本業の仕事ぶり
密輸品の取引が行われる現場近くに移動すると、そのまま待機。
案内役は別にやる事があるらしく帰ってしまったんで、ヴァレリアと二人だけだ。廃屋に隠れて破れた窓から現場を見張る。
街灯のほぼない夜のスラム街だけど、人はそれなりにいる。麻薬の売人と買い手が多いみたいだけど、暇なだけの奴も多そうだ。
治安が良くて裏社会の組織が大っぴらに活動できないはずの王都だけど、スラムは状況が別らしい。普通にヤバそうな雰囲気ね。
たぶん、大規模な裏の組織ってほどじゃなくても、小さなグループ程度の集団はいくつもあるんだろう。どういう理由でか、あえて見逃されてる連中が商売してるってことかな。
「お姉さま、きました」
ヴァレリアが示す方を見ると、路地に小型のトラックと随伴するジープが現れた。あれが標的だろうね。
二台の車両はちょっとした空き地で停まると、男たちが降りて周辺にいた奴らを追っ払ってる。あいつらは部門長に雇われた連中で、取引相手に物を渡す役割ってことらしい。
そうして少しすると、今度は一台のジープがやってきて合流した。物の受け取り側だ。危険なレトナークへの輸送を考えると護衛がジープ一台じゃ少ないように思えるけど、王都の外で仲間が待ってるってことみたいだ。
双方の全員が車両から降りて周囲を警戒、なかなかに物々しい雰囲気だ。
あんな連中が普通に王都に入ってこれるのは、それはそれでおかしい気がするんだけど、そこも手引する連中がいるんだろう。たぶん、それもビジネスになってるんだろうね。
集まった両者が対峙するような形になったけど、すぐに代表者と思しき奴が双方から進み出た。親し気に話す様子から、顔見知りでいつもの取引相手といった感じなんだろう。
ギルド側の男がトラックの荷台を開けて何かを話すと、レトナーク側の男が袋を差し出した。聞いたところによると、中身は金貨らしい。今時、現金とは珍しいけど、レトナークはもう国じゃないからレコードカードよりも現金が蔓延ってるのかもしれない。
「ヴァレリア、そろそろ始めよう。金とブツを奪うわよ」
「はい!」
密輸品と金を確保できたら、あとは逃がしていい。全員掴まえることもできるけど、そこまでは不要と聞いた。こっちとしても面倒が少なくて助かる。
気負いなく二人で破れた窓から飛び出す。
影のように、そして常識外れの速度で迫る私たちに奴らは気付けない。
ある程度近づいたところでロスメルタから貰った小道具を使う。別に使わなくても問題ないんだけど、せっかくだからね。
球状の道具をぶん投げると、着弾と同時に盛大に煙を噴き出した。これは煙幕を作る使い捨ての魔道具だ。たまにはこういうのも面白い。
「ごほっ、ごほっ、なんだ!?」
煙には弱いながらも麻痺の効果があるとかで、吸い込んだ奴らにはそれなりの効果を及ぼすはずだ。
もちろん毒ガスを無効化する外套を着た私たちには効果がない。普通に突入だ。
煙で視界は悪いけど、魔力感知で人の位置も魔道具の位置も丸分かりの私たちにはそれほどの問題はない。
先行したヴァレリアがいつものように、手前側にいたリーダーっぽい奴を真っ先に打倒してしまうも、視界を奪われた敵は無闇に騒ぐだけで状況に対処できない。
動きを止めないヴァレリアが手近な奴から打撃と投げ技で無力化していくのを感じながら、私は金貨袋を受け取った奴に近づくと殴り倒してさっさと奪う。
実力差に加えて完全な不意打ちなんだ。魔道具の効果も相まって簡単な作業だ。
痛みに呻く奴や慌てふためいて混乱する連中を尻目に、そそくさとトラックに乗り込んでしまう。制御キーが魔力認証だと面倒だったけど、旧式の普通の鍵だったおかげで問題なく動かせる。
そうしてクラクションを鳴らすと、響き渡る大きな音には全員が反応した。
視界を奪われた連中が音を頼りにわらわらと近寄ってきたけど無視でいい。ヴァレリアが乗り込んだら騒ぎを無視して出発だ。
リミッターを解除してないトラックは遅い。
普通の速度で走ってるから、急いで逃げるって感じにならないのが妙な感じだ。毒ガスゾーンはすぐに抜けたけど、追いかけてくる奴はいないようね。麻痺毒の影響で走れないんだろう。楽なもんね。
「第一段階成功ね」
「はい、余裕でした。正体不明の襲撃者で通せたと思います」
ふーむ、楽勝だ。旧レトナーク領の武装勢力相手なら、強盗やって手っ取り早く金儲けするのもありっちゃありね。
法的にも何ら問題にならないし、金を稼ぐついでの戦闘訓練にもなるし。あー、でも情報収集が大変か。
まあ今年はまだまだ忙しいし、来年以降の暇ができた時に考えてみよう。覚えてたら、だけど。
そのまま問題なく拠点に戻ると、ロスメルタは仕事中ってことだったんで私たちは普通に休む。
翌日になってから朝食を兼ねつつ話す事になった。
「昨日はごめんなさい。上手くやってくれたみたいね」
「あのくらいなら余裕ね。同じようなことを二、三回繰り返せば良かったのよね?」
「ええ、相手側の警戒は強まるでしょうけど、ユカリノーウェとヴァレリアちゃんであれば問題ないでしょう」
部門長の取引相手は複数いるらしく、昨晩の奴らが二度と取引しないとなっても、ほかの取引をターゲットにできる。それを順次潰して干上がらせるだけだ。
「スケジュールは決まってるとか言ってたけど、次の予定は?」
「密輸はまた明後日に予定されているわ。常識的には予定を白紙に戻して警戒するのが普通なのだけど、わたくしは強行するのではないかと見ているわ。そこのところは動きを見ながら、またお願いするわね。今日は別のことを頼みたいの」
「その辺はそっちに任せてるから別にいいわ。それで今日は何を?」
「度が過ぎる女好きを懲らしめて頂戴。二人まとめてね」
二人まとめてか。手っ取り早くていいわね。
「懲らしめるって、現場を押さえるってこと? 部門長と直接対決なら、回りくどくなくていいわね」
「ええ、正面から脅しに掛かっていいと判断しているの。以前から準備だけはしていたのだけど、このタイミングで手を回してセッティングさせたわ」
聞くところによると四人いる部門長ってのは全員が男だ。そのなかでも特に女遊びが好きで派手にやらかしてるのが、今回の二人。それをまとめて罠にかけるらしい。
地位も金もある男が女遊びをするくらい、よくある話なんじゃないかと思うんだけど、やり方が非常に悪いらしい。
例えば色町を使った接待の強要。色町の女は仕事だから別にいいとして、セッティングを強要された魔道具の代理店など取引先が頭を抱えてるんだとか。その頻度と高額さはバカにならない金額にまで積み重なって、しかも要求はエスカレートするばかり。困った業者は各所に相談を持ち掛けてて、大変なことになってるんだとか。
ただし夜の女相手だけなら、接待費さえ工面できれば問題なかった。その分、部門長が儲けさせてくれれば取り戻せる算段も付く。だけど度の過ぎる女好きはやってはいけない方向に行き始めた。
最初はある代理店の美人な女性従業員に目を付けたことらしい。
あの手この手を使って口説き落とそうとし、それが無理だと分かると権力を笠に着て強要し始めた。
それっぽい建前はあっても、結局のところはこれだ。
『あの女を差し出さないと、お前のところは取引先から外す』
これをやられてしまうと商売が成り立たない。二次店になって代理店から仕入れることや、別の街から仕入れることもできなくないけど、コスト面で現実的じゃない上にどうせバレて更なる嫌がらせをされる。
魔道具ギルドの部門長ともなれば方々に手が回るんだ。数人の関係者にちょっとした呟きを聞かせるだけで思いのとおりにできるから、証拠だって残らない。
調子に乗った奴らは一度味をしめると、さらに要求は遠慮が無くなる。
女性従業員への関係強要のみならず、取引相手の妻や恋人、さらには娘にまで色目を使い始めた。これにはさすがに激怒した業者が反旗を翻したらしいけど、部門長は逆らった業者を全部容赦なく取引先から外してしまったんだとか。
魔道具ギルドにとって、商売相手はいくらでもいる。苦情を出されたところで握り潰すか、逆に言いがかりだの名誉棄損だのなんだとの攻撃対象にして徹底的に潰しに掛かる悪辣さまである。魔道具ギルドは権威のある組織だから、確たる証拠がないと関係するほかのギルドや治安機構も動きにくいって事情もあった。
「……なるほどね。乱痴気騒ぎしてる場面に乗り込んでいって、冷や水をぶっかけると。そんでもって証拠写真でも突きつけながら脅す感じ?」
「事実を公表するといった脅しだけで言う事を聞くとは思えないわ。握り潰せると彼らは考えているでしょうからね、違う形で脅しましょう。ここはキキョウ会のネームバリューを使わせて頂戴」
意外なことを言い出した。ウチのネームバリュー?
「エクセンブラならともかく、王都の魔道具ギルド相手に通用するとは思えないんだけど」
「謙遜し過ぎていると思うわよ。キキョウ会は冒険者ギルド支部を潰した悪名高い組織として、物凄く有名なのよ? そのネームバリューを活かしましょう」
そう言えばそうか。すでに新しくなった冒険者ギルド支部とは和解してるし、エクセンブラじゃほかのギルドとも上手くやってるからね。ギルドと敵対して打ち負かした実績は使いどころがなかった。
でもあれは裏で手打ちを代診されて受けた形だから、表向きにはギルド側は敗北したとは認めてない。まあ所詮は建前だって分かる人には分かるか。
「それから、脅すと言っても交渉の余地があると思わせるのは止めておきましょう。基本的に自分たちは害されない存在だと勘違いしている連中だから、まともな交渉をするにはそれを取り払わないといけないわ」
「これまで好き勝手にやってこれたんじゃ、そんな勘違いもするのかな。じゃあどうする?」
「そうね……食い物にされた女性には、ユカリノーウェやヴァレリアちゃん、キキョウ会と仲の良かった人がいることにしましょうか。その恨みを晴らすといった筋書きはどう?」
証拠に基づいて公表するぞといった脅しと、個人的な恨みで殺すといった脅しなら、より脅威に感じるのは後者だろう。
それに私たちは女でもあるし、女好きを相手にするなら普通に脅すよりも殺すつもりの迫力がないとダメな気もする。話を聞いただけでも腹は立ってるし、怒ったふりをするにも苦労は少ない。
「恨みを晴らすってくらいの勢いなら効果はあるかな。命乞いをさせるところまで持って行けば、少しは懲りるだろうしね」
「懲りるかどうかは疑問があるのだけど……二人とも殺さない程度にお願いね。今日のところはそこまでで引き上げて」
初回は痛めつけて脅すだけか。交渉はまた後日やるとして、ロスメルタとしては脅された後の行動に気を配りたいらしい。
出番は夕方からってことで、それまでは休憩とした。
昼間のうちは暇だったこともあって、ヴァレリアとちょっと散歩や買い物に出たりもした。
そんな平和な時間が過ぎると、今度は荒事だ。
案内役の車両に乗って色町に移動した。
立ち並ぶ飲み屋や女のいる店、退廃的な雰囲気がありつつも、楽し気な空気に満ちた場所だ。
ここはカロリーヌが中心になって作り上げただけに、活気があって雰囲気のいい歓楽街のようね。
「ユカリノーウェ様、ヴァレリア様、到着しました。前方右手の赤い看板の店がそうです。ここでお待ちしていますので」
「ありがとう。そんなに時間は掛けないつもりよ。ヴァレリア」
「はい、行きましょう」
応えるヴァレリアはいつもの月白のダッフルコートだけど、今日はフードを深く被らせて、美少女っぷりをあんまり見せないようにする。いつもはショートパンツが多い彼女だけど、今日のところは私に合わせて黒のコンバットパンツだ。
私は墨色のロング丈にしたPコートを上着にして、ティアドロップのサングラスを装着してる。雷避けのリボンは外して、髪はそのまま流す。雰囲気重視だ。そして白銀の超硬バットの代わりに、鉄の棒を手に持つ。愛用の武器は今回は持ってこなかったから急造だ。
ヴァレリアはともかく、私の恰好はかなり不穏な雰囲気を撒き散らしてると思える。
車両を降りると、さっそく複数の視線を浴びながら目的の店に向かう。
高級店らしく店の前には黒服がいたけど、こいつらにはロスメルタから手を回してもらってる。ロスメルタの紋章を見せて互いに軽く頷くと、そのまま店に乗り込んだ。
店に入るとここにも案内役がいる。こいつにもロスメルタの紋章を見せると、それだけで用件は通じる。
「先方は一番奥の個室にいます。こちらへ」
薄暗い店の中には客はそれなりにいる。だけど、高級店のためか個室か半個室といった構造で、通路を歩いてる分にはほとんど誰の目にも触れたりしない。このため特に騒ぎにもならず、ずんずんと進んでいく。
この店はいわゆるキャバクラのような店で楽しく酒を飲む感じの場所らしいけど、気に入った女がいた場合には交渉して場所を変えるそうだ。奴らはその辺のルールもお構いなしに振舞うらしいけど、今日のところはまだ時間も早いしそこまで羽目は外してないだろう。
「あちらの大部屋です。キャストには何も知らせていないので、荒事の前に部屋から出してもらえますか?」
「心配無用よ。私たちが出るまでは誰も近づけないように」
荒事を起こすのは店側も承知の上だ。
ロスメルタはブレナーク王国で随一の権力者だけど、それだけじゃなく色町の立て直しに大きく寄与した人でもある。
実務はカロリーヌが取り仕切ったけど、それを主導したのは雇い主のロスメルタだからね。色町で働く人たちはロスメルタに大きな恩があるから、彼女の要望とあれば大抵の無茶は通る。それに去ったとはいえカロリーヌだって恩人なんだ。そのカロリーヌが所属する我がキキョウ会のことだって、無下にはされないと思う。
「ヴァレリア、私が脅しに掛かるから女たちは適当なところで外に出してやって。あとは相手の出方次第ね」
「お姉さまにふざけた態度をとったら、わたしが思い知らせてやります」
「それもいいかもね。じゃあ、入ったらとりあえず扉は締めて」
ガチャっと分厚い扉を押し開くと、上客のための部屋らしく、金の掛かってそうな内装だ。
大きなソファーと一枚板のローテーブル。壁際に並んだ調度品なんかを見ても、ムーディーな照明さえなければ店にきたというよりはどこぞの応接室にでも入ったような感じだ。
部屋の中の人数は多い。
男が六人、内二人が魔道具ギルドの部門長で、残りの四人はセッティングした関係者だ。それと女が八人も。
顔写真で誰がターゲットかあらかじめ分かってるけど、パッと見た配置だけでもそれと知れる。
不意の闖入者に唖然としたのは、ターゲットの二人と女たちだ。仕掛け人側の男たちも下手な演技で驚いたふりをする。
鉄の棒を握った私が進むと、背後でヴァレリアが戸を閉める。
女だてらに黒づくめの厳つい恰好、それとサングラスに鉄の棒を持ってるのは誰がどう見ても異常だろう。
「だ――」
誰だ、と言おうとしたんだろう。声に被せるようにして、鉄の棒をテーブルに叩きつけた。
安物とは違う高級品のテーブルは簡単に壊れたりしない。それを一撃で破壊してから、今度は部門長の片割れに鉄の棒を突き付けた。
「お前がエリンのカタキで間違いないわね? ケジメ、取らせてもらおうか」
「エ、エリン?」
部門長に手籠めにされた女の名前だ。別に死んでないけど、商会はもう辞めてるらしい。ロスメルタが手を回して本人の了解のもとに復讐の代行だ。
「シラを切ろうっての? もし忘れてるんだとしたら、思い出させてやらないとね」
冷たく言いながら、いきなり棒を膝に叩きつけた。
物事は最初が肝心。甘い相手と侮られる前に行動あるのみ。
突然の容赦ない蛮行に、部門長の片割れは声にならない悲鳴を上げてのたうち回る。
完全にこの場を支配した私は更なる蛮行を続ける。まずは泣きわめくうるさい奴の腕を掴むと壁際に放り投げた。
もう一人の部門長は顔を引きつらせてグラサンに鉄棒姿の私を見上げる。
いい感じの入りにできた。この分ならスムーズに進められそうね。
個人的には何の恨みもないけど、必要だからやる。
当然だけど、私には悪を裁こうなんて気持ちはこれっぽっちもない。
私の望み、キキョウ会の望みを叶えるためだ。
どこの誰が相手だろうと必要な事をやるだけだけど、相手が悪党なら気が楽なのはたしかね。
そう言う意味じゃ、こいつらが悪者であってくれてこっちも助かる。




