表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

160/464

地ならしの算段

 ある日の昼下がり、一部の幹部が情報室に集まった。

 これから始める土台作りの相談のためだ。


 相談を進める中、部屋の主であるジョセフィンが何気ない口調でいつものように話す。

「裏切者の扱いはどうしましょう? この機に始末しますか?」

 顔色一つ変えないところが、この女のおっかないところよね。

「おい、殺すのか? たしかに裏切りは許されねぇが、そこまで大した被害は出てねぇはずだろ?」

 武闘派筆頭のグラデーナでも、進んでやるのは嫌そうだ。裏切者であっても、表じゃ普段は苦楽を共にしてる連中だからね。事情を知らない内に仲良くなってしまうことはそれなりになる。顔見知りで言葉を交わすこともあった奴なら、情が移るのは当然のこと。


 以前までグラデーナには裏切者のことを知らせることはしなかったんだけど、最近じゃ副長代行の立場に相応しい腹芸までこなせるようになってきた。そうなれば彼女は秘密を共有しておくべき立場の相手だ。遠慮はいらない。

「ああ、オルトリンデたちのお陰で早々にスパイは割れる態勢があるから、実情として被害はほとんどない。むしろ欺瞞情報によって、敵を混乱させることに一役買っているとさえ言える」

 ジークルーネが言うように、実際のところ被害はないに等しい。これもウチの情報班が反則級に優秀なお陰だけどね。

「そうすると、現状維持で構わない感じですか?」

 ふーむ、どうしたもんか。


 キキョウ会の現実として、裏切者は随時発生してる。

 人材募集で入り口を広く取ってるから、別の組織のスパイが正面から乗り込んでくるなんてことも特に珍しくない。こいつらの場合は、純粋なスパイとして分類できる。分かった上で放し飼いにしてる状態だけどね。

 ただ、あんまり増えられても、オルトリンデたちの負担が増える一方でもある。ここらでそいつらを一掃してしまうのもアリかもしれない。

 ずーっと気付かないふりで泳がせてるから今更ではあるんだけど、最近じゃスパイに全く気付かない間抜けと思われてる節もあるらしいしね。思わせておけばいいとは思いつつも、やっぱり舐められるのは気に食わないって気持ちもある。


 弱みを握られてスパイに仕立て上げられてしまった連中については、情報班が随時対処してくれてるからこっちは問題ない。

 どんな事情があったにせよ、一度裏切った以上はタダで許すわけにはいかなくなる。弱みのネタの内容によっては、取り除いてやってから穏便に追い出すか、あるいはそのまま二重スパイとしてやっていかせるとか、まぁ色々なパターンがある。その辺のことも情報班に任せてるから私はあんまり関知してないんだけど、ウチに残る以上は楽な道にはならない。ある程度の事情を考慮してやる度量はあっても、裏切りという行為の代償は重くなくてはならないからね。

 問答無用でぶっ殺さない分、ウチは甘いのかもしれない。でも実際のところジークルーネやグラデーナが言ってるように、ほぼ被害はないからね。命でもって償わせるほどのことじゃないってのもまた間違いないだろう。


 一番問題なのは無自覚にスパイ活動に加担してしまってる連中だ。

 口が軽くて、ついうっかりと秘密を漏らすパターンなら、よくありそうなもんだ。酒場でちょいと気分が良くなってとか、酔っ払ってとかね。あるいは騙されて、なんてパターンもあるか。

 最も悪いパターンは男がらみかな。あとは尊敬してますとかファンなんですかといって近づいて来る連中。仲良くなれば会話だって弾む。その会話の中から、プロのスパイなら様々な情報を取得するだろう。

 まぁこの辺はなかなか防げるもんじゃない。見習い段階での教育が大事なのはもちろん、正規メンバーになってからも折に触れて復習することが大事になってくる。

 実際、難しいけどね。これは注意をしていくしかない。私を含めた幹部も全員がね。外部に余計なことを話すもんじゃない。


 その他、身勝手な利益のためや、意味不明の独善によって裏切った場合。

 これは無論、地獄送りだ。汲むべき事柄なんて、ありはしない。被害の代償さえも考慮不要。

 残念ながら、その例は少数ながらも実際にあった。ちなみにその最初の始末は会長として私がケジメを付けた。これを情報班だけにやらせるわけにはいかない。責を負うべきはトップたる会長なんだから。まさか知らぬ顔で他の誰かにだけ押し付けるなんて、冗談じゃない。そんな奴に私はならない。

 それに私は本気で許す気がない。キキョウ会を、仲間を、信頼を、つまらない理由で裏切る畜生を。寄り合い所帯のキキョウ会だからこそ許し難い。


 仲間にかける情はある。矛盾も認める。ミスを咎めるつもりだってない。損害を出したって怒ったりしない。許容範囲はあれど、人間なんだ、失敗することだって当然あるんだから。納得できる理由があるなら、それこそ裏切りだって最終的には許そう。

 だけどね、どれにも該当しない、度し難い愚か者が、世の中には存在する……おっと、思考がズレて来た。裏切者の対処、どうしようかな。


 総じて重要な秘密ってのは、基本的には幹部だけが知るところだ。裏切らないこその幹部でもある。そこから『重要な秘密』が漏れることは心配してない。

 問題はそれ以外の話なんだ。重要じゃないからって、なんでもペラペラと内情を話されていいもんじゃない。当然よね。


 それに、何が重要で何が重要じゃないかって問題もある。こっちが大したことないと思ってても、相手からしてみれば重要な情報だって思う場合もあるだろうし。これは難しい問題だ。


「わたしは単純な現状維持には反対します。今日はキキョウ会の組織再編についての話し合いでしたよね。わたしはこの機に態度をはっきりさせるべきではないかと考えています。敵対者に対する明確なメッセージも必要ではないでしょうか?」

 フレデリカは結構な強い意見ね。

「それは分かるけどよ。だったら全員ぶち殺すのか? やるとなったら、あたしも手を下す覚悟だが、それをやっちまうと若衆がな」

「ああ、我々は無頼者の集まりではあるが、共に過ごす中で友情もそれなりに育まれている。表面上、それはスパイも同じだからな。幾人も殺せば動揺は避けられまい。新入りも多いことだしな」

 分かってたことだけど、いざ処遇って段になると難しい。放っておいたツケとも言えるのかな。


「ユカリさんはどう思います?」

 うーん、やっぱり難しい。

「そうね。誰の意見も正しいと思うわ。この機にいっそ排除したいってのも、メッセージを送るってのも頷けることよね。ただ、実害が出てない状況で、皆殺しはやりすぎと思えるわ。スパイと友人関係になってる若衆だって少なくないだろうしね。やりすぎれば、間違いなく萎縮させることになるわよ」

 時によっては、そういう引き締めだって必要だと思う。でも今のキキョウ会にとっては、そこまでは不要だし、すべきでないとすら思える。

 今のキキョウ会は新人が多いし、見習いだって多い。そんなことをすれば確実に怯えさせてしまう。私たちは恐怖で支配するつもりなんて、全くないんだ。

「ちょ、ちょっと待ってください。わたしはなにも、皆殺しとまでは……」

「悪い悪い、あたしが先走ったな」

 おっと、物騒なのは私たちの方だったみたいね。


「じゃあどうしましょう? たしかに、スパイはむしろウチの役に立っているとさえ言えてしまいますが」

 意図的な正誤交えた情報を敵の大元に流して混乱させてくれてるって意味ではね。たしかにそうなんだけど。

「振り出しに戻っちまったか?」

「いや、意見はまとまったと思うぞ。スパイは役に立っている、しかし明確なメッセージもこの機に出しておきたい、というのが目的になるな」

「あとはどのようにすれば、それが可能になるか。ですね」

 副長と本部長の意見が一致したらしい。私としても異論はない。

「難しいことはあたしに聞くなよ?」

 こういう時には頭脳労働担当のジョセフィンやフレデリカの出番だ。

 私たち脳筋組は期待の視線を送る。


 顔を見合わせた頭脳労組は、ジョセフィンがひとまず考えを披露するらしい。

「えーっと、ではこういうのはどうでしょう。近々、組織の再編を行うことは決まっています。詳細はまさにこの後から話し合いますが、スパイはそのタイミングで一箇所に集めてしまっては?」

「……いいと案だと思います。現状ですと、スパイ同士であっても違う組織であれば、素性は分かっていないはずです。しかしスパイを務めるような人間であれば、どこかしらお互いに違和感を抱く部分はあるのではないかと思います」

「そうです、そうです。あれ、あいつスパイかな? あ、こいつもスパイなんじゃ!? この状況に違和感を覚えない無能なら、スパイなんて務まりません。その内に気が付きます。その班が、スパイだけで構成された班であることに! そうと思い至った時、彼女たちはかなり焦るのではないでしょうかね」

 ジョセフィンとフレデリカは交互に補強するように、意見をまとめていってくれた。なるほどね。これは面白い。


「それで、どうなるんだ?」

「スパイだけで編成された班なんて、偶然に出来るはずがないですよね? 当然、彼女たちはその意味を考え、行動に移します」

「ええ、恐らくはバレていることを雇い主に報告するでしょう。同時に姿を消そうとすることは間違いないでしょうね」

 ウチというか、私たち幹部や古参のメンバーが甘くない連中だってのは、それなりに在籍期間のあるメンバーなら誰でも承知してるはずだ。内部事情に精通してるスパイだってもちろんね。内通者なんてやってた奴がどうなるかなんて想像は簡単にできる。だったら、スパイは逃げるしかない。泳がされてる現状に甘えて居座るなんて、できるはずがないからね。

「なんだ、逃がしちまうのかよ?」

「それでいいのです。スパイだけを編成した班を作ることは、あらかじめそれと承知していなければ不可能なことです。それもそこそこの人数をまとめてですよ? 全員まとめてずっと泳がされてきたのだと、察知するには十分な状況です」

「相手の親玉には、全部バレてました、無駄な仕事でしたってことが伝わるでしょうね。転じて、ウチが泳がせていたスパイを追い返した意味くらいは考えてくれるんじゃないですかね。これ以上余計な事をすれば、どうなるか~なんて」

 うーむ、種明かしをされても、なかなか難しい内容に思える。

「そう上手く伝わるもんなの?」

「はい、その手の輩は色々と深読みしてくれる手合いです。問題ないでしょう」

 そんなもんか。取り敢えずの方針はここに決まった。


 敵のスパイを集めた特別班は、全く気付かれなくても困ったことになるんで、一応は分かりやすくいくことになった。

 戦闘班からも事務班からもスパイを集めるから、現状のキキョウ会の編成からするとどう考えても不自然な形だ。それに加えてこの班の班長と副長は、ジークルーネとグラデーナが直々にやるし、秘密の班として表立っては公開すらしない特別班として編成される。

 相手が楽観的な考えなら、これは秘密に触れるチャンスと考えるかもしれない。聡い奴なら不自然すぎる状況にすぐ危険を察知するだろう。こっちとしては感づけよと言ってるわけだから、どうなるか見ものね。


 他にも二重スパイをやってるメンバーの処遇も考えることになって、現状維持のメンバーと潮時としてスパイを止めさせるメンバーとかも考えることになった。

 ウチは人を使い捨てにする気はない。禊を済ませたと思えるケースだってあるだろう。これは具体的にはあとで情報班で適切に判断させる。


 あとはだ。スパイは役に立ってる以上、全部を追い出したりはしない。気付いてないふりをして泳がせておくのは、少数ながらもそのままにしておく考えだ。もちろん、鋭く状況の変化を察知する奴なら、警告を与えた連中と同じようにして姿を消すだろう。まぁ、それは仕方ない。どっちみちスパイは順次送り込まれてくるんだ。居なくなっても増えるとなれば、そこまで気にすることはない。


 全体としてスパイの処遇は、大多数を追い出す。少数はそのままにする。こんなところで進めることになった。



 ただ一つだけ、重大な問題がある。

 それは、物資の持ち出しは認められないってことだ。

 例えばメンバー全員に支給してる上級回復薬や魔法薬。それとキキョウ会特製の外套。特に外套の持ち出しだけは決して許さない。

 つまりは、姿を消すときには没収しなければならないんだ。とういうことはだ。いつの間にか姿を消させるようなことがあってはならないってことになる。


 今回は逃げることだけは許そう。実害はなかったし、雇い主へのメッセンジャーとしての役割もある。

 でも、それだけだ。メッセージ以外のお持ち帰りは断じて許す気はない。

 どこかのタイミングで、そういうのを分からせる必要もあるわね。このまま姿を消すとなったら、絶対に有用な道具は持ち出そうとするだろうし。

 情報班には見張りの徹底と、いざという時には追いはぎをしてもらなくちゃならないわね。



 色々と面倒が付きまとうけど、これから行うキキョウ会の再編には地ならしが必要だ。

 足場が緩んでる状態で、そこに何かを築き上げることなんて、できるわけがない。

 裏切者についてどうするかってのは、まさにそこにかかってくる話だ。


 そして組織の再編は、これまでにずっと考えてきたことでもある。

 人数が増えれば行動する集団単位の数も相応に増える。増えるとなれば、リーダーの数も同じく必要になってくる。

 役割の分担も多くなる。そこにもまたリーダーが必要だ。


 現状の私たち少数の幹部が、全てのメンバーに目をかけるなんて到底無理な話だ。面倒を見切れる状況じゃなくなってるのは、まぎれもない現実。

 無理なら無理にならない体制に作り変えるしかない。

 我がキキョウ会は、そういう時期にきてる。

 そして私は変化を恐れない。必要に応じて考え、それを大胆に実行する。それだけのことだ。


 キキョウ会の幹部は誰もが頼もしい。私の考えや気持ちを理解し、付いてきてくれる。

 彼女たちが居てくれるならば、それこそ万人力だ。なにも恐れることはない。

 どんな困難にも打ち勝つ力があると、断言する。

 だからこそ私は思ったことをやる。やり通す。どんなことだろうがね。


 一般的に言って環境の変化を恐れる気持ちは理解できる。

 変えてしまって、もし現状よりも悪くなったら?

 想定外の弊害を生み出してしまったら?

 誰かにとって著しく納得いかない人事だったら?

 これらによって内部分裂にさえ繋がりかねない、最悪の事態を起こしてしまったら?


 そんなくだらないことを考えてる奴には、改めて言ってやろう。


 私たちはどんな困難にも打ち勝ち、求める未来に向かって突き進む。思ったことをやり通すんだ。その決意がある。これがキキョウ会であり、私たちが組織として生きる意味だ。一人では無理なことも、人数が集まれば可能になることは山ほどある。それも実力者がそろったなら、可能性は無限大だ。

 心を決める。意志を固める。腹をくくる。表現は色々とあるけど、ようは決めてしまうことだ。決めてさえしまえば、物事は案外単純に考えられる。


 そうだ。この決意を胸にした私からしてみれば、組織再編如き、全然大したイベントじゃない。


随分前にも一度はお話に盛り込んだことがありますが、今回は裏切者やスパイに対する処置を話し合いました。

そして以前より予告していました組織再編に繋がります。


次回「キキョウ会、再構築」に続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ