尽きないトラブル
耳をつんざく爆音と目を焼く閃光によって、一時的に無力化される副町長一党。
しかも鉱物魔法と薬魔法の合わせ技は、催涙ガスまで発生させる凶悪な仕様だ。音と光のダメージから回復しても、ガスのダメージは数十分は残り続ける。
非殺傷魔法ながらも、足止めと自警団へのアシストには十分すぎる効果だ。
凄まじい音は付近にいる自警団にも聞こえたはず。きっと急いでこっちに向かってくる。
「おおっ、さすが会長。毒ガス付きとはヤバいですね」
「でもあたしたちの出番、ないんじゃないですか?」
「もう撤収します?」
終わった気になるのはまだ早い。
これだけ人がいるなら、予想以上の根性見せる奴だっているかもしれない。詰めが甘い、なんてことがないようにしないと。
「まだよ。私は副町長と網元を一発ずつ殴ってくるから、あんたたちは車のタイヤを潰しなさい」
首魁を昏倒させ逃走手段まで潰してしまえば、詰めとしては上等だ。そこまでやって逃がすほど、自警団の連中だって能無しじゃないだろう。
「了解です。それだけやったら、さっさとずらかりますか」
「うん、事後処理や事情聴取にまで付き合う気はないわ。終わったら窓から脱出するわよ。あっち側の外に集合で」
指を差したのは窓だ。昼間の明かり取りのためか、ガレージ内の上のほうにはいくつか曇りガラスの窓がある。普通に手が届くような高さじゃないし、わざわざ窓を開けるなんてことはしない。突き破っての脱出くらい、私たちなら余裕だ。なんなら壁だってぶち抜けるけど、あんまり荒らしてもしょうがない。
「それじゃ、さっそく行きます!」
まだ薄く催涙ガスが立ち込める中、三人は外套に刻まれた浄化刻印魔法を頼みに突っ込んだ。
私も副町長と網元が倒れてる場所に行くと、さくっと足首と膝を踏み砕いてしまう。これで動けまい。魔力に反応して硬質化したブーツは、無防備な人体など容易くぶっ壊せる。ただ、ぐちゃりと靴裏が粘つく感覚だけは不快だった。
半殺しにもならない程度じゃ、ウチに売った喧嘩の代償にしてはまだまだ軽いもんだけど、こいつらは町の連中に裁かせると決めてる。殺しはしない。
「チッ、やっぱ腹立つわね」
どうにも気が収まらなくて、副町長には追加で横腹を蹴っ飛ばしてやった。軽く吹っ飛んでから血反吐を吐いて痙攣してるけど、たぶん死にはしない。たぶん。
スタングレネードによる光と音のダメージに加え、催涙ガスによって涙を流しながら激しく咳き込んでたところへの暴行。まともに息をすることも難しい状況じゃ、恨み言の一つを発することだって無理だ。
うーん、最後にもう一発くらい蹴っ飛ばしたいけど、これ以上やったら死んじゃうかな。もう行こう。
雑事を済ませたら目を付けてた宝石箱を引っ掴んで脱出だ。
軽い助走を付けて飛び上がり、顔を腕で庇いながら窓を突き破った。華麗に着地を決めて三人を待つ。
待つ間に周辺を魔力感知で探ってみれば、自警団の連中は墓地を進んでる真っ最中らしい。
鉢合わせても別に問題はないんだけど、何かしらのやりとりは発生するだろう。それが面倒なんで、見つからないように帰るつもりだ。
通信をオンにして見張り役にそろそろ撤収だと言ってると、窓を破る音が三つ続いて全員が集合した。
三人の手を見れば、それぞれ何かしらの戦利品を奪取したらしい。まったく抜け目のない娘たちだ。
見張り役にはこの場を見届けるよう伝えて、私たちは撤収した。
自警団や新聞ギルドの連中があちこちで動いてるせいで、深夜にもかかわらずどうにも町が騒がしい。
港湾区付近で騒動に巻き込まれることを嫌った私たちは、大回りでスラムの倉庫に戻った。
「お帰り、ユカリ殿。ヴィオランテのほうも、ついさっき戻ったところだ」
倉庫内でまだ起きてるメンバーには火葬場での顛末を話す。
帰り道の車中では詳細説明をせず、結果だけ短く伝えておいた。長々話すと魔力消費が激しいうえに、通信圏内の全員に聞こえてしまう仕様の魔道具だからね。仕事中のメンバーが交わすやりとりや、報告の邪魔になる。
そう長い話でもないけど、火葬場の隠し部屋や死体に偽装した麻薬の運搬など含め、見たことをまとめつつ話した。
「なるほど、副町長と網元は側近も含めて一網打尽になったか」
「これで邪魔者は片付いたわ。あとは町長や海運事業商会を抱き込むだけよ」
交渉はジークルーネが中心に進めてくれてるから、私が心配する必要はない。
「お疲れ様でした。ユカリさん」
「ヴィオランテもご苦労だったわね」
「それにしても網元がそちらにいたとは驚きました。いつ脱出したんでしょう? 監視を搔い潜るなんて、油断できない奴です」
「まあね。でも監視の目は船のほうに重点を置いてたし、出港を阻むのがそっちの目的よ。結局は捕まえたんだから問題ないわ」
奴が隠密行動に長けた実力者でないことは確実だ。適当な理由を考えるなら、変装して替え玉と入れ替わったってところだろうね。上手く欺かれたと思うしかない。
魔力だけで個人を特定することが難しい以上、監視も万全にはならない。ただし、一度は監視の目を逃れても、どこかで引っかかったと思うし現にそうなった。
それに未知の強者や手強い組織が相手ならともかく、一介の悪徳漁師に対してじゃ緊張感も保てないだろう。完璧を要求する気だってそもそもない。
倉庫で話してる間にも、方々から監視役の報告が聞こえてくる。
今夜の事件は終わりに向かいつつあるらしい。もう少しで夜が明けそうだ。いい加減に私も眠い。
「ジークルーネ、そろそろみんな引き上げさせようか」
「ああ、もう十分だろう。では――こちらジークルーネだ、各自キリの良いところで引き上げろ」
副長の命令と通信先からの返事、それと倉庫からの通信圏外にいるメンバーにも命令が回されるのを聞きながら通信をカット。イヤリングを外した。もう寝る。
顔を洗って着替えたら、ぐっすりと眠ったままのヴァレリアの横に寝転がる。
今夜の大捕り物はリガハイム史に残る事件として記憶されるだろう。
自警団の大活躍と悪事を暴く新聞ギルドの活動で、きっとしばらくの間は騒がしいことになる。連日、副町長やら網元やらの悪事が紙面を賑々しく飾り立てるはずだ。
でも、すでに終わった小悪党連中のことなんか、私はまったく興味ない。
邪魔者を退場させただけで、こっちの目的はまだ果たされたわけじゃないんだ。
これから町長の取り込み、漁師一党のその後の処遇、海運事業商会会長の行方の捜索など諸々、まだ色々と残ってる。むしろ敵を倒すことなんか簡単で、その後の交渉のほうが難しい本番と言える。
まあそっち方面はみんなに頑張ってもらうとして……あー、もういいや。寝よ。
――後日。
リガハイムの大物が複数も捕えられた事件は、田舎町の体制を揺るがす大事件として町を騒がせた。
陰の立役者に徹した我がキキョウ会は、素知らぬ顔で裏でのみ動き続ける。
町長の暗殺を謀った副町長を排除したことによって、町長とその側近の信用を勝ち取ることにも成功した。この辺りは交渉に当たったジークルーネの存在も大きかったに違いない。
美人で凛とした副長の堂々たる態度は、裏社会の人間が醸し出す怪しげだったり粗暴だったりする雰囲気とは縁遠い。彼女の人となりを知らなくても信用できると思わせる風格がある。さすが『交渉官徽章・金』の実力は伊達じゃない。
そんなこんなで幹部メンバーが交渉や調整で忙しくするなか、行方知れずだった商会長を追ってたメンバーが戻った。
報告を聞いた翌日、早くも面会の約束を取り付けられたこともあって、私とジークルーネで商会に出向くことにした。ヴァレリアも加えて、戦闘支援団の娘が運転する車両で向かう。
「まさか援助を求めに向かった先で監禁されていたとはな」
「崩壊国家じゃ、どこも大なり小なり困ってるだろうしね。相手も必死だったんじゃない?」
何らかの事件に巻き込まれてるとは思ってたけど、まさか親戚に監禁されてるとは予想外だった。
商会長とその息子はウチのメンバーが解放し、昨日無事に送り届けたところだ。健康状態にも特段の問題はないようで、こっちの話にも興味を示してるらしい。
そりゃあ、助けてやった恩人なわけだからね。形だけでも、話くらいは聞く姿勢を取るだろうとも。
助け出したメンバーたちで送ってやりがてら、リガハイムの状況やウチの要望はすでに伝えてもらってる。あとは先方の質問に答える感じかな。
まだ精神的にも落ち着いたわけじゃないだろうし、普通に考えて検討する時間だって要るだろう。追い込みかける相手やタイミングじゃないから、いきなり返答を迫るようなことはしないつもりだ。
今日はあくまでも顔合わせと質疑応答がメインになる。こっちとしても、相手の人柄や態度を見ておきたい。
「でも商会長は監禁されながらもよく断りました。根性があります」
「そうなんだけどね。その根性がウチとの仕事にどう出るかよ。裏社会の組織とは組めないって言い出すかもしれないわ」
「これまでにも汚れ仕事には手を出していない商会だ。その可能性はある」
海運事業商会は海賊の影響で事業が完全にストップし、新たに始めた事業でも上手く行ってなかった。そうした理由から商会長は親戚に援助を求めてリガハイムを出たわけだ。
ところが親戚の商会にも、見返りなしに助けてやる余裕はない。そこで求められたのが海上輸送だったらしい。
「行き詰ってる商会に汚れ仕事を斡旋するのは、まあありがちですけどね。でも麻薬の輸送なんて危険度が高すぎですよ」
「商船なら海賊が見逃さないわよね。いくら経営が追い詰められてるにしても、でかすぎるリスクを許容できるはずもないわ。汚れ仕事はどうしても嫌って性格もしてるみたいだしね」
「そのような商会長に監禁してまで強引に迫るとはな。我々のほうがまだ良心的だ」
「はい。裏切りと敵は許しませんが」
我がキキョウ会が海運事業商会に求めるのは、港湾荷役の独占だけだ。運び屋をやらせるつもりも、密輸に加担させるつもりもない。普通に海運事業を営んでくれればいいんだ。悪事を働く時には、いちいち言わずに勝手にやる。
最大の問題である海賊を何とかすることが大前提になるけど、それを私たちは自ら解決する意思と力があり、どうしても商会が立ち行かないほど金に困ってるなら、多少は都合してやってもいいとさえ考えてる。これ以上ない申し出だろう。
唯一の難点は、キキョウ会が裏社会の組織ってこと。これを先方が受け入れられるかどうかだ。
実際には海賊に関しては、まだ捕らぬ狸の皮算用でしかない。
どうにかできると豪語したところで、口先だけで信じるようなお人好しじゃあ、商人なんて務まらないってのもある。ここもウチの弱みと言えば弱みだ。海賊の排除を前提条件とするなら、この辺の交渉は問題ないと楽観してるけどね。
ただ、監禁状態から助けてやった恩義はでかいはずだ。義理を重んじる商人なら、これを無視するような真似はしないと思える。
ま、どうにかなるだろう。
さてと。車両に揺られてやってきたのは海運事業商会。
戻ってて早々、商会長は仕事してるらしい。ずっと商会が心配だったこともあるだろうし、休んでる場合じゃないってのも理解できる。
大きな商会の建物の前に車両を付けて降り、運転役のメンバーを残して中に入った。
ずっと連絡がつかなかった商会のトップとその跡取りが戻ったんだ。商会の雰囲気はさぞや明るいに違いない。
ロビーを横切って受付に向かって進んでると、近づいてくる人物がいたんでその場に留まる。
「キキョウ会の皆様……お待ちしていました。こ、こちらにどうぞ」
声をかけてきた男は酷く緊張した様子だった。
今日の私たちはサングラスもかけてないし、武器だって持ってない。特に威圧的な態度を取ってるわけじゃないから、そこまで緊張させる理由はないと思うけどね。
なんだろう、キキョウ会が恩人だってことが広まってるかは知らない。でもどう見ても明るい雰囲気とはちょっと違う。
「あんたは?」
「ば、番頭を務めている者で――」
自己紹介よりも妙な様子が気にはなった。なんにせよロビーで立ち話するような内容でもないだろう。案内しにきてくれてるみたいだし、付いていけば理由は自ずと分かるはず。単にこいつが緊張しいな性格なだけって可能性もあるし。
ジークルーネとヴァレリアも妙な雰囲気を感じてるみたいだけど、何も言わずに案内に付いていくことにした。
エレベーターを降りて歩きながら思うのは、元は調度品などがあったんだろう空間が目立つことだ。全体的にどことなく寂れた感じもあるし、やっぱり金の無さが建物にも表れてるように思う。一階ロビーや玄関口だけは、そう感じさせないよう努力してたんだろう。
そんな商会の最上階、奥まった部屋にはついに面会の叶った商会長がいた。
写真で見たとおりに商会長は初老の紳士然とした雰囲気で、町の有力者の肩書に相応しい印象を受ける。ただ、それも平時ならばと言うべきだろう。
そんな初老のおっさんの顔は青ざめ、今にも倒れそうな雰囲気だ。
監禁生活が過酷だったせいかと思いきや、どうにも様子がおかしい。
普段なら堂々とした挨拶のひとつもくれそうなおっさんが、口ごもる様子は見てられないものがある。仕方なくこっちから切り出してやることにした。
「なんか訳ありっぽいわね。私がキキョウ会の会長よ。なんかあるなら話してみなさい」
「ああ、信頼関係を結ぶのはこれからの間柄だが、話すだけなら遠慮は無用だ。我々の口は堅い」
言いながらジークルーネと二人で勝手にソファーに座り、ヴァレリアは入口の横に控える。
これじゃあ、どっちが客人か分かんないわね。
「気を使わせてしまうとは情けない……」
商会長は自分に呆れたような溜息を吐き出すと、執務机のほうから私たちの正面のソファーに移動した。
自己紹介やお礼など、通り一遍の挨拶は不要だと省かせ、いきなり本題に入らせる。
「くれぐれも内密に頼みたいのですが」
「いいから話せ、話が進まん」
「口は堅いと言ったはずよ。話したくないならそれでもいいけどね、無理に聞く気はないわ」
悩み事を聞かなきゃ、普通の話し合いもできない雰囲気なんだ。こっちとしては何かあるなら早く言えとも言いたくなる。
私たちの苛立ちや本人の焦燥感が後押ししたのか、商会長は悩みながらも重い口を開いた。
「…………昨晩、孫が誘拐されました」
おおう。ふーむ、なるほど。そりゃ緊急事態だ。顔色も悪くなるってもんだ。
こいつの孫は、まだ幼い女の子が一人だったはず。大切な孫が誘拐なんかされれば、平静を保つことは無理だろうね。
それにしてもこいつにとっちゃ、一難去ってまた一難だ。ツイてないにも程がある。
「あんたが戻ってすぐじゃない。目的がなにか、誰がやったか、なんか心当たりは?」
「つい先ほどですが、犯人から要求が届きました」
「へえ、なんて?」
要求とやらを聞いてみれば、麻薬の運び屋を引き受けろって話みたいだ。つまりは商会長を監禁してた親戚が、もしもの時の切り札として孫を人質に取ったってわけだ。このしつこさからして、向こうにとっても最後の綱って感じなのかもね。動きの速さには感心する。
まったく、次から次へと面倒な。
「口ぶりからすれば、自警団などには通報するなと言われているのだろう? だが我々には話した。助力を求められているとの理解で間違いないか?」
「……頼めますか」
監禁から救い出したウチのメンバーの手腕を見れば頼りたくもなるだろう。
情報局のメンバーは簡単な仕事って感じで報告してたけど、客観的には行方を突き止める情報力も相当なものだし、雑な力押しで救い出せる時点で普通じゃない。それを商会長は目の当たりにしてるんだ。直近で助けたばっかりでもあるから、私たちに頼みたいって思うのは理解できる。
ただね。便利使いされてやるつもりはない。
手を組む条件として、こっちは破格の条件をすでに提示してるし、商会長自身と息子まで監禁状態から助けてやった。この上で孫まで助けろ?
我がキキョウ会は悪党の集団だ。正義の味方でメシ食ってるわけじゃない。
その程度のこと、分かってると思うけどね。
一難去ってまた一難となりましたが、そろそろ切りの良いところに着地する予定です。
次回「港町のミッション、次のフェーズへ!」に続きます!
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