田舎領主の町
作戦としては単純だ。
まずアナスタシア・ユニオンの連隊が北から帝国に攻め込み圧力をかける。総帥は本気で砦の一つや二つは落としてしまうかもしれないけど、そっちは言ってしまえば陽動だ。
帝国には敵対してる北部諸国の正面に立つ主力軍があるけど、首都の防衛軍や広い領土の各地に睨みを利かせる方面軍も存在する。
アナスタシア・ユニオンの役割は、帝国の主力軍を引き付けることと同時に、各方面軍にも北部への注目を集めさせることだ。少しでも南部への警戒が薄れるように。
これを可能とするためには相当な勢いと戦果が必要だと思う。だけど総帥率いるアナスタシア・ユニオンはエクセンブラでの借りを返すためにも、なんとしてでも成し遂げるだろう。陽動とは関係なく痛打を与える気満々だろうし、武で名を馳せるアナスタシア・ユニオンが本気で攻め込む姿勢を見せるから、便乗して北部諸国まで動く可能性だってある。ひょっとしたら大攻勢になるかもしれないわね。
注目が北に集まったタイミングで、今度は南部から私たちが奇襲をかける。
こっちの限られた戦力で叩くのは、最近新設された大陸東部遠征軍だ。これはその名のとおりに、大陸東部へ遠征するための軍。私たちが倒すべき標的だ。今のところはまだ準備中の軍らしいけどね。
その遠征軍を叩く急先鋒はクリムゾン騎士団となる。あくまでも奇襲による電撃作戦で、夜陰に乗じて打撃を与えたら、夜が明ける前には引き上げてしまう作戦だ。フランネル団長率いる彼らの実力なら、上手いこと奇襲を成功させるだろう。相手は所詮まだ仮説段階の部隊なんだ。精鋭中の精鋭が奇襲をかけるなら問題ないと思っておく。
クラッド一家の役割はレギサーモ・カルテルの相手だ。こっちは報復の意味で強い戦意があるし、なんといっても《雲切り》がいるんだからどんな状況だろうと痛打を与えることに間違いはないと思う。侮れない相手だから、向こうも黙ってやられるだけじゃないとも思うけどね。帝国の動きとレギサーモ・カルテルの動きは別々になるだろうから、そっちは普通の夜襲になる確率が高い。
エクセンブラに直接的に混乱をもたらしてくれた借りは、クラッド一家がまとめて返すはずだ。完全にお任せになるけど私にはまったく異存ないし、アナスタシア・ユニオンの一部の戦力もそっちに合流する手筈だから、きっと思う存分に暴れて十分以上の戦果を叩き出すだろう。
それともう一つの麻薬カルテルである蛇頭会に対しては、クラッド一家が水面下でなにか事前交渉をしたっぽい。こいつらに変な勘違いや邪魔をされるのも面倒だからね。ライバル組織を叩くとなれば、蛇頭会にとっても悪い話じゃないだろう。詳しくは知らないけど、そっちの心配はしなくていいらしい。
そして我がキキョウ会の役割は、基本的にはクリムゾン騎士団と同じく帝国の遠征軍への襲撃だ。
ただし私たちはクリムゾン騎士団と行動を同じくするんじゃなく、対人戦というよりかは物資を叩くほうがメインになる。あくまでも主役はブレナーク王国の正規軍、クリムゾン騎士団ってわけだ。
こっちの目標は武器防具に魔道具、魔法薬や回復薬、遠征用に準備された食糧などの物資なんかもまとめて破壊するのが役割だ。あとは移動手段も潰せればベストかな。敵の遠征を阻止、あるいは大幅に延期させる上では、重要な役回りとも思うけど、まあ地味な脇役ね。
肝心の大陸東部遠征軍は、ここから車両で二、三時間移動した駐屯地にいるらしい。この町は待機場所としてなかなかいい位置だ。クリムゾン騎士団からはすでに監視役も派遣してるらしいし、状況に変化があればそれもすぐに分かる。
もう一つの攻撃目標のレギサーモ・カルテルは、残念ながらもう少し遠い場所に拠点がある。だからクラッド一家の連中だけはさらに移動しなければならない。これは奴らの望む報復だから、文句はないだろうけどね。
まとめるとアナスタシア・ユニオンが暴れて注目を集めてる間に、エクセンブラの勢力が奇襲で戦果をあげて即撤退と。北部のアナスタシア・ユニオンも時機を見て適当に引き上げる手筈だ。
私たちとクリムゾン騎士団はフランネルの合図で同時に撤退し、即座に廃道目指してとんずらする。
クラッド一家も適当に引き上げるとは思うけど、その辺は聞いてないから、たぶん奴らは言いたくないんだろう。なにか別の仕事をしてからエクセンブラに戻るんだと思う。
大雑把にはこんな感じになるかな。余計なトラブルは要らないから、サクッと仕事を終えて帰りたいところよね。
襲撃の決行は二日後。今日と明日、そして明後日の夜までは休めるスケジュールだ。
それまでは骨休めをして、出発前の最終日にはついでにこの町の領主様にも打撃を与えてやるつもりだ。攫われた人々の集められた場所のはずだから、きっと大勢が見つかると思う。敵の戦力増強を阻止する意味でも、やっておくに越したことはない。まあ退屈しのぎのついでだ。
宿屋でこれといった話し合いもなく確認だけすると、各陣営は最低限の連絡要員だけはこの街に残すとして出て行った。
クリムゾン騎士団は秘密裏に陣を張ってるらしく、フランネルはそこに戻るんだとか。敵の監視や情報収集はやってくれてるから、私たちは何もやらなくてもいい。なんせ攻撃目標を明記した地図まで渡してくれたからね。至れり尽くせりだ。
クラッド一家はもう移動を始めるって話だし、暇なのは私たちだけみたいね。
仕事を押し付けられないことに文句もなく、満たされた食事と睡眠で疲れを癒し、体調を整えることに専念した。
町に到着した日と次の日を完全休養に当てると、昼過ぎにはもう元気いっぱいで力が有り余ってしまう。
道中はずっとハードで退屈してる暇なんてなかったから、どうにも時間を持て余してしまうんだ。早めの昼食の後、そのままみんなでダベる。
カフェのオープンテラスのようになってる席は穏やかな気候も相まって気持ちがいい。敵地で観光する気分にもなれないから、ただのんびりと時間を潰す。追加注文した甘味とお茶が、僅かなりとも無聊を慰めてくれる。
「……暇ね。ちょっと早いけど殴り込みに行く?」
今日の夜は本番だ。帝国の遠征軍に奇襲をかけるけど、その前にこの町の領主にはちょっとだけ用がある。本当は夕方ごろにさくっとお邪魔してそのまま町を出る気だったけど、あまりにも暇だから白昼堂々仕掛けてしまおうかと思う。
「今からか? 奇襲の前に目立つのはマズくないか?」
「グレイリースが偵察に出てるから、戻ってから考えたほうがいいんじゃない?」
「そういうこと? 働き者ね」
いないと思ったら働いてくれてたのか。田舎領主なんて大した相手じゃないから普通に正面から乗り込んで根掘り葉掘り聞く事しか考えてなかった。
せっかくの働きを無駄にするわけにもいかず、そのまま待つことにした。
だらだらと待つ間に車両の番をしてたリリアーヌとヴァレリアが、若衆二人と入れ替わりに戻ってきた。そんなタイミングで待ち人が戻った。
「お、帰ったか。どうだったよ?」
退屈してたみんなも期待を込めて見る。
「辺鄙な場所に城があったんで少し時間がかかりましたが、多少のことは分かりましたよ」
城? 田舎領主如きがまさかのお城住まいか。景気良さそうね。
「気になるわね。それで?」
「まず城の位置なんですが、町の中にはなかったんですよ」
「なかった? どういうことだ」
詳しく聞いてみれば、なんでも町の西には大きな湖があって、そこの小島に城が建ってたんだとか。
城に行くためには小島に架かった長い橋を渡るしかない。当然、そこを渡るには許可が必要で、さすがのグレイリースでも城に潜入することはできなかったらしい。影の十分な夜間なら別だとは思うけど。
湖の中に建つ城なんて景観だけは珍しいから、グレイリースは観光客の振りをしながら対岸から魔力感知で探りを入れたみたいだ。あとは普通に見える範囲で観察したり、人の良さそうな町人や兵士に聞き込みをしたり。
それによれば領主軍がおそらく五百程度は城詰してるんじゃないかって話だ。町の治安維持には別の部隊があるみたいだけど、地方でデカい顔するためにはそれなりの力だって必要だろうからね。田舎領主にしては大きな兵力を持ってるらしい。
「町の様子からして、こんな地方で大きな産業もなさそうだし、主な収入源はやっぱり人身売買かな」
「魔力感知だけなんで確実ではないですが、城の地下には結構な数の反応がありましたよ。人数の多さからして、ただの罪人を閉じ込めてる感じでもないです。攫われてきた人たちで間違いないでしょうね」
人身売買の拠点であることは、これでほぼ決まりね。ここの収入はあとは領民が稼いだ麻薬のアガリを掠め取ることくらいか。
領主の町はそこそこ発展してるけど、町内の商活動だけで立派な城までは立てられないと思うし、なにより金のかかる軍の維持が難しいはずだ。それを補う収入の秘密がそこにあるってことになるわね。
ふーむ、しかし立地が厄介ね。
攻め入るのはいいとしても、囚われの人々を逃がすにも橋を通らないとならない。橋の確保をしながら逃がすとなれば、中途半端に敵を放置すると面倒なことになる。
「五百の敵をどうするか、ですね」
本番前の肩慣らしにしても、ちょっとばかり規模が大きい。全部を相手にするなんて面倒だ。
うーん、いっそのこと速攻で領主の首元まで突っ込んで、人質に取ってしまうか。そうすればあとは言うこと聞かせて、兵士を武装解除させることだって可能になるかも。
相手にするのが領主とその軍だけなら策も何もいらないくらいだけど、この後に控えるのが帝国軍だからね。ここで変に目立つと、計画に支障が出てしまう恐れもある。
ちょっとしたイレギュラーはしょうがないにしても、それを私たちが能動的に起こしたとなれば、フランネルたちだって怒るだろう。共同作戦をやろうって時にそれは良くない。
みんなも上手い手が思いつかないみたいで、しばし黙り込む。
殴り込みは諦めるか、なんて思いかけたところで事態は動いた。周囲がざわつき始めたんだ。
「……なんか起こった?」
「聞いてきます」
グレイリースが周囲に目線を走らせながら、事情を知ってそうな人に聞きに行ってくれた。程なく戻ると、
「ユカリさん、誰か攻めてくるらしいですよ!」
「このタイミングで? 誰が?」
「そこまでは町の人に聞いても分かりそうにないです。見に行きませんか?」
面白くなってきたじゃない。いかにも退屈そうだったみんなの顔も輝いてくるようだ。
今後の予定を確認し気力も体力も十分になった一行は、早くも力を持て余しています。
カフェで殴り込みについての雑談をしていたところで、またもや事態は動きます。
次回は本番前の短い前哨戦が始まる「奇兵隊には力を貸そう!」に続きます。
テンションの上がりつつある次回、躍動するのは誰か!? どうぞよろしくお願いします!




