきたって感じだ。

 でも我が家の居心地の良さにだらけるわけにはいかない。リガハイムと闘技場の件はみんなに任せ、私は別の事を考え手を打つとしよう。未来に向けてね。



 初夏から本格的な夏へと変わる頃、ブレナーク王国は進軍を開始した。

 すぐ隣に武装勢力を擁した無法地帯があったんじゃ、計算できないリスクを抱えたも同然の状況だ。国民というよりか主に商人の不安を取り除き、広大な領土や海岸線を手に入れたい貴族の野心も合わさり、なにより必勝を確信できるのは大きい。こうした事情ゆえの侵略だ。


 それにこの局面は、ブレナーク王国にとって歴史の転換点でもある。

 後世に名を残す、あるいは手柄を上げて出世するチャンスに繋がってる。上級貴族から下級貴族、果ては一兵士に至るまで、熱を帯びる状況にもあるだろう。

 先王時代に旧レトナークには一方的に攻め込まれた出来事だって、そう遠い出来事じゃない。人によっては復讐の意味だってあるかもしれない。


 一時は疲弊した国内情勢も十分以上に回復し、軍事力も必要十分。

 軍事侵攻前からいくつもの町を謀略によって取り込むことにも成功し、排除すべきは邪魔な武装勢力を擁したいくつかの拠点だけ。

 ブレナーク王国が失敗する確率は極めて低く、話題は早くも統治後の体制についてが大半を占めた。



 そして武闘派で鳴らす我がキキョウ会と言えばだ。戦争などには我関せず、知らん顔で日々を送ってる。

 厄介と思われた海賊対策には駆り出されたものの、必勝の地上戦で呼ばれることはない。勝ち戦で手柄を欲する奴らばかりだから、名乗りを上げるそいつらだけで戦力は十分以上に足りる。


 多くの奴らが戦後を見据えて動いてるんだ。欲望はエネルギーとなって、発展をうながすだろう。

 でもウチが情勢不安定なレトナーク領で深く関わるのは、リガハイムだけで精一杯だ。そっちに人を回した影響もあって、ちょっと忙しい。

 まあ忙しくても新たな見習いや、昇格した新人が増えたお陰で、リガハイムに人をやっても問題なくエクセンブラでの活動ができるようになった事実は大きい。こうしたことで組織が大きくなったのだと実感できる。


 今日も朝のルーティーンを終えて報告書に目を通してると、来客があったようだ。

 会長執務室の少し開けた扉の向こうから、騒がしい声が聞こえた。


「聞いておくれよ! 姪っ子の旦那が借金背負わされて大変なことになってるんだよ」

「藪から棒になんだってんだよ、おばちゃん。朝っぱらからよ」


 客はいつも世話になってる、稲妻通りの食堂のおばちゃんみたいだ。


「落ち着いてる場合じゃないんだよ! 姪っ子の身が危なくて、ウチでかくまわなきゃいけないんだから!」

「そりゃ気の毒だが、借りた金は返さねえとな。そもそも借金って、なにやからしたんだ?」


 グラデーナもなじみのおばちゃん相手だから、冷たくあしらわずに対応してる。それに今日はみんな出払ってるから、誰かに押し付けることもできない。

 しかし借金の相談とは意外だ。いくら食堂のおばちゃんでも、金の話は慎重にならざるを得ない。


「姪っ子が言うには賭け札なんだってさ。闘技会にのめり込んじまったみたいで」

「おいおい、借金してまでやるもんじゃねえだろ。しかも質の悪い奴に借りちまったのかよ?」

「ろくでなしの旦那なのは間違いないけどね。でも相手はノミ屋だって言うじゃないか」


 なるほどね。おばちゃんがウチに話を持ち込んだ理由はそういうことか。


「ほう、気になる話じゃねえか」

「そうだろう? 聞いておくれよ」


 また面倒を起こす奴が現れたらしい。

 ウチのシノギを邪魔する奴は、雑魚だろうが放っとけない。

 それにしてもノミ屋か。これまでにはたぶん例のない邪魔者だ。


 おばちゃんの対応はそのままグラデーナに任せ、あらかた報告書を読み終わったところで執務室を出た。ちょうど帰ったところみたいで、おばちゃんの長々とした世間話には付き合わずに済んだようだ。

 あれはあれで、気になる噂話が意外と多いから侮れないんだけどね。

帰って早々、新たなトラブルがやって参りました。

次回でちょこっとだけ説明もしますが、ノミ行為は犯罪ですので関わり合いにはならないよう気を付けてくださいね。

次話「トラブル続出の予感!」に続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >なぜが同時にひっつく妹分と一緒に、快く抱擁を交わしてやる。 おっと、ユカリと一緒にリガハイムに行ってたヴァレリアちゃんまで ユカリに抱き着いたのかな?小さい子みたいで可愛い! [気にな…
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