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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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要人訪問前夜

 ロスメルタの隠れ屋敷、そして刑務所の正門から堂々と外に出ると一言。

「シャバの空気が美味い!」

 なんちゃって。頻繁に抜け出してた私が言えたセリフじゃないわね。

 外にはロスメルタが手配した車両があって、私を乗せてくれる。拠点まで歩くと遠いからね。送ってくれるならありがたい。


 夕方、日が沈む前に到着した我がキキョウ会の王都拠点。久しぶりに改めて見ると、我ながら呆れかえる。

 キキョウ会の拠点はまさしく要塞だ。

 高くそびえる見るからに頑丈な塀に囲まれた大きな敷地。プリエネが改修を加えたのか、当初作った時よりも重厚感と威圧感が増してる。


 そんな要塞の正面に降り立った私を迎えたのは、お馴染みの妹分、ヴァレリアだ。

「お姉さま!」

 偶然か妙に鼻が利くのか、とにかくいち早く私の元に駆け付けてくっついて来る妹分を受け止めると、いつものように柔らかな髪を狼耳ごとわしゃわしゃと撫で回す。相変わらず手触りが気持ちいい。

 私もあちこちを触られたり匂いをかがれたりするけど、好きにさせておいた。ほかならぬ妹分だからね。

「ヴァレリア、久しぶり。みんなは?」

「見回りに出ているのが少しいますけど、ほかは揃っています」

 私たちは久しぶりのスキンシップに満足すると、連れ立って拠点の中に入った。



 要塞化した門を開かせて中に入ると、やっぱり全体的な頑健さに拍車がかかってるのが見て取れる。

 改修の指揮を執ったであろうプリエネの趣味なのか、どこもかしこも質実剛健とした重厚な軍事拠点そのものといった雰囲気だ。倉庫群は潰さずに改修してるらしく、大人数を収容することもできそうだ。なんか背の高い塔みたいなのもできてるわね。見張り台かな。

 ただ、そこらでちらほらと見掛けるのが気崩したキキョウ紋の外套を羽織った女だけってのが、ちぐはぐな印象だけど。


 嬉しげに挨拶を送ってくる若衆に応じつつ、一番最初から手を加えてた本丸ともいうべき旧倉庫に入ると、待ち構えたようにして幹部が勢揃いして待っていた。門の辺りで私を見た若衆が知らせてくれたんだろう。

「ユカリ、戻ったな!」

「ムショはどうだったよ?」

「お勤め御苦労さん」

 その言い方はやめて欲しい。

「ユカリさん、出てこられたんですね!」

「こっちはこっちで大変だったんだぜ?」

 口々に言いながら再会を喜ぶ。そこそこ久しぶりだし私も嬉しい。みんなの軽口を聞いてると帰って来たって感じがするわね。


 それでも雑談よりもまずは状況確認をきちんとやっておこう。

「みんな、分かってると思うけど、私が出て来たってことは、状況が動き出すわよ」

 私があんな刑務所なんかに行ってたのは、伯爵夫人であるロスメルタと会って話をするためだったんだ。こうして戻ったからには、失敗したか上手くいったかってことだけど、誰も失敗なんて疑ってない。状況的に私がよっぽどの下手を打たなければ、話し合いは上手く行く確率が高かったと思うし、ダメならダメで別の手を考えるだけだ。

 会長の私がこんな感じだからね。若衆はともかく、幹部に心配性な奴なんて誰もいない。なにしろ、私たちにはどんな状況だろうと打開できる自信と実力があるんだから。

「だろうな。こっちもユカリがいない間に大体の始末はつけておいたぜ」

 グラデーナがニヤリとしながら端的に成果を報告すると、みんなが頷く。頼もしいわね。

「さすがね。始末がついてるなら話が早いし、雑事が残っててもそれは後回しよ。そうね、若衆も含めて全員で状況を共有しようか。見回りが帰ってきたら報告会をやるわよ」

「おう! だが、戻ってくるのはもう少しかかるな。風呂でも入ってくるか?」

 ああ、それはいいわね。浄化魔法で綺麗にはしてるけど、気分的にはゴシゴシと洗いたいし、全身でお湯に浸かるのは格別だ。待ち時間があるんなら、久しぶりに堪能しようか。


 なぜか一緒についてきたヴァレリアと軽く背中を洗いっこしてから湯船に身を浸す。

「……あ~、気持ちいい」

「……はふぅ~」

 風呂場を作ったプリエネもいい仕事するわね。貴族の家から失敬してきた資材を使って造られた風呂場は、とても急造とは思えないほどしっかりとした造りになってる。こうした芸当は私にはできないし、この技能を腐らせておくのも勿体ないわね。キキョウ会に建築部門でも立ち上げてみようか。ほわほわとした気持ちでなんとなく考える。


 そんなに疲れてるつもりはなかったけど、こうしてると湯に疲れが溶け出すかのように感じられる。あ~、気持ちいい。

「ヴァレリア、私がいない間はなにやってたの?」

 隣で寛ぐヴァレリアも目を閉じて気持ちよさそうだ。そんな妹分との語らいも大切な時間。久しぶりだしね。

「わたしは魔獣退治をやっていました。ミーアと新しい戦法を編み出したりしたんですよ」

「へ~、面白そうね。今度見せてもらわないと」

 そういうのを聞くとちょっと羨ましい。ずっと前に森で狩猟生活をやってた時、魔獣との戦闘では色々なことを学んだわね。またやりたい気持ちが湧き上がってくる。今なら今で違うことに気が付いたり思い付いたりしそうだし。

 そうして裸でヴァレリアとのんびりと話をして、のぼせる前に上がることにした。リラックスしすぎて眠ってしまいそうだ。


 風呂上がりにミントフレーバーのアイスティーを飲んでると、若衆からお呼びがかかる。

「会長、全員揃いましたよ」

「分かったわ。着替えたら行くからもう少し待って」

 脱衣所兼休憩所のような空間を、ちらっと覗く若衆の女の子だ。

 火照った体を冷ますためだったけど、半裸で冷たいお茶を飲んでるところは、あんまり人には見せるもんじゃないわね。なんだかじっと見られてるし、ヴァレリアも少しだけ恥ずかしそうだ。

 私たちは手早く服を着ると、みんなが待つ広間に向かった。



 勢揃いした王都遠征中のキキョウ会メンバーの前に現れると、無駄を省いてすぐに始める。

 ロスメルタは明日ここを見に来るし、実際に動き出すまでに時間の猶予はあまりないかもしれない。今夜中に片付けるべきことでもあれば、即やった方がいいわね。

「久しぶりに戻ってきたけど挨拶は省くわよ。まずは私から、伯爵夫人と話してきた内容を伝えるわ」

 話す内容としては簡単なもので、それほど長い話にはならない。


 ロスメルタの目的は、オーヴェルスタ伯爵家が主導する形での王都の平定。荒れたままの王都をどうにかするには、まずもって必要なことだ。

 当然、平定した後のことだって考えてるだろうけど、そこまでは私たちの知ったことじゃない。オーヴェルスタ伯爵家が王都で実権を握ることは、協力者となるキキョウ会にとって悪い話にはならないだろうしね。


 私たちキキョウ会が協力するのは、王都を荒らすだけで利益をもたらさない裏社会にはびこる外国勢力の排除だ。それも伯爵家が抱える戦力が表に立って、キキョウ会は伯爵家の戦力の一部として陰から力を貸す。陰からとはいっても、キキョウ紋を隠したりはしないけどね。

 外国勢力の組織だってたくさんあるはずだけど、標的の選定は全て伯爵家任せだ。私たちは協力者として動くだけだし、その面では気楽なもの。指定されたところに乗り込んでぶちのめすだけだ。


 そして王都の闇の深いところで暗躍してる蛇頭会の排除。

 エクセンブラでは蛇頭会とも相互不可侵協定があるから互いに手は出せないはずだけど、ここは王都だ。しかも奴らは表立っては出てきてない。そもそも間接的にではあるけど、何度もケンカを売られてる相手だからね。こっちが遠慮する必要なんて全くない。この機会に少しは奴らの戦力や資金源を削ってやろう。


「面倒なことは表に立つ伯爵家が引き受けるから、私たちは細かいことを気にしなくていいわ。それから、ここ王都でキキョウ会に敵対的な貴族や商人の情報も伯爵家から入手できる手筈になってるから、時間があればそっちも同時に潰したいわね」

 私からはこんなところだ。あとは私が居なかった間のことを聞きたい。


 グラデーナが代表して報告してくれる。

「さっきも言ったが、こっちは大体の始末はつけ終わってる。ゲルドーダスから聞いた、ウチに下らん企みをしてた連中と話はつけてきたし、盗賊退治も魔獣退治もあとはギルドに任せて問題ないぜ」

 うん、それが終わってるならちょうどいいタイミングね。雑事を色々と抱えたまま大事を始めるのは気持ちよくないし。伯爵家から教えて貰うキキョウ会への敵対者についての情報があるけど、それも大半はもう潰し終わってるだろうから、私たちにとって新たな情報は少ないに違いない。


「回復薬も潤沢。売るほどあるから」

 コレットさんと弟子による回復薬の生成も、これ以上は要らないほどに潤沢らしい。そうはいっても、これからガンガン使うと思うから無駄にはならないはずだ。伯爵家に提供すれば喜ばれると思うし、有料で売りつけよう。


 次いでジョセフィンからも。

「外国勢力の話がありましたけど、小規模勢力のいくつかは既に潰していますよ。この拠点の近所で商売してた売人関係ですけどね」

「そうそう、何人かヤクの売人を見掛けてな。ジョセフィンに売人から組織の繋がりを掴んでもらって、ついでに潰しといた」

 うーん、あっさりと言うけど、大したもんよね。

 確かにグラデーナには見回りがてらに、そういうのがいたら排除するように頼んでおいたけど……。

 話が早いどころか、背後の組織にまで実力行使済みだったとは。なんと頼もしき我がキキョウ会。


 それから、カロリーヌのことも話しておいた。王都で伯爵家に協力する仕事があるから、彼女は当分の間はキキョウ会には合流できそうにない。ただ、今回の件で伯爵家との繋がりもできたし、何かあれば私たちが手を貸すこともしやすくなるだろう。



 あとは明日のことだ。

 ロスメルタがここにやってくる。ずっと身を潜めてた彼女が姿を現すんだ。そうなれば、今まで様子を窺ってた有力な貴族家や裏社会は活気づくだろう。伯爵家を目障りに思ってる外国勢力なんかは特にね。

 もしかしたら、この機を逃すまいと即座に攻撃を仕掛けてくる連中だっているかもしれない。まぁ、この要塞じみたキキョウ会の拠点やデルタ号に襲撃をかけてくるのなんて、あんまりいないと思ったりもするんだけどね。

「グラデーナ、明日はデルタ号を出してもらうから」

「おう。それはいいけど、どこに行くんだ?」

「伯爵夫人がここを見てみたいってさ。だから迎えに行って欲しいのよ。一応はお偉いさんだから丁重にね」

 さり気なく伝える。

「はぁっ!? あたしが迎えでいいのかよ!? 丁重にって言われても無理があるぞ」

「あの伯爵夫人なら細かいことは気にしないみたいだから大丈夫よ。それにデルタ号の防御力は、要人の護送にはピッタリだからね」

 おまけにグラデーナの護衛付きなら上等すぎる。もうひとりくらい行って貰ってもいいんだけど、護衛としては伯爵家の騎士団が付いてくるだろうし、そんなにはいらないはずだ。

 それにお偉いさんの迎えなんて役割は、他のメンバーもやりたくないだろうし。現にオフィリアとアルベルトはなんとなく目をそらして知らん顔してるからね。私が行ってもいいんだけど、一応はホスト側の代表だからね。ここにどんと構えて待ってる方がいいだろう。


 内輪での話はこんなところかな。具体的にどうしていくかは明日の話し合いで決めるだろうし、これ以上のことはロスメルタ次第ね。

 今から慌ててやることもなさそうだし、今日はゆっくりと雑談でもしながら休むとしよう。


 キキョウ会は若衆が率先して掃除や整理整頓をやってくれるから、いつも清潔で過ごしやすい空間を維持してる。それに調度品は貴族家から失敬してきた物だし、ジョセフィン主導で模様替えでもしたのか、今は統一感のある内装になってもいる。

 前はごみごみと色々な物で溢れてたはずだけど、どこかに仕舞い込んだのか、別の場所で使ってるのか、少なくともこの広間はとても快適な空間だ。これならロスメルタと話をするくらいは申し分ない。こんなところも感心してしまうわね。

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