一騎打ちの趨勢
帝国の王子が掲げる魔道具の剣。
重力魔法のようなそれの発動体となった鈍器の剣は、普通の武器を遥かに超越した重さになってるはずだ。
繰り出されるスピードも相まって、受けたものはそれが何であろうと粉々に砕かれてしまうだろう。
どんな防御力があっても個人の装備程度じゃ、あれの前には意味をなさない。
ひょっとしたら結界魔法すら一撃で魔力を食い尽くしてしまう威力かもしれない。たった一人が引き起こすとは信じがたい攻撃。
でもね、威力の高さがあだになる場合だってあるんだ。
「ぶっ潰す! 勝つのは私だっ」
砕くというのなら、砕かせてやろう。
獰猛な笑みを浮かべながら吠えてやった。
迫る超重の剣に対するは乙女の剛拳だ。
もちろん無策じゃない。素手で普通に殴ったんじゃ、一方的にやられるだけ。いつもとはちょっとどころじゃなく違う。
気合十分。最後はこっちからダッシュで肉薄すると、満を持して神剣が振り下ろされた。
やるべきことは真っ向からのストレート。
私を砕かんとするそれを目がけて、渾身の一撃を放つ。
そして突き出した肘から先、腕にかけた魔法が発動した。
強固なイメージに従い、繰り出す右腕が鉱物に置き換わる。
血肉が吹っ飛び、押しのけて代わりの腕と化す。
ボロボロの半袖から見える腕が、病的に白い色からラブラドライトのような輝きに変わった。
「ああああああああああああああああああっ」
絶叫しながら、あらゆる負の感情を闘争心で燃やし尽くす。
外に向かって魔法が使えないなら内側で使えばいい。簡単なことだ。
魔力干渉の問題で他人の身体には決して及ばないけど、自分自身であれば話は別。覚悟さえあれば。
瞬時に右腕の血肉が弾け飛んで虹色に輝く腕が出現する現象とは別に、もう一つの魔法も具現化させる。
時間がないから完全にはできないけど、防御だってどうしても必要だ。さもなければいくら頑丈な私でも、これから起こる事態には耐えられない。
皮膚の下の肉を押しのけるようにして、体内に対衝撃装甲を生成。
高度に衝撃吸収性と反発性、耐熱性を兼ね備えた合金だ。身体の中に無機物が出現する忌避感と激痛に気が狂いそうになる。
いや、もうすでに狂ってるのかもしれない。口元に笑みが浮かぶのが分かる。
無理矢理に生成した装甲は防御力自体はそれほどじゃないけど、私の思い描く用途が上手く発揮できれば、これでなんとかとなるはず。分の悪い賭けに等しいけど、ほかに手がないから仕方ない。
総じて切り札でも何でもない、ただの苦肉の策。二度とゴメンだ。
瞬間的な魔法行使とほぼ同時に接触。
異次元の重さと速度を誇る神剣と、虹色に輝く乙女の剛拳が激突した。
刹那の思考で最期を見届ける。
ラブラドライトのような不思議な輝きは希少な魔導鉱物。光の干渉によって虹色に輝くノヴァ鉱石だ。
大陸中を見渡しても採取例の極めて少ない本物のレア鉱物。そしてその特性を知る者も極めて少ない。
比重と硬度の高さは最高クラスにあり、なにより尋常ならざる圧力が加わった時にのみ起こる大爆発は、私がたまに起こす以外じゃ類例もまずない。
こんなものを自由に使える能力は、誰にとっても想定外。至高の装備といえど、これの爆発に耐えられるかどうか。
王子様、大爆発を仲良く一緒に食らってみようじゃないの。
この私からのお誘いなんだからね、喜んで受けてくれるだろう。
果たして神剣と激突したノヴァ鉱石の拳には激烈な圧力が押し寄せる。
超重にして超硬を誇る鉱石が弾け、そして。
大爆発が私たちを包み込んだ。
――気を失ったら終わりだ。
爆発を至近距離で受けて真っ白になりかける意識を保つ。
気合と根性を超越した精神力。あと少しだけ、ほんの数秒だけでいい。
圧し掛かるダメージの強烈さに、身体の半分が砕け散るかのようだ。確認はできないけど、比喩でも例えでもなく五体満足でいられるはずはない。
確定事項として、ノヴァ鉱石と化した右腕は丸ごと吹っ飛んでる。顔面は左腕でガードしたけど、それだけじゃ万全の防御には程遠い。
ノヴァ鉱石が引き起こす爆発は普通の爆薬を遥かに上回るんだ。
ただの爆発でも現象として凄まじい爆圧と真空にさらされることになる。人体どころか大抵の物は破壊されてしまう。どんなに頑丈な人間だって耐えられる破壊じゃない。もちろん人間離れした私だって相当にヤバイ。
爆発を食らった瞬間に、半分は死に掛け。即死しない頑丈さがあってこその無謀な作戦。意識を保てるかは完全に賭け。客観的には分の悪い賭けで間違いない。世の中の大抵の奴は無理だ、無謀だ、不可能だと切って捨てるイカレた行為だろう。
だけど、私には勝利の未来しか視えてない。
根拠なんて上等なものはない。これしかない、これなら勝てる、そう思うだけのただのカンだ。
積み上げた経験、肌で感じた無数の出来事。全部を総合した上でのカンだ。だからこそ、私のカンは良く当たる。
やり切る、自信がある!
ただし、普通にやってこの爆発に耐えきることは不可能だ。だからこそ、衝撃吸収性と反発性を求めた。
爆発の狙いは王子にダメージを与えることだけじゃなく、魔法使用不可の領域から逃れること。強烈な爆風に乗って圏外に逃れることができれば魔法が使える。
引き伸ばされたような時間とて、実際には一瞬のことだ。
吹っ飛ばされた直後に魔法が使えることが分かった。
体内の異物を消し、地獄から這い上がろうとする亡者のような執念で超複合回復薬を生成すると、そこで意識が途切れた。
温かい。柔らかくて、なんだか優しい匂いまでする。いい気持ちだ。
「…………ん、んあ? はっ!?」
休んでる場合じゃない。目を覚まして身を起こすと、前からずり落ちようとする何かをとっさに捕まえた。
「お姉さま、大丈夫ですか?」
即座に状況認識。こういうのはもう慣れてる。
どうやらヴァレリアに寄りかかって寝てたらしい。
「あれからまだ時間は経ってねぇ。吹っ飛んできたユカリを捕まえた直後だ。死んだかと思ったぞ?」
みんなが私を守るように壁を作って立ち、オフィリアが状況を説明してくれた。そんなオフィリアは外套を脱いでシャツになった姿だ。ああ、私の身体に掛けてくれてるのはオフィリアの外套か。
我が身を振り返ると、セクシーどころじゃない。上のTシャツはボロボロのところを爆発で完全に焼失したらしく、下着も吹っ飛んでしまってもう裸だった。下のコンバットパンツはTシャツとは違って戦闘用だからか、まだしも無事といえる状態だった。ボロくはなってるけど凄い耐久性ね。
「助かるわ。ちょっと借りるわね」
私が脱いだM-65っぽい外套に似たデザインは、オフィリアの外套だ。それを素肌に着こんで前までしっかりとボタンで留める。立ち上がってみるとブーツも無事だ。
気を失う直前に使った超複合回復薬のお陰で、もう体調も万全。もちろん激しい消耗はあるけど、なんの問題もない。完璧だ。
「よし、じゃあちょっと行ってくるわ」
みんなには心配かけたみたいだけど、さっそく動き出す私には呆れてるらしい。ヴァレリアの髪を少しだけ撫でると動き出す。まだ完全には終わってないからね。
開けた空間の中心には小さなクレーターがある。
驚くことにその中心では王子が仁王立ちしてる。胸から上が見えるくらいの深さの穴らしい。
でも私には分かる。まだ生きてはいるけど瀕死の状態だ。自力で立ってるんじゃなく、甲冑の形状のお陰でたまたまそうなってるだけだ。風でも吹けばすぐに倒れるかもね。
帝国兵たちは穴の中で仁王立ちのままの王子に対して、近寄っていいもんかどうか迷ってる様子だ。
決着がついたかどうかの判断も審判のような存在がいないんじゃ、当事者がどう判断するかに委ねられる。
普通に考えれば、私は物凄い距離をぶっ飛ばされたあげくに仲間に介抱されてしまった身だから、負けたと考えてもいいのかもしれない。爆発が起こった理由だって周囲には良く分からないだろうし。
私は実際には自力で回復して立ち直ってるんだけど、はたから見ればそうとは思わないだろう。仲間に回復してもらったと考えるのが自然。その敗者が元気になって、また王子に向かってるんだ。帝国兵としてみれば、いい気はしないだろうね。
だけどまだ邪魔をされたくない。もう少し見守ってて欲しいところだ。
近づきながらまず分かるのは、すでに重力フィールドは消失してること。術者本人が瀕死でたぶん意識もないだろうから、これは当然。
さらに近寄って分かったけど、魔法を封じる魔道具も機能してないらしい。エネルギー源の王子自身の魔力がほとんど枯渇したからか、発動条件のなにかを満たさなくなったのか。あるいは壊れたか。
努めて敵意を感じさせない動作で王子に近づく。
これは帝国兵へのアピールだ。勝負がついた後での二人の会話を邪魔するような野暮は、戦士であれば誰だってやりにくい。
穴に飛び下りて王子の眼前に立つと、より良く分かる。
至高の装備である甲冑自体は無事だ。刻印魔法もまだ生きてる。だけど内部の魔道具は衝撃でほぼすべてが破壊されたらしい。
厄介だった『衝撃を殺す魔道具』も機能してない。ノヴァ鉱石の爆発は想定する衝撃を上回って魔道具を破壊してしまったと思われる。だから王子にダメージを与えられた。甲冑の防御力と魔道具の守りで一定レベルの衝撃は殺せたからこそ、即死を免れたらしいけどね。こいつもなかなかに運のいい奴だ。
ふむ、と真正面に立って規格外の甲冑を見てると、ふわりと風が吹く。
撫でる程度の風にぐらりとして、甲冑がこっちに倒れ掛かってきた。
しょうがない。そのまま抱き留めてやって、ついでにこっそりと回復薬で癒してやる。
王族殺しは非常にまずい。結果論だけど互いに生きてるのが、まさしく奇跡みたいなもんなんだ。決着はついたんだし、これ以上の戦いも死も不要。私でも、もうお腹いっぱいだ。
さて、もたれ掛かる王子をどうしたもんかと思ってると、身じろいだ感じがあった。
「気が付いた?」
沈黙には戸惑いが感じられる。
「……余は、負けたのか?」
なんとまあ、自覚があったとは。だったら言い切ってやれ。
「そうよ。完膚なきまでに私の勝ちってこと。ついでに、あんたを治癒してやったのも私よ。感謝しなさい」
勝敗は私の勝ちで王子にも自覚はある。だから二人の間ではこれでいい。
だけど帝国兵から見た感じだと、勝敗は不明だろう。私は仲間に介抱されたように見え、王子は倒れた。結果としては引き分けのように見えるはず。
色々と考えるとこの状況は落としどころとして、ちょうどいいと思う。
当事者同士は勝敗がきっちりと分かってるし、ウチのメンバーだって分かってる。その他大勢がどう思うかなんてどうでもいいんだ。
王子自身がどう思うかはまた別だけど、自身のメンツや帝国としてのメンツを考えても、敗北よりは引き分けにしておいたほうがいいだろう。こっちとしても、そうしておいてもらったほうが面倒は少なくて済む。
「どうして余は負けたのだ?」
「そんなもん、私が強いからに決まってるじゃない。それ以外にないわ」
当然のことだけど、まあ圧勝だったとは言えない。そこでさっきの提案だ。
「いい勝負だったのは間違いないけどね。外から見てる分には引き分けだったようにも見えたはずよ。特に兵士たちには。だから引き分けってことにしときなさい。そのほうがこっちとしても助かるわ」
「……余に勝敗を偽れと?」
声に不満が滲んでる。でも勝者は私だ。
「あんたは負けたんだから、そのくらい呑みなさいよ」
不満を込めて睨み付ける。ここは勝者として譲れない。
そして数秒の沈黙。
「……敗者は勝者の言うことを聞くもの、か。それもそうであるな。よかろう、此度の決闘は引き分けだ」
「表向きにはね。だから約束は守りなさいよ」
帝国に東部遠征を諦めるように働きかけるという約束だ。
第二王子の立場がどれほどのものか知らないけど、イケイケドンドンじゃない勢力だってきっといる。そいつらに加勢してもらえれば、薄くとも望みの叶う可能性は生まれるだろう。大人しく頷く王子に、案外素直な奴なのかもと感想を持った。
またもや沈黙が落ちて少しすると、王子はやっと自力で立ち上がった。改めてその姿を見る。
騒動を巻き起こしたレギサーモ・カルテル。その裏にいた帝国。さらにはそこの王子。ブレナーク王国からしてれみれば許しがたい敵方の首脳の一人だ。
だけど私に個人的な恨みはない。むしろすっきり爽快な気分だ。あれほどの闘いは滅多にできるもんじゃない。死力を尽くすようなひと時だった。
至上の装備と類稀な魔法適性があったとしても、それも含めてこの王子の力だ。個として大陸有数の戦力だろう。
凄いっちゃ凄いけど、まあもう一度やっても私が勝つ。ネタが割れた以上、もっと楽にだって勝てる。一騎打ちでも勝てるし、仲間の力が合わされば余裕で勝てるとさえ豪語してやる。それが我がキキョウ会の力だ。
不敵なことを考えてると、王子も気が付いたのか諦めたように笑った。
「……とてもではないが、余の手には負えん女よ。特別な祝福を受けたのであろうな」
「はあ?」
なにが祝福だってのよ。気に入らないわね。
最後にもう一つ言ってやる。
「あんたは神様だかなんだかに結構な信仰心を持ってるらしいけどね、私は違うわ。誰かから授かったとか、祝福だとか、そんなことは一切思わない」
ふざけた物言いには、断固言い返す。
「私のことを特別だと思う? 最初から恵まれた才能を持ったずるい奴だって。たしかに才能はあるかもしれないけどね。でも私はそれにあぐらをかかなかった。目一杯、磨きに磨いて今の私を形作った。簡単だったと思う?」
私には様々な才能がある。それを否定はしないけど、何の努力もなしに手に入れた強さだと思われるのは心外だ。
日々の努力と死ぬような危機を乗り越えて、今の私がある。強者になるに至ったと、その自信と誇りがある。
都合よく誰かから与えて貰った力なんかじゃ、決してない。困難を乗り越えながら磨かなければ、ここに至ることはできない。
「……いや。神の寵愛を受けし余を凌ぐ力、単純なものではなかろう。そのような人物がほかにもいるであろうこと、覚えておく」
「そうしなさい。思い通りにならないことだって、あるのが当然の世の中よ。ところであんた、名前はなんだって? レ、レギ、えーっと、レモネードじゃなくて、なんだったっけ?」
「……レオノールである。忘れるな」
強敵だ。名前くらいは憶えておいてやろう。だけどこいつは敵だから慣れ合っていいもんじゃない。
もし次に会うとしたら、その時も戦場だ。
今度は問答無用で潰す。




