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いざ、最後の舞台へと

 レクタフォード十五番地――その前に自家用車で乗りつけたら目立ちすぎるだろう。

 運転手を買って出たパーカーは、直接乗り付けることにせず、場所を選んで車を止めた。

 

「ここからは少し歩くことになりますが……タクシーをつかまえましょう、お嬢様」

「いえ、歩くわ。まだ少し時間があるもの……そうでしょう?」

「そうですね。まだ時間はあります」


 約束所時間までは、まだ少し余裕はある。ここから歩いて行った方が目立たなくていいだろう。あたりも暗くなっていて、周囲に人の気配はなかった。

 

 このあたりは、日が沈んでしまえば、出歩く人もいないだろう。

 

 ――これから先は、気をはっていかないと。


 これから先、リチャードを取り戻すことができるか否か。それは、エリザベスの力にかかっている。

 

 エリザベスが先に立ち、パーカーはその一歩後を警戒するようについてくる。

 

 少し離れたところにあるレクタフォード街に足を踏み入れると、そこは車を停めた通りとも、昼間ともまったく違う雰囲気だった。

 

 目のやり場に困るような派手な格好の女性たちがそれぞれの家の前に立っている。薄物一枚羽織っているけれど、その下は完璧に下着だ。

 

 酔っぱらった男がエリザベスの腕を掴もうとして、エリザベスがその腕を払う――。よろめいた男は、隣の壁に型をぶつけた。


「何するんだよっ!」

「……お嬢様に近づくな」


 エリザベスにつかみかかろうとした男を、パーカーが押さえた。

 その低い声に男は顔をしかめる。パーカーの顔をのぞき込んで、それから首を振ってよろよろと離れていった。

 

 レクタフォード十五番地は、その空間の中でも異様な雰囲気を漂わせている。

 周囲の古い建物と違い、この建物は新しい。ほかの建物が灯りをつけて、にぎやかな音楽を流しているというのに、この建物は真っ暗で静まりかえっていた。


「……行くわよ」


 気合いを入れるようにエリザベスは言って、玄関の扉に手をかける。鍵をかけていないその扉はエリザベスの手によって大きく開かれた。

 ごくりと息を飲んでエリザベスは建物の中に足を踏み入れた。

 

 どうやら、エリザベスを先に行かせるわけにはいかないと思ったらしいパーカーが、一歩前に出る。


「お嬢様、私が先に」

「……階段はそこよ」


 エリザベスが指さす方へパーカーは歩みを進めた。


「四階まで階段をあがってちょうだい」


 言われるままにパーカーは階段を上る。誰も出てこず、建物の中はしんと静まりかえっていた。

 一歩一歩、静かに階段を上っていくパーカーの後ろから、今度はエリザベスがついていく。四階まで足を止めることなく、一気に上った。


「……こちらの扉ですね」


 階段を四階まで上ったところは、長い廊下に続いていた。

 両側にずらりと扉のならんだ廊下を進み、パーカーは一番奥の扉に到達する。一番奥にあるこの扉だけは、他の扉より少し立派だった。

 


「開いてよろしいですか」


 振り替えた彼がそう問いかけてくる。エリザベスは、迷うことなくうなずいた。一つ大きう息をついたパーカーは、ドアに手をかける。


「……失礼する」


 パーカーは扉を開いた。その先に続く部屋は、蝋燭の灯りで照らされていて、薄暗かった。

 パーカーが先に進み、エリザベスはその後から続く。


「……レディ・エリザベス・マクマリー?」


 誰もいないこかと思っていたけれど、部屋の奥の方から声がした。男の声だけれど、まだ若いように思える。


「そうよ。リチャード・アディンセルを返してもらえるかしら?」

「それは君次第だね」


 ポケットに手をやったエリザベスは、中に入れてきた時計を取り出した。それを声の方へと突き出す。先方から、今エリザベスがいるところが見えているかどうかもよくわからなかったけれど。


「……はい、どうぞ」

「君には必要ない?」

「ないわ。私にはこの時計は必要ないもの。さあ、リチャードを返してちょうだい」


 彼女の答えは明確だった。答えなんて一つしかない。自分が見向きもしないまま抱え込んでいた時計が、リチャードを救う役に立つのならそれでよかった。


「……やけるね」


 立ち上がる気配がして、こちらへと男が近づいてくる。エリザベスをかばうように前に立とうとしたパーカーを、エリザベスは手で止めた。

 エリザベスの目に届くところまできたけれど、彼の顔を見ることはできなかった。彼の顔は、布の覆面に覆われていたから。

 

「……だって、大切だもの。巻き込むわけにはいかないもの。大切だから――だから、時計なんか、いらない」

「大切、ね」


 男が口を開かないパーカーに蔑むような視線をむけた気配がする。


「あれは君の使用人だろう? なぜ、主をとめないのかな?」

「……とめませんよ」


 エリザベスにむけられた言葉であるのはわかっているのだろう。それでも、パーカーは律儀に男の言葉に返してみせた。

 

「お嬢様をおとめできる人がいるのか怪しいと思いますね――それにアヴィンセル様を返していただかなければならないのは事実ですから」


「――まあいい。時計をもらおうか」


 軽く肩をすくめた男は、エリザベスの方に向けて手を振った。誘われるように、エリザベスは一歩前に出る。


「……お嬢様」

「大丈夫」


 時計を男の方へと突き出したまま、エリザベスはもう一歩進んだ。


「先に時計を――」

「リチャードを見せなさい」


 男が口笛を鳴らした。頭巾の中から聞こえるくぐもったその音に、昼間侵入した時、エリザベスが隠れていた部屋の扉が開かれた。


「リチャード!」


 ぐったりとして縛り上げられたリチャードは、意識が朦朧としていて自力で立つことができないようだった。突き飛ばされてエリザベスの前へと倒れこむ。


「連れて帰りたまえ」

「持っていきなさい。私には必要のないものだもの」


 エリザベスは、手にしていた時計を放り投げた。男は手を伸ばして、それを空中でキャッチする。


 その様子を見て、エリザベスは深々とため息をついた。


「なぜ、こんなことをしたのかしら……ダスティ?」

「何でわかってしまったのかな?」


 くすくすと笑いながら、彼は覆面をとった。中からあらわれた彼の表情は、明るいものだ。それを放り投げて、ダスティは懐中時計をエリザベスの目前でぷらぷらとさせてみせる。

 

「そんなの――声を聞けばわかるわよ」


 だって、大好きだったのだから。

 

 パーカーは二人の会話にはかまわず、ナイフでリチャードの縄を切り、軽く頬を叩いて意識を取り戻そうと試みていた。


「アディンセル様、しっかりなさってください」


 パーカーが声をかけるけれど、返答はない。ぐったりとしているリチャードに手を貸して立たせた。

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