新たな相棒と儲け話
王都の近くにまで行ってしまったけど、普通にUターンしてエクセンブラに戻る。
帰りも絶好調にかっ飛ばした。
完璧だ。ブルームスターギャラクシー号はもう完璧だ。こいつはもう、大陸どころか世界を制するマシンだ!
「……うん、凄い化物を作ってくれたもんだわ」
これさえあれば王都くらいならちょっと出掛ける程度の時間で行き来できてしまう。
多分だけど、街を出てからは往復で二時間も掛かってないから、そうすると……。ヤバいわね。冗談じゃなく、世界最速だと思う。
魔道具に速度制限を掛けてる連中からしてみれば、許し難い暴挙ってことになるだろう。これはちょっと秘密にしておかないと確実に面倒事を招く。今のところは私とドクだけの秘密にしておこう。
どのみち私と同等の力量がなくちゃ乗りこなせないし、車体だって私が超強化したパーツやドクが積み上げた技術がないと作れないけどね。
ちょっとしたドライブ程度の時間でエクセンブラと王都間を往復すると、ドミニク・クルーエル製作所に戻った。
豪快な音を立てながらガレージに入ると、若手の職人たちの羨ましそうな目に出迎えられる。
ふっ、このモンスターマシンに乗ってみたいと思ってるんだろうけど、これは私専用だ。諦めるがいい。
「どうだった!?」
作ってくれたドクは私の嬉しそうな表情を見て成功を確信してるみたいだけど、それでも訊かずにはいられないらしい。
その問いにはとびっきりの笑顔とサムズアップで答えてやった。
「おおっ! どのくらいの速度が出たか教えろ、それと車体を早く調べたい」
ご老体が興奮しては身体に毒だろうに。まったく。
あまりにもぶっ飛んだ凄まじい性能については、若手の職人には聞かせないほうが良い。どこから漏れるか分かったもんじゃないし、奥に行ってドクだけに話す。
試乗で王都まで行ったことを話すと、さすがのドクも予想以上だったらしく、驚くよりも呆れ気味だ。
「王都まで往復……お前さんがここを出て行ってから二時間ちょっとしか経っとらんぞ。にわかには信じられんな。だが、お前さんが下らん嘘を吐くはずもないか。そうすると、スピードメーターの上限はいじっておいたほうが良さそうだな」
時速にして七、八百キロくらいは確実に出てたと思う。マッハにはまだ遠いけど、移動用の魔道具としてはトンでもない性能だ。
「いやー、さすがに私も驚いたけどね。夢中になってたらあっという間に王都の近くだったからさ」
「よくも乗りこなせるものだな……まったく、お前さんにはいつも驚かされる。しかし、それだけ飛ばしても車体に何の問題も感じなかったのか? 魔力は?」
「全然余裕だったと思うけどね、車体はちょっと調べてよ。問題なかったら、そのまま乗って帰るし」
「待て。そこまでの無茶をしておいて、ちょっと調べる程度で済むか。バラして全部のパーツを点検するから、渡すのはそれが終わってからだ」
安全を考えればそれも仕方ないか。ドクが想定する速度を大幅に上回ったみたいだしね。
「残念だけど分かったわ。そういや、中型車のほうはどうなってんの? 仕上がってればそっちに乗って帰りたいんだけど」
「とっくにできとる。そっちは好きにしろ」
「なんだ、それなら早く教えなさいよ。開発費のほうはどう? 足りてる?」
「前にもらったのがまだ余っとるし、当面は問題ない。売り上げも伸びとるしな」
閑古鳥が鳴いてた、かつての製作所はもうない。
主にキキョウ会メンバーがカッコいいバイクの発注に多く訪れてるし、その雄姿を見て憧れた一部の趣味の良い奴らもここを訪れてることもあって、割と盛況なんだ。
ドクはブルームスターギャラクシー号の開発以来、新しい技術の研究にも余念がないから、そういう意味でも頼もしい。
モンスターマシンは改装を重ねて最高の出来になったと思うけど、ここがゴールじゃなくてさらに先を目指すって意味でもドクの心意気は頼もしいものがある。だからこそ私はスポンサーとして金を躊躇なく投じることができるんだ。
「足りなくなったらいつでも言って。そんじゃ、新車に会いに行こうか!」
新たな出会いにまた心がときめく。今日は良き日だ。
私の物となった二号機を快調に走らせる。
全身を伝わるテンションの上がる振動と新品のシートは誂えたような乗り心地だ。
六番通りをゆっくりと流すのは中型のバイク。全体的にはブルームスターギャラクシー号をコンパクトにした雰囲気のクルーザータイプだけど、随所にドクの新たな研究成果が見られる。
小さくなった影響もあるけど、魔力効率の上昇や空気抵抗の軽減なんかも実現されてるらしい。モンスターマシンのような内に秘めた暴力性は感じられないけど、乗り心地は最高だ。コンパクトなだけあって、取り回しもいい。
ブルームスターギャラクシー号は黒と銀のパーツで構成してたけど、新しいこいつは鮮やかな青と金のパーツで形作られてる。これはこれでカッコいいし凄く目立つ。
こいつにも相応しいネーミングをしてやらないとね。あとでじっくり考えよう。
上機嫌で本部に戻ると、もう夕方だ。
新車を見たメンバーからの質問に自慢げに答えながら一日を終えると、夜にはヴァレリアやグラデーナたちが訓練から戻ってきた。
「お帰り、みんな」
「お姉さま!」
妹分のタックルを華麗に受け止めると、まずは森に籠り続けた訓練の疲れをねぎらう。
十五日程のサバイバルな集中訓練だから、かなりの疲労があるはずだ。
みんなに風呂にでも入ってこいと言うと、残ったヴァレリアとグラデーナの調子を探る。
「うん、雰囲気で分かるわ。いい感じに仕上げてきたわね」
「まあな、久々に没頭できただけの成果はあると思ってる。だがよ、例のアレは上手くいってねえ」
極限を破るの身体強化魔法、闘身転化魔法のことね。グラデーナでもまだ無理か。ヴァレリアに目を向けても、こっちも申し訳なさそうな感じだ。
「ジークルーネも難しいって言ってたからね、すぐにやれるもんじゃないと思うわ。これからの通常訓練じゃ、魔力感知に時間を割いてもらうのがいいかもね」
「それはいいが、手が届きそうで届かねえ感じだ。なあ、ヴァレリア」
「はい、もう一段階の成長が必要と思いました」
そんなもんか。まあ私だって、トコトンまで自分を追い詰めた果てにあれに至ったんだ。いくらコツが分かってて教えても、そう簡単に真似できたりしないってことなんだろう。
「じゃあ、冬季の特別訓練の時を目標に設定し直したほうがいいかもね。それまでは他のみんなにも同じようにレベルアップしてもらうとして、冬には地獄を見てもらおうか」
明確な目標があるのは良いことだ。教官役としても気合が入りやすい。私も教える側として、もうちょっと何かないか考えてみよう。
「おいおい、ユカリ。お前のそれはシャレにならんからな……まあ、あたしも使えるようにはなりたいし、それまでにせいぜい鍛え直すとするか」
「わたしも頑張ります」
「うん、あんたたちも疲れてるだろうし、お風呂入って今日はもう寝るといいわ」
素直に事務所を出て行く二人は、表には出てないけど疲れは相当溜まってるはずだ。彼女たちはみんな、明日はオフの予定だからゆっくりと休んでもらいたい。
入れ代わりにまた別のメンバーが訓練に出て行くけど、こっちはこっちでまた頑張ってもらおう。
翌日も通常業務の私は時間を作っては街をニューマシンで乗り回し、仕事をこなしながらも充実した一日を送った。
そして迎えたアイストーイ男爵との再会の日。
時間はいつでも大丈夫ってことだったんで、午前中に雑務を終えて午後から行く事にした。
今日の同行者は久々に一緒にお出かけのヴァレリアだけだ。前回は一緒だったジークルーネとジョセフィンは別の仕事で忙しく、今回は同行しない。別に大した用事でもないからね。
命名未定のニューマシンの後ろにヴァレリアを乗せると、爆音を奏でながらの訪問だ。
近所迷惑をものともせずに貴族街を走る度胸は、私のような型破りの趣味人じゃなければ無理な所業だろう。でもこれは意外と良い効果があるんじゃないかと思ってる。
特徴的な爆音はキキョウ会の紫乃上がここにいるぞ、今からいくぞと大々的に宣伝してるようなもんで、迎える側にしてみれば心構えができる。なんて親切なんだろうか。我ながら気遣いと優しさに溢れまくってるわね。
目的地の男爵家に到着すると、前と同じようにして執事の出迎えを受けてから中に入る。
これまた前回と同じ応接室に入ると、私は椅子に腰を下ろし、ヴァレリアは護衛らしく背後に陣取る。その必要はないと思うけど、ヴァレリアの好きにさせておく。
そうして待つことカップの茶を半分ほど減らす程度の時間。
「お待たせして申し訳ない。おや、今日はまた可愛らしいお嬢さんをお連れですね」
「こう見えても私の護衛よ。エクセンブラの守備隊程度なら、たった一人でも全滅させられるくらいには強いからね」
冗談と受け取るかもしれないけど事実だ。男爵がどう思おうが別にどうでもいいけど。
「……それはそれは。娘と同年代の娘さんかと思いましたが、一筋縄ではいきそうにありませんな」
平然とした私の説明とヴァレリアの態度、それと噂に聞くキキョウ会の実力を考慮した結果か、どうやら男爵は本当のことだと考えたらしい。神妙な態度と若干の緊張を匂わせた。
「殴り込みにきたわけじゃなし、心配無用よ。それで、前に言ってた別の相談だっけ? なんか調整するって言ってた話を聞きたいんだけど」
男爵は不良娘をウチの見習い教練に放り込んで性根を叩き直して欲しいと望み、見返りに一千万ジストを出すと言った。これについては前向けに検討した結果、教導局長のフウラヴェネタも予算が増えるならと乗り気だったこともあって、キキョウ会として正式に受諾する運びとなった。今日はその返事をするつもりだ。
だけど男爵は追加の相談をしたいとも言ってた。追加ってことは、この教育に関することについてだと思うけど、さて何を言い出すか。
「はい、ここ数日はその調整をしておりまして、話がついたところです。実は不出来な息子や娘に困っているのは当家だけはない、と言えばご理解いただけますかな」
「……分かるけど、それは困ったわね」
要するにアイストーイ男爵の不良娘だけじゃなく、ほかにも子育てに苦戦してる家があると。そんでもって、同じようにウチに放り込めばなんとかなると考えたってことか。
「まず言っとくけど、ウチは女の組織だから息子は引き受けられないわ。それに何人いるのか知らないけど、一千万ぽっちで何人も引き受けるんじゃ割に合わないわね」
「女子に限るというのは承知しました。しかし、一人につき一千万ジストであればどうですか? 男子を除いても十名は候補がいます」
十人も? そうすると一気に一億ジストが手に入る。臨時収入としてそれはかなり大きい。
「その人たちとは金を含めた諸条件についても話はついてるってこと?」
「まだ詰める必要はありますが、概要と金額でおおむね合意は取れています。引き受けて頂けるなら、取りまとめと徴集はこちらで代行しましょう。ただ、これまでの交渉も含めて、それなりの負担がありまして。少しばかりこちらでも回収させていただこうと考えています。要するに仲介料ですな」
こいつ、自分の不良娘をどうにかするついでに、ほかを巻き込んで完全にビジネスにしてる。
凄い商魂だ。私たちだけに金を流すんじゃなく、自分でも利益を上げようとする度胸と根性がむしろ信用できると思わせる。上手いわね。
「当然ながら、勝手に一枚噛ませていただくことに対する礼儀はあります。新しい提案をお聞き願いたい」
色々と飛び出してくる話に少し呆れる。
「まだあるっての? まあ、面倒事じゃなければね。それで?」
「教育の過程を一部で良いので、見学させてはいただけませんか。こちらも無論、有料で。噂に聞こえるキキョウ会の教育を見たいとする声は多いですからな」
見物料か。見世物にされる側はたまったもんじゃないと思うけど、それと知られないような工夫があれば別にいいかとも思う。
それにひたすらコストだけが掛かり続ける教育の過程で利益を生むシステムができれば、正規メンバーをまだまだ増やしたいウチにとって非常に有益な気がしてきた。
ふーむ、儲け話ってのは聞いてていいもんだ。つい、乗り気になってしまう。
「……検討に値すると思うけど、そこまで行くと私の一存だけじゃ決めにくいわね。教育部門を任せてるメンバーにも話すから、そっちの返答を聞いてから改めて返事をするわ。でも、普通の座学や訓練は地味だし、見ても面白味には欠けるわよ? 最終試験ならそれなりに見応えはあると思うけどね」
「こちらとしても全てを詳らかにして欲しいとは言えませんからな。許容できる範囲、もしくは見せても構わないとするところを見学させていただくだけでも良いと考えています。して、参考までに最終試験とはどのようなものでしょうか」
見学希望者の要望に従って、見たい場面を見せるとなるとかなり面倒に思える。最終試験に絞って見学を許す形式なら、ウチの負担は少ないんじゃなかろうか。現時点ではそう思えるけど。
うーん、どうするにせよやっぱり一度フウラヴェネタに相談ね。
「えー、最終試験ってのは、見習いを卒業するために合格が必要なまさに最後の実地試験よ。それに合格できれば、晴れてキキョウ会の正規メンバーに昇格できる最後の段階ね。野外でやる厳しい試験だから見応えはそれなりにあると思うわ」
「なるほど。それであれば途中の段階が見られなくとも、最終的には必ず通る試験となるわけですか。娘が試験に臨む時はもちろん、その前に一度は見ておきたいとなりますな。いや、キキョウ会の注目度は凄まじいですからな、野次馬根性を持った貴族は存外に多いのです。口コミでも噂が広がるようであれば、需要は十分に見込めるかと」
たしかに、ウチはいい意味でも悪い意味でも目立ちまくってる組織の筆頭だ。どんな形であれ、正式に見学会のようなものが開かれれば、参加したいとする人は多いような気はする。
それに客観的に見た場合、訓練の様子はある程度のエンターテインメント性もあると思う。常軌を逸した厳しい試験は、遠くから見るだけでも凄い迫力があるはずだ。
「受け入れてやった不良娘がその段階まで進めるかどうかって問題はあるけどね。まあいいわ、私としては面白い提案だと思うけど、返事はまた後日に」
「提案は書面にもまとめています。こちらをどうぞ」
準備の良い奴だ。
チラッと何が書かれてるか見ると、需要や見込める利益なんかの具体的な数字まで記載されてるらしい。興味を引く内容だ。感心するわね。
「最悪、提案は却下するかもしれないけど、男爵の能力は覚えておくわ。行くわよ、ヴァレリア」
不良娘を数人くらい放り込むことについては問題ないと思うけど、見物に対しては反対意見もあるかもしれない。
だけど儲け話となれば、関心は高くなる。それに見習いの訓練過程をお偉いさんに見せることは、ウチの実力を印象付けるいい切っ掛けとも考えられる。色々と新しいコネもできそうだし、金も入るし、総合的に得は多く損がないと私は思う。
ニューマシンで爆音を奏でながら戻ると、さっそく関連部署に話を通した。
パワーアップしたブルームスターギャラクシー号は、人間離れした搭乗者に相応しい性能になったのではないかと思っています。乗り物の速度が普通では物足りないですよね。
そして何気なく修行中だったヴァレリアとグラデーナが戻りました。
新しい金儲けの話も出て、当面は見習い教育を軸に色々と並行して進めてゆく予定です。その後から闘技場メインの話になると考えています。
次回はキキョウ会メンバーとお話合いをします。
のんびりとした展開がしばらく続きますが、ゆるりとお付き合いいただけますと幸いです。




