絶対に、負けない
きっと、パーカーは全てお見通しなのだろう。じーっとパーカーを見ていると、彼は苦笑してエリザベスの前に軽食の載ったトレイを置いた。
「お嬢様を止めても、もうムダだというのはわかっていますからね。一人で行かれて怪我をさせるよりは、お供した方がいいでしょう」
パーカーが何を言っているかさっぱりわからなくて、エリザベスは首を傾げる。座ったままのエリザベスを高い位置から見下ろしていた彼は、エリザベスの方へ身を屈めた。
「……でも」
このままパーカーを連れて行って、怪我をさせてしまったら。
怪我程度ですめばいい。もし、もっと重大な事故に巻き込むことになったなら。
きっと、どれだけ後悔しても足りないだろう。
「書状には、一人で来いとは書いていなかったはずですよ、お嬢様」
「あなたねぇ!」
思わずエリザベスは声を上げる。
わかっている。パーカーは正しいのだと頭ではわかっている。
このところ、自分のとった行動が、誉められたものではないどころか、法的に罰せられても文句はいえないということもわかっている。
――特権階級だからといって、法律を犯していいということにはならないのだから。
届いた書状に従うのだとしたら、危険のど真ん中に飛び込むも同然なのだから、行くことができないように監禁されたって文句は言えない。
「――ねえ、パーカー。何故、昨日あの場所にいたの?」
それはエリザベスの白旗だった。自分で対応したいと思うのなら、パーカーを連れて行くのは必須条件。
サンドイッチを齧りながらじろりと見上げたら、なんでもないことのように彼は笑った。
「百貨店にお買い物にお出かけになりましたね? お買い物が終わってもなかなか戻っていらっしゃらない――お帰りになったら難しい顔をして考え込んでいらっしゃる。何かあるとすぐにわかりましたよ」
「私の行動は、わかりやすすぎたということね!」
うーと唸っていると、パーカーに頭を撫でられた。
それは、主に対する仕草ではなかったし、彼を咎めてもよかった。けれど、久しぶりに優しい手が髪に触れて、ほっとしたのも本当のこと。
ぷぅっと頬を膨らませたものの、とがめることはなく二つ目のサンドイッチに手を伸ばす。
「申し訳ないとは思いましたが、昨夜は玄関ホールを見張っておりました。あの場にいれば、玄関から出ても裏口から出てもわかりますからね。ですから後をこっそりとつけました。乗った地下鉄ですぐにわかったのですよ。以前ご命令なさったあの建物に向かわれるのだとね――ですから、車を回しておきました」
「……パーカーにはかなわないね」
エリザベスの口から出たのは、素直な賞賛の言葉。
「不法侵入をした時にはとめようと思いましたが、とめる間もありませんでしたから……お出かけになるのでしょう?」
「もちろん、行くわ。リチャードを取り戻さないとね」
負けるわけにはいかない。やるべきことをやるためには、まずはしっかりと体力を回復させなければ。
トレイの上の料理が空になるのを待っていたパーカーは、一礼してそれを取り上げた。
「それでは失礼します。お夕食は軽めの方がよろしいでしょうね」
「……そうね。ご馳走は帰ってきてからにしましょう」
彼を見送り、笑ってエリザベスはベッドから飛び降りた。気合いを入れ直してしっかりと足を踏みしめる。
「やるしかない」
そう自分に言い聞かせて、ぐっと拳を握りしめた。
「マギー!」
呼ばれたメイドがばたばたと部屋に入ってくる。
「明日までお休みあげる。クローゼットの黒いブーツと、リボンのついたパンプスを磨いたら出かけてもいいわ。そうだ、実家にでも行ってきたら? 明日の朝の身支度は簡単にすませるから」
「いいんですか?」
ぱっとマギーの顔が明るくなった。エリザベスはマギーの手にコインを滑り込ませる。
「お土産でも買って行きなさいな。ご家族にもよろしく伝えておいてちょうだい」
「ありがとうございます!」
大はしゃぎでマギーが出て行くと、エリザベスはクローゼットを開いた。クローゼットの一番上段に置かれている箱。エリザベスはそれを手に取る。
「……これをもう一度使うことになるとは思わなかったわ」
エリザベスは箱をベッドの上に置いて中身を取り出した。箱に収められていたのは拳銃だった。ラティーマ大陸にいた頃、何度も身を守るのにつかった銃。
丁寧に分解して、掃除をする。もう一度組み立てて弾を装填した。鏡に向かって構えてみる――大丈夫。
時々練習しているから腕は鈍っていないはずだ。パーカーはいやな顔をしていたけれど、続けていてよかった。
銃をベッドに置いてもう一度クローゼットを開く。銃のホルスターを取り出して、腰のベルトに通した。どうしても目立ってしまう。
ハンドバッグに銃を入れてみた。ハンドバッグに手を入れた段階で撃たれるだろう。
いろいろと考え合わせた結果、やはり脚につけておくのが一番いいだろうという結論に達した。
いざという時には、スカートをまくり上げなければならないのだけれど、きっとそんなことにかまっている余裕はないだろう。




