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エピローグ

 リチャードは三日間の入院の後、退院することができた。

 あれから一週間が過ぎて、エリザベスの日常はほぼ平和を取り戻している。

朝起きて、仕事をして、午後のお茶を楽しむ。そんな日が、とても大切でいとおしい。


 キマイラ研究会の長が雇っていた男たちはほぼ全員が逮捕されたらしい。らしいというのは、ヘザー警部からの伝言だからだ。


 ちなみにエリザベスの犯罪についてはどさくさ紛れのお目こぼしだ。

 建物の持ち主も、エリザベスを訴えるつもりはないらしい。訴えたら、自分が醜聞に巻き込まれるのがわかっているのだろう。


 レディ・メアリにはしっかりしかられたが、これはしかたのないところだ。


 マクマリー邸の居間には、大きなテーブルが用意されていた。


ソファには居心地いいようにいくつものクッションが積み上げられ、そのクッションには少々落ち着きのない様子でリチャードが横になっている。

 

「たいした怪我じゃなくてよかったわよ」

 

パーカーが注いだお茶を、リチャードの方へと差し出しながらエリザベスは笑う。


「それは私の台詞ですよ、お嬢様」


 あきれた口調でパーカーは言う。彼の胃薬の在庫が尽きてしまったことを知っているエリザベスは、そっと胃薬を差し入れてやった。しばらくの間は、彼の胃をいたわってやることにしよう。


「結局、ダスティの行方はわかっていないのよね」

 

エリザベスはそっと息をつく。明るくなってから、あの場所をもう一度調べてみたら、あの場には血痕が残されていた。


エリザベスの銃弾は、ダスティの足を撃ちぬいたけれど、彼の逃亡を阻止することはできなかったようだ。


死亡したのではないかと言われてもいるけれど、遺体が見つかっていない以上、生きている可能性は捨てきれない。警察も、まだ彼の行方を追い続けている。


「オルランド公爵も、あの場所で何が行われていたのか本当のことは知らなかったみたいだし、今回の件はこのまま鎮静化するのではないかしら。オルランド公爵を醜聞のど真ん中に放り込むわけにもいかないしね」


 キマイラ研究会に建物を提供していたオルランド公爵も、ダスティの目論見については知らなかった。彼は、あくまでも金銭が欲しかっただけ。


当面の間は、人の噂になることまでは避けられないが、そのくらいはしかたないだろう。


「あなたも反省すべきだわ。私はお金なんていらないって何度も言ったのに」

「それとこれとは別問題だよ……」


 弱々しい声でリチャードは言う。彼の目的も金銭だった。


「でも、婚約の話はしばらく止めておくことにする。君に堂々と求婚できるようになるまで」


 そう宣言するリチャードの方に、エリザベスはちらりと視線を投げかける。それからぷいっと顔をそむけた。


「じゃあ、君は、だよ? 何でキマイラ研究会に興味を持ったのかな? 助けに来てくれたのは感謝しているけれど」

「ああ――あれ、あれね……うちに置いてあった品が盗まれたからっ」

「安物だし、興味はないとおっしゃっていたようですけれども。彫像は焦げてしまいましたし、時計は『彼』とともに行方不明でお気の毒ですね」


 お茶のおかわりを注ぎながら、ちくりとパーカーは皮肉を言った。エリザベスはますますむくれた表情になる。


「それはそれ、これはこれでしょう? だいたい、欲しかったものは取り戻したもの」

「欲しかったもの、って何?」


 リチャードが問う。包帯を巻いたままの頭をかしげてエリザベスの方を見ていた。

 エリザベスは、自分の首にかけていたペンダントを取り出す。


「この、ロケットの中身。時計に入ってたんだけど、取り戻してこっちに入れたからもういいの」

「ロケットに入れるって……? 写真か肖像画くらいしか思い当たらないんだけど」

「昔の写真だけど、見る?」


 今度は、ソファに横たわっていたリチャードが少々むくれた表情になったけれど、かまわずエリザベスはロケットを開いてリチャードの目の前へとつきだした。

 ロケットの中身に、その場にいた人達の目が吸い寄せられる。


「これ、リズ?」

「そうよ、可愛いでしょう」

「――相手の顔が見えないな」


 ロケットの中に納められていたのは、椅子に座った少女と、その背後に立つ少年の写真。椅子に座った少女はこちらをまっすぐに見つめている。

けれど、背後にいる少年の顔は、上から紙が貼られて顔が見えないようにされていた。


「これでいいの。だって忍ぶ恋なんだもの」


こう写真を公開していては忍ぶも何もないはずだが、エリザベスはそれを気にしていなかった。


「昔、ちょっと好きだったのよね」

「……何だよ、それ」

 むくれたリチャードにエリザベスはにこやかな微笑を投げかけた。


「ちょっとだって言ってるでしょ? それに彼が私のことどう思っているのかなんてわからないもの」


 リチャードの隣から写真をのぞき込んだパーカーの喉が妙な音を立てた。

彼の方へちらりと視線をやって、口角を上げて見せたエリザベスは、ロケットを取り戻し、ぱちんと閉じて首にかける。


「要はまだ結婚するつもりはないってことだよね」

「あら、ばれた?」


「まあ、いいけど……婚約の話は一度止めてほしいって言ったのは僕だしね。そう言えば、大学で教える件はそのままうまくいきそうだよ。オルランド公爵も、現実に罰せられているというわけではないし」


 リチャードが真面目な表情を取り戻した。


「あら。あなたが教えるのなら、大学行ってみようかしら。叔母様にもう少し勉強しなさいって言われているの。それにあなたの友達、楽しそうな人ばかりだったし」


「大学の入試に合格できるからね。一応、王立大学だから厳しいよ? まあ、リズがそうしてくれたら嬉しいけど――教壇にいる僕を見たら僕を見る目が変わるかもしれないし」

「素敵! ねえ、パーカー、どう思う?」

「未知の世界での新しい冒険、というところでしょうか。よろしいのではありませんか?」


 暴走はするな、という表情をしながらパーカーはエリザベスの側にケーキの皿を置いた。


「そうよねえ、そろそろ新しい冒険に乗り出すのもいいかもね」


おそらく、どこへ行こうとエリザベスは変わらない。

乗り気になったエリザベスの言葉に、パーカーは胃のあたりに手をやり、その様子にリチャードは小さく吹き出したのだった。

「最後まで書けているのですぐ更新できます」とか連載始めた時は言ってた気もするのですが…!入院したり、仕事つめすぎたりで結局こんなことに。

元の原稿が連載始めた時で3年ほど前のものだったので、思っていたより手直しが多かったという計算違いもあるのですが。


今回の反省を生かし、次回は手直ししないで更新できるところまで書き終えてから公開したいと思います。


長い間お付き合いくださって、ありがとうございました。

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