気合注入、乙女の激励!
ボックス席から通路に出ると、思い付きを実行するべくまずは貴賓席に向かう。
歩きながら思うのはさっきまでの試合内容だ。
途切れない観客の熱い歓声からも分かるように、盛り上げるって意味じゃすでに成功してると思う。
フランネルと挑戦者たちの実力差がありすぎて試合としてはへっぽいもんだけど、フランネルが派手さを演出してくれてるからまだ見れる内容になってるってだけなんだけどね。
でもね、そこそこ派手さがあったって剣すら抜かせず終わったんじゃ、いくらなんでも寂しい限りだ。
たぶん最後のほうには必要ないのにサービスで剣を抜く展開もありそうだけど、もう興奮してる観客だって演出のひとつだって気づきそうなもんだ。特に後から振り返った場合、もうバレバレだろう。
せっかく出場してくれた挑戦者たちを悪く言うつもりはないんだけど、もうちょっとどうにかできたんじゃないかと思う。
大舞台の緊張はあっただろうし、相手のフランネルをリスペクトしすぎてることもあって、実力の半分くらいしか出せなかったんじゃないかな。
あんなんでも一応は冒険者ギルドと傭兵ギルドが推薦した期待の若手なんだ。実力はまだウチの見習いの中期程度でしかないけど、端々に感じる動きの良さは高い才能の片鱗を思わせた。もうちょっとやれるはずだと思う。
それに一回やったんだから、少しは慣れただろう。セカンドチャンスを与えてやろうじゃないかと私は思うんだ。
乱暴な事を考えながらロイヤルボックスの近くにやってくると、警備に就くオーロラ鉱の武具を身に着けた騎士の二人に話しかける。
どうやら私の事は知ってるみたいで警戒なく普通に目礼された。どっかで会ったことあるかなと思いつつ、一応の自己紹介をしつつ用件を告げる。
「私はキキョウ会の紫乃上よ。オーヴェルスタ公爵夫人に用があるんだけど、取り次いでもらえない?」
「すみません、レディはただいま立て込んでいまして」
そういや試合中でも忙しくしてるって話だったっけ。うーん、それじゃ仕方ないか。
「よろしければ伝言を預かりましょうか?」
「用件としてはオーロラトーチ騎士団の誰かを一人借りたかったんだけど」
「我々をですか?」
「フランネル団長に挑んでる挑戦者たちに、ちょっとハッパをかけたくてね。協力して欲しいのよ」
騎士二人の判断は早かった。
一人が扉の中に入っていくと、少しの間だけ置いてすぐ戻る。
「僕が同行します。レディから可能な限りの協力をと命じられました」
ロスメルタはともかく、騎士の対応がやけに親切ね。私がロスメルタと懇意なのを知ってるのと、闘技場の重要性をよく理解してるからなのかな。
とにかく協力してくれるならありがたい。
「助かるわ。それじゃ悪いけど付いてきて」
「それでどのような協力をすればいいのですか?」
「私の話に適当に合わせてくれればいいわ。特に何かする必要はないから」
不思議そうにする騎士に構わず、地下の選手控室に向かった。
急ぎ足で三階から地下に降りると、そのまま我が物顔で通路を進んで選手が控える部屋に入り込む。
移動してる間にも試合は進んでて、ここには試合を終えたらしき七人の若者が満足そうな雰囲気を出しながら休んでた。
部屋に入った私は事前に激励をしてることから顔見知りで、奴らは気安い視線を送ってくる。だけど私の後ろに続いたフランネルと同じような武具に身を包む騎士が現れると、途端に姿勢を正して立ち上がった。
私は黙って七人の若者を睥睨する。
無言でじっと見やること数十秒くらいか。居心地悪そうにした若者たちに構わず不満の視線を送ってると、大歓声が響いて少しの後に二人が部屋に入ってきた。グラデーナと試合を終えたばかりの八人目の若者だ。
「ユカリじゃねえか。どうかしたのか?」
部屋にいるだけなら労いにきたのかと思ったんだろうけど、私は不満を隠そうともせずに突っ立ってる状態だ。そりゃ不思議に思うだろう。
若者たちを残してグラデーナと騎士を通路に誘うと、私の腹積もりを伝える。
「エキシビションマッチはこれからが本番よ。グラデーナは急いでフランネルと審判長に伝えに行って」
「これからが本番って、もう試合は終わっちまったぞ」
「あんなしょぼい試合で終わったんじゃ、エクセンブラ闘技場の名折れよ。もう一試合だけ追加でやらせるわ」
「なんか策があんだな? そこに騎士の兄さんがいるってことは、お偉いさんも了解済みってことか。だったら話は早え、もう一試合あるって伝えてくるぜ」
今日の総括をするような雰囲気でマーガレットの実況が漏れ聞こえてくるけど、こんなんじゃ終わらせない。緊急追加マッチをねじ込んでやる。
ロスメルタの了解をもらってると言えばフランネルが断ることはないし、観客だって何が始まるのかと面白がってくれるだろう。
グラデーナが走っていくのを見送ると私と騎士は控室に戻った。
八人の若者たちは緊張の面持ちで私と騎士を見てる。
私は普段なら外に漏らさない身体強化魔法の発露をこれ見よがしに漏らしながら増大させる。定番の威嚇だ。
全然本気じゃないけど、若者たちが恐れおののく程度には力を漏らす。そうしながら騎士に「少しだけ黙ってて。そんで私の話に合わせて、こいつらをこきおろしてやって。もうこっぴどくね」と、こそっと言い聞かせておく。騎士は不思議そうにしたけど、神妙な顔で頷いてくれた。
馬鹿どもには意識を改めさせないといけない。エキシビションマッチは思い出作りの場じゃないんだ。
それになんだ、こいつらの綺麗な顔は。血の一滴も流れちゃいない。この場所をなんだと思ってるんだ、ここは『闘技場』だってのに。
こいつら全員、闘う前から英雄の名前を聞かされただけでもう負けてるんだ。
いや、負けるどころか瀕死の重傷を負わされてるようなもんね。まったく、情けないったらない。こんなんでも期待の若手だってんだから呆れる。
ウチの見習いで頑張ってる奴らのほうがハングリーさにかけてはずっと上だし、まだ見込みがあるくらいだ。でもどんなに情けない阿呆どもでも、今ここにいるのはこいつらだ。こいつらに頑張らせないといけない。
「さっきの試合、満足してんのはお前たちだけよ。観客は英雄フランネルの勇姿を見れて良かったと思ってるだけで、試合内容に満足して歓声を送ったわけじゃないわ」
辛辣に、だけど真実を告げる。
若者たちは明らかに私に恐れを感じながらも、褒められるどころか貶されて不満らしい。
「で、でもフランネルさんは善戦だったって……」
「あれで? あんな試合内容で、本当に英雄が褒めてくれたって?」
怒気を露にして、眠たいことをほざいた阿呆に近づくと平手で頬を張ってやる。強烈なビンタで盛大にぶっ飛ばされた若者は、頬をどす黒く腫らして血を吐き出した。口の中を切ったのだろう。
まさかの暴行に驚きから転じて敵意を向けてくる阿呆どもに、私は物理で気合を注入する。平等にね。血気盛んな若者なら、これくらいでちょうどいいんだ。問答無用で続けて事に及ぶ。
二人目をまた張り手でぶっ飛ばし、両手に水の入ったボトルを掴むと右手で三人目の頭をかち割り、左手で四人目の横ヅラに叩きつけた。砕けるビンと撒き散らされる水が血と混ざって床を汚す。
怯んだ五人目を足払いで転がしたついでに腹を蹴り、六人目の胸を前蹴りで壁まで吹っ飛ばし、七人目の胸倉を掴んで背負い投げると八人目に思い切りぶち当てた。最後には足元に倒れてちょうどいい位置だったんで、脇腹も蹴っ飛ばしておく。
ちょっとした戯れに過ぎないけど、全員が試合よりも重いダメージを負ったに違いない。
「少しは目を覚ましたらどうなの、ひよっこども。英雄フランネルが心底ガッカリしてることに、少しでいいから気づきなさい!」
ものの十秒で全員を叩きのめし、少しはいい面構えになるようにしてやる。
それに憧れの英雄の名を出されれば、こいつらは弱い。ここには私だけじゃなく、フランネルの部下だっている。
「オーロラトーチ騎士団の方、正直な感想をどうぞ。フランネル団長はあんなんで満足だった?」
ここぞとばかりに騎士に話を振る。
私の所業に明らかにドン引きしてた騎士だったけど、空気の読める男は一度咳払いすると意を汲んで語ってくれるらしい。そういや通路で警備をしてた騎士が試合内容を知るはずもないんだけど、そこは話を合わせてくれると期待しよう。
強いアイコンタクトで、さあ今だ、こき下ろせ! と伝えてみる。
「え、えー、残念ながら会長のおっしゃる通りでしょう。その、団長は今日の試合をとても楽しみにしていましたが、えー、あの内容ではギルドに苦言を呈するかもしれません。あー、頑張ってくれたことには感謝していますが、団長は良い意味でも悪い意味でも誠実ですから」
かなりの棒読みでそれっぽい事を語ってくれた。うん、芝居のセンスはないけど内容は合格点をやれる。
下手くそな芝居にも関わらず、若者たちは倒れ込みながらも大きなショックを受けた様子だ。
観客の盛り上がった反応やフランネルのリップサービスでいい闘いができたと思ってたら、私に情けないと激怒されてぶちのめされ、さらにはオーロラトーチ騎士団の人に酷い評価を聞かされたんだ。挙句の果てに大舞台に推薦してくれたギルドにまで英雄から苦言が呈されると聞いたんじゃ、そりゃあショックも受けるだろう。
だけど、そこに救いの手を差し伸べるのもまた私だ。黙り込んだ若者一同に向かって厳かに告げる。
「特別よ。英雄フランネルに話を付けてやったから、最後にもう一回だけチャンスをやるわ」
甘く希望を匂わせる言葉で興味を誘い、ここぞとばかりに言葉を叩きつけて気合を入れさせる。
「いいか! 少なくとも腕の一本や二本、取るか取られるかしてこい! そんで本当の意味で集まってくれた客を喜ばしてこい! 汚名を返上するラストチャンス、気合い入れてやってきなさいっ!」
ここまで言ってやれば、あんな情けないことにはならないだろう。本気で、死力を尽くす覚悟でやるはずだ。実力差が大きいんだから、そこまでしないとフランネルの本気を引き出すことはできない。
改めて気を引き締め直した奴らには、私から力を与えて進ぜよう。
「今からお前たちに回復薬と真の力を発揮できる魔法薬を与えるわ」
神妙な面持ちの若者たちには超複合回復で完全回復を遂げさせ、ついでに身体強化の魔法薬で地力にも下駄をはかせる。
魔法薬には若干の疑問を抱いたみたいだけど、有無を言わせぬ圧力でもって質問を封じ込む。余計な質疑応答を受け付けるつもりはない。渡してやって飲ませると、ルール説明をする。
「いい? お前たち如きひよっこが、いくら覚悟を固めたところで英雄には片手で捻られて終わりよ。だから、八人全員でやるのよ」
「お、俺たち全員で? それはいくらなんでも」
「ついさっき私にまとめてぶっ倒されたばかりでなに言ってんの、分際を弁えなさい」
こいつらにとっては私よりも英雄フランネルのほうが遥かに格上の存在だろう。だからこそ、全員でかかっても全然敵わないのだと想像できやすい。
期待の若手ともてはやされたところで、現時点じゃあ雑魚に過ぎないんだと自覚しろ。
「八人がかりで最初から全力全開、殺し殺される気で挑みかかってようやく剣を抜かせられるかどうかって実力差でしょうね。そうした自覚をもってやれば、多少は英雄に認めてもらえる闘いができるってもんよ。ねえ?」
「え、ええ。そうです。そうだと思います。団長はそうした強い意志を感じる闘いを期待しているのではないでしょうか」
「そういうことよ。今度また無傷で戻ってみなさい、そんな使えない奴は私が捻り潰してやるわ」
言いながら傍に置いてあった練習用の鉄剣を掴むと、柄の部分をテーブルに叩きつけて破壊した。ついでに鉄剣はバキリと二つに折り曲げて放り捨てる。斬れない代わりに頑丈さだけが取り柄の鉄剣を花を手折るかの如く扱えば、こいつらの尻にも火がつけられるだろう。
若者一同が緊張に凍り付いたような感じになってると、ここでグラデーナが戻った。
「おう、英雄様は休憩なんざいらねえってよ。すでに待ち構えて楽しみにしてるぜ」
「ほら出番よ、お前たち。英雄と観客を待たせるもんじゃないわ」
弾かれたように急いで武具を身に着け始めた若者たちを見ながらグラデーナに方針を説明すると、後のことは任せて私と騎士は戻ることにした。
途中、上手く話を合わせてくれた騎士に礼を言って、怒号渦巻く観客席に戻ると席につく。
「ユカリ殿の仕業だな? 追加の試合があるとアナウンスされて、会場は盛り上がりっぱなしだ。観客もやはりあれでは物足りなかったのかもしれないな」
「お姉さまの見立てに間違いはありません」
熱気に当てられて雰囲気だけは凄く良いんだけど、冷静に見たら誰にだって分かることだ。誰しも心の底じゃ不満を感じてたってことよね。
そこで予定外の追加マッチだ。腑抜けたあいつらも、次こそ少しはマシな試合を見せてくれるんじゃないかと期待だけはしておこう。
「皆様、お待たせいたしましたー! ここから緊急リベンジマッチの開始となりますーーーっす! なんと、ここからは英雄フランネルが先ほどの挑戦者八人と同時に闘う形式となります。これはさすがに無茶なのではないでしょうかー!? いかがでしょう、総帥」
「観客の皆さんもよく分かっているようだが、一対一ではフランネルと実力差があり過ぎた。ここからが面白くなるに違いないぞ、追加試合には俺も期待したい」
ふん、そうでなくちゃ困る。
あれだけお膳立てしたって、フランネルの勝利は揺るがない。だけど、少しだけでも奴の実力を引きずり出せれば、それだけでいいんだ。
その程度、やってみせろってのよ。




