あっちこっちの襲撃計画
魔道具ギルドでの商談を終えた足で、次はなじみの店に向かった。
中央通りから六番通りまでの移動は、ニュートロンスターアンドロメダ号の雄姿を見せつけながらになる。
ここら辺じゃ毎度おなじみの颯爽とした姿だけど、ウチのメンバーや闘技場チャンピオンがバイクを乗り回してることもあって、エクセンブラじゃそう珍しい感じはちょっと前からしなくなりつつある。良い傾向だ。
ただ、もう驚く地元の住人はいないにしても、新参者は大いに驚いた姿を見せてくれる。
青色に金のパーツの車体で店の前に乗り付けると音で気づいた、いつもの店員がいつものように出迎えてくれる。そんでもって、いつものように店の主の部屋に入った。
「待ってましたよ、ユカリさん。ほらほら、さっそく試着して!」
挨拶もなく、ずずいと近寄るのは相変わらずのトーリエッタさんだ。
服飾店ブリオンヴェストのオーナーは、今日も楽しく元気そう。
「試着の前に頼んでた物は?」
「まずはこっちこっち!」
籠ごと押し付けられた、たくさんあるシャツやスカートなどを先に試着することになってしまった。この人はいつも圧が強い。
季節毎のことだけど最近は私のために春物の服を張り切って作ってくれたみたいで、仕事で頼んだ物よりもずっと高い熱意を感じる。
マイスターが丹精込めて作った服にはほんの少しの不備もなく、デザインは洗練さにより磨きがかかり、なにより着心地がいい。
脇の絞り方に腰の絞り方、シルエットに色合いも含めて私の好みも考えてくれてる。完璧だ。身体のサイズは変わってないから、調整も必要なかった。
「ふぅ、さすがユカリさん。理想の体現ですね」
「なによそれ。そんなことより例の物はどうなってんの?」
「ちゃんとできてますって。えーっと、どこいったかな……ああ、これこれ」
趣味で作りたい物以外は本当に適当な人だ。ぽいっと放られた漆黒の物体を手で受け止めて確認する。
ワンポイントに入ったキキョウ紋を指でなぞりつつ全体を確認し、被って鏡で見てみた。平べったくて丸っぽく、つばのない帽子。
「……思ったよりいいじゃない。なにが不満なのよ」
「個性を重視しない大量生産品は、ちょっとやる気出ないですねー」
これはキキョウ会標準になる予定の新装備だ。
頭部の防具が欲しいとは前から思ってたところだけど、防御力重視でヘルメット型だと外套には全然マッチしない。色々考えた結果の妥協点として、ベレー帽に決まったわけだ。
すでに帽子を日常的に被ってるメンバーはいるから彼女たちへの強制はしないつもりではある。でも私も含めて未着用のメンバーは多いから、そうしたメンバー用に作った戦闘時用の装備になる。
ベレー帽じゃ頭部の保護に不足は多いと思うけど、メンバーのモチベーションを考えるとカッコよさも重視する必要がある。どんなに凄い装備だったとしても、ダサかったら身に着けるのは嫌だからね。
「注文の機能も付けてますよ。あれも趣味じゃないんですよー」
「悪かったって。これをサンプルにして、あとは弟子に任せればいいじゃない」
仕事でも趣味じゃないことはやりたくないらしい。不満を飛ばしてくるトーリエッタさんには持参した珍しい素材を後で渡しておくとしよう。
そんなことより、ベレー帽に仕込んだ機能を確かめる。
帽子の内側には外套と同じように温度調整の機能が組み込まれてるけど、重要なのはこれじゃない。肝心な機能は別にある。
伸縮素材の内側の生地は、引っ張り出すとベレー帽から分離することができた。これは頭から首まで覆うマスクとして使えるんだ。
マスクを被った状態で鏡を見ると、そこには黒マスクに白いドクロが描かれた、随分とおどろおどろしいデザインの顔がある。たしかに、トーリエッタさんの趣味じゃないだろう。
「ふーむ……趣味じゃないって言う割には本格的ね。思った以上に凝った作りじゃない」
「やるからには注文以上の物に仕上げますよ。それで良ければもう弟子に投げちゃいますけど」
「うん、これなら十分よ。素材はあとで持ってこさせるから」
ベレー帽には墨色のカーボニウム鉱の色を漆黒に変化させた金属糸を使う。墨色のままでも良かったんだけど、そこだけはトーリエッタさんの要望に従った形だ。
用事を済ませてすぐに退散するんじゃなく、しばらく世間話に興じてから店を出た。
工房に篭りがちのトーリエッタさんは会話に飢えてることもあるし、私にも仕事から離れた会話は必要だ。これが思った以上のリフレッシュになる。
さて。只今絶賛、我がキキョウ会は装備の拡充を実施中だ。
汎用装備としての魔道具をいくつも注文してるところだし、戦闘時に装着するベレー帽の製作も決まった。武器も各自でメンテナンスや新装備の買い付けを積極的にやらせてる。
車両はメンテナンスと同時に防御力アップの改装をさせてるし、新装甲車両の導入も逐次実行中だ。
湯水のように金が出ていくけど、闘技場から得られる入場料や賭け札のシノギにホテルとカジノから入る儲けも増加の一途をたどってる。ほかにも収入源は色々とあるし、とにかくウチは総合的なシノギがデカい。更なる儲け話だって控えてる。
停滞せずに続々と更新されてく様子ってのは、気分が良いし楽しい。春の訪れに合わせて街の活気も上がりっぱなし。先々が明るくて、とってもいい気分だ。
そうした活動的な日々を過ごしてると、ついにあのメンバーが戻ってきた。
仕事中で手が離せなかったメンバーを除き、みんなで研究開発局長の帰還を出迎える。本部の事務室は満員に近い。
「待っていたぞ、シャーロット」
率先してねぎらいの言葉をかけたジークルーネに続いて、みんなも次々と声をかけていく。
賑やかな時間がしばらく続き、満足したメンバーから仕事に戻っていくと、ようやく事務室に平穏が戻る。人数の減った事務室から私の執務室に移動して話の続きだ。
「長期間に渡って留守にしてしまい、申し訳なかったですわ」
「いいのよ。修行の成果は上々のようだしね」
戦闘訓練をやってたはずじゃないのに、シャーロットから感じる魔力が大きくなってる気がする。それだけ魔法を酷使する毎日だったんだろう。充実した雰囲気や表情からも自信がうかがえる。
「ええ、納得のいく結果が出たと自負しています。会長のオーダーも無事に果たせましたわ」
「弟子をスカウトしてこいってやつ? 上手くいったんだ」
「特に報告は受けていないが、ユカリ殿もか」
なにも聞いてない。サプライズを狙ってあえて報告してなかったのかな。
修行先の世話になってる工房から引き抜くのは大変だと思ってたんだけどね。こっちとしては軽い調子で言った感じだったけど、実際にやるのは大変だったろうに。
具体的にどうしたのか聞いてみると、愉快そうに答えてくれた。
「実はお世話になっていた先に敵対的な工房がありまして。修行と並行しながら、そちらの従業員を勧誘していましたの。遠慮の要らない相手でしたので、好条件を提示して何人か引き抜いて参りましたわ。時機を見ながら、集まる予定になっています」
「敵対的な工房……たしかに、遠慮は無用な相手だ。しかし、修行をこなしながら勧誘工作まで仕掛け、成功させるとは見事な働きだ」
「うん、期待以上よ」
シャーロットはストーカー野郎のラムリーネイス子爵に対し、奴が経営する工房から人材の引き抜き工作で報復を実行してたらしい。知らなかったけど、水面下でやれる上手い手だ。まさに期待以上の働きと言える。
しかも待望の女の刻印魔法使いを複数人ときた。そんなのを抱えてるなんて、ストーカー野郎がトップでも、さすがは王都で一番大きな工房と関心もしてしまうけどね。
「いずれも優秀な女性刻印魔法使いたちですが、全員がキキョウ紋を背負うことには無理があると考えています。そこで彼女たちにはキキョウ会専属の工房を開かせたいと考えているのですが、いかがでしょう」
「そういうことか。わたしとしてはシャーロットの判断は妥当と思う。ユカリ殿はどう思う?」
「任せるわ。工房の場所はウチのシマ内ならどこでも都合付けるから、研究開発局で良く話して決めなさい。細かい事はフレデリカや事務局と相談になるからそっちと決めてくれたらいいわ。貴重な刻印魔法使いだからね、よっぽどの事がなければ、待遇面含めて要求は通せるはずよ」
「ありがとうございます」
ほかにも修行先だった工房から定期的な技術交流なんかの話もあったらしく、シャーロットが一人で行き詰まって悩むようなことは、今後はおそらくなくなるだろう。
ついでにシャーロットが不在時に変わったことも説明しておく。手紙でも伝えてるから、疑問点に答えながらざっとだ。
職種徽章と技能徽章、台座が金色のキキョウ紋バッジを手渡し、研究開発局のメンバーが増員してることも名簿と共に伝えておく。
「伍長のリリィ含め、研究室で皆が待っている。特に新規で入ったメンバーは、初めての挨拶で緊張しているだろう。早く行ってやるといい」
「そうね。ああ、今日の夜はさっそく宴会よ。それと明日から二、三日は休みなさい」
「よろしいのですか? 仕事が溜まっているのでは?」
「死ぬほど溜まってるから、その前に休んどきなさいってことよ。それに修行の成果を見せてもらうから、そのつもりでいなさいよ? 難易度高い注文を用意しといたから」
「休むよりも早々に復帰して仕事を片付けてしまいたい気持ちになりますわね……」
私が冗談ぽく言うと、シャーロットは疲れように答えつつも、どことなく楽しそうだ。腕が鳴るって感じなんだろう。
望みどおり、磨いた腕は存分に発揮してもらう。
シャーロットが以前よりもさらに精力的な仕事をこなすようになり、サポートの刻印魔法使いも加わった。これによって我がキキョウ会の装備はまたレベルが上がりつつある。
魔道具ギルドやブリオンヴェストなどからも少しずつ新装備が届き、これも充実し始めてる。
情報収集のため港町にひと足早く飛んでくメンバーも多数いて、夏に向けての準備は着々と進んでる状況だ。
ベストなのは海賊を力でねじ伏せるんじゃなく、交渉で味方に引き入れることだけど、これは高望みってもんだろう。
敵なしの状態で海を荒らしまわってるような奴らが、ほいほい言う事聞くとは思えない。
それでもトライしておくことは必要だし、事前の交渉があれば力で下した後でもこっちの目的は理解するはずだ。命を懸けた最後の足掻きみたいなのは、そうした下地があればやってこないとも想定できる。
「――沈めるわけにはいかないから、乗り込んでの奇襲しかないわね。接岸できる港に停泊してくれればいいけど、陸に寄る時は大抵は沖から小舟に乗り換えるらしいからね。沖まで移動しないと乗り込んでの襲撃はできないわね」
「面倒なほうを想定しておこう。その場合、やるなら夜間だ。停泊中に海中から接近し、警備の手薄な個所から侵入するしかない。その後は真っ先に艦橋を制圧し、艦内の乗組員を手分けして無力化する流れになる」
元は軍艦の海賊船は鹵獲する必要があるから、破壊するような作戦はダメだ。速やかに艦内を制圧しないといけない。
戦うにしても可能なら船に乗り込むんじゃなくてアジトを襲撃したいんだけど、どうやらどこぞの離島にあるらしい極秘の海軍基地をアジトにしてるみたいで、具体的な場所がまったく不明だ。これが掴めないままだったら、大陸沿岸にのこのことやってきた場面で襲撃するしか方法がない。
幸いと言っていいのか海賊船は海沿いの町までやってくると、そこで少なくとも一晩は遊んで帰るらしいから、チャンスはあるはずだ。
「げっ、海中から接近ってことは海に入るのかよ。あたしはパスだな、今回はユカリとジークルーネに預けた」
グラデーナは海が苦手らしい。川や湖には入れても、海はダメなんだとか。
まあ、ひたすら広大な海に対する恐怖感は、なんとなく分からんでもない。私は怖くはないけど海水に入りたいとは思わないから、現地には行ってもひょっとしたら人任せにするかも。
「窮地に陥った海賊が自爆する、なんて可能性はないですかね? 元海軍なら単なる荒くれの海賊とは違って、自己犠牲の精神を持ってるかもしれないですよ。事前の交渉で全滅させる意図がなく、味方に引き入れたい意思は伝えますが、いざとなった場面での行動までは読み切れませんね。情報局でも海賊のメンタリティまで探るのはちょっと難しい気がしてます」
「そこまではいいわよ、ジョセフィン。相手の根性よりも、こっちが如何に素早く制圧できるのかの勝負と考えてるわ」
「ああ。ロスメルタ様の図面のお陰で、実際に乗り込んでから艦内で迷う心配もない。速やかに事を成せるはずだ」
私たちの前に置いてあるのは軍艦の模型だ。内部まで作り込まれたこれがあれば、具体的な手順込みの作戦までイメージしやすい。艦橋や機関室の位置を把握するどころか、侵入ルートまで計画できる。
「船上での戦いは事前に一回くらい経験としときたいわね。本番の前に、どっかでやる機会ない?」
「どうなんでしょう。レトナークの海は例の海賊が跋扈してますから、他の海賊はもちろん商船だってほとんど沿岸は通らないみたいです。演習がてらに襲える船は漁船がいいところじゃないですか」
「さすがに小型の漁船じゃ、演習にならないわね」
「ぶっつけ本番はさすがに厳しい。せめて船上戦闘が経験できるよう、中型船でもいいから手配してもらいたい」
「どうせなら中古の船を買っちまったらどうだ? 港を取るなら今後は使う機会もあんだろうし、海賊のせいで安くなってそうなもんだが」
買うのは良いんだけど、小型船ならともかく大型船舶を動かせるメンバーはウチにはいない。
買う場合には船を動かせる人を手配しないといけないから、そういった意味で船の購入計画はまだしてなかった。もしやるとするなら、船会社みたいのを人員丸ごと買い取って使う感じが楽だと思う。
「……そうですね、この機会に船くらいは探してみましょう。ついでに実物大のサイズで軍艦のハリボテでも作らせましょうか?」
「あ、それいいわね。でも軍艦は機密だから外注はできないわ。建設局にやらせてみようか」
「実際に稼働する船は無理だろうが、プリエネたちにかかればハリボテ程度は問題ない。わたしから話しておく」
ハリボテでも実物大サイズでシミュレーションできるなら、事前の訓練には十分だ。水に浮くなら完璧だけど、陸で使えるだけでもいい。
「今日のところはこんなもんね。どこの戦闘団に行かせるかは、今後のスケジュールを考えながらでいいかな」
「ハリボテ使った演習で、一番優秀だった戦闘団に本番やらせたらいいんじゃねえか? いつもは戦闘訓練で競い合うくらいだからな、たまには違うシチュエーションが欲しいだろ」
「名案だ。やるなら奇襲作戦の立案から各戦闘団に考えさせてみよう」
「面白くなってきましたねえ」
一つのイベントとして、内輪で盛り上がりそうな感じだ。
「さてと、そんじゃもう一個の話に移ろうか。ランチ済ませたら、さっそくやるわよ」
「あの話だな。面白そうだが今回は情報局が主体なんだろ?」
仕事自体は大した内容じゃないんだけど、グラデーナは興味を引かれるみたいだ。
「目的が特殊だからね。私やグラデーナが行っても、ほとんど見物するだけよ。私は一応、行くけど」
「ジークルーネはどうすんだ?」
「これから予定がある。残念だがわたしは見送りだ。行くならユカリ殿のサポートを頼む」
「そういうことなら、あたしも行っとくか。グレイリースの仕切りなら、こっちの出番はねえだろうが」
「余程の想定外がなければ、特に問題ないと思いますよ」
情報局に仕切りを任せ、私はたぶん見守るだけだ。でも現場は一種の特殊空間だから、実は私も結構興味ある。
「ちょっとばかし、わくわくするわね。なかなかやれる機会ないわよ? 『学園』に襲撃かけるなんてね」
「ははっ、違いねえ!」
新装備を手配し、意気揚々と襲撃計画を練っているところです。
そんな次話、「学園のスカルマスク」に続きます!




