打ち上げ花火
いい知らせを聞き、食堂のおばちゃんが作ってくれたいつもの味を噛みしめ、束の間の休憩を取ったら、もう時間だ。
カジノの警備や事務班、その他の外せない仕事を抱えた人員、そして見習いを除いたすべてのキキョウ会メンバーが出撃する。最低限の残す人員が結構いるけど、それでもウチにしては大所帯だ。
本部の事務室じゃ狭いんで、地下訓練場で作戦会議を行う。まぁ、今さら凝ったことはやらない。長い話にはならないはずだ。
「……出撃するメンバーは揃ったわね。副長、始めなさい」
鋭角的なシルエットをした月白の外套を羽織ったジークルーネは、ただそこに立ってるだけで絵になるカッコ良さだ。
ちょっと前に作らせた業物の長剣を持つと、物語の中の騎士にしか見えない。堂々たる振る舞いも実に大したもんだ。熱い眼差しを送ってる若衆がちらほらいるのもまぁ、ご愛敬だろう。
ふふ、なんだろう。事ここに及んで、私も結構余裕があるわね。
ジークルーネは私に向かって頷くと、一度大きく息を吸い込んでから話し始める。
「ではこれより、この戦争をいかにして勝つか、その話を始める。まず目的だが、我々は完全勝利を収めなければならない。これ以外は敗北と思え。完全勝利の条件はいくつかあるが、全てを成し遂げろ」
一旦、全体を見渡してから続ける。
「……よし、まずは不良冒険者どもだ。こいつらは全員始末しろ。一人も逃がすな。幾人かは捕らえるが、それは会長とわたしとで行う。皆は生け捕りなど気にせず、一切の容赦を加えるな。次に本命のノリッジ・カーティス・ヴァリドだ。こいつは殺すな。重要参考人として必ず捕らえる。間違っても殺してはならないし、自害も許すな。手加減や確実に捕らえることに自信のない者は、そもそも手出しを控えておけ」
そうだ。ギルド長は色んな意味で殺すわけにはいかない。聞きたいこともあるし、殺してしまって口封じをしたと思われちゃたまらないからね。妙な誤解や言い掛かりはもうたくさんだ。
「そしてヴァリドが悪事に加担していたことの証拠を押さえねばならん。ここで強力な援軍を得ることに成功した。オフィリア!」
「ああ、冒険者ギルドの前ギルド長の協力を得られた。ヴァリドの野郎の行動パターンなんかも、熟知してる手合いだ」
うん、これは思ったよりも強力な援軍だ。
「そういうことだ。ついては遊撃班にはヴァリドの私邸を襲撃してもらう。こちらには捜索の為、情報班も同行する」
私邸の襲撃なんて私は全然考えてなかったからね。言われてみれば重要な証拠があったとして、それを律義にギルドの中で保管してるとは限らない。
もしそこが空振りでも、他にも心当たりがあるみたいだ。そこまでできるなら、証拠の確保については期待もできる。
「それと前のギルド長だけじゃねぇ。不良冒険者どもに恨みがあるって奴らが大勢いる。あたいらが冒険者に事情説明をしてたら、参加させろってのがかなり集まりやがった」
「冒険者に限らず奴らに強い恨みを抱いている者は多い。有志としてキキョウ会の援軍に加わりたいとの申し出が多くあった。我々はこれを受け入れ、彼らには一翼を担ってもらう」
まともな冒険者連中が、こっちの陣営に加わることの意味は大きい。はっきり言ってありがたいことだ。数は少ないけど、そこそこの実力者だっているからね。
それに恨みがあるって連中の意を汲んでやることも必要だろう。私たちだけが奴らにムカついてたわけじゃないんだ。邪魔するのは野暮だし、快く受け入れてやる。大サービスでウチの人員も何人かはフォローに回す。回復薬だって惜しみなく使わせてやろう。それとジークルーネの方針もすでに伝達済みらしいから、これから揉めることもないだろう。
まぁ、嫌ならはなからウチの襲撃に加わりたいなんて言ってこないだろうから、揉めないのは当然よね。
あとはいくら有志だからって、私たちが始めた戦争で誰かに死なれちゃ後味が悪い。戦いに犠牲はつきものだけど、できる限りは生きて帰って欲しいもんだ。
無論、キキョウ会から戦死者なんて出すつもりはない。そんな弱者をメンバーにした覚えはないんだ。
「まだ援軍はいる。これは直接的な戦力ではないが、ある意味ではもっと恐ろしい連中かもしれん。マーガレット!」
「はい! 街中に広報に回っていた際に、新聞ギルドからの取材オファーを受けました。正式なギルドメンバーの記者で、今回の戦争を密着取材させて欲しいそうです」
「冒険者ギルドの不審な動きについては、新聞ギルドでも強い関心があるらしい。これを受け入れ、奴らの醜悪な正体を存分に見せつけてやりたい」
不良冒険者の集結自体が証拠の一つとなるに違いない。ギルド長を守るために不良冒険者だけが集まってくるなんておかしな話だ。さらには真っ当な冒険者は傍観か逆にウチの戦力として戦いに加わるんだ。まともに取材をする気のある記者なら、これがどういうことか分からないはずがない。
形としては従軍記者みたいな感じでウチの部隊に紛れ込ませてやるんだ。冒険者ギルドのスキャンダルがスクープできるとなれば、やりたがる記者はいくらでもいる。
元より悪役のキキョウ会が、さらなる悪役を押し付けられたって面白い記事にはならないし、そっちの方が大衆も飛びつくだろう。
それとね。私たちキキョウ会の強さを、まざまざと見せつけるいい機会でもある。いまだに疑ってる連中がいるからね。
ただ、記者が紛れてるのを知れば、敵も優先的に叩きに来るだろう。なんとしても守る必要はある。そこは面倒ではあるけど、今回の場合にはメリットの方が大きい。
「それだけ戦力が集まるのはいいがよ、配置はどうする?」
「情報班の偵察によれば、敵の戦力はギルドが集まる中央広場を中心に、壁を作るように広く展開している。それでも分厚い壁らしいが我々ならば問題ない。こちらの配置は奴らを逃がさないよう、取り囲む形を維持しながら敵を包囲殲滅する」
「そうすると、どこが正面ということもないわけですか」
「そうなるな。後方からの支援部隊や予備部隊を除けば、お前たちは全員が正面を受け持つと理解しておけ。具体的な場所は後ほど振り分ける」
ちなみに私は後方から支援する役割だ。後ろから戦況を見守って、随時投擲や魔法によるバックアップを行う。
「よっしゃ、腕が鳴るぜ!」
「ただし、だ。敵の包囲を破った先、冒険者ギルドの前を固めるのは奴らの精鋭だ。ここを受け持つ部隊は先に決めておく」
その一言で熱が高まる。自分にやらせろ、そんな声が聞こえてくるようだ。
真っ先に名乗りを上げたのは、やっぱりというかグラデーナだ。
「ジークルーネは今日は留守じゃねぇけど、いつものように後方でいいんだろ? やっぱりあたしが先頭に立つぜ!」
ずるいぞ、あたしにやらせろ、なんて微妙に本気で怒ってるっぽい声も聞こえる。戦意旺盛で結構ね。
「待て、グラデーナ。後方でいいかと聞いたな? わたしはこのキキョウ会、ユカリ殿の副長だぞ。その質問はわたしとて腹に据えかねるな。詫びとして、この戦争の一番おいしいところを受け持たせてもらおうか。それと、偶にはわたしに譲れ」
うーん、なんだかね。ひょっとして、この戦争を一番楽しみにしてるのって、もしかしたらジークルーネなんじゃ……。
最終的にどうするのかってことなのか、視線が私に集まる。
「……いいわ、偶にはあんたも思う存分暴れてきなさい。ジークルーネに付ける部隊は各班から幹部が選抜すること。この班は包囲殲滅よりも前進を最優先に。敵の壁を食い破ったら、即座にその精鋭どもに向かうこと。とことん力の差を見せつけてやんなさい! 苦戦なんかしたら、すぐに私が手を出すからね?」
「ユカリ殿に手間を掛けさせるわけにはいかんな。しかし、全く問題ない!」
いつになく副長が熱いわね。張り切ってくれてる分には別にいいけどさ。
そしてだ。こっちはこっちで重要な役割を担ってもらう。
「グラデーナは有志の部隊に混ざって、あんたの強さを見せつけてくること。ウチの評判に関わることだからね、情けない姿をさらしたら承知しないわよ?」
「へっ、あたしの強さにビビッて、他の奴らが使い物にならなくなっちまうかもな。ついでにそいつらのお守りもしてやるぜ!」
面倒見のいいグラデーナは、きっと見ず知らずの有志で集まった人たちを守りながら戦ってくれるだろう。そういう意味でも適材適所だ。
度胸も半端じゃないし、強さについては疑うところなんて一切ないしね。
「だったらあたしも、そっちに手を貸そう。いいか?」
「おう、お前なら適任だぜ、ゼノビア! お前なら百人、いや千人力だな!」
うん、ゼノビアも適任だ。傭兵上がりの強さはグラデーナに匹敵するし、周囲を気遣う戦い方も一流だ。それにゼノビアが使う加速魔法は、連携のない寄せ集めの部隊で輝く場面がきっとある。
この後で各班には詳細な受け持つ配置が伝えられていった。
「そろそろ出撃だ。援軍は六番通りに集結させているから、道すがら合流する。では、ユカリ殿」
別にいちいち私に振らなくてもいいんだけど、号令くらいはかけるべきか。
一度全員を見渡してから、出撃の命令を下す。
「……敵は冒険者ギルド、滅多にやりあえる相手じゃないわ。だからこそ、存分に楽しんで来い! そして、奴らに地獄を見せてやれ! 行くわよ!」
颯爽と先頭に立って歩き出す。
穏やかな月夜。少しの間、深夜の散歩と洒落込もう。
月白のエレガントな外套の背中には大きなキキョウ紋、胸元にも紫水晶のキキョウ紋を付けて、手には白銀の超硬バットを持つ。
紫紺の髪は魔道具のかんざしでまとめて、足元の頑丈なブーツは勇ましくカツカツと音を立てる。
見事な墨色と月白の外套にキキョウ紋を背負った集団は、思い思いの凶悪な武器を持って、意気揚々と足を運ぶ。
不敵で自信に満ちた笑顔を浮かべる表情は、溌溂として魅力にあふれ、目にした者には恐怖よりも感心か好意しか抱かせないだろう。自慢のメンバーたちだ。
ギルドが集まる中央広場まではそう遠くない。乗り物は使わず、徒歩で移動する。
途中で有志の戦力や記者と合流すると、幹部とその補佐が手早く具体的な配置の通達をして、記者たちは各部隊に吸収する。
そして、歩きながら散開して配置に向かう。
少しずつばらけていって、最後に私の傍に残るのは、直属の護衛のヴァレリアと、私の指示を伝達する役割を担うヴィオランテ。それと僅かな予備部隊だけだ。
私たちは戦況を把握できるように、勝手に背の高いビルの屋上に侵入してる。ここなら投擲の射線も通るし、どこの部隊の状況もよく分かる。
周囲には幸いなことに、のこのこと歩き回ってるようなバカもいない。関係各所が気を利かせたのか、無関係な人の近辺への出入りは全くない。
それでも大々的な宣戦布告をバラまいたんだ。興味を持ってる人もかなり多いらしく、離れた建物の中からは様子をうかがってるのもたくさんいるみたいね。
邪魔にならないなら存分に見ればいい。むしろキキョウ会の強さを目に焼き付けろ。
ヴィオランテが各班の班長に繋げた音声から、準備完了の報告が順次届く。ここなら目視でも確認できるけどね。
敵も私たちの動きに気付いてはいるだろうけど、向こうは向こうで鉄壁の陣を組んだつもりでいるんだろう。動く感じはない。きっと準備万端で迎え撃つって感じなんだろうね。
いいわよ、それごと粉砕するのが完全勝利に含まれるとでも思っておこう。
「会長、すべての班が配置につきました」
「うん、じゃあ始めようか。私の声をみんなに繋げて」
風の魔法を伝って、班長だけじゃなく全員に私の声を届かせる。
指示は短く、分かりやすく。広範囲におよぶ伝達は、ヴィオランテでも大変なんだ。
よし、じゃあやるか。
「……準備はいいようね。始めるわよ」
一つ息を吸い込んでから、最初の指示を下す。
「囲め」
各方位に点在する部隊を展開して完全に包囲する形に変える。ウチのメンバーは漏れなく全員が強者なんだ。どこかが穴になるなんて考える必要はない。もし敵にも想定以上の強者がいて苦戦するようなら、隣や後方のメンバーがフォローすればいい。それだけのことだ。
有志の部隊は連携がなってないから少しもたつくけど、そこはグラデーナとゼノビアやウチのメンバーがフォローする。
周囲には建物が多いから死角も生まれるけど、そこは私のように各班には後方支援組もいる。そこのフォローによって、見落としをなくすんだ。
そう、フォローが重要なんだ。私たちは単独でも強者だけど、チームなんだ。それぞれの適切なフォローによって、さらに戦力は増大する。
包囲の輪が完成すると、次に移る。
「狼煙を上げろ」
照明弾となる持続時間の長い光魔法を打ち上げまくって、煌々と辺り一帯を照らし出す。
中央広場一帯は歓楽街じゃないから、深夜になると灯りが少ない。街灯もあるけど、それだけじゃ薄暗いからね。記者やギャラリーにもよく見えるようサービスしてやらないと。
これで準備は整った。
「最後にもう一度だけ言うわ。奴らに、地獄を見せてやれ!」
言うと同時に、私からも狼煙を打ち上げてやる。
それは持続時間の短い光魔法だ。
高々と打ち上げた光魔法は大きな球状に広がって、細かな柳の葉の集まりのような形状を描く。さらには色が次々と変化したあとで、はかなく消えてゆく。
夏の終わりに相応しい、風流な打ち上げ花火だ。
はかなく消えた光を見届けた直後。
深夜の中央広場に鬨の声が轟く。
前ふりが長くなりましたが、次回からやっと戦いが始まります。
来週もよろしくお願いします。




