権威との対立
「ぶっ殺す! ギルド長だかなんだか知らねぇが、もう決めた。だれも止めんじゃねぇぞ!」
「舐めやがって! ふざけるにも程があんだろ!」
「あたしらがヤッたのは不良冒険者どもだけだぜ? 犯罪者って意味なら、ウチよりも悪質な奴らだったろうが!?」
瞬間的な怒りの発露に、罵詈雑言が次々と飛び出す。
握りしめたグラスが砕け、テーブルを叩く勢いも激しい。このままだと頑丈な家具も壊れてしまいそうだ。
「おう、ユカリ。戦争って言ってたらしいじゃねぇか。上等だ、あたしは乗ったぜ」
「たりめーだ! ここまでされて尻尾巻いたら、それこそキキョウ会はお終いだ!」
「奴らもここまでして、今さら命が惜しいなんて抜かさねぇだろうよ。やってやるぜ!」
武闘派筆頭のグラデーナ、ポーラ、ボニーは今にも殴りこみに出かけていきそうだ。
気持ちがよく分かるだけに、その怒りを私は心地よく受け止められる。やっぱりこいつらは頼りになる愛すべき仲間たちだ。
それに普段は割と穏やかな連中も、今回ばかりは怒りに満ちた表情を露わにしてる。
「いくらなんでも酷すぎます」
「天下の冒険者ギルドが、こりゃあないっすよね」
「……これが冒険者ギルドのやり方か? 見下げ果てたな」
「ふん、下らんことをする連中じゃな」
怒りと共に吐き出されるのは、呆れたような言葉と不信感に満ちた言葉だ。
どこのギルドだって後ろ暗いところの一つや二つくらいはあるだろうけど、今回のは明らかにおかしい。
全ての元凶は不良冒険者の方だ。これは街の住人ならば誰もが認める疑いようのない事実だ。
その犯罪行為は凶悪極まりなく、取り締まるべき街の治安維持機構が機能してないエクセンブラにおいては、キキョウ会のような裏社会の組織がそれを代行してる状況なんだ。特に徹底的に取り締まりをしたキキョウ会のシマは、現状では一番治安がいい地区とさえ断言できる。
「ヴァリドの野郎、胡散臭い奴だとは思ってたが、まさかここまでやってくるとはな」
「なぁ、冒険者に未練がある奴はいるか? 少なくともあたしはこのエクセンブラじゃ、どうあっても復帰するつもりはないぞ?」
「この件はとてもじゃないけど許せないね。邪魔をするなら知り合いの冒険者でも容赦はできそうにないよ」
「……あたしも、怒ってます」
元冒険者組も険しい表情で怒りを露わにしてる。
こっちはこっちで古巣の横暴には別の意味でも頭にきてるみたいね。大人しいミーアの怒った顔なんて滅多に見られるもんじゃないし。
「オフィリアはこのギルド長を知ってんのか?」
「ああ、情報を仕入れに行ったときに偶然会ったくらいだがな。でも話にならねぇ奴だったって印象しかないな。冒険者ギルドのトップっつーよりも、腹黒い貴族みたいな野郎だった」
「……たしかヴァリドは貴族だったって話のはずだよ? 元、だけどね」
ヴェローネの補足に引っ掛かりを覚える。元貴族か。
「わたくしの記憶にもヴァリド家の名には覚えがありますわね。たしか、ヴァリド家は官職の法服貴族だったはずですわ。もう滅びた国の法服貴族になんて、特に意味があるとは思えませんけど。そんなことより、行政区は黙って見ているんですの?」
法服貴族ってのは、行政上の官職を担う役人みたいな存在だったはずだ。爵位があるわけでも領地があるわけでもない、名ばかりの木っ端貴族ね。それでも司法を担うようなポジションであれば、権威もあるし話は変わってくる。
まぁ、シャーロットが言うように滅びた国の役人貴族の地位なんて、別にどうでもいいわね。
そして怒りとは別の思考を走らせる連中もいる。
「たしかに、この独断専行は気になりますね」
「明らかに不自然です。情報班になにか心当たりはありますか?」
キキョウ会にはこういう考える頭がいてくれる。熱くなりがちな私たちにとっては、なおさら心強い仲間だ。
他にも続々と交わされるみんなの会話。それを聞いてると、私にもおぼろげながら何かが見えて来た。そんな気がする。
「おう、細けぇことは後にしろ。取り敢えず、ぶちのめしに行くぞ」
「ユカリ、戦争しに行くんだろ? 一番槍はあたしに任せてもらうぜ!」
勇ましい意見に答える前に、ここでずっと様子を見守ってたジャレンスが動いた。
部外者らしく後ろに下がってたジャレンスが中央に進み出る。
この場で唯一の男性であるジャレンスは、ただそこにいるだけでも結構目立つ。恰幅もいいしね。
「失礼します! 発言を、お許し願えますか?」
みんなから浴びせられる鋭い視線や殺気にも動じず、堂々と会長の私に向かって発言の許可を申し出る。
自慢の幹部たちから浴びせられる殺気なんだ。それを表面上だけでも平然と耐えること自体が並大抵の胆力じゃない。
ここで尻込みするようなら、そんな奴の話なんて聞いてやるつもりはなかった。いくら世話になってるジャレンスであってもね。
私は正直、この男を見直した。
この度胸、根性を示した奴の話なら、聞く価値はある。そう感じたのは、きっと私だけじゃないはずだ。
「……この私、紫乃上が許すわ」
この場にいる全員に向かってプレッシャーを放つ。誰であっても邪魔は許さない。この私が、どんな話なのか聞きたいんだからね。
無論、つまらない話だったなら即座に切り上げさせる。
……うん、どうやら血気盛んな武闘派連中も、少しだけ冷静さを取り戻したらしい。聞く耳を持ってくれた。
商業ギルドの理事は居住まいを正すと、その地位に相応しい威厳を見せながら話し始める。
「本日、このジャレンスは商業ギルドの総意を受けてこちらに参りました。始めに商業ギルドの立場を申し上げますと、今回の冒険者ギルドの提案に乗るつもりは毛頭ございません。当然ですが商業ギルド傘下、全ての商会や商店、商人にもこの横暴には断固拒否するよう勧告を確約します。並びに行政区、各ギルドにも同様の勧告を即時進めています。これは現在進行形で、すでに行われています。返答については一度ギルドに戻って確認する必要がございますが、見通しとして冒険者ギルドに賛意を示すのは限定的と思われます。なにより、昨今の不良冒険者の問題とキキョウ会のご活躍は、知らぬ者が居ないほどの大事件でした」
身振り手振りを交えた見事な演説は、商人よりも政治家向きかもしれない。
「したがって、キキョウ会の皆様におかれましては、今後のためにも無茶は控えていただきたいのです。冒険者ギルドだけが特別ではありませんが、相手は世界規模の組織です。完全に敵対してしまっては、問題はエクセンブラだけには収まりません。皆様のお怒りはごもっともですが、落としどころを見極めなければ損をされるのはあなた方になってしまう可能性も否定できません」
キキョウ会から直接、間接を問わずに様々なルートで商業ギルドに流れ込んでる金は莫大だ。ウチが凋落してしまえば、それはまるっと失われる。
金は天下の回り物。私の方針として、キキョウ会関係者には金が潤沢に回るよう配慮してるってのもある。
それにウチはケチケチせず金払いがいいし、個人としてもメンバーは金遣いが荒い。大口の取引先に留まらず、個人商店の類からの人気も高いんだ。みかじめ取ってる側として異例のことだろう。
あらゆる商店や商人の儲けは、商業ギルドの利益に直結するんだから、彼らがキキョウ会を重視するのはむしろ当然のことだ。それは懇意にしてるジャレンスに限らずね。
そして商業ギルドだけじゃなく、他のギルドだってウチの恩恵を受けてるのは意外と多い。直接的じゃなくても間接的にはね。
感情ってのは無視できない要素だけど、それを考えなくても関係各位の利益がキキョウ会を手放したがらない。
これはキキョウ会が根を張り、広げてきた成果の一つにほかならない。
話が終わったわけじゃなさそうだけど、理解を促すためか一旦話が途切れた。
ここで今まで黙って聞いてた武闘派が疑問を呈する。
「ちょっといいか? ごちゃごちゃと能書き垂れてるけどよ、それってあたしらに何もすんな、大人しくしてろってことか? まさかだけどよ」
「あたしにもそう聞こえたな。あんたの言ってることは分かったよ。あんなふざけた話に乗る馬鹿はいねぇってことだろ? でもよ、それとこれとは別の話だぜ」
「ふざけた話に乗る乗らないの話じゃねぇ。そのふざけた話を始めた奴のことを問題にしてんだよ、こっちはな」
ジャレンスの話を聞いても怒りが収まるなんてことは全くない。それは多分、全員同じだ。
「おう、ユカリ。さっきから黙ってるけど、お前はどうなんだ? 戦争するんじゃなかったのか?」
グラデーナの強烈な視線が私に向く。
ふん、会長舐めんじゃないわよ。
なにより私は噓をつかない女だ。言ったことは必ず守るし、必ずやる。
「あんまり舐めてると、あんたでもぶっ飛ばすわよ? やるに決まってるじゃない、戦争」
「ユ、ユカリノーウェ様!?」
動揺するジャレンスを尻目にニヤリとして視線を交わす私とグラデーナ。まったく、本当はやるって分かってたくせに。
そろそろ私の出番だ。会長である私は方針を示すだけでいい。折角のジャレンスのアドバイスだって無駄にするつもりはない。
まだ朧気だけど上手くいかせる自信はある。みんなの力があればね。それを始めよう。
「ジャレンスさん、あんたの言ってることは一理あると私も思うわ。でもね、その場の損得だけじゃ世の中渡っていけないってのは、あんただって分かるはずよ」
「ですが、戦争などと言ってしまっては、冒険者ギルドも引くに引けなくなってしまいます!」
世の中建前が重要だってのは、私も重々承知してる。それを理解してれば、どうにかする手はあるはずだ。
ウチには色々な分野を得意としてるメンバーがそろってる。大いに期待させてもらうとしよう。これは丸投げみたいだけど、私からの信頼と受け止めて欲しいわね。
「引けなくなる、ね。つまりはメンツでしょ? デカい顔した連中が気にするのは、いっつもこれね。私たちが支部の一つにすぎない冒険者ギルドを叩き潰したとして、悪いのがギルド側であっても黙ってられない連中がいるってことよね。なにがなんでも、屁理屈でも嘘でも悪いのはキキョウ会だってことにして、世界中で犯罪者として祭り上げようって魂胆。どうせそんなところでしょ?」
単純なことだ。組織力の差はそういうことを可能にする。エクセンブラ限定なら上手くはいかないだろうけど、他の街や国ならキキョウ会はどうにもできない。
「端的に言ってしまえばその通りですが、冒険者ギルドの組織力は侮れません。なにか手があるのでしょうか? 商業ギルドの見解としては、無視を決め込むのが一番傷が少ないと判断しています。我々としても他のギルドと決定的に対立してしまうのは、避けたいところではあるのですが……」
んじゃ、そろそろ情報班の元締めに出張ってもらうか。
どうしてこんなことになったのか、その疑問に答えが出れば対策もできるはずだ。
だって、まず大きな疑問があるんだ。反発があるなんてことは簡単に予想がつくはずなのに、なんでこんなことをしたのか?
エクセンブラじゃ不良冒険者の問題なんて誰だって知ってることだ。こんなことをやらかして冒険者ギルドに反感を覚えない奴がいないはずがない。
奴らにとってはウチからの反発なんてどうでもいいことなんだろうけど、街の住民だって黙ってないはずだ。不良冒険者から一番の迷惑を被ってたのが住民なんだからね。
「出番よ、ジョセフィン、オルトリンデ。どう考えても不自然な今回の件、心当たりはある?」
冒険者ギルドがいくら世界的に人気の組織であっても、所詮は一組織にすぎない。それが勝手にどこかの集団の排除なんてやっていいはずがない。しかも大々的に他の組織まで巻き込んだ形でだ。そもそもの話でこれはどう考えてもおかしいんだ。
二人は顔を見合わせると、頷き合ってジョセフィンが答える。
「確認をとりたいことがいくつもありますが、だいたいの状況は推測できますね。ひょっとしたらこれ、わたしが原因の一因かもしれません……」
「……あんたが? どういうことよ?」
これは予想外の答えだ。みんなもざわっとし始める。
「えー、わたしがエクセンブラの貴族に対して、重要なポストに収まりそうな人への支援、もしくはポストに押し込むために活動してたのは知ってますよね?」
私が直接許可を出したんだし、それは忘れてない。幹部会でもそうしたことをやってる報告はしてあるから、ジャレンス以外は知ってることだ。まぁ、商業ギルドでもそういう動きは把握してるだろうけどね。
「それは成果を上げつつありました。たぶんですけど、追い落とされたか追い落とされそうな貴族が動いたんじゃないかと思います」
ここでいう貴族ってのは、全員が元貴族ではあるけど金も地位も保持してる連中のことだ。滅びた国でも統治機構は必要なんだから、それが上手くいってる限りは誰も文句は言わない。そうした連中のことだ。
「負け犬の貴族どもがキキョウ会を目の敵にし始めたってことか。行政にも手を伸ばすなら、そういう反発もそりゃあるわな」
「だけど、それと冒険者ギルドにどんな繋がりが?」
思案気にしながらもジョセフィンは状況を整理してくれる。
「簡単に言えばキキョウ会を目障りに思う連中の結託でしょうね。貴族は追い落としても、すぐに影響力がなくなるわけじゃありませんから無視できない力があります。不良冒険者の跋扈については証拠はないですが、これは冒険者ギルドの黙認がなければあり得ない状況でした。ギルド長は不良冒険者と繋がりがあったとしか思えません。その殲滅に乗り出したキキョウ会は、ギルド長にとっては邪魔な存在でしょうし」
「あの不良冒険者どもが、ギルド長と裏でつるんでたってのか? 天下の冒険者ギルドのギルド長がか?」
もし本当なら、それはとんでもないスキャンダルだ。証明できれば大きな武器になる。
そういや、ちょっと前に冒険者ギルドじゃ、新たなギルド長を決める際にゴタゴタがあったって話題になってたわね。ウチはあんまり気にしてなかったけど、そういう話はあったはずだ。
「あのギルド長、ヴァリドの奴が裏で色々やってるってのは、冒険者の間じゃ有名な話だ。あたいも噂で聞いただけだが、ネタさえあげちまえば勝ち目もあるな」
「後がない貴族連中と、手下の不良冒険者がやられて困ってるギルド長か。劣勢の連中が巻き返すためには、なんとしてもキキョウ会を追い込むしかなかったわけだな? ほかにもまだ手を貸している連中もいそうだがな。というより、ガンドラフト組とマクダリアン一家は不良冒険者どものパトロンだったんだろ? なおさら分かりやすいじゃねぇか」
権威をかさに着た連中が追いつめられて強硬手段に打って出たって構図か。そしてキキョウ会を邪魔に思う連中が手を組んだと。
まぁ、裏社会の連中は今は置いておこう。いつかの対決は避けられないと私も思ってるし、嫌がらせなんて今さらのことだ。それよりも貴族と冒険者ギルドだ。
世界有数の急成長を続ける大都市エクセンブラを支配する貴族と、同じくエクセンブラに拠点を置く天下の冒険者ギルドのギルド長。
普通に考えれば、相手は物凄い大物だ。
だけど連中は追い詰められてる。別にそうしようってやったわけじゃないけど、結果としてキキョウ会がそれを成したわけだ。ウチもやるもんね。
うん、だいぶ分かってきたわね。
そこまで分かってるなら、あとは簡単だ。
「待ってください。まだ証拠の問題が残っています。それだけの大物が証拠を簡単に掴ませるはずがありません。そもそも残しているかも分からないのですよ? どうするつもりですか?」
「その通りです。その問題は重要ですが、証拠を掴むのは容易ではありませんよ」
証拠ね。それが重要だってのは、もちろん分かってる。
権威のある、そして大きな力を持ってる連中ってのは、大体が相手を舐めてる。
まさか貴族に、天下の冒険者ギルドに、正面から喧嘩を売る『組織』があるなんて想定外だろう。だから相手を舐める。そんなことをするはずがないってね。もしそんなところが現れたとしても、簡単に潰せる自信だってあるだろう。
今回、キキョウ会がジャレンスの言うように、無視するのが一番傷が少ないからって大人しくしてたとしよう。
するとどうなる?
キキョウ会は間違いなく侮られる。その影響は決して無視できないネガティブな印象を残すことになる。所詮は女。権威には逆らえない連中だってね。そして権威を使って何度も同じようなことが繰り返されることになる。この場だけ乗り切ったって意味はないんだ。それどころか悪化する。
つまり、キキョウ会は強行突破をするしかないんだ。なにもかもを食い破って叩き伏せる。ぶっ潰す。
奴らが終わるか、私たちが終わるか。これはもう、互いの存在を賭けた戦争だ。
戦争ってのは強固な意志と意志とのぶつかり合いだ。
相手の規模や強さの前に、全てを賭けるくらいの覚悟がなくちゃ始まる前から負けたも同然。どんな相手だろうと、今できる全力を尽くなきゃならない。
奴らからしたらキキョウ会は社会的弱者である女が寄り集まった小集団にすぎない。逆にキキョウ会にとって相手は大物。ウチはそいつらに比べたら、遥かに規模の小さな組織だ。でも、そこに付け入る隙はある。
無論、私はありとあらゆる意味で、この戦いに勝利するつもりだ。
えー、今回はいつもより文章量多め、約7000文字程度の分量がありました。
が、思ったよりも話が進んでおらず、すみません。
次回、「開戦の布告」に続きます。
派手に行きます。




