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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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200/464

ダークフォレスト・ファンタジー

 闇の中からやってきたのは、ヒト型。

 大きさは私たちと大差ない。予想どおりの二足歩行。

 ただし、人とは決定的に違う。

 照らし出されたその姿はまさかの骨。人の骸骨そのものだった。


 思わず顔が引きつる。どう見てもアンデッドだ。まさか怪奇現象なんてふざけたこともないだろう。

 基本的な常識として、大陸においてアンデッドはもう存在しないとされる。遥か昔に『教会』によって滅ぼされたことになってるからだ。

 私たちはずっと前にゾンビっぽいのを見たことがあるけど、あれはなかったことにした幻だ。気のせいとか集団幻覚とか勘違いということにしてる。


 今、目の前にいるのも気のせいってことにしたいけど、差し迫った現実には対処しなければならない。

 世間の常識とは違うけど、アンデッドで間違いないと思う。それともアンデッドならざる骸骨型の魔獣? そんなのは聞いたことがないし、どう考えても魔獣とは言えないだろう。だって生物じゃないんだ。骸骨が生殖によって増える可能性は皆無。

 だったら魔物? うーん、魔物の定義がなかなか難しいけど、一応はそれに該当することになるか。


 それに教会がアンデッドを駆逐したといっても、それが本当のことかは確かめようがない。百歩譲って大昔の先人が気持ち悪いゾンビやスケルトンどもを全部まとめて倒してくれたとしよう。でも新しく発生したのはどうなる?

 発生するメカニズムは知らないけど、存在した事実があるならまた発生しても不思議じゃない。

 一時、根絶したからといって、アンデッドが二度と出現しないものなんだろうか?

 そもそも根絶というのも非現実的だ。広い大陸のどこかに、はぐれゾンビの一体くらいはいても全然おかしくない。


 ひょっとしたら虫型魔獣以上に苦手かもしれない存在を前に、またもや意識を変な方向に飛ばしてると、突如として金切り声が上がった。

 目の前の骸骨よりも、むしろそっちに驚くと、その悲鳴の主は次の行動に移った。

「あ、おいっ!?」

「ぎぃやあああああああああーっ」

 なにを思ったかアルベルトのハンマーを奪い取ると、奇声を上げながら振り回し、骸骨のドクロを粉砕した。

 とんでもない早業で誰も反応できなかった。


「ふぅー、ふぅー、ふぅー」

「……お、落ち着けよ、ヴェローネ。あたしのハンマーだからな?」

 骸骨よりもヴェローネの奇行に呆気にとられる。

「はっ!? ご、ごめん」

 アンデッドのような不気味な存在には虫と同じく苦手なメンバーが多いけど、ヴェローネの場合にはより極端みたいね。完全に我を失ってたし。


 思わぬ弱点が明らかになってしまったけど、問題はさっきのが一匹だけかどうかだ。ほとんどのメンバーが同じ疑問を抱いてる。

 するとなんだろう。消えたはずの足音が途切れない。ずっと遠いところからだけど、むしろ増えてるような……。

「光魔法、打ちますよ!」

 グレイリースが断りを入れてから、思い切って光量の大きな光球を打ち上げた。


 照明弾のように広く照らす灯りによって、これなら周辺全体が目視できる。

 誰からともなくジープの荷台に上がると、周辺を確認した。見てしまった。


 どうやらこの辺りはなだらかな坂の上らしい。つまり、下り方面についてはずっと遠くまで見渡せる。

 光の届く範囲に限界があるから、全部が分かったわけじゃない。だけど、なにが起こってるかはそれだけで十分だった。

「……あ、集まってきますねぇ」

「おい、ヤバくないか?」

「スケルトンだけじゃないですよ。ゾンビもレイスもいます。人型だけじゃなくて、大型魔獣のタイプまでそろってますね」

「ひっく」

 ヴェローネはあっさりと失神した。貴重な戦力が一人減ったけど、錯乱して暴れられるよりはマシかな。


 あーもう、まったく。次から次へと、ほんと嫌になる。

 スケルトンはたぶん大丈夫だ。不気味だけど気持ち悪さはそれほどじゃない。ヴェローネがさっきやったように、殴れば倒せるみたいだしね。


 だけど、ゾンビは嫌だ。おそらくスケルトンと同じように物理でも魔法でも倒すことは可能と思う。それでも素手で殴るなんてもってのほかだし、武器を使うのだってやりたくない。変な汁が飛び散るだろうし、腐れた血肉は鼻が曲がるほど臭いに違いない。そもそも見た目が気持ち悪い。毒が伴えば臭いだけは浄化刻印が仕事してくれるかもしれないけど、絶対に戦いたくはない相手だ。接触は断固拒否する。


 そして問題なのはレイスだ。アンデッドの類はファンタジー丸出しの存在だけど、なかでもレイスは影のような亡霊といった魔物で、物理攻撃が通用しないと聞く。魔法だって汎用魔法は通用しないらしい。つまり、私たちには打つ手がない。お手上げだ。あれをどうにかできるのは、レアな魔法適性持ちだけだ。あるいは嘘か真が、教会が売りにする神聖な力を付与された武具だけになる。

 色々と想定して装備は必要十分に持ってきた私たちだけど、さすがにインチキ臭い教会の小道具に金を払う気はしなかった。これはまさかのイレギュラーだから仕方ないんだけど、こうなってしまえば悔やまれる。藁にも縋りたくなるってもんだ。


「ユカリ、突破するか?」

 ぼーっと見ててもしょうがない。なにか考えないと。

「それしか手がないならやるけど、通路の状態を確認して整備しながらとなると、盾の展開までは難しいわね」

 いくら私でも、そこまでのマルチタスクは無理だ。速度を落とせばできるかもしれないけど、それでもレイスに対する備えにならない。最後の手段は装甲車の防御力に頼った突破くらいだけど、結局のところ亡霊のようなレイスには正面突破だと有効な手立てがないことになる。


「……なんでこっちに集まってくるんですかね?」

「それはアンデッドだからな。生者を襲う習性、だろ?」

 うーん、たしかにそれっぽい理由だ。

「単純にここが明るいから、とか?」

 生きとし生けるものを探知して襲ってくるならどうにもならない。でも光に集まる習性なら、消せばそれで済む。

「試してみるわよ。グレイリース、とりあえず光を消しなさい。ヘッドライトも全部消して様子を見よう。ダメなら無理にでも突破するしかないわね」


 即座に大きな光源を断つと、今度は僅かな光も気になってしまう。外套に仕込まれた刻印魔法だ。漏れ出る魔力をエネルギーとして、常時発動する優れモノだけど、任意に魔力供給を断つのが結構難しい。あー、やっぱりダメだ。未知の状況で、刻印魔法の力を断つのはリスクが高い。

 ついでに車両はヘッドライトを消したとしても、エンジンに火を入れてると計器類の灯りが必ず点いてしまう。少々の光は出さざるを得ないし、音だって出る。かといってエンジンまで切ってしまうと今度は急発進ができなくなる。なんとか対策してみよう。


「リリアーヌ、風の膜で音が漏れないようにできる?」

「えーっと、細かくはできないですけど、車両の周囲を丸ごと適当になら」

「それでいいわ。全員、乗車して様子を見ながら待機」


 魔法の膜がここら辺を包み込み、みんなが車両に乗り込むと私だけ外で作業だ。計器の灯りだけでも作業は可能。

 対スタングレネード用遮光シールドの応用で、全ての窓にスモークを施す。順番に素早く、ただの応用だから難しくはない。

 最後の窓を塞ぐと、光源は私の外套が発する僅かな光のみ。ジープに乗り込み、息を潜める。このタイミングで旅装からいつもの戦闘服に着替えてしまう。旅人を装う状況はとっくに終わってるんだ。



 外は完全なる暗闇とは少しだけ違って、薄ぼんやりと森と空の境界は分かる。どこからか僅かな光源はあるらしい。ほんの僅かだけど。

 ただまあ肉眼だと、まったく、なんにも、これっぽっちも見えないに等しい。どれだけ闇に目が慣れたとしても、暗視能力のような力がないと何かを視認することは不可能だ。今いるメンバーでこれが可能なのは、ミーアとグレイリースだけ。ほかのみんなも通常の闇、星明りが少しでもあれば普通に行動できる能力はある。だけど、ここまでの闇となると特殊能力に頼るしかない。


 視覚での監視はできるメンバーに任せ、残りは音と魔力による感知に集中する。

 静かな森は車の中にいようとも、目立つ音なら聞き逃さない。アンデッドの魔力は普通とは違って感知しにくかったけど、慣れるとむしろ判別しやすいパターンとも思える。

 そうして少し待つと、足音は遠ざかり、裏付けるように魔力も遠ざかった。


「……いなくなったな。あんな奴らにもねぐらはあるってことか?」

 囁くような声の指摘には、同じく疑問が湧く。

 おびただしい数のアンデッドが、こっち目がけて動いたはずなのに、一斉に方向を変えていなくなった。ということは、ほかに目指すべきなにかがあったか、所定の場所に戻ったかということになる。

 光源に向かって移動する習性がほぼ間違いなく、ほかに光が一切見えない以上、元居た場所に戻ったと考えるしかない。

「たぶんね。もう少しだけ様子を見てから、こっそりと移動しよう。ひょっとしたら音源に向かって集まる可能性もあるから、その場合にはまた考えないとね」

 音に反応するなら、車両を使う私たちにはどうにもしようがない。残された手段は強行突破だけだ。


 アンデッドについては遥か昔の嘘くさい伝承で調べるしか方法がなく、そもそも知ろうと思ったこともない。だから基本的なことさえ私たちには分からない。常識の範囲でなんとなーく知ってる程度でしかないんだ。当てにはできない薄い情報よね。

 暗闇の森でアンデッドの群れに遭遇するなんて、想定外にも程がある。この状況がどこまで続くのか不安しかないのが本音だけど、会長の私がそれを見せるのは不適切だ。こんな異常な状況だと特にね。

 しばらく黙ってじっとしてると、どうやら状況も落ち着いたらしい。油断せず慎重に、このまま観察を続ける。


 さっきの遭遇と合わせて、短い時間でも分かることはそれなりにある。例えば、敵の魔力反応はたくさんあるけど、どれもが一定の狭い範囲内で行動する習性があるらしい。光源のように分かりやすい目標がなければ行動範囲は狭いみたいだ。運のいいことに、私たちがいる近辺にはアンデッドはいなくて、奴らの習性を調べるにはこのまま待機して実験するのが、この先のためにもいいと思う。

 光に集まるのはおそらく間違いない。だったら他の要素も試してみよう。


「いくつか実験してくる。みんなはこのまま待機で」

「マジかよ? 止めはしないが気を付けろよ」

「お姉さま、わたしも行きますか?」

「ちょっと考えがあるから、私だけで行くわ。もし何かあったら、その時は援護を頼むから」


 車両を出る前に外套を脱ぐ。外套の刻印魔法の光は弱いけど、もしこれでおびき寄せてしまえば実験の意味がない。毒ガスのような空気が発生するとしても、細心の注意を払えば私ならなんとか気づけるはずだ。もしもの時にはみんなのバックアップも期待できるし。


 外套を脱いだ状態で車外に出ると、ひんやりと肌寒い。南部の森は夏に近い季節も相まって暑いくらいだったのに、どうしたことか。夜というか、闇だからかな。日の温かさがなければ寒いのは当然で、でもずっと闇だとしたらもっと寒くてもいいくらいとも思う。不思議ね。


 辛うじてシルエットが分かる程度の視界で、魔力を頼りに後続車に近づく。ドアを開けて迎え入れてくれようとするのを断って、そのままヴェローネに話す。彼女はさっきまでの取り乱しようが嘘のように平然としてる。アンデッドが視界に入らなければ大丈夫っぽいかな。

「復活したみたいね。あっちの森のほうで、音だけ鳴る魔法は放てる? なるべく遠くがいいわ」

 ヴェローネはなんのこと? みたいな雰囲気だけど、やっぱり全然平気じゃないらしい。普段どおりを意識してるけど、急に背後を気にしたり、ほんの少しの音に敏感に反応したりと挙動がおかしい。

「音に反応するかの実験ね? やってみるわ」

 ビビってても仕事してくれるなら別にいい。


 やってもらうのはスタングレネードの光無しバージョンだ。すぐに魔法は発射され、遠方で爆音が轟く。これに伴う衝撃波も激烈で、届いた波がジープを揺らす。リリアーヌの張ってくれた風の膜を易々と突破するこれは明らかにやり過ぎてるけど、心の動揺が表れた結果だろう。いちいち指摘はしない。

 アンデッドどもの魔力の動きを見るも、特に反応はなさそう。衝撃波に吹っ飛ばされた個体が多くて分かり難かったけど、音源に対して集まろうとする感じはなかった気がする。まああれだけの音で顕著な反応がないなら、結果は明らかと考えていいかな。


「ついでに光もやって。もう一度確認しておきたいわ」

 音に続けて今度は光をスパッと発射。闇に輝く一点の光は酷く目立つ。反応も顕著だ。厳密には単に光といっても色々あるけど、単純に可視光としておこう。それはそれで微妙なんだけど、深く考えるのは止めておく。

「分かりやすく集まってるわね。光に集まるのは確定として、次は熱かな。ヴェローネ、同じような感じで火の玉出せる? 火事にならないように気を付けて」

「輻射熱に気を付ければ大丈夫かな。やってみるわ」

 こういうのは技巧派ならではだろう。火の魔法はオフィリアが得意だけど、攻撃方面に特化してるから、細かい技巧は向いてない。

「あっ、これは意味ないわね」

「……たしかに。助かったわ、ヴェローネ。ちょっと別のことも試してくる」

 やってみて思ったけど、火の玉は普通に光を放ってる。これじゃ光に集まる習性と同じで、熱だけに反応するかどうかは判別できない。


 光と音については分かった。さらに別のことも確認しておかねば。

 ヴェローネたちに見送られると、一人で坂の下に移動する。近くの魔力反応に向かってるんだ。

 アンデッド蔓延る暗闇での単独行動は、さすがに凄い緊張感だ。外套のない心細さも相まって、精神的に堪える。ヴェローネほどじゃないけど、私だってアンデッドなんて苦手だ。むしろ得意な奴がいるなら、そいつは相当な変わり者だろう。

 とにかく我慢して、この場は情報収集に努める。


 この世ならざる者たちは音には反応しないと思われる。けど、それ以外については反応する可能性があるから、できる限りそれを確かめたい。もちろん、反応があったら即座に逃げる。

 闇の中を大胆に歩く。あえて音を出して歩き、反応があったら即座に逃げられるように。

 周囲の魔力反応を注視し、毒やそれ以外のイレギュラーにも気を配る。目に見えなくても分かることはたくさんある。そういうことに対して、これまでの道中で慣れるよう鍛えてきた。


 前方にある魔力が近い。そいつが鳴らす音からして、骸骨タイプのアンデッドだ。

 まだ向こうに反応はない。緩慢に動く骸骨のすぐ目の前に立つ。反応はない。ここまで接近して無反応ということは、熱や生命に反応する可能性も低い。分かりやすく魔力を放出しても無反応。ここまでやれば、少なくとも骸骨タイプのアンデッドは光に引き寄せられ、それ以外には無反応と考えてもよさそうだ。魔力にも無反応なのは意外ね。


 いや、あと一つ。嫌だけど、本当に嫌だけど、ここまできたら試してみよう。ゾンビなら絶対やらないけど、骸骨ならまだいける。

 そっと胸と思われる部位に手を伸ばし、ちょっとだけ触れた。グローブを外した素手での感触にはぞっとしてしまうけど、ただ冷たくて硬い感じなだけね。

 直後に膨れ上がる敵意。

「ふんっ!」

 触れた手を寸勁の要領で突き出すと、粉々に砕け散る骸骨の胸部。

 それでもまだ敵意は消えない。

 間髪置かずに左フックを決めて、頭蓋骨を粉砕した。


 なるほど。音にも熱にも魔力にも無反応。光に集まり触ると襲い掛かってくる。あとは骸骨タイプ以外の奴か。

 もうみんなのところに戻りたいけど、まだ中途半端だ。しょうがない。もう少しだけ調べてみよう。


虫から必死に逃げたその先で待ち構えるのは、もっと酷い場所でした。

これから先の困難は推して知るべしでしょうけれど、果たして如何なる困難が待ち受けるのか。

次話「死せる者の領域」に続きます。


ちなみにですが、今回で第200話に到達してしまいました。でもまだまだ続きますよ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] アンデッドの分析面白い! 角の生えたウサギや巨大昆虫くらいなら 現実世界でも存在しても不思議じゃないけど アンデッドは異世界ならではの存在ですからね! 生殖によって増えず、人の死骸と同一…
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