冬の前に色々と
会議室に残ったフウラヴェネタと、ちょっとしたことを話す。
有料で請け負った不良娘更生事業の件だ。
「あいつら、ちょっともったいなかったかもね」
「契約ですから、仕方ありません。こうなるのは最初から分かっていたことですよ、ユカリノーウェ様」
「そうなんだけどね」
受け入れた不良娘は十人。受け入れただけで漫然とした時を過ごしたんじゃなく、見習い最終試験に挑むまで行ったのが十人中なんと六人もいた。
そんでもって、六人全員が合格したんだ。あの厳しい試験の合格者がだ!
まあ、最初のほうはサボってた娘もいたとはいえ、合計して三百日近くにもに及ぶ過酷な毎日の連続だったんだ。他の例を見ても標準的な成長速度ではあるけどね。
残りの四人は最終試験に挑むには実力不足と判断したらしいけど、それでももう少し鍛えれば試験に挑めるほどだったと聞く。
最初は微妙な感じだったはずだけど、本人たちの頑張りと教導局メンバーの仕事ぶりが現れた結果だ。本当に素晴らしい。
十人のうち、六人もが正規メンバーへ昇る資格を得ながら、それでもキキョウ会に入ることはない。
だってあの娘たちは有料で預かり、更生させることがウチの仕事だったんだ。実家に帰さないわけにはいかない。例え本人がウチに入りたいと希望してもだ。
せっかく更生した娘をウチがぶんどったんじゃ、親は何のために金を払ったんだってことになる。
酷い親なら更生よりも厄介払いのつもりだったかもしれないけど、最終試験に挑む姿を見てしまえばそうした思いも変わるだろう。見学会の最中には仲間と協力し合って怖ろしい魔獣を倒して見せ、その後の久々の対面じゃあ以前とは見違えるような礼節やマナーを身に着けてるんだ。
小娘らしい生意気な態度どころか、もう凄みを増した雰囲気さえ出てるからね。まるで別人になってる勢いで、そりゃ娘を見る目も変わるってもんだ。
私も多くのメンバーももったいないなと思ってるけど、これはこれできっといい。
キキョウ会イズムを叩き込んだあいつらなら、どこでだって生きていけるに違いない。強い女が増えるのは痛快な事なんだ。
それにあいつらは有力者の娘なんだから、どこかでまたウチと関わるかもしれない。その時にはたぶん、ウチに敵対する選択肢は選ばないと思う。有利になることはあっても、不利にはならない。
もし実家が嫌になったらウチに戻る道がないわけじゃないけど、それはなるべくしないようにフウラヴェネタから言ってもらってある。
有力者ってのは横の繋がりが広いからね。娘を取られただのなんだのと、つまんない風評被害を受けたくない。
それに、だ。
ウチの最終試験を突破するか、その手前まで行けた実力があるなら、親の命令くらい平然と跳ね返せる度胸や実力がついてるはずなんだ。
例えばどこかに嫁に行けと言われたって、気に入らないなら跳ね除ければいい。親の後ろ盾がなくたって生きている程度の実力はもう十分にある。要求を通すための交渉術だって講義じゃ教えてる。まさにそいつの発揮しどころだろう。
そもそも有力者は有力者の世界、カタギの世界で生きていけばいいんだ。わざわざ危険な裏社会の組織に入る必要なんてない。所詮、私たちは社会不適合者で行き場のない連中の集まりだってのを忘れるべからずだ。
なんにせよ今回は完璧に近い形で成功したと思うから、また有料での不良娘更生プログラムが仕事として入ると思う。具体的にはまだこれだからだけど、取りまとめのアイストーイ男爵が今回の実績を踏まえて次の話も引っ張ってくるだろう。
「これは予想だけど、これから冬の間は社交界が活気づくわ。あの不良娘どもはきっと話題になるわよ」
「ええ、間違いないかと。戦闘力では少し物足りない娘も、座学や礼儀作法の面では問題ありません。別人のように思われるでしょうね」
お嬢様やお坊ちゃまが通う学校じゃ、決して教えないような社会の裏側まで叩き込んであるんだ。訓練で死ぬほど苦しみ抜いた経験と合わせて、表面だけ取り繕った奴らとは経験値が圧倒的に違う。見習いの濃密な日々は、そんじょそこらの学校とは何十倍もの濃度の差がある。
「評判になれば、ほかの不良娘もどうにかしてくれって話が舞い込むわよ?」
「もちろんです。ですが、そこに留まらない結果を残したと自負しているつもりですよ」
「なるほど、不良じゃなくてもウチに入れたがるって? 言うわね」
その自信が心強いってもんだ。
実際には有力者じゃなくてもある程度以上の金がある家の娘は、普通に学園に通ってるからウチに放り込む余地はないと思う。
学校にも通わないような不良だからこそ、死ぬかもしれないウチに放り込まれるわけで、なかなか普通の娘までとはならないはずだ。
「フレデリカ本部長には期待通りの予算と局員の増加を差配いただけましたので、これから先も見合った成果をご覧に入れます」
「うん、期待してるわ。この秋にもまた見習いが増えたからね、次も頼んだわよ」
見習いだけじゃなく、春から秋にかけて大幅に正規メンバーが増えてる。
メンバー増で色々と不便になってることも目立ち始めてるから、私としてもそろそろ対応策を出さないといけない。組織の再編までは必要ないけど、ちょっとした制度を取り入れることはしていくつもりだ。まあ、やるとしたら冬の終わりあたりかな。
今後のざっくりとした話や雑談を終えると部屋の片づけに戻った。
引っ越し開始から数日。
まだ完全には終わらない中途半端な状況の中、研究開発局だけは速やかに全てを終わらせ、局長が旅立つ。
「シャーロット。金でもブツでも必要になったら、なんでも要望を送ってきなさい」
「もう使い切れないほど手配いただいていますわ。成果を出さない事には、わたくし帰れませんわね」
「その時はその時だ、努力に見合った結果が出るとは限らん。いつでも帰ってこい、シャーロットがいないと皆が困る」
「副長、ありがとうございます。わたくしのことよりも別命が上手く行くかどうか……そちらのほうが心配ですわ」
シャーロットは刻印魔法のレベルアップのために王都まで修行に行くけど、ついでにミッションを与えてる。
「いつまでも刻印魔法使いがあんた一人じゃ大変だからね。そろそろ弟子は必要でしょ?」
「そうだ。ユカリ殿から金に糸目をつけるなと言われていなくても、シャーロットの魅力があれば問題ない」
ミッションは単純。刻印魔法使いをスカウトしてくることだ。
情報によると修行先には女の刻印魔法使いが少数だけどいるらしい。シャーロットほどの実力と魅力があれば、普通に勧誘できると期待してる。
ただ、これは引き抜きになってしまうから、黙ってやれば先方の工房と揉めてしまうだろう。
だからこそ相手のほうからシャーロットに付いてエクセンブラ行きを志願させ、先方の工房には義理を通すための見受け金のようなものを支払う思惑だ。育てた弟子を横取りすることになるんだから、失礼のない建前と義理を通し、おまけに大金を払わないといけない。
こっちは修行させてもらう恩があるからね、単純に金で黙らすわけにはいかないんだ。
「簡単に行くとは思えないのですが……やるだけやってみますわ」
「その意気よ。春になってまた会えるのを楽しみにしとくわ」
「戻る時には王都に迎えをやるから手紙を出すように。達者でな」
束の間の別れだから大層な送り出しはしない。
シャーロットが修行に出ることは結構前から決まってた事でもあるから、先行して仕事は色々とやってくれてたし、ミニ送別会みたいなのもうんざりするほど何回もやってる。
王都までは研究開発局のメンバーが送り届けるから、私たちは事務所で送り出した。
希望に満ちた旅立ちを見送ると、昼過ぎにはニュートロンスターアンドロメダ号で六番通りに繰り出す。
悪目立ちしまくる爆音を轟かせながら、キキョウ会の会長はここにいるぞ、今から行くぞ、とそこら中に喧伝しながら移動する。
途中の甘味屋で話しかけられてあとで寄ると話すと、高級感ある店の前に乗り付けた。さっそく出迎えの店員が外に出てくる。
「いらっしゃいませ、会長。トーリエッタさんが首を長くして待っていますよ」
慣れた部屋に行くのに案内はなく、勝手に店の奥に行く。
服飾店ブリオンヴェストは二号店が中央通りに開店してるけど、トーリエッタさんは個人工房を変えるのが嫌なのか同じ場所に居座ったままだ。
「ユカリさん、待ってましたよ!」
「お待たせ。先にこれ、欲しがってた素材。お土産ね」
「おー、いつも助かります。そんじゃ、さっそく始めちゃいましょうか」
「いきなりね。じゃあ、なんとなくのイメージを伝えるから、それっぽい感じに頼むわ」
さすが趣味を仕事にしてる人だ。私の要望を楽しみに待ってたらしい。
要望とは闘技場で着るスタッフ衣装の相談だ。これをさっそく次の闘技会で実現させたい。
ふんわりしたイメージでも、トーリエッタさんなら期待以上に仕上げてくれるはず。
現状の普段着に赤い腕章を付けただけじゃ、手抜き感が否めないからね。
「全体的にはどんな感じです?」
「うーん、そうね――」
考えてたイメージをざっくりとした感じで伝えると、それを絵に起こしてくれて少しずつ具体化していく。
どうせなら普段とは全く違った装いにしたい。そうすると、ここはやっぱり和風で攻める。着物だと動きにくいから、弓道着を参考にしてみる。
「上衣の襟は折り返さず、右前と左前まですーっと繋がって伸びる感じと。これを重ね合わせて胸元を隠すんですね?」
「そうそう。ぶかぶかにならない感じでね。袖は肘の上くらいまででいいかな。闘技場は空調効いてるし、動きやすいのがいいわよね」
「前の合わせ目はどうやって留めますか? ファスナーかボタンか、きっちり留めないと屈んだ時に胸元がはだけますよ」
私のイメージだと帯を巻くか紐で結ぶ感じだけど、機能性だけを考えるならそっちのほうが良いかな。
「じゃあボタンで。でも見えないほうがいいから、隠しボタンにしといて」
「だいぶすっきりしたデザインになりそうですね。裾はどうします?」
「その辺はどうせ隠れて見えないから適当でいいわ。いや、ちょっと長めで膝上くらいがいいわ。動きやすいよう前後にスリット入れとこうか」
「どのみちパンツかスカートで隠すんですよね? 下はどんな風になるんです?」
袴をどうやって説明したもんかな。それっぽい感じなら細かいところはどうでもいいんだけど。
「うーん、ゆったりしたスカートみたいなズボンって言ったら分かる?」
「キュロットスカートを長くした感じですかね」
絵に描いてくれたのが、まさにイメージした通りだ。ちゃんと襞まで入ってる。
本当は上衣に帯を巻いて、帯の上から袴の紐を巻いて結ぶ感じだったと思うけど、本格的なのは私もよく分からないし複雑にして着用の仕方をレクチャーするのは面倒だ。簡易的なものでいい。帯や紐は使わず、着脱は誰でも説明なしにできるのが理想だ。
「ウエストのところはベルトじゃなくてアジャスターで調整できるのがいいわね。あと腰回りの左右に大胆にスリット入れてくれる? アジャスターの下にスリット入れて、そこから上衣が見えるように。ここ重要だから。そんでもって全体的にピシッとした感じになるように、なんとなく按配して」
「ちょっとファジーですねー。ちゃちゃっと仮で作ってみますんで意見ください。まだイメージ掴めてない感じしますので」
トーリエッタさんは適当な布をザクザク切って軽く縫い合わせると、僅かな時間でそれっぽい物を作ってしまう。
身体に合わせる感じで最初は作って、また手を入れたら今度は試着してみる。
「おおー、こんな感じで合ってるわ。だけど上衣はもっと身体の線に沿わせる感じがいいわね。ごつくならないように、むしろ丸みを感じるように。下はアジャスターの部分の幅をもうちょい広く取って欲しいかな。それとここよ、ここ! この横の隙間から上衣が見えてるのが良いのよ。もうちょい大胆にスリット入れてもいいくらいね」
「そうなんですか? 次はもう少しちゃんとしたのを作ってみるんで、ユカリさんはお茶でも飲んでてください」
お仕事モードに入ったトーリエッタさんは真剣だ。夢中になって作業に取りかかってる。
芸術的とさえ思える流麗な手さばきを飽きずに眺めてると、どんどん弓道着もどきができあがっていった。
「こんな感じでどうでしょう?」
着るまでもなく分かってたけど、さすがはマイスターだ。
私のいい加減なイメージを汲み取って、理想に近い形に仕上げてくれてる。
上下を着てみて、なかなかいいんじゃないかと思いつつ姿見で確認すると、ここで問題が。いや、前もって気づけよって感じだけど。
「身体の線が思ったよりバッチリ見えるわね……」
「とってもセクシーですね」
胸の出っ張りがちょっとね。セクシーというか、不格好に思える。
腹部に分厚く帯を巻いたり胸をさらしで締め付けたりすれば違うんだろうけど、どうしようかな。
「あー、そうだ。胸当て付けよう。それで隠せばいい感じになるかも」
今の仮の状態だと適当な布っぺらで作ってるけど、実際には上衣は月白の金属糸で作ってもらうつもりでもいるし、肌触りのいい裏地だって重ねて作るから、もっといい感じに質感も変わるし体型も少しは隠せるはずだ。胸当ても付ければ、カッコ良くなると思う。
「じゃあ、形はこれが基本でいいですか?」
「うん、本番は上をいつもの月白、下は墨色でね。あと左腕に赤いラインを入れたいわ」
闘技場のスタッフ章は赤い腕章だ。専用のユニフォームを作るからには腕章なんて要らないと思うけど、イメージは踏襲したい。
「赤いラインと。数日もらって二、三着試作してみますんで、それから本番に入りましょうか。これも全員分、特注にしますか?」
「今回は全員、同じデザインにするから特注まではいらないわ。サイズはそうね、五種類くらいで考えといてくれる? それなら時間も短縮できるわよね」
「そうですね。全体的にシンプルなんで、サイズも固定でいいなら、外套よりはかなり早く仕上げられると思いますよ」
会長特権で勝手に進めてしまう。
ああ、そうだ。ついでに外注スタッフの衣装も作ってもらおう。同じようなデザインで、ウチのメンバーとは色を変えればいいかな。超レア素材は使わないけど。
トーリエッタさんのところでなんやかんやと話し込んだあと、甘味屋でケーキをたくさん買わされてから新本部に戻った。
新本部の自室で書類を見ながら、目前にした冬の行事を思う。
冬の闘技会は秋のような無差別級的な勝ち抜き戦じゃなく、種類別にチャンピオンを誕生させることが先日決まったばっかりだ。
種類別ってのは苦心の末に捻り出したエクセンブラオリジナルだ。通常、闘技場でメインになってるのは大規模な勝ち抜き戦で、それ以外の時期には適当に組んだ対戦や、魔獣戦なんかを見せる感じらしい。
他と同じことをやっててもつまんないから、エクセンブラは違う事をやる。
ただ、種類別ってのもなかなか簡単にはいかない。種族の違いや魔法があるから、私が良く知るような体重別で階級を作る意味がほとんどない。武器と魔法が当たり前の世界でどう分けるかってなって、結局は武器別に分けようってことになったんだ。
これによって種類別にチャンピオンを生み出せることになる。チャンピオンの肩書は響きが良いからね、タイトルマッチをたくさん用意できるし宣伝効果が見込める。
剣だけでも武器の長さで三階級作るから、短剣使いと大剣使いが当たることはない。一回やってみて、色々とまだ調整は必要だろうけど、これは闘技者にとってもモチベーションになると思ってる。
もちろん秋の大闘技会におけるチャンピオンこそが最強の座となるわけだどね。
未定だけど闘技者だけじゃなく、守備隊やギルド対抗の集団戦なんかも面白いと思ってるけど、その辺は種類別の制度が軌道に乗ったあとかな。
冬で忙しいのはそれと賭博場くらいだから、関係部署には早く準備を済ませろと尻を叩く。
溜まった仕事が進んで消化していくのは気持ちいいもんだ。
それでもって大方を済ませたら、キキョウ会恒例の行事と行こうじゃないか!
不良娘たちのその後とシャーロットの旅立ちに触れ、ユカリの趣味に走った闘技場ユニフォームの話になりました。
闘技場関連は今後は少し話に出る程度で、少なくとも当分の間はメインの要素にはならない予定です。
次回「冬季集中特別訓練」に続き、キキョウ会は更なるレベルアップを図ります。




