雪解けからの速攻
せっかくの外国へのお出かけですが、目的は襲撃でした……。
冬季集中特別訓練と組織改革に多くの時間を使った私は、それ以外の仕事をあんまりやらなかった。
闘技場関連の会合で私が出ないといけないのには少し出たけど運営面は完全にお任せだった。会合自体も多くは他の幹部に代理を頼んでたし、闘技場が絡まない別件も同様。
ワンマン会長ならぬ丸投げ会長の誕生だ。まあ頼れるメンバーがいるってのは幸運なことで、全部を私がやってたら身体がいくつあっても足りないとも言える。
冬は暇な時期だからなんて考えで、この間にやっておこうと色々詰め込んだせいで結局は忙しさがいつも以上になってしまった。
訓練教官として過酷だった毎日や、組織改革にあたって連日のデスクワークと幹部会によって、蓄積したストレスは爆発寸前にまで達しつつある。
どうにかしないとってところで、いよいよ待ちに待った雪解けの時期だ。
まだ溶け切らない雪の中でも、今の私ならどこへだって行ける。
「そんなわけで、ちょっくらドンディッチまで行ってくるわ」
「まだ雪が残っていますから、長距離移動は難しくありませんか?」
「大丈夫。地平線の先まで積もった雪でも、まとめて吹っ飛ばすから」
仕事部屋でのティータイム。気分転換に外に出たいと思っても、庭園は春から整備予定だから何もない。おまけにどんよりとした空の下じゃ気分は晴れない。
最近は溜まったストレスのせいで、つい考えが乱暴になりがちだ。高級茶葉のエトワーレ・フェルトの芳しい香りでも、今の私の無聊を慰めてはくれないらしい。
テーブルを囲むフレデリカとジョセフィンは、そんな私に呆れ気味の様子ね。
「えーっと、それを止めはしませんが、あと二、三日待ってください。ちょうど報告に戻るのがいますから、最新の情報が得られますよ」
「そう。じゃあ出発の準備だけ進めとく。最新情報はいいとして、仕込みのほうは順調だったはずよね?」
「抜かりなく。少々騒がしくしても、お咎めなしで済む手筈です」
情報局が進めててくれたのは根回しだ。
西ドンディッチのタンベリーって街を仕切ってる、ユングベリ・ファミリーが今回の標的になる。客観的に考えて奴らは大きな組織で、こっそりと潰すことには無理がある。そこで根回しだ。
エクセンブラ闘技場に対する爆弾テロ未遂の首謀者には、きっちり報復しないといけない。普通に私たちの感情面でも、エクセンブラ三大ファミリーの一角として面子を保つ意味でも、これは必要なことだ。組織が大きくなると『メンツ』というのは譲れない要素になってしまう。面倒だけどね。
ただし、街で暴れるなんてのは当然ながら犯罪だ。しかも他国で。裏社会が仕切ってるエクセンブラやコネのある王都、崩壊国家のレトナークと同じようにはそりゃいかない。
そんなわけで、タンベリーの街の支配層に渡りを付けてもらってたんだ。
ユングベリ・ファミリーはその街だと大手組織らしいから、潰せば困る奴らがいる一方で喜ぶ奴らもそれなりに多くいる。
情報局がやってたのは、そういった利害関係の整理や調整と賄賂攻勢にほかならない。潰すべき対象の情報収集と並行してね。
「他国でファミリー潰しのお墨付きを秘密裏に得ているなんて、お金だけでは無理ですよね? よく実現できたものです」
「そこは潤沢な資金とユカリさんのコネ、あとは利害調整が上手く行った結果ですね。それに潰したほうが得になると分かれば、彼らは簡単に切り捨てますよ。シンプルで分かり易いじゃないですか」
「後釜までお膳立てしてんのよね?」
「残念ながら傀儡とまではいきませんけどね」
頷くジョセフィンから苦労は感じられないけど、実際には現地のメンバーたちには大変な苦労があったはずだ。
大手組織を潰したあとで、その代わりを務める奴らは権力者どもと仲良くできる奴らじゃないといけない。代わりが務まるほど大きな組織に対して、思惑に乗せるのは簡単にできるはずがないんだ。その具体的な絵図を描けたのが一番の功績と思う。
作戦が決まれば、私のコネが効いてくるって寸法だ。
ドンディッチは破滅から再生したブレナークと違って、旧態依然とした制度や風潮の強い国だ。
余所者の女の企みになんて、乗ってくれるような環境じゃない。いくら金をばら撒いた上で良い提案をしたからって、それだけで素直に事が運ぶことなんてあり得ない。
そこで使ったコネってのが、代理人だ。
エクセンブラの中央通りに店を構えるブーラデッシュ商会に、私は多額の出資をしてやってる。装甲車の開発と販売を手掛ける同商会は時と共に販路を広げて、今や外国との取引も日常茶飯事になってる。
当然のようにドンディッチとの取引もあって、その中から良さそうな人物を紹介してもらったわけだ。
ウチの資金と情報提供を元にした代理人が、さも仕掛け人かのように矢面に立ち、タンベリーの街のお偉いさんに根回しを実行していく。
野心ある代理人はこの仕事を成し遂げればタンベリーどころか西ドンディッチで大きな影響力を持つことができ、我がキキョウ会とも太いパイプで繋がることになる。
ウチとしてもユングベリ・ファミリーを潰すだけじゃなく、結果的に西ドンディッチの大物と化した人物と直接繋がることができる。
互いにとって利益になる、非常に良い関係性だ。
「敵を潰す段取りを付け、他国にコネクションを作り、おまけに経費まで回収できる算段がついていると。情報局には足を向けて寝られませんね」
「まったくよ。回収した資金に余剰が出た場合は情報局に回すわ」
「ずっと現地にいたメンバーに還元してやってもらえるとありがたいですね」
ジョセフィンが鍛えた情報局員の働きは見事なもの。お膳立てに加えて、経費の回収プランがあったのはさすがの一言だ。
なんでもユングベリ・ファミリーってのは結構な金持ち組織らしい。地下闘技場の運営でエクセンブラと利害の衝突があったことからも分かるように、大きな組織に相応しいシノギがあったわけだ。
私たちはドンディッチに進出するわけじゃないからシノギは奪えないけど、貯め込んだ現物になら手を出せる。
豊富な資金を持つボスは刀剣の収集家らしく、希少な魔導鉱物を名匠が鍛えた逸品から、歴史ある曰くつきの物まで多くのコレクションを抱えてるらしい。これを奪えば、かかった経費を帳消しにして釣りが出るほどの額に変えられそうなんだとか。迷惑料の回収もしたかったから、こうした分かり易い情報は助かる。
「ところでユカリ、今回は誰を連れて行くつもりですか?」
「そうね。たしか規模がでかいだけで、これといった特徴のない組織だったっけ?」
「ですね。警戒が必要な強者はいないですし、内部の権力闘争で強固な結束もないです。主要な幹部を始末できれば勝手に瓦解すると思いますよ。それに権力的な後ろ盾は根回しで動かない手筈ですからね。変に粘ることも無理だと思います」
「そうすると、あんまり人数はいらないわね。ヴァレリアは付いてくるだろうし、あとは……リリアーヌとポーラにしようかな」
リリアーヌとその配下のメンバーは移動時の魔法要員にちょうどいい。道中の雪をぶっ飛ばしてくれれば、移動がしやすくなる。リリアーヌの第九戦闘団は強力かつ多彩な魔法に定評があるから、単純な戦闘力以外の面でも頼りにできる。
そしてポーラはユングベリ・ファミリーに唆されて爆弾テロの実行犯になりかけたボイド組を潰した当事者だ。最後まで見届けたいだろうし、私が言わなくてもその気はあるだろう。
戦闘団長の二人に加えて、あと戦闘団から数人ずつも出してもらえば、十分すぎるくらいね。
「ま、普通に殴り込んで勝てる相手の上に、うるさい権力者も利権をエサに黙らせてる。余計なトラブルで面倒になる心配がないのは気楽ね」
せっかくの紅茶を美味しく味わうためにも、ストレスの発散を早くしたいもんだ。
これといった出来事もなく、二日後。
最近は誰かを本部で見かけると、適当に捕まえてお茶ばっかり飲んでる。一人でいると鬱屈した気持ちになりがちだし、ティータイムにかこつけておしゃべりでもしないと気が紛れない。
「先ほどフウラヴェネタから話を聞いてきたが、アイストーイ男爵からまた打診があったらしい」
「不良娘、ですか?」
「ああ。予想はしていたが、この冬の社交界であの不良娘たちが大評判だったらしい。窓口になっているアイストーイ男爵に話がいくつも舞い込んでいるようだ。わたしも参加した夜会で見かけたが、実際に目立っていたな」
あいつらか。追加で依頼があることは予想してたけど、いくつも舞い込む?
「不良娘なんて存在が、それほどたくさんいるとは思えないんだけどね。どうなってんのやら」
気づかないうちに不良ブームでも起こってるんだろうか。もしそうなら面白そうだけど。
「どうなのだろうな。ただ打診の中には、長期休暇の間だけといった話もあるらしい」
なるほど。本格的に性根を叩き直すような感じじゃなく、期間限定の塾みたいな感覚かな?
どんな形であれ、フウラヴェネタたち教導局が良しとするなら私は特に文句ない。別に断ってくれても構わないし。
今日のお茶の共はジークルーネとヴァレリアだ。ジークルーネは私の名代としてそこそこ忙しいみたいだけど、ヴァレリアは本業の私の護衛で出番がないし、回されてくる仕事もなく割と暇らしい。
不良娘の話に続いて冬の間に鍛えた見習いが春には何十人も卒業できそうだなんて話題にしばらく興じてると、神妙な様子のジョセフィンがやってきた。
「タンベリーから報告が届きました」
「なーんかありそうな顔してるわね」
例の街の状況は変わりなく、準備万端だって報告がくるもんだと思ってたんだけどね。
「ちょっとですね、面倒なことになりました」
テーブルに着くなり話し始めた情報局長に三人で耳を傾ける。
「結論から言いまして、代理人が殺されました」
おおっと。それは急展開だ。
根回しの動きを俯瞰して見れば、ユングベリ・ファミリーが標的だってことくらいは誰でも気づく。だからこそ、感づかれないように動いてたはずなんだけどね。
「誰にやられた?」
「ユングベリ・ファミリーの殺し屋です。根回しした権力者のどこかから漏れたみたいですね」
「そうか。だがこれまでの努力が無駄になったわけではないな?」
「代理人には部下が何人もいますからね。多額の賄賂も掴ませている以上、根回しがただちに無効にはならないです」
「お姉さま」
「うん、だったら有効なうちに片付けるわよ」
さっさと行って、さっさと片付ける。元からそうするつもりだったんだ。予定に変更はない。
野心家の代理人が死んで、その後を引き継ぐ奴によっては縁が切れるけど、そこはもうしょうがない。
一番の目的は敵に爆弾テロの報復をすることなんだ。そいつに集中しようじゃないか。
「ユカリさん、ユングベリ・ファミリーの一部は裏切らせることに成功してますんで、全滅は狙わないでください。現地のメンバーが案内しますから、標的だけ片付けたら戻ってくださいね」
「漏れた情報が気になる。意図的に漏らしたとすれば、ユングベリ・ファミリーに襲撃が読まれているかもしれない。罠には警戒して欲しい」
「そこも含めて探ってるみたいですから、現地に入る頃には判明してんじゃないかと思いますよ。ただですね、ここまで順調だったのに急な横やりは、どうにも嫌な感じがします。タンベリーの街は調べ尽くしたと思ってますけど、西ドンディッチの広い範囲だとまだまだ不明な勢力もいますからね、気を付けてください」
「なんだろうが受けて立つわよ」
もし賄賂を受け取っておきながら裏切った奴がいるとするなら、誰が相手だろうが敵だ。
国家の要人レベルなら軽々しいことはできないけど、地方で威張り散らしてる程度の奴ならどうとでもなる。キキョウ会の代理人を死に至らしめた責任を取らせないといけない。
「ジークルーネ、エクセンブラのことは任せるわ。ジョセフィンはもう進めてくれてると思うけど、海賊どもの調査に本腰入れてかかって。私は明日の早朝には出発して雑用を片付けてくるから。ドンディッチのことはそれでもう忘れたいわ」
せっかくの外国行きだけど、用事は襲撃だからね。のんきに観光できる感じじゃないから、その点だけは残念かもしれない。
ま、ストレス発散できれば今は十分。想定外の敵がいようが、かかってこい! むしろ上等だ。
翌朝にはポーラと第五戦闘団メンバーが五人、リリアーヌと第九戦闘団メンバーも五人、これに加えて情報局の案内人と戦闘支援団のメンバーが集まった。あとは私とヴァレリア。
各自が身に纏う墨色と月白の外套には、紫水晶のキキョウ紋だけじゃなく新たな装飾が光る。それぞれがちょっとだけ誇らしそうな雰囲気を醸し出しつつ、雪の照り返しを避けるためにサングラスも装着して威圧感をプラスした。
私は定番の墨色ロング丈Pコートで、胸元のバッジの金色が墨色に良く映える。その下の技能徽章もそう。牡丹の柄が入ったワッペンもなかなかイカしてると思う。
ヴァレリアは月白のダッフルコート、ポーラは月白のトレンチコート、リリアーヌは墨色のマント姿。かっちりしたシルエットと各種徽章にワッペン、背中のキキョウ紋も合わさって、みんなカッコいい。
他のメンバーもそれぞれの趣味に合わせた外套でバラバラなんだけど、どこか統一感がある。とってもいい感じで、いつもながらテンション上がる。
「道中の運転、頼むわね」
「なるべく飛ばしていきます。お任せください」
運転は戦闘支援団のメンバーにお任せだ。移動と車両や荷物の番は彼女たちがいれば安心して任せられる。
大型ジープが三台に、中型トラックが一台の編成で出発だ。
「雪を吹っ飛ばしながらの旅ですか……楽しそうですね」
おっとり風武闘派エルフのリリアーヌが、それはそれは楽しそうに言う。穏やかな微笑みからは想像もつかない武闘派の彼女はなかなかに頼もしい。
「ようやく黒幕を潰せんのか。待ちくたびれたぜ」
荒くれ者っぽい言動の目立つポーラだけど、カッコいい衣装のお陰でセリフまで大物っぽく聞こえるから不思議だ。ポーラやボニーのようなノリのいい荒くれは一緒にいて楽しいから、頼れる戦闘力以外の面でも旅のお供として最適でもある。
「さーて、いっちょ暴れに行こうじゃないの。ドンディッチのアホ共にも、キキョウ会の恐ろしさを刻み込んでやるわよ」
例えどんなイレギュラーが待ち構えようと、関係なく踏み潰す。
それができるだけの実力が私たちにはある。
あー、早く暴れたくて身体が疼くわね。




